第18話 『憧れの修学旅行!−ファングもついてくぞ−』9
セルヴォの腕の中にいた、友人と思っていた者は奴の手下だった。声も姿も化ける、ドッペルゲンガーだ。二人の腕はがっしりとソイツに掴まれた。まんまと罠に掛かってしまったのだ。
「フフ・・・愚かですね・・・。本物さん達はバスの中ですよ」
そう言われ、ハッとした二人はバスの中を見た。中など気にしていなかった。確かに中には沢山の人影が見える。しかし声はしない。動きもしない。
皆、ガムテープで口を止められ、腕も足も椅子に縛り付けられていたのだ。
「!・・・しまった・・・」
「あのバスには爆弾を仕掛けさせてもらいました。もしもあなた方がセコイ手を使った時のためにね・・・」
「セコイ手だと・・・?」
「うーん。そうですねぇ。例えばついてくるフリをして私を倒そうとした時、とか・・・。まぁあなた方に限ってそんな事はしないとは思いますがねぇ・・・」
セルヴォは口だけで笑う。
二人はゾッとした。自分達の考えが分かっていたかのようなセルヴォにもだが、ドッペルゲンガーにも驚いていた。
見る見る自分達の姿に変わっていく。目の前にもう一人の自分が現れた。
「・・・マジかよおい・・・気持ち悪ぃ・・・!」
「バスの中に居る人達の運命は私が握っています。」
奴は自分の手の中にあるスイッチをこれ見よがしに見せつけた。
「さぁ、どうしますか?」
「・・・・・・あたしらを連れてって・・・どうするつもり・・・?そのラングって奴の望みは何?」
「私には詳しい事は分りかねますねぇ。行ってのお楽しみと言う事でどうでしょう?ですが、そんなに悠長な事は言ってられませんね。早くしないとそのソックリさんがあなた方の体力を食い尽くしますよ?」
「・・・え・・・」
そう言われてみればドッペルゲンガーが自分らの姿に変わってから、体が重くなった気がする。
「このまま放っておいたらあなた方、ただの抜け殻になってしまいますよ?全滅でいいんですか?私についてくるのならば、すぐにドッペルゲンガーは元に戻しますが・・・」
確かに今ここで二人ともの体力が全て無くなってしまっては意味が無い。
「楓・・・やっぱついてくしか」
拓羅がそこまで言うと、楓は拓羅を見て軽く二、三回頷き、
「わかってる」
と言った。そしてセルヴォの方を向き直して続けた。
「いいよ。わかった。あたしらがついてけばバスの中の人達、解放すんでしょ?」
「ええ。もちろんです」
「・・・じゃあ先に解放して」
「それは無理ですよ。あなた方は頭がいい。何をするかわかりませんからねぇ・・・先に来てもらわないと」
「ならこっちも駄目。あたしらだってアンタの事信用してるわけじゃないんだから」
「・・・どこまでも愚かな人だ。ならばバスを爆発させるまでです」
セルヴォは、またスイッチを二人に見せつけた。
「・・・・・・・・・!!!」
「あなた方には、そんな事を言う権利は無いんですよ」
そう言って目を見開いた。口は笑っているが、目が笑っていない。
「・・・・・・・・・」
「何も言わないのなら押しますよ!」
手に力を入れるセルヴォの親指は、スイッチまで何センチとないところまできた。
「待って!・・・・・・わかった。行くから・・・」
楓は宥めるようにセルヴォに言った。
「なら早くこちらに来てください」
スイッチはポケットにしまわれた。ドッペルゲンガーもいつの間にか楓達の姿でなくなってきていた。雪のようにドンドン溶け、終いには液体となって吸い込まれるようにセルヴォの体内に入っていった。しかし、ドッペルゲンガーは居なくなったものの、二人は大分体力を失ったようだ。少し動くだけでめまいがする。そんな中、楓は最後の確認をするため、声を絞り出した。
「・・・絶対、解放してよ・・・?」
「疑い深い人ですね。喋るのにも一苦労でしょうに。・・・解放すると何度も言ったじゃないですか」
楓と拓羅はやっとの思いでセルヴォの真ん前に来た。体力的にも距離的にも、逃げる事は不可能だろう。
「さて。それでは行きましょうか」
「・・・え?おい!」
「・・・あぁ、そうか。今始末しますよ」
「何言ってんだテメェ・・・!?」
拓羅の言葉に耳も貸さず、セルヴォは笑いながらスイッチを取り出した。
「ククク・・・。私があなた方の言う事を聞くとでも思っていましたか?」
「ふ・・・ざけんじゃねぇぞコラ・・・!」
「ふざけてなんていません。至って真剣ですよ?・・・あなた方がもっと早く蜘蛛を倒していれば、こんな事にはならなかったかもしれませんねぇ・・・」
「テメェぶっ殺すぞ!」
「やれるものならどうぞ?私はあなた方のお友達をぶっ殺します」
「ちょっ・・・やめッ」
楓は走って奪い取ろうとしたが、身体が思うように動かない。
そのままセルヴォの指は赤いボタンに向かって振り下ろされた。躊躇もせずにスイッチを押した。
―――――二人の目の前で、バスは大きな音をたてて爆発した。
「・・・!」
「・・・の・・・ヤロォ・・・ぶっ殺す!」
「黙って見てろ」
拓羅がセルヴォの方を向こうとした時、奴の口調が一変した。そしてその声の後、二人は手を後ろで縛られ、地面に膝を付けさせられた。逃げようとするとどうしても大きく動いてしまう。セルヴォはそれを狙っていたようだ。動こうとすればすぐにわかる。
真っ黒になったバスからは、未だに煙があがっている。周りの空気が灰色になっていく。あんなに凄い爆発音と、こんなに凄い煙の量だ。中の人間はもう助からないだろう。
二人はボロボロになっていくバスを呆然と見つめているだけだった。
―――――――助けられなかった―――――――
その言葉が、二人の胸を痛ませ、締め付けていた。




