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第9話 皐月のちょっとした冒険②

 無人島に置き去りにされた皐月は、一通り嘆いた後、渡された荷物を確認する。5歳児でも背負えるリュックの中には、ロープ、ナイフ、何回かに折り畳まれた布、ビスケット状の食料、水筒などなどのサバイバル用品が一通り入っている。




「コレが無くなる前に『練り上げ』とやらを習得しなさいってことかしら。でも、ナイフとかあるし、無くなったら自分で調達しなさいってことかも」




 皐月は自分が次期魔王と目されていることは知っている。そうなれば、今は魔王が統括している魔軍も引き継ぐことになるだろうし、サバイバルもできないのでは示しがつかないということかもしれない。ちなみに、現魔王はサバイバルができない。


 持たされた装備品を確認した皐月は、島の中を探索することにした。湧き水が見つかると助かるし、獲物として狩れそうな動物がいれば目星くらいはつけておきたい。


 そう思いながら草を掻き分けながら歩いていると、足下に木の枝が落ちていた。何気なく拾ってみると、握りやすい太さで、杖としても、草を掻き分けるのにも使える丁度いい長さである。




「男の子とか好きそうな枝ね」




 この皐月の呟きが原因なのかは定かでないが、遠く離れた人間領の片田舎の町にある学園で、授業中に居眠りしていた光一がクシャミをしていた。




 周囲を回ってみただけだが、この島は然程大きな島ではないらしい。森に覆われているが、湧き水も見つけた。この水を煮沸すれば飲水にできるだろう。




「さて、その為にも練り上げを習得しないと」




 皐月は円形に並べた木の枝に向かって掌を向ける。


 赤い光球を出現させ、それを木の枝に当てる。木の枝が赤く照らされるだけで、煙さえ立たない。


 それもそうだ。これは皐月の魔力を核にして、空気中の魔力が集まっているだけなのだ。




「んー、確か、魔術の発動に必要な魔力を精製するのが練り上げだって言っていたわね。つまり、私の魔力は木の枝を燃やすほどの量じゃないってことかしら」




 皐月は目を瞑ってより深く集中し、魔力を現出させる。気軽に出していたものよりも大きな光球が出来上がるが、それでも、木の枝からはうっすらと煙が上がるだけで、火が出る気配は無い。




「っはー……そもそもの魔力量が足りないのなら、今日明日にできることじゃないわね……気分転換に散歩でもしようかしら」




 どっこらせと皐月は立ち上がり、杖代わりの木の枝を持って、草むらの中へと分け入って行く。


 蜘蛛の巣を避け、行く手を阻むかのような低木の木の枝を折りながら進むと、悪臭が鼻をくすぐった。つい先日、庭に入り込んできた不浄の生物ナキウの臭いだ。


 皐月は荷物の中に防臭マスクがあったことを思い出し、それを身に着ける。漂ってきていた臭いは完全に遮られた。


 近くにナキウがいる。


 皐月は、怖いもの見たさで突き進む。




「プミュウ?」




 真正面からナキウの幼体は現れた。もうすぐ100センチを超えそうな皐月の半分くらいしかない身長、嗜虐心をくすぐる見た目。


 相手のナキウは、初めて見た皐月に興味津々なのか、笑顔のような表情を浮かべ、ヨチヨチとした動きで歩み寄ってくる。


 歩み寄ってくる青緑色の生物を見ながら、それでも皐月は課題について考える。


 そして、1つの考えが頭を過った。




(私の体内にある魔力量が不足していて、十分な魔力を精製できないなら、大気中から魔力を吸い込んで補充すればいいんじゃないかしら?)




 これまで無意識に行っていた呼吸に意識を集中する。魔力を感知できるようになっていたおかげで、意識を集中することで、体内に吸引される魔力を感じ取ることができる。


 これまでも呼吸することで魔力を吸引していた。それでも、光球で物を燃やすことができていなかったことを考えると、通常の呼吸では足りないのだろう。皐月は、より深く空気を吸い込む。体内に魔力が充満する感覚。その魔力を、血に、筋肉に溶け込ませるようなイメージを働かせる。


 体に入り込んでくる魔力が、皐月の炎属性に変換され、体内を満たしていくのか、皐月の体がうっすらと赤く発光し始める。


 神秘的な光景だ。


 これまで取り込んだことのない量の魔力のコントロールに、最大限の集中力を割いている皐月は気付きようが無いが、神秘的な姿になっている皐月にナキウの幼体は手を伸ばしている。無駄に大きな目を見開かせ、その瞳を輝かせながら、小さな手を伸ばす。




「ッ!?」




 突如、ナキウの手が自分の手に触れたことに驚いた皐月の集中力は途切れた。魔力のコントロールに集中し過ぎてナキウの存在を忘れていた。




「あっ、や、ヤバ……!」




 皐月のコントロールが途切れたことで、体内の魔力が暴走を始める。チリチリと体を焼くような感覚が、体のあちこちに走り始める。


 大慌てで魔力をコントロールしようとするが、一度、コントロールから離れた魔力の暴走は悪化するばかり。




「ええい、だったら……!」




 光球を作る要領で、魔力を掌に集中させる。




「……なっ!」




 暴走していて不安定であるせいか、作り出された光球は表面が粗く、絶えずノイズが走っている。




「ピキィ!」




 近くにいたナキウの幼体に、その光球が当たったようで、短い悲鳴が上がる。当たったと思われる箇所が黒く焦げている。


 火傷を負っている。


 それは、つまり、練り上げによって作り出された炎が物理的に干渉したということだ。


 課題クリアに向けて一歩前進したことを嬉しく思いつつも、皐月は暴走する魔力を体外に放出することを優先する。




「えーぃ、どうにでもなれぇぇぇ!」




 皐月は暴走している魔力を光球に込め、力一杯に投げ飛ばす。テニスボールくらいの大きさしか出せなかった光球が、バスケットボールくらいの大きさになっていた。


 放物線を描いて飛んだ光球は、草むらの向こう側に着弾し、爆発を引き起こした。




「きゃぁ!」




 襲いかかってきた爆風に、皐月は目を瞑る。咄嗟に手で顔を覆って防御するも、特に痛みは走らない。


 恐る恐る目を開けると、着弾地点を中心に3メートル程の範囲が黒く焼け焦げ、プスプスと煙を上げている。皐月の目の前には、体の至る所が焦げているナキウの幼体が転がっている。




「……ピキィ……ピキィ……」




 小さく悲鳴とも、呻き声ともとれない声を上げている。




「意外としぶといのね」




 それとも、あの光球には見た目ほどの威力が無かったのか。


 瀕死の状態で苦しむナキウの幼体は気にも留めず、皐月は掌を見つめる。


 異変? 違和感?


 これまで眠っていた細胞が目覚めたような、エネルギーが通っていなかったところにまでエネルギーが通い始めたような。


 すっと息を吸い、掌に力を込める。


 暴走していた時のような大きさではないが、今までよりも大きな光球を作り出せた。掌に熱さを感じる。


 草むらに近付き、低木の葉に光球を当てる。葉から煙が立ち昇り、そして、燃え始める。




「やった……。やっぱり、体内にあった魔力量が少なかったんだ。それが、あの暴走で許容量が増えたのかもしれない」




 グッと手を握りしめ、唐突な成長を嬉しく思っていた。


 そこへ、ガサガサと草むらを掻き分ける音がして、5匹のナキウの幼体が現れた。




「プミュウ?」


「プキプキ、プニュ」


「プミ、プウッ」


「プコプコ」


「プ? プコォォォォ!?」




 4匹が出合い頭に皐月に興味を示していると、残りの1匹が叫び声を上げた。その視線は、焼け焦げて、いつの間にか息絶えた幼体がいる。




「プッコプッコプー!?」


「プリプリプー!!」


「プキプキ、プリリン!?」




 5匹は慌てて、ナキウの死体へ駆け寄る。友人なのか、兄弟なのか。その取り乱し様は、悲壮感に満ち溢れて、どの個体も目から涙を流している。


 命を失い、僅かな声さえ上げない死体に縋りつき、




『ピキィィィィィィィィィィィッ!!』




 と、みっともない泣き声を上げ、滝のように涙を流し、号泣している。


 同情を誘い、悲壮感溢れるシーンだが、皐月の心には微塵もそのような感情は湧き上がらない。


 むしろ、掌をナキウの幼体に向け、光球を作り出す。脳裏に浮かぶのは、転生前にアニメでよく見たもの。こういう魔力の塊を放って敵にぶつけるやつ。


 そのような技術や方法は教わってない。


 塊を飛ばす。


 ひたすら、脳内でイメージする。


 銃で撃つイメージ。光球が掌を離れて飛んでいく。


 そのイメージが伝わったのか、光球が掌から離れ始める。




「…………っ、いける!」




 掌から光球から弾け飛ぶイメージを『込める』。


 そのイメージが光球にまで伝播し、光球は赤い線を空気中に描きながら飛翔し、死体に縋り付いて泣き続けている5匹のナキウの幼体に着弾する。




『ピキッ』




 短い悲鳴と共に爆発し、皐月の背丈ほどだが、爆炎が立ち昇り、5匹の体のあちらこちらが燃えている。




『ピキィッ、ピキィィィ! ピキィィィィィィィ!』




 爆発の影響か、体に負った傷から青い血が流れ出る。よく見てみると、血に火が燃え移っている。血を伝って火がナキウの体内に入り込む。




『ピギィィィィィィィッ!』




 生きたまま体内から焼かれる苦しみは想像を絶するだろう。幼体の体は中と外から焼き尽くされ、間もなく、その命は尽きた。




「ふむ……あっちか……」




 皐月は幼体が姿を現した方向へ向き直る。


 木の枝を拾い、それを使って草むらを掻き分け、その方向へ歩いていると、開けた場所に出る。その先には洞窟が口を開けており、その付近には6匹の幼体が皐月を興味深く見ている。


 ナキウの幼体にしてみれば、爆音が響き、爆煙が立ち昇る方向から現れた皐月は興味を引くには十分な存在だ。あの耳障りな声を上げることなく、沈黙を守って観察に終始している。


 ここまで歩いて来る間に皐月は考えていた。


 酷く脆く弱いと言われているナキウの、更に弱い幼体でさえも殺せない程の低い威力をどうにかできないものか。




(物理的な影響を与えるってことは、物理的な影響を受けるってことだよね。確か、銃弾って回転させることで空気抵抗を減らして威力を上げているんだっけ?)




 皐月は掌をナキウの幼体に向け、光球を作り出す。


 イメージすることで飛ばすことができた。それならば、光球を回転させるイメージを伝播させる。


 ゆっくりと、ゆーっくりと、光球は回転し始める。




(もっと……、もっと早く!)




 光球の回転は更に早くなり、早くなるごとに輝きも増していく。動きを与えていると魔力も込めやすいのか、運動エネルギーが加わることによるものか、頬に熱を感じる。


 回転するイメージに加えて、撃つイメージを強く念じる。一度は成功した。2度目は簡単に撃てた。


 光球の飛翔速度は、空気抵抗が減少しているのか、先程のものよりも速い。


 着弾と共に起こる爆発も大きく、皐月は身構えて踏ん張らなければ吹き飛ばされそうになるほどの爆風に見舞われる。威力も比例して大きくなったのか、洞窟の入り口が崩れ落ちる。


 爆音や爆風に掻き消されたが、幼体は短い泣き声を上げ、その命を散らせた。




「……成功!」




 皐月の表情に笑みが浮かぶ。こうも早くに特訓が終わるとは。




(終わりでいいよね!? じゃぁ、残りはバカンスだ。ずっと城の中だったから気分転換に丁度いい!)




 実際には、何度か城から出奔しようとしたことはある。歩くのも覚束ない年齢だったこともあり、あっさりと捕まったが。その後も隙を見ては脱走を試みたものの、精々、3歳や4歳の歩行速度。見る者を和ませ、微笑みと共に捕獲されるだけだった。


 念願の城の外での生活。期間は限られているだろうけど、満喫するとしよう。


 そう思って、まずはキャンプする場所を探すため、踵を返そうとしていた皐月の耳に、複数のナキウの鳴き声が入ってきた。幼体とは違う。


 振り向いた皐月の目に映るのは、皐月よりも遥かに体が大きなナキウの成体。少なくとも3匹。




(もしかして、あの洞窟ってコイツらの巣?)




 無視しようと思った皐月だが、瓦礫に押し潰されて原形を失い、全体的に焼け焦げている幼体の死体を見て嘆き悲しむ成体の泣き声は、非常に耳障りだ。ぞろぞろと出てくる成体は7匹。その内の1匹と皐月の目が合い、成体は怒りに満ちた声を上げる。




『フゴォォォォォォッ!!』




 間抜けな怒声が響く。少なくとも成体たちは、皐月を敵として認識しているようだ。


 皐月は踵を返すのを止め、ナキウへと向き直った。


 バカンスを楽しむためにも、やらなければならないことはやっておこう。


 皐月はそう決心し、深く息を吸って、光球を作り出した。

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