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第8話 皐月のちょっとした冒険①

「そろそろ魔力の制御についての勉強を始めましょうか」




 シルビィの言葉が発端となり、皐月は初めて訓練所へ立ち入ることになった。


 訓練所という言葉で、なんとなく汗臭いイメージがあった皐月だが、現実は正反対で、かなり清潔に保たれている。なんなら、爽やかな香りが漂っており、皐月の中の訓練所に対する印象はガラリと書き換えられた。




「皐月ちゃんは魔力は知ってるわね?」


「うん。この世界に満ち溢れているエネルギーであり、魔族や人族が体内で精製したり、貯蔵したりできるんだよね」


「そう。魔術を行使するにも必要で、そのために魔力の制御を訓練しないといけないの。練り上げる魔力が少ないと魔術は発動しないし、多いと燃費が悪くなるだけだからね」




 そう言いながら廊下を進み、突き当たりにあるドアを開けると、そこは広々とした空間になっている。何かしら設備が置いてあるわけでもない大広間で、床も壁も綺麗に磨き上げられている。




「皐月ちゃん、魔力を感じ取ることはできる?」


「うん、こういうのだよね?」




 皐月は掌を差し出し、そこに意識を集中させる。すると、掌から赤い粒子のようなものが湧き上がり、それが渦を巻き始める。次に、空気中からも同じように赤い粒子が、渦に巻き取られるようにして表れ、テニスボールくらいの赤い光球が出来上がる。


 事も無げにやってみせた皐月だが、シルビィは目を見開いて驚愕している。




「いつの間にこんなことを……!?」


「え……、勉強の合間の気分転換に……。違った?」


「いえ、違わないけど……」




 シルビィが訊いたのは「感じ取れるか」という質問であり、大気を満たす魔力や、自身の体内にある魔力を感知できるかの確認だった。


 皐月がやってみせたのは「感知」の次の「操作」の更に次の「現出」に相当するものだ。魔術を操る者にとっては基礎技術だが、習得するには相応の時間がかかる技術である。




「そこにいくのに、普通は3年はかかるのに……」




 ポツリと漏らすシルビィ。




(あー、まあ、2歳の頃から気分転換に魔力を操れないかとしていたから、普通と言えば普通かな……。……はっ!?)




 皐月に嫌な予感が走る。皐月はその普通の期間をかけただけだが、シルビィから見れば何の訓練も無しに段階を飛ばして基礎技術を取得しているように見える。


 これでは、無自覚に天才を披露しているようなものだ。


 シルビィは耳に手を当てている。




(マズイ! テレパシーで誰かに伝える気!?)




 皐月は咄嗟にシルビィを止めようとするが、完全に出遅れた。




「あ、お姉様? 皐月ちゃん凄いわ天才よ! もう、魔力の『現出』までやってのけてるの。私なんて3年かかったのに! ええ、そう。今は第6訓練所よ」


「ちょっ、叔母様!? そんな大袈裟な!!」


「うふふ、大袈裟じゃないわ凄いことよ」




 文字を書いてみせた時の騒動を思い出し、皐月は冷や汗を流す。予想以上に「天才だ」と持ち上げられた居心地の悪さに、目立つことを拒否するようになったのだ。


 それからは、「淑女の嗜み」という言葉を隠れ蓑にして目立たないようにしていたのに、ついうっかり天才ととられかねないことをやってしまった。


 何とかしなければと皐月が思案していると、不意に目の前の空間が縦長の楕円形に歪む。そのまま、楕円形の中が闇に満たされると、そこからシルネイアと魔王が姿を現した。




「瞬間移動!?」




 そこまでして駆け付けるかと驚く皐月を差し置いて、魔王は皐月を頭上に抱き上げ、




「もう、現出までできるんだって? 流石は皐月! 私の娘は天才だ!」




 そう言いながらクルクルと回る。満面の笑みを浮かべ、子供のようにはしゃいでいる。




「もう、あなた? そんなに回っては皐月が目を回すわ。降ろして下さいな」


「大丈夫さ。皐月ならこの程度」


「ふふっ、あなた? いい子だから、ね?」


「あ、はい」




 シルネイアには頭が上がらない魔王。夫婦喧嘩で勝てた例が無い。魔族最大の権力者でも、勝てない相手はいるものだ。


 クルクルと回るのは止めた魔王だが、腕に皐月を座らせ、やたら「天才だ」と褒めちぎる。




「何かご褒美をあげよう! 何が欲しい? 領土とかあげちゃおうかな!」


「え、いや、いらない」


「もお! 皐月は奥ゆかしいなぁ! 何が欲しいんだい? 何でも言ってご覧!」


「では、さっさと執務室に戻って、とっとと書類に目を通して印鑑を押してくださいスットコドッコイ魔王」


「うわあ!? ディルムッド!! 貴様、いつの間に!!」


「王妃殿下が回廊を繋げて下さいました。さあ、さっさと戻りますよ。いい加減、御息女関連の通信を傍受するのはお止めください。それ、盗聴ですよ。愛想尽かされても私は知りませんからね」


「シルネイア何で! あと、ディルムッドは一言多いわい!」




 ディルムッドに引き摺られて、魔王は瞬間移動の回廊の中へと入っていった。シルネイアは笑顔を浮かべて、手を振ってそれを見送る。




「よし、邪魔者はいなくなったわ」


「邪魔者?」


「ええ。私が皐月を愛でようとする度に現れるアホだからね。簡単に来られないように仕事を増やしているのに、意外としぶといのよ」




 朗らかな笑顔で言い切るシルネイア。魔王が忙しい理由の半分は、シルネイアが手を回して仕事を水増ししているからだ。おかげで、これまでは後回しにされていた辺境地域の経済事情が改善されて、魔王の支持率が上がっているから無駄や嫌がらせとは言い切れない側面もある。




「さて、アホ面もいなくなったし、皐月、私にも現出を見せてくれる?」


「……今度はアホ面……」




 ナチュラルに魔王への悪口が出るシルネイア。皐月の遊び相手をしていると、しょっちゅう割り込んできていた魔王へ、相当な不満が溜まっていたらしい。そこで、魔王に対してズケズケと物言いをするし、能力も高いディルムッドを側近に推薦し、渋る連中は実力で黙らせ、魔王への抑止力にしたのだ。おかげで、皐月との時間を過ごせるようになった。魔王はこのことを知らない。


 そんなことはさて置いて、皐月はシルビィに見せたように赤い光球を作って見せる。


 シルネイアはそれを感心したように眺める。




「なるほどね~、皐月は炎属性か。私と同じね」


「属性?」


「そ。魔力は世界を満たすエネルギー粒子だから、自ずと自然界に存在する属性を帯びるの。そして、それを取り込み、自身と相性の良い属性が発現するってわけなの」


「ふ~ん。知らなかった」


「ふふ、知らないことは覚えていけばいいのよ。炎属性は攻撃力が高い代わりに、発動速度が遅く、後手に回りやすい属性なのよ」


「発動速度が遅い?」


「ええ。だって、そこら中に火や炎があるわけじゃないでしょ? 自然界でも限られた場所にしか存在しないし。それこそマグマとか。それでも、土属性と混合だから、純粋な炎なんて、山火事にでもならない限りは無いわ。だから、炎属性の魔力が溜まるのは時間がかかるし、体内で精製するのにも時間がかかるの」


「そうなんだ。何だか、使い勝手が悪そう」


「否定はできないわね。でも、それも訓練で補えるし、何より、サバイバルだと重宝される属性よ。火起こしが楽だしね」


「なるほど!」




 この時の皐月の返事を、後に本人は後悔することになる。そこまで興味があるわけでもないし、適当に相槌を打ったことが原因なのだ。加えて、シルネイアはスパルタな教育もすることを思い知った。




「現出までできれば、あとは慣れよね。現出の次は確か『練り上げ』だったわね」


「練り上げ?」


「魔術を使うのに必要な量を抽出する工程よ。魔術は術式という設計図みたいなものを覚えないといけないから、今の皐月には早いけど、練り上げができるようになっておくと後が楽よ」


「うん。分かった!」


「それに、この練り上げの段階になると、炎属性は物理的な現象も見せるわ」


「物理的な現象?」


「物を燃やしたりとかね」


「え、凄い! でも、ちょっと怖い」


「慣れよ、慣れ! 慣れてしまえば問題無いわ」




 そう言われて、訓練を通して慣れていくものだと思っていた。そういう流れなのだと。「私がしていた訓練方法を教えてあげる」って言っていたし。


 その横でシルビィが焦った様子を見せていたことをもっと不思議に思うべきだった。


 そんなこんなあって、皐月は今、無人島にいる。




「何でこうなったー!? 回廊通って行った先が無人島で、食料だけ渡されて、いきなりサバイバルー!! 私はまだ5歳ですけどー!!」




 転生前と合わせれば20代だが、この際、それは考えないことにする。


 こうして、皐月の魔力訓練を兼ねた冒険が始まった。

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