アルテとライラ
――「……ああっ!」
恐怖も全て思い出した僕は、無意識に大きな声を出していた。
そんな僕に、目の前の女の人はびっくりしたのか、体をビクッと跳ねさせた。
「僕……死んだんだ。学校の帰り、車に轢かれて……。え?ならここあの世ってこと!?」
「だーかーら!それを助けたんだって!もう!まだ寝ぼけてるの!?」
女の人は腰に手を当てて、プンプンと効果音が聞こえて来そうなほど取り乱す僕に苛立ちを見せる。怒らせてしまっているのは申し訳ないけど、それどころじゃない!僕も頭がパニック状態なんだよ!
僕は確実に死んだ。あの状況から助かるなんてあり得ない。だとするならば、やっぱりここはあの世で……。でも寝ていた感覚も、体が痛む感覚も現実だ。一体何が起きているんだ、わからない。
「ねえ、大丈夫?」
「っていうか、誰ですか!?」
僕がブツブツと呟きながらパニクっているからか、彼女は不気味そうに僕を覗き込んだ。そもそも、ここは何処で彼女は誰なんだ?僕が目覚めたときには既に近くにいたような……。
いろいろ思い出している間にも体は痛んだ。
「もー!きっと覚えてないだろうからもう一度最初から話すわね!?ちゃんと聞いててよ!?」
「あ、はい!お願いします!」
ビシッと目の前に人差し指を突きつけられ、僕は驚くと共に少し冷静になった。
わからないことは、わかる人に聞いた方が絶対早い。
「私はライラ。あのね、これからたくさんの人が死ぬの」
「へ?」
「それでね、未来が大変なことになるからアンタには……」
「いや、ちょっと待って!そんな急に言われても、はいそうですか、とはならないですよ!」
パニック再来。
訂正しよう。わからないことは、わかる人に聞いても次元が違いすぎると一切わからない。
「ほんっとに理解遅いわね!そこは一旦いいのよ!ここで躓いてたらあと5年はかかるわ!」
「ライラ。俺が説明するよ」
カチャリと開いた扉から、美しい男の人が入ってきた。
薄い身体ではあるが華奢な感じはなく、全体的に長いウルフカットされた髪型はハーフアップでまとめられている。揺れる前髪の間から、ちらりと目の下の泣きぼくろが見えた。しっかりと男性なのにどこか中性的なイメージがあるのは、きっと彼が優しい雰囲気を纏いながら微笑んでいるからだろう。
彼は僕のいるベッドの横に置いてあった椅子に座る。
全く知らない男の人なのに、同性というだけでなんだか僕は少しホッとしていた。
「ごめんね、壱叶。ライラは説明が下手なんだ」
「下手じゃないわよ……」
明らかにしょんぼりとしてしまったライラさんは、口をツーンと尖らせて面白くなさそうにしている。こんなわけのわからない状況で僕がまだ精神を保てているのは、もしかすると彼女の少し子供らしい所がこの現実味のない現実を僕に実感させてくれているのかも知れないな。きっと年上だろうに彼女の少し幼気な可愛いさを感じる余裕まで出てきた。
「俺はアルテ。たくさん人が死ぬというのはホントだよ」
「わ、わかりました。どういう憶測でとかそういうのは一旦飲み込みます」
「うん、ありがとう。君は事故に巻き込まれて死んだと思っているよね?」
「はい……」
「ライラが言ったように、俺たちが助けたから君は死んでないよ」
不思議だ。
内容はライラさんが言っていたことと同じなはずなのに、なぜかすんなり入ってくる。
それでもわからないものはわからない。疑問がたくさん浮かんでくる。
「あの状況からどうやって助かったんですか?流石に瞬間移動とか出来ないと難しい気が……」
「あれ?わかってるじゃない。瞬間移動させたのよ、私が!」
なぜだろう。やっぱりライラさんが喋るとスッと入ってこない。この2人の違いはなんなんだろう。喋り方?それとも語彙力?
「今失礼なこと考えたわね!」
「かかか、考えてないです!」
「ふふ、仲良いね。今はまだ全く周知されていないけど、スキル持ちと言われる、所謂、特殊能力や魔法を使える人たちが存在するんだ」
「な、なるほど?」
「ライラのスキルは瞬間移動。自分のことも誰かのことも、それこそ人間以外も実体があるものなら移動させられる」
えっへん!すごいでしょ!と、ライラさんは胸を張った。
すごいどころの騒ぎじゃない。そんなことがあっていいんだろうか。でも今僕はこうして生きてる。それが何よりも証拠なのかも知れない。それにしても、やっぱり体が軋むように痛い。
「体が痛むのは、その移動した時の作用ってことですか?」
「あ、やっぱ痛い!?ごめんね、ちょっとミスっちゃって」
ペロっと舌を出して肩をすくめた。この人は全ての感情が仕草に出て、見ていて飽きないな、なんて頭の隅で考えていた。
というより、ミス?スキルにミスとかあるんだ。それでも生きていることに比べたらどうってことない。感謝しなくちゃな。
「移動させるタイミングが遅くて、一瞬だけ体が車とぶつかったみたいなんだよ」
「お、思っていたよりシンプルなミスだった……」
「で、でもでも!普通に事故するよりかは断然マシなんだよ!?私もわざと間違えたわけじゃなくて……」
「恐怖とその衝撃で気を失っていたみたいなんだ。一応精密検査はしたから安心して欲しい。そのうち痛みもなくなってくるはずだよ」
「ごめんなさい……」
「いや!でも!生きてるし!助けてくれてありがとうございます!」
強気だった彼女がほんとに申し訳なさそうに俯くから、あたふたしてしまう。彼女の姿はまるで叱られた子犬だ。
僕はなんとか励まそうと、全然バッチリ動けますし!と腕をブンブン振ってみせた。そんな僕を見て、パッと顔を明るくしたライラさんは、
「そうよね!生きてるだけで十分よ!」
なんて鼻で笑った。
ほんとにこの人の情緒はどうなってるんだ。




