第12話 『憧れの修学旅行!−ファングもついてくぞ−』3
今日は修学旅行の日だ。皆ワクワクした顔で話しているが、その中の二人だけは違った。
存知の通り、楓と拓羅だ。二人とも近寄り難いオーラを放っている。
そう。拓羅のカバンの中にはファングが入っているのだ。
(・・・重いぞチクショウ・・・)
拓羅ばかりが苦労しているように見えるが、楓も苦労しないわけではない。この修学旅行は4泊5日だ。男子と女子では行くところが違う時も多々ある。ファングが予定表を見て、行きたい所に行く。その為には、二人の間でカバンを交換する必要があった。
一日目―――今日―――は拓羅、二日目は楓、三日、四日目が拓羅、そして五日目が楓だ。
「・・・楓っ・・・明日、楽しみにしてろよー・・・」
冬だと言うのに、汗を流し、苦しそうな声で話す拓羅に向かって、楓は引きつった愛想笑いを見せておいた。
今は、学校行事ではお馴染みの「校長先生の話」の時だった。
その時不運にもファングが喋りだしてしまった。
「・・・拓羅?苦しいぞ、まだ終わ」
「バカッ喋んな!」
慌ててボフッとカバンを押さえつけた時、担任の目が光った。それに気が付き、キチンと座りなおした。一応、今回は助かった。だがまだファングの「暇暇攻撃」は続く。
「いてェ・・・。なァ楓、つまら」
「喋んなっつってんでしょーがっ」
楓も、カバンをバンバンと叩いた。ある意味袋叩きだった。
しかし、今度こそは担任も見逃してはくれなかった。二人の方へずんずんと近寄ってくる。
「拓羅、楓。お前らさっきから「喋るな」とはなんだ!静かにしろ!」
だみ声でそう怒鳴る担任に、楓は「アンタが一番うるさいよ」と言ってやりたかったが、そんな事したら火に油を注ぐようなものだ。ぐっと堪えて二人で座りなおし、「はいっ」と返事をした。
その後、今日は二人分のため息が聞こえた。
「今のが担任か?デカイ声だな!」
二人とも、もう相手にしなかった。ファングのせいで自分達が怒られるなんて馬鹿げている。ファングももうそろそろヤバイと思ったのか、何も言わなかった。
そしていよいよ出発だ。東京へと向かう新幹線の中は、楓にとっては安息の場だった。拓羅と席が離れているため、心配事は何も無い。
だが、もう一人にとっては地獄だった。いつカバンがひとりでに動き出すかわからない。そのせいで、友人達と話していてもカバンから目が離せない。話に集中できなかった。
そんな新幹線内では特には何事も無かった。ホームでホッと胸を撫で下ろす二人の姿があった。
そして今、東京に居る。都会に居る。それだけでも十分にテンションはハイになった。車のクラクションや人々の声などの中、教師達は声を張り上げている。
「よーし。じゃあ、今から自由行動だ!いいかぁ?二時にはここに戻ってこい。二時だぞ!いいな?」
自由行動だ。しかし、拓羅は自由ではなかった。自由時間が逆に辛い。この重い荷物を背負って、何時間も何時間も歩き回らねばならないのだ。それは、高校三年の男にとっても苦痛以外の何ものでもなかった。
「くっそ・・・!足腰鍛えられるだろうけどっ・・・・・・肩痛ぇっ!」
勿論拓羅の言葉の意味は、同じ班の者にも全くわからない。
「・・・拓羅の奴、さっきから何言ってんだ?あのカバンそんなに重いのかな?」
「さぁ・・・?」
そしてカバンの中から、ファングが見たいと指示するところでは止まってトイレに駆け込み、ファングを出して見させねばならない。拓羅と一緒の班の者達には、「拓羅と言う人物はトイレにやたら行きたがる」とインプットされてしまっただろう。
こうして拓羅の一日は過ぎていく。楽しいはずの旅行も、犬一匹のせいで全く楽しく感じられなかった。だが、明日は解放される。そう思えるのが唯一の救いだった。




