第66話 厄介事が次から次へと
夜が明けて、光一は地下のドームへ「回廊」を開こうとする。邪魔な淵谷家の女がいなくなり、心置きなくドームを探索できると思ったからだ。
しかし、「ドーム」を開いた瞬間、「ドーム」から瓦礫が流れ出てくる。
「えー……まさか、そんな……」
そこで、仕方なく崖の上に座標を再設定し、改めて「ドーム」を開き直す。
崖の下に降りるのは、短時間ではあるが、空中に浮くことができるようになった今では容易なことだ。
地下への入り口は、完全に崩落し、中へ入ることができなくなっている。
「ちっ。生命活動の停止と共に自爆するようにでもしていやがったな。こういうところは、流石は『裏七家』だな。俺でもこうする」
もしも、洞窟を埋め尽くす瓦礫が魔力によって生成されたものであれば、優位属性の「風属性」の魔力で即座に消せる。
しかし、これはあくまでも自然物。風属性の魔力を当てたところで、多少は削れるけれど、消滅まではいかない。ここが崖下という環境でなければ、竜巻のように激しい暴風をぶつけて吹き飛ばすこともできた。
「うーん。やったら、崖全体が崩れてきそうだな……。参ったな……」
竜巻のような暴風を解消しつつ、光一は諦めたように呟く。
風属性の魔力を駆使し、瓦礫の隙間を縫って内部を探ってみるが、奥深くまで瓦礫で埋まっている。これでは、地下深くのドームまでも瓦礫で埋まっているだろう。
「まあ、コーポが『裏七家』絡みの組織なら、似たような建物は他にもあるだろうし、それを探すか」
大雑把に今後の方針を決めつつ、光一はタカラベ村へ帰る。
「にゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
「うおぁっ!?」
帰ってきた光一を出迎えたのは、ずーっと待ちぼうけを食らっていた子猫。その後ろには、村人たちに謝罪しまくっている「舎弟頭」。なかなか、いつもの広場に来ない光一に痺れを切らした子猫が暴走して村まで来たのだろう。
そんな光一が姿を見せたものだから、子猫は光一の襟首を咥えると、広場に向かって走り出す。一応、村では遊んだらいけないと分かっているらしい。
「ちょ!? ちょっと光一を返しなさい!」
サリエラが大慌てで後を追う。
しかし、子猫の走る速度に追いつけず、グングンと距離が離される。
広場に着く頃には、光一と子猫が追いかけっこをしていた。時折、光一が反撃するが、子猫には痛手とはならない。むしろ、かえって子猫を楽しませるだけだ。
ちなみに、ルビエラはいつの間にか広場に着いていた。
ひとしきり追いかけっこの相手をした後、子猫は「舎弟頭」に連れられて帰っていく。
光一もサリエラの肩を借りて、村へと帰る。
ルビエラは光一の成長を嬉しく思いつつ、昼ご飯は光一の好物にしてあげようと頷く。
そんな三人を出迎えたのは、どこか申し訳無さそうにしている村長。その手には、差し入れと思わしき風呂敷。
「少し、相談をいいかの?」
村長を家に迎え入れ、村長が差し入れた魚の煮付けを合わせた昼食を摂る。
「ナキウが?」
「何人かの村人が言うにはの、決まった方向からやって来るらしいんじゃ。儂は見とらんがな。それも、割と短い間隔でな」
「短いって……あ、美味しい……どれくらい?」
ルビエラは煮付けを気に入ったようだ。
「村人の話をまとめると、短くても三週間といったところかの?」
「早っ!」
思わずツッコむ光一。ナキウが巣分かれで集団移動するのは、群れの数が一定数を超えてからだ。数で言えば最低でも百匹。群れの数がこのラインに達するのは、どんなに早くても二ヶ月ほど。
「ほぼ倍の早さで増殖してるのか」
「ううむ、聞いたことないがな。それで、原因を調べたいんじゃが、村の人手はあちこちの市場への出荷とその準備で手一杯での」
「しょうがない。私が行くか」
「あ、ちょっと待ってくれ! ルビエラには私が相談したいことがあるのだ!」
意気揚々と立ち上がるルビエラに、バハムートが待ったをかける。
「ついうっかり家族団らんを楽しんでいたが、今回、陸に上がってきたのは相談があったからなのだ! 割と早急な感じで!」
「そうでした。光一の修行とやらがあまりにも想像以上でしたので忘れてました」
サリエラも同意する。
二人に言われては断れないルビエラ。渋々と座り直し、光一へと視線を送る。
「いーよー。この煮付けも気に入ったし、やるよ。調査。ナキウの出処を調べればいい?」
光一の言葉に、村長は笑顔を浮かべる。
「うむ。そしての、もしも、そのナキウの集団を潰せるなら潰してくれ。お主なら簡単だろうが、苦戦するようなら情報だけでも持って帰ってきてくれぃ」
「多少、手荒でもいいなら楽勝だよ。早速、行くか」
そう言って立ち上がる光一。村長も一緒に立ち上がり、村人から聞いた方向を示す。村の西南方向から来るらしい。
村人たちも、面倒事を光一に押し付けるのを申し訳なく思っているのか、おやつを持たせてくれた。
ルビエラとバハムート、サリエラからも見送られ、光一は村から出発した。
幼い頃に村を出た時は山を越えていったため、この西南方向は初めての方向だ。雑木のような細い木がポツポツと生えている以外は、山も川も無い平原だ。地面は乾いており、村の人たちも開拓を後回しにしたと聞いたことがある。
大まかな方向は決まっているが、ナキウが見つからないことには始まらない。視界の中にはナキウは影さえも見当たらず、光一は風属性の魔力での索敵を最大範囲で行う。今の光一なら、視界の外にまで範囲を広げることができる。
「うーん、いないなぁ……」
索敵範囲を広げた状態で歩いていると、範囲の外側ギリギリに、ナキウの群れを感知する。
その群れに向かって歩いていくと、視界でもその姿を捉えることができ、ざっと五十匹程度と群れの規模を確認する。
「ふーむ、成体が十匹、青年体が八匹、少年体が十二匹、残りは幼体か。そこそこの数だな」
ナキウは、敵から襲われると巣へと逃げ戻る習性がある。それは、巣分かれでも同様であり、方向を変えてから巣分かれをやり直す。
だから、このナキウの群れの出処を探るのは簡単だ。
「ビキィィィィィィィィィィ!」
「ビコ! ビコビコ!」
股間のイチモツを風の刃で斬り落とされた成体が泣き叫び、光一が足を掴んで逆様にしている幼体を返せとメスが咽び泣く。
「ピキピキ!」
逆様にされた幼体は強気で、光一に向かって拳を突き出す。当たったところで光一に痛手があるわけも無く、光一はあっさりと手を離す。
脱出できたと勘違いした幼体が這いずるように成体のもとへ逃げようとするが、その背中を光一は踏み潰した。
「プジョッ!」
短く、間抜けな悲鳴を上げ、幼体は死ぬ。
元から引き篭もり気質の青年体たちは既に逃げの姿勢になっており、光一に背中を見せて走り出している。光一は石を拾い上げ、その青年体の背中に向かって投げつける。
「ビャッ!」
特に魔力を込めているわけでもなく、むしろ、手加減している。それなのに、石は青年体の体にめり込み、青年体を吐血させる。
地面に倒れ込んだ青年体を、他の青年体は無視して逃げの一手。成体たちが、幼体たちを逃がしつつ、倒れた青年体を手助けする。
向かってくる個体がいるわけでもなく、光一が武器を振るっているわけでもない。一応、使い慣れた武器は装備しているが、ナキウ相手に使う必要は無い。
それにも関わらず、ナキウの群れは光一に蹂躙され、数を半分にまで減らす。
群れは、光一を突破して先に進むのは無理だと判断し、皆が光一に背を向けて逃げ始める。
それこそが、光一の狙いだ。
光一に目もくれずに、鈍い動きながら、精一杯の速度で逃げていくナキウたち。死んだ幼体を置いていくのは躊躇していたが、それも最後には諦めた。
一度逃げ始めたナキウは、古巣に辿り着くまで方向を変えることも無いし、後ろを振り向くことも無い。
それでも、光一は念のために久し振りの「隠遁」スキルを使い、姿を消して、悠々と後を追う。
夜を迎え、疲れた幼体が休もうと癇癪を起こし、群れは立ち止まる。近くに光一の姿が見えないことに安心したのか、休息を取ろうとするナキウの群れ。
さっさと調査を終わらせたい光一がそれを許すわけもなく、姿を消したまま、寝転がっている幼体を踏み潰す。別に、成体や青年体でもいいが、幼体の方がナキウにはショックが大きい。危機感を煽るには、幼体や幼少体を狙うのが手っ取り早いのだ。
「ビキィィィィィィィィィィ!」
幼体がいきなり潰れて死んだことを悲しみながらも、危険が去っていないことを察した群れは移動を開始する。
光一は荷物の中から雑巾を取り出し、足に着いた汚れを拭いながら、追跡を続行する。
夜は過ぎて朝になり、光一がおやつを食べていると、目の前に村が見えてきた。簡素な柵で囲われた村は、タカラベ村に比べると貧しく見える。
「あ? お前ら、何で帰ってきたんだ?」
村の見張りをしている青年が、群れの成体に尋ねる。
「ビコォ! ビキビキ、ベクウ!」
「ん? よく分からんが、数が減っているな。魔獣にでも襲われたか?」
「ビコビコ! ブクブク、ベキイ!」
「何言っているのかサッパリだが、とりあえず入れよ」
全く会話にならず、それでも青年はナキウの群れを受け入れた。
ここが出処なのだろう。
質素な柵など、光一にとっては無いも同然だ。あっさりと飛び越えて、村へと侵入する。
ざっと見渡してみると、村人は誰もが痩せ細っている。井戸はあるし、田畑も見えるが、土は痩せ、作物も元気が無い。
村の中を見ていると、村の奥には幾つもの柵に囲われる形で、数多くのナキウの群れがいた。「ビコビコ」「プコプコ」と鳴き声が喧しい。
(何匹いるんだ? 下手すると千匹超えるか)
ある程度は家族単位で囲われているようだ。
そのナキウたちも、あまり食事が摂れていないようで、光一が今まで見てきたナキウよりも少し細い。ナキウたちの足元には雑草が一本も生えていない。既にナキウが食い尽くしたのだろう。ナキウでも痩せることがあるのかと、光一は驚いた。
観察していたら、このナキウの飼育場を管理していると思わしき、青年と老人の会話が聞こえてきた。足音を立てないように気を付けながら、光一は歩み寄り、その会話に聞き耳を立てる。
「新しい井戸はまだ掘れんか」
「皆で頑張っているけど、ここら辺は水脈が細いみたいだ。作物だってギリギリだ」
「それなのに、タカラベ村は……!」
(何で、そこでタカラベ村が?)
近くで、そのタカラベ村の光一が聞いているとは露とも知らず、老人は言った。
「帰ってきた群れと合わせて、また、ナキウの集団を送り出せ! あそこのせいで儂らが苦労しとる! 少しの嫌がらせくらいはせんと気が収まらんわ!」
「りょーかい! 今日の夜までには纏めて、明日の朝にでも送り出すよ」
その会話を聞いて、光一は頭を抱えた。
てっきり巣分かれでやってきていたと思っていたナキウの群れは、あることさえ知らなかった村の嫌がらせだった。理由は知らないが、何やらタカラベ村に恨みを持っているようだ。
まずは、話を聞こう。恨みを解消しないと、事態は解決しないだろう。
(その前に、ナキウは片付けようか)




