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『世界のシナリオにハメられた「黒煙の魔女」の娘、一子相伝の【魔法障壁全貫通】で理不尽な運命もバカ王子もすべてブチ抜く  作者: ルツ


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17/30

轟音の開幕、伝説を塗り替える一撃

王立学園武闘祭の朝は、王都を飲み込むような喧騒と共に幕を開けた。

 普段は高潔な学び舎であるはずの広大な敷地は、いまや幾重もの魔力障壁で区切られ、数千人の観衆を収容する巨大なコロシアムへと変貌を遂げていた。観客席には、派手なドレスに身を包んだ貴族の令嬢たちが扇子を片手に興じ、平民の学生たちは拳を握りしめて自派閥の勝利を祈っている。

 中央の特等席には、学園の最高権力者である生徒会役員たちが並んでいた。生徒会長オスカーの冷徹な眼差しは、常に会場全体を監視し、その傍らには神殿長や獄長の代理人たちが、品定めをするような鋭い視線を投げかけている。彼らにとって、この武闘祭は単なる競技ではない。次代の駒を選別し、邪魔者を排除するための政治的舞台に他ならなかった。

 開会式を告げるファンファーレが鳴り響く中、レオナ・フォン・ロゼリアは参加者待機所にいた。彼女が全部門へエントリーしたという事実は、すでに全校生徒の知るところとなっていた。

「……正気か、ロゼリア嬢。全部門制覇など、伝説の【黒煙】ですら成し遂げられなかった偉業だぞ」

 背後から声をかけてきたのは、獄長派閥に属する屈強な学生だった。彼はレオナの細い肩を指差し、鼻で笑う。

「お嬢様は大人しく純魔法部門で華を添えていればいいんだ。サバイバルや無制限部門に出れば、怪我をするどころか、命を落とすことにもなりかねない。君のような温室育ちが耐えられる場所じゃないんだよ」

 レオナは振り返ることなく、視線を真っ直ぐに前方へと向けたまま、静かに応えた。

「私の命を心配してくれるの? 随分と優しいのね。でも、残念だけど、私のタスクに『怪我をして撤退する』という項目はないわ。……それに、温室かどうかは、今のあなたが一番よく理解しているはずよ。ねえ、昨夜の地下倉庫での荷運び、随分とご苦労様だったわね」

 レオナの不意の指摘に、男は言葉に詰まり、侮蔑の笑みを消した。レオナの纏う空気は、周囲の学生たちとは明らかに異質なものだった。それは、かつて戦場を渡り歩き、死の縁で魔力を編み上げた者にしか宿らない、静かなる殺意の残滓。男は恐怖に似た動悸を感じ、思わず数歩後ずさった。

 ――競技開始のアナウンスが、会場に轟いた。

「これより、武闘祭第一種目、破壊力部門予選を開始する!」

 破壊力部門のフィールドには、魔導技術の結晶である厚さ三メートルの「多重魔力障壁」が設置されていた。ランクA相当の魔法を直撃させても傷一つ付かないといわれる、学園最高の防壁だ。これまで多くの学生が挑んできたが、まともに貫通できた者は皆無に等しい。

「一番手、レオナ・フォン・ロゼリア!」

 レオナの名が呼ばれると、会場からどよめきが起こった。嘲笑、好奇心、憐れみ。様々な感情が入り混じった雑音が、彼女の背中に突き刺さる。だが、レオナの瞳に揺らぎはない。彼女の瞳には、標的の奥底にある「魔力回路の構造」が見えていた。

(構造上の欠陥は、中央の四点結合部。そこを一点集中で撃ち抜けば、防御障壁は連鎖的に崩壊する。魔力供給ラインの位相をずらせば、障壁は単なる障壁でしかなくなる)

 レオナはゆっくりと歩を進め、指定された位置に立った。彼女が軽く右手を上げると、周囲の魔力が目に見える形で収束し始める。それは大気中の魔素を強引に吸い寄せる、極めて非効率で、かつ圧倒的に強力な圧縮魔法の予備動作だった。

 バルコニーからオスカーが、眼鏡の奥で細めた瞳をさらに鋭くした。

(魔力の吸い上げ方が尋常ではない。あれだけの質量を、一点に押し込めるつもりか? そんなことをすれば、魔法の構成式が崩壊するはずだ。しかし……彼女の指先で、魔力は完璧に制御されている)

 レオナの指先から、漆黒の光が放たれた。それは魔法というよりも、光の束が空間を切り裂くような凶悪な一撃だった。

 ――ドォォォォォォォォォン!!

 地響きが観客席まで伝わり、会場が大きく揺れた。防壁が砕ける音というよりは、物質そのものが消滅したかのような、湿り気を帯びた爆発音が響き渡る。

 土煙が晴れるまで、数秒の間があった。

 会場のすべての生徒が、息を呑んでモニターを見つめた。防壁は、文字通り「完全に消滅」していた。それだけではない。防壁を貫いた後の余波は、競技場の結界を突き破り、遥か彼方の山肌までを貫いて、巨大な風穴を開けていたのだ。

 記録測定の魔導士が、測定器を確認する。だが、その数値を見た彼は、椅子から転げ落ちるようにして絶叫した。

「そ、測定不能! 出力数値が計算式の範囲外です! 障壁深度三メートル完全貫通、その後方二キロメートル先の山体に貫通痕を確認! こ、これは、もはや……魔法の域を超えています! 測定不能のエラーです!」

 沈黙が訪れた。

 一秒、二秒、そして三秒。

 その後、会場を埋め尽くしていた数千人の生徒たちが、言葉を失って立ち尽くした。一部の貴族たちは恐怖に顔を引きつらせ、ある者は自分の目を疑って頭を抱えた。かつてレオナの母親である【黒煙】が打ち立てた記録は、実に三メートルという限界値であったはずだ。レオナは、その記録を「二キロメートル」という次元で塗り替えたのである。

 エリオットが、観客席の最前列で力なく椅子に座り込んだ。

「……レオナ。君は、一体何者なんだ。僕たちが知っていた、あのレオナなのか」

 対照的に、レオナは表情一つ変えず、静かに会場を後にしようとしていた。彼女の肩越しに、黒い花弁が舞い散る。それは彼女の魔力が生み出した、現実の綻びだった。

 バルコニーから見下ろす神殿長の顔は、青ざめていた。彼は手元にある通信端末を強く握りしめ、冷や汗を流す。

「……あの子を参加させてはいけなかった。あれは、システムに組み込まれたイレギュラーどころか、システムそのものを破壊しに来ている。獄長、早急に計画を前倒しにせねば、我々の立場が危ういぞ」

 レオナは、観衆の興奮を背中に受けながら、ただ淡々と歩く。

(破壊力部門は、これで終わり。次は純戦闘……。あの中には、私の存在を排除したいという思念が強く混じっているわね。適度に掃除をしておかないと)

 彼女の視界には、すでに次のターゲットとなる「対戦者」たちの姿が映っている。レオナの心に、高揚はない。あるのは、ただ淡々とした「タスクの消化」という感覚だけだ。

 彼女は知っている。この圧倒的な暴力を見せつければ見せつけるほど、黒幕たちは焦り、自ら正体を現さざるなくなくなるということを。

 学園という名の箱庭で、レオナの反撃はまだ序章に過ぎなかった。

 彼女が通り過ぎた後の土には、不吉なほど真っ黒な足跡が残されていた。この武闘祭は、彼女にとっての復讐劇であり、同時に、この腐敗しきった王国という名のシステムを、根底からひっくり返すための大規模な実験場だった。

 彼女は空を見上げた。そこには、王国の旗がたなびいている。

(待っていて、お母さん。貴女が守りたかったこの国は、今やこんなにも醜く腐り果てている。だからこそ、私が全部壊してあげるわ。貴女が残した『壁』さえも、今の私にとっては、越えるべき練習問題に過ぎないのよ)

 レオナの瞳が、薄っすらと、だが確かに熱を帯びた。

 幕開けの衝撃は、王都全土に波紋のように広がっていく。レオナが巻き起こしたこの強風は、やがて来る破滅の嵐の前触れに過ぎないことを、まだ誰も知らない。

 だが、レオナだけは分かっていた。

 今この瞬間から、この国の運命の歯車は、彼女の指先一つで強制的に書き換えられたのだということを。彼女の歩く先には、勝利と、そしてその先にある壮大な喪失が待ち受けていることも、すべて織り込み済みで。

 レオナは小さく息を吐くと、次の競技エリアへと繋がるゲートをくぐった。そのゲートの向こうには、彼女の命を狙う者たちが待ち構えている。彼女はゲートの前で一瞬足を止め、振り返った。その表情は、この日初めて見せた、どこか哀しげで、しかしどこまでも美しい微笑みだった。

「さあ、武闘祭という名のショーの始まりよ。最後まで、退屈させないでね」

 その言葉は、まるで運命そのものへの宣戦布告のように、静寂の中で美しく響き渡った。武闘祭の喧騒は、レオナ・フォン・ロゼリアという一人の少女によって、その意味を完全に塗り替えられてしまったのである。これより始まる連戦の果てに、何が待っていようとも、彼女は止まることはない。彼女は、自らの魂が望む結末へと、真っ直ぐに突き進むのだから。

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