流星の落ちた街で
「もう来ないかと思ったよ。流星が落ちて、街はご覧の通りさ。何しに来たんだい?」
「あいつに会いに」
旅人は女にそう言うと、街の奥にすすんだ。
あちこちに瓦礫が積み重なっている。殆どが廃墟になり、今は昔からの住人が細々と暮らしているようだ。
見覚えのある住人達に声を掛けられ、旅人は返事をしつつも歩みを止めない。
道の瓦礫はある程度片づけられ、問題なく歩けるようになっていた。
旅人は迷うことなく歩いていき、大きな白い建物の前に来る。
ここはかつては聖堂だった場所だ。
白い石で作られ、綿密な装飾が施された外観は、見るものに畏敬の念を抱かせる。
建物は一部が損壊した程度で、おおむね以前のままだった。
昔は子供たちの賑やかな声が響き、修道女たちが子供のいたずらに手を焼いていた。
だが今は人の声はせず、誰も住んでいないようだ。
門から見える敷地内には不格好な石が置かれた一つの墓がある。
旅人は中に入る気はなかった。ただ門の前で墓に目をやる。
「なあ、これで満足だったのか?」
周囲に誰もいない中、問いかける。
流星によって失われた街。彼女が愛した街。魔族の土地の傍で、小さいながらも生き抜いてきた街。
彼女は国を救おうとして、大陸を壊し、大切な故郷を滅ぼした。
暗い夜空に流星が降り注ぐ。大量の白い光が乱れ飛ぶ空は見惚れるほど美しく、残酷なほど命を奪った。
「お前をここから連れ出したのは俺だ。俺には責任がある。もっとうまくやれたんじゃないかって思うよ」
旅人は手に持っていた花を門に立てかけると、その場を去った。
そして街の入り口、流星の被害が少ない地区にやってくる。
そこにある店で、また女と話す。
「あの子。……聖女様に会ってきたのかい?」
「まあな。あと、聖女なんて呼んでるの、今じゃあんたくらいだぞ」
「……いいさ。世界がどうなっても、あたしはあの子に救われたんだから」
「そういうものかな」
旅人はグラスの酒を飲む。
無邪気な顔で子供達と遊ぶ修道女。桁外れの魔法で魔族を焼き払う戦乙女。都の広場で人々に語り掛ける聖女。神域の間で命を捧げたあいつ。
あの日から旅人の頭を占める光景は、いくら酒を飲んでも消え去らない。
魔族は消滅した。だが大勢が巻き込まれ、肝心の本人がいなくなった。
「俺たちはずっとこの街にいるべきだったのかな。そうすれば楽しく過ごせたのに」
「どうかね。でも、あんた達は止まらなかったし、世界を変えた。多少不格好でも成し遂げたんだよ。少しは誇りな、あの子が可哀想じゃないかい」
女に言われ、旅人はため息をついて立ち上がる。
「だけど俺は望んじゃいなかったよ」
捨て台詞を残して、旅人は店を出た。
空は引き込まれそうなほど見事に青く染まっている。
旅人は空を見つめた。
そして店から女が出てくる。
「ほら、受け取りな」
旅人が慌てて受け取ると、それは白い封筒だった。
「あの子からの手紙だよ。聖女って言われ始めた時にね。その手紙が届いたの」
そう言うと女は店に引っ込んでいった。
「……」
旅人は手紙を開く。そこには日々の冒険のことが書かれ、最後には旅人のことが書かれていた。
『彼には幸せに生きてほしい。毎日戦いに明け暮れるこんな辛い世界じゃなく。もっと平和で幸福な世界になってほしいんだ。今みたいにしかめっ面で剣を振る彼じゃなく、あの頃みたいにいつも笑って冗談を言う彼が見たいの。私はその為にどんな犠牲を払ってでも頑張るよ』
旅人の目から涙が流れる。
「俺も、幸せになりたかったよ。こんな平和な世界で。お前と……」
流星の落ちた街で、旅人は一人たたずんでいた。
そして手紙をしまうと、街を出る。
「ずっと後悔してばかりだと、今度は俺に流星が落ちるかもな」
その歩みは少しだけ前を向いているように見えた。
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