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失った時

作者: 日向
掲載日:2026/04/13

この物語は、大切な人を失ったあとも続いていく日々を描いたものです。

時間が経てば癒える、とよく言われますが、実際にはそう簡単に割り切れるものではありません。忘れることも、前を向くことも、人それぞれの形があっていいのだと思います。

この作品の中で流れる時間は、とてもゆっくりです。立ち止まったままのように見えるかもしれません。それでも、その中で確かに何かが変わっていく――そんな小さな揺らぎを感じてもらえたら嬉しいです。

もしこの物語が、誰かの記憶や想いにそっと寄り添うものになれば、それ以上のことはありません。

恋人を失って八ヶ月。

季節は巡り、街の色も変わったのに、

僕の中の時間だけが、あの瞬間で止まっている。

朝、目を覚ますたびに思う。

もう隣に君はいないのだと。

分かっているのに、確かめるように、

空いた場所へ手を伸ばしてしまう。

名前を呼べば、返事がある気がして、

何度も声に出しかけて、飲み込んだ。

もう二度と届かないと知りながら、

それでも呼びたくて、たまらない。

笑い合った日々は、今も鮮明だ。

触れた温もりも、声の響きも、

昨日のことのように蘇るのに、

どうして今は、こんなにも遠い。

八ヶ月も経ったのに、

悲しみは薄れない。

むしろ静かに、深く、

胸の奥へ沈んでいく。

それでも僕は、生きている。

君がいない世界で、

君を想いながら、今日も。

それでも僕は、生きている。

君がいない世界で、君を想いながら、

今日も。

季節はまたひとつ巡り、

街には柔らかな風が吹き始めていた。

君とよく歩いた並木道の木々も、

新しい葉をつけている。あの頃、君は

「春の匂いがするね」と笑っていた。

僕にはよく分からなかったその言葉も、

今なら少しだけ分かる気がする。

風の中に

どこか懐かしい匂いが混じっているからだ。

足は自然と、あの日と同じ道を辿っていた。

避けようと思えばいくらでも

避けられるのに気づけばここに来てしまう。

まるで、君の気配を探すみたいに。

ベンチは、あのときのままそこにあった。

ゆっくりと腰を下ろす

隣に視線を向けると

やはり誰もいない

当たり前のことなのに

胸の奥がじくりと痛んだ。

それでも、以前のように

呼吸が苦しくなることはなくなっていた

ただ、静かに痛むだけだ。

「……遅くなった」

誰に向けたのか分からない言葉が

ぽつりと零れる。

返事はない。それでも、

どこかで聞いてくれている気がして、

僕は続けた。

「まだ、ちゃんと前には進めてないけどさ」

風が吹き、木の葉が揺れる。

その音が、わずかな返事のように思えた。

君を忘れることは、きっと一生できない。

忘れたくもない。けれど

君と過ごした時間まで

止めたままにしておくのは

違うのかもしれないと

最近になってようやく思えるようになった。

君がいたから

僕はこんなにも誰かを

大切に思えることを知った。

君がいたから、笑うことの意味を知った

そして、君を失ったから

失うことの重さも知った。

全部、消えてしまえば楽なのにと、

何度も思った。

それでも消えなかったのは、きっと、

消してはいけないものだったからだ。

「ねえ」

小さく呟く。

「もう少しだけ、時間かかりそうだよ」

それは言い訳でも、弱音でもなく、

ただの報告だった。

風がまた吹く。少しだけ暖かいその風が、

頬を撫でていった。

ふと、思う。

もし君がここにいたら、

きっとこう言うだろう。

「無理しなくていいよ」って。

あの優しい声で

いつものように笑いながら。

その想像に、ほんの少しだけ、

胸が軽くなった。

僕はゆっくりと立ち上がる。

空を見上げると、淡い光が広がっていた。

どこまでも続いていくような、

穏やかな空だ。

君のいない世界は、やっぱり寂しい。

でも、その中でも、

確かに何かが少しずつ動き始めている。

止まっていた時間が、ほんのわずかに、

音を立てて進み始めている気がした。

「……また来るよ」

そう言って、僕は歩き出す。

隣に誰もいないことには、まだ慣れない。

それでも、空いたその場所を抱えたまま、

歩いていくしかない。

君と過ごした日々を、

胸の奥にそっとしまいながら。

それは消えることのない痛みであり、

同時に、確かにここにあった証だから。

そしていつか、この痛みごと、

優しさに変わる日が来るのかもしれないと

ほんの少しだけ、思えた。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

この物語は、「失うこと」と「それでも続いていく時間」を描きたいという想いから生まれました。書いている間、何度も立ち止まりながら、登場人物と同じように、過去と向き合う時間でもありました。

大切な人を想う気持ちは、簡単に言葉にできるものではありません。それでも、少しでもこの物語の中に、誰かの記憶や感情と重なる瞬間があったなら、これ以上嬉しいことはありません。

そして、最後までこの物語に寄り添ってくださったあなたへ、心からの感謝を。

あなたのこれからの日々が、どうか穏やかでありますように。

本当に、ありがとうございました。

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