第11話 『憧れの修学旅行!−ファングもついてくぞ−』2
校舎内にチャイムが鳴り響く。放課だ。久しぶりの学校と勉強にぐったりしている楓のもとに友人と思われる女が一人近づいていった。
「かーえーでっ!明後日から修旅だね!一緒にまわろうねっ」
ワクワクした顔で寄ってくる友人を見て、あくびをしながら応えた。
「んー・・・はいはい」
「わーいっ!」
楓は、そういう「一緒に行こう」とか「一緒に走ろう」とか「一緒にまわろう」とか、そういうのが好きではなかった。
特に理由があるわけではないが、なんとなく「ウザイ」ようだ。しかし今のように、嬉しそうにされるとつい断れない。
だが、拓羅の場合はキッパリ断る事が出来る。
「楓ぇっ!しゅーがくりょこーだってなぁ!俺っちと一緒に行」
「結構です」
即、そう言って席を立つ。フラれた男は今や誰も座っていない空間に向かって瞬きを繰り返した。
「・・・そ・・・・・・ですか・・・」
一羽のカラスが鳴いた。
午後六時。
高校生で溢れている商店街を、男と女、拓羅と楓が歩いている。
「学校、どうだった?」
「なんで?」
「や、なんとなく・・・」
「・・・・・・疲れたの一言・・・」
「やっぱなぁ。一日中疲れた顔だったもんなっ」
拓羅がヘラヘラ笑う。この男の辞書には「疲労」と言う文字が無いのだろうか。
楓と拓羅が住んでいるのはマンションだ。商店街の道を一本横に入り、しばらく歩いた所にある。どちらも、そのマンションの2階だった。楓がドアを開ける。入ろうとしたその時、バタンと音を立ててドアがひとりでに閉まった。
「・・・・・・・・・?」
この奇怪な現象に、楓と拓羅は目が点になった。もう一度開けてみる。が、やはり勝手に閉まった。試しに拓羅がやってみても、それは同じだった。
「・・・なん、で?」
ドアを見つめて立ち尽くす拓羅の前に、楓が立ってドアを叩いた。
「ファングッ!中居んでしょっ?開けなさいよッ!」
ひたすら叩くと、中から声がした。紛れもなくファングの声だった。と言うか他の者の声がする方がおかしい。
「だってお前らオレ置いてガッコってとこ行っちまったもん!」
「・・・・・・はァ?ちょっと待ってよっ、学校に犬連れて行けるわけないでしょ」
「いーんだ!いーんだ!オレなんかっ・・・」
もうそろそろ楓の血管が切れる頃だ。
「男のくせにグジグジすんなっ!こんのクソ犬クソ犬クソ犬ぅぅぅっ!」
と、いつもなら言うところだが、今回は違った。ここで怒ってしまってはファングがドアを開ける事はないだろう。
「・・・・・・ファング、お願い開けて。このままじゃあたしら凍え死ぬよ?」
「だっ、だからなんだよ?」
「そうなったらファング、ご飯食べらんなくなるよねぇ。棚に手ぇ届かないし」
「・・・う・・・」
「て事は、あたしらが凍え死ぬ代わりにファング飢え死にだよ。そんでいーのぉ?」
それはファングも困るだろう。しばらく、楓はファングの返事を待った。そして返ってきた。
「いっ・・・いいぞ?別に!」
その返事がきた途端、楓のこめかみに「ムカツキマーク」が二つ付いた。それを後ろで見ていた拓羅が慌てて動いた。
「おいファング!いい加減開けろよっ!でないとお前、このドアごと吹っ飛ぶぞ!」
「そんなに凶暴じゃないわよっ!」
失敗だ。逆に怒らせてしまった。
「開けないもんねーっ」
「・・・っつーかこれイタズラのつもりかよ?」
「おう!一生懸命考えたんだ!」
ファングは自信満々に言った。ファングにとっては最高のイタズラだったが、楓達にとってはなんとも幼稚なイタズラだった。
「・・・あぁそうかよ」
拓羅はそう言うと、小声で続けた。
「楓、ひとまず俺ん家来い」
「へ?」
「押してダメなら引いてみろっつうだろ?早く」
そう言うと、拓羅は一度階段を下りるフリをした。音を鳴らして騙す気なのだ。階段の途中まで下り、その後忍び足で再度上がってきた。
「よし、これでOK。俺の家に」
拓羅の動きが止まった。
「・・・タク?どしたの・・・?」
「・・・・・・えぇーっとぉ・・・俺・・・」
「何?」
「鍵・・・楓ん家に置きっぱだったや・・・・・・あっはっはっはっは・・・」
「意味無いじゃんっ!」
「スマン」
そして二人は、また楓の家のドアの前に行った。ドアの前に座って、何か手は無いかと考えた。
約2時間半――――寒空の下考えた。
二人で考え付いた方法はこれだった。
「ファングー、ここ開けてくれたらあたしら、ファングの言う事なんでも聞くよ。そんでどー?」
計算通り、ファングはその言葉に見事食いついてきた。
「なんでもっ・・・?」
ニヤッと笑うと、楓は続けた。
「そ。なんでも!まぁ不可能な事以外だけどね?」
「・・・不可能な事ってどんな事だ?」
「えぇ?んー・・・金くれとか何か買ってとか・・・」
「おーぅ。それなら大丈夫だ!オレ金なんて要らねぇもん!わかった、開けてやる!」
ファングは意外にもあっさり開けてくれた。ガチャガチャと音がしている。ドアには仕掛けが付いていたようだ。
「よし、じゃあなんでも言う事聞けよっ?」
「いーよ」
するとファングは、少し間を開け、再び口を開いた。
「・・・・・・シューガクリョコー、ってのに連れてけ!」
楓と拓羅は、それを聞いた途端固まった。一体どこでそんな情報を仕入れたのだろう。しかも、ファングは大きい。普通の犬より大分大きい。そして下手したらカバンが燃えるかもしれない。こんな危険な生き物をどうやって連れて行けと言うのか。
「・・・・・・ファング?あのね?それは・・・無理!」
「何っ?嘘付くのか?お前言ったよな?なんでも言う事聞く、って!」
「確かに」
拓羅が頷く。
「そっ・・・そりゃそうだけどっ・・・これは不可能な事なんだからさっ・・・出来る事と出来ない事があんのよ」
「確かに」
またも拓羅が頷く。
「じゃあお前、撤回すんのか?自分の言った事取り消すのか?そんなの卑怯に値するってもんだ!」
「確かに」
「だからそうじゃなくてっ!」
「だけどお前は言ったぞ。不可能な事って言うのは金を使う事なんだろう?て事はこれは可能な事になるじゃねぇか!でも取り消すのか?それはやっぱり卑怯なんじゃないのか?違うのか?オレの言ってる事間違ってるのか?」
「難しいな。うんうん」
「・・・や・・・、間違ってはいない・・・けど・・・」
「けどなんだ?けど、なんなんだ?そうやって言い訳するのかっ?」
「うーむ。そうだな」
「にっ・・・人間にだって出来る事と出来ない事があんのよっ」
「おうおう」
拓羅が頷く。その時、一人と一匹に睨まれた。
「拓羅、お前さっきからうるさいぞ!」
「そーよっ一体どっちの味方よアンタッ!一緒に考えたくせに!」
「え・・・え、俺コウモリ」
「はァ?」
「・・・とにかく!それが出来ないんだったら出てけよ!オレはそれを条件にお前らを入れたんだ!」
「っていうかここ、あたしの家だし!何が悲しくて自分家他人に追い出されなきゃなんないのよ!」
「問答無用!」
ファングはドアを開け、二人を追い出すと、鍵を閉めた。
「失敗・・・だな・・・」
「っうー・・・寒いっ!どーしよ・・・」
「・・・仕方ない。OKするしかねぇだろ。大体お前があそこであーだこーだ言うから」
腕をさすってる楓に向かって拓羅がそう言うと、彼女はムッとした表情で頬を膨らませた。




