『十七章 吸血鬼とお別れ』
翌朝、寒い風が吹き、目が覚める。
外はすっかり明るくなり、雀が鳴いている。
輝也は歯を磨き顔を洗うと外に出た、寒い、もう秋か。ボーと海を眺めていると船が見えた、誰だろうか?こちらに近づいてくるな。
咲也の客だろうか?呼びに行こう。と館に入ろうとしたときだ。
「いや、あんたの客だよ」
後ろにはライマーがいた、一体いつからそこに。
「俺に客ってどういうことだ・・・?」
「まぁまぁ、話してみなよ」
暫くすると船が到着する、俺の命が狙いならライマーがすでにやっているであろう、ではなんだ?
船から一人の男が姿を現す、それを見て輝也は身を強張らせた。
その男はあのセワンワシリー号でのポリドリではないか。
「やあ、また逢ったな」
「何のようだ」
「いや、ちょっとした勧誘だ。なぁ、その神の力を使って妖怪を退治しないか?」
「何を言ってるんだ、俺はそんな気はない」
つまりは妖怪を敵にするということだ、そんなことをすれば咲也たちを敵にしてしまう。
「そうか、残念だ。――だが」
ポリドリは槍を握る。
「力は奪うことが出来る、君に選択権は無いんだよ」
「ちょ!争うつもりはなかったんじゃないの!?」
ライマーが止めに入る。
「知らん、気が変わっただけだ」
ライマーは素早く呪文を唱える、すると炎がポリドリを包む。
「早く逃げな!」
ライマーが言う通り逃げるが――しかしどこへ?ここは海に囲まれた島だ。
「ライマーぁ!どういうことだ!?」
「悪いけど契約違反だ、争うつもりはないと言っていただろう」
「ふん、まぁいい。この島もろとも沈めてやる」
炎から突き出た腕はライマーの顔を掴み、地面へ叩き付けた。炎は消え、ポリドリはゆっくりと館へ歩き出す。
ポリドリは館に入るとドアに何かを貼り付け始めた、白い粘土のようなもの、聖餅である。これをドアや棺桶に貼り付ければ吸血鬼はそこから出ることは出来ないのである。
ポリドリは恐らくここにいるであろう吸血鬼を警戒してこの行動を行ったのだ。
「こんなものか・・・」
あれほどの騒ぎを起こしたにも関わらず誰も来ないところを見ればまだ寝ているようだ。
「さて、どこに行った?」
どうする?携帯で誰かに助けを呼ぶか?いや、しかし誰が今頼りになるのか――――ダメだ、思い浮かばない。
輝也は今、館の屋根にいた。変に高い屋根だったので地上から見つかりにくいようによじ登ったのだった。
奴が乗ってきた船で逃げるか?いや、操縦出来ないしキーを抜かれていれば意味がない。
「あいつらを置いていく訳にもいかねーな」
「こんなところにいたの」
素早く後ろを振り返る、そこにはポリドリではなくライマーがいた。
「なんだ、お前か…よく生きてたな」
「解毒の呪文よ、結構苦戦したけど」
「いや違う、あいつのことだ」
「ああ、あいつなら館のなかに」
「なっ…館のなか…?」
マズイ、ユナたちに危害を加えられるわけにはいかない。
「でもどうするの?何か策でも?」
直ぐに館のなかへ向かおうとした輝也をライマーは呼び止めた。
「くそっ…!」
「あんたの力でなんとかなんないの?」
輝也は首を横に振る、あれは、ユナを守る為の力だ。
「人間は力を持ってもダメね…」
ああ確かにダメだ、欠点だらけだ人間は…だが弱いからこそ諦めない心が…
「…いや、どうしようもないものはどうしようもないか…」
「そ、諦めが肝心。どう?私の風魔法でなら貴方を逃がすことが出来るけど?」
究極の選択を彼女は言った、ユナたちを見捨て助かるか、ユナを助けようとして死ぬか。
「俺は――」
ユナは目が覚めた、何となく外が騒がしいからである。眠い目を擦り、顔を洗いに洗面所まで行くためにドアを開けようとドアノブを握ったときだ。
ジュウ、と肉が焼けるような音と同時にドアノブを握った手に激痛が走る。
「っう!」
離した手を見ると手のひらが焦げている、これはどういうことか。蹴り破ろうと蹴ってみるがビクともしない。これは何かが起きている、と同時に輝也が頭を過った、何とかしてここから出なければ―――窓だ。
ユナはカーテンを開け、窓を開けようと取手に手をかけたときだ。
「そこにいたか」
窓の向こうに誰かがいた。それは、ポリドリだった。
ドォン!
ポリドリは槍をユナ目掛けて放つ、間一髪ユナは槍を避けた。槍は部屋の壁に突き刺さるとボロボロと土に変わった。
「チッ、惜しい」
舌打ちすると次の槍を構え、こちらに投げようとする。それよりも先にユナは外に出た。割れた窓が体を傷付けたが吸血鬼にとってかすり傷にも入らない。
「チッ!逃がすか!」
ポリドリは跡を追うがどうにも追い付かない、吸血鬼の身体能力に驚かされた。
槍がユナの寝室を襲った音は当然輝也たちにも聞こえていた。
「なんだ、何があった」
下を覗き込むとユナが走って何かかから逃げている様子だった、その少し後ろにはポリドリがいる、迷う必要はなかった、次には黒い影が輝也を包み、一瞬にしてポリドリに蹴りを入れていた。
吹き飛ばされたポリドリは暫くすると起き上がり。
「ようやくその力を使うか…」
「テメェ、ユナをどうする気だ」
「どうにもしない、ただ、お前を誘き出す餌だ」
輝也はポリドリに殴りかかっていた、しかし、目の前に現れた土の壁が輝也を遮る。
「君はもう少し世界を知ったほうがいい」
ポリドリは何かを短く呟く、すると輝也の後ろに甲冑を着た騎士たちが地面から生えるように現れた。
「時に魔法は神をも凌駕する」
騎士たちは輝也を襲う、だが輝也はそれを簡単に薙ぎ倒していく。しかし騎士は次々と沸き出て終わりを知らない。流石に疲れ、動きが鈍ったときだ。
ガッ
ポリドリは輝也を転ばせ、馬乗りになる。
「力は奪うことが出来る」
そう言うとナイフを胸に突き刺した。一瞬の激痛、そして感じる死への道。始めは何が起こったのか分からなかった、だが、胸から溢れ出る血を見て分かった、俺は死ぬのだと。
「さらばだ、君とは分かりあえる気がしたのだがな…」
段々と眠くなる、これが死なのか。それはこの感覚の先にある。どうにも抗えない眠気に俺は目を閉じた。
最後にユナとライマーの声が聞こえた、だけど起きることは出来なかった。
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