第65話 親が怒ったらとりあえず謝れ
タカラベ村を襲った爆発。
しかし、被害は一切無い。爆発は大きく、威力も十分だ。魔族領のオリオス連峰に巣食っていたナキウの群れで実験された時よりも、その威力は高められている。それにも関わらず、村の建物には煤が付いただけで、大した被害が出ていない。
理由は単純で、この村の建物が非常に頑丈だからだ。「山の獣」の魔力によって変質した木材を使用しており、大抵の攻撃であれば罅を入れることさえ難しい。ガラスも同様であり、多少震えただけで、割れることは無かった。
「ぬ……。硬い建物だな。まあ、いい。いるんだろ! 光一! 出てこい!」
「喧しい!」
「ホゲェェェェェェェェェェェェェェェッ!」
光一を呼ぶ変異幼体に、ルビエラの飛び蹴りが炸裂する。
光一が来るとばかり思っていた変異幼体は、認識できないほどの速度で蹴り飛ばされ、間抜けな悲鳴を上げて吹き飛んだ。
十数メートル吹き飛び、肋骨が数本砕け散り、それでも、変異幼体は立ち上がる。
「ヴ……ヴェェェェェェェェェェェ!」
血液混じりの吐瀉物を吐き出し、ルビエラを睨みつける。
「き……貴様……いきなり何を」
「オラァァァァァァァァァァ!」
「ボゲェェェェェェェェェェェェェェェ!」
「我が妻を『貴様』呼ばわりとは何事か!」
ルビエラに文句を言おうとした変異幼体に、今度はバハムートの回し蹴りが捻り込まれる。
ルビエラから見て左方向に蹴り飛ばされ、一本の木に衝突する変異幼体。右腕が圧し折れ、通常では曲がらない方向に曲がっている。
「だ……誰だ……貴様は……?」
「ルビエラの夫にして、光一の父親のバハムートだ! 貴様のような下等種が拝むのも憚れるべき存在である!」
「ち、父親……だと……! 光一が何をしたのか……知っているのか……!」
「旅をしていたことは知っている!」
「アイツは非情な奴だ! 幼少体や幼体のような……守るべき幼い者らを見下し……見捨てた冷血な奴だ!」
「それがどうした? ナキウなど守る価値は無かろう! 何故、その程度で怒るのか!?」
「貴様も……! 貴様もそう言うのか……! 思い知らせてやる!」
変異幼体から魔力が放出され、変異幼体は臨戦態勢に入る。
「ーーーーーー! ーーーーーー!?」
気合い十分に雄叫びを上げようとしたら、声が出ない。咄嗟に喉に手を当てると、呼吸ができないことに気付く。藻掻き苦しみ、喉を掻き毟るが、皮膚が剥げるだけで、事態は好転しない。
膝をつき、動かせる左手も地面について体を支えていると、視界に光一が映る。
目的の光一を見つけ、襲いかかろうとするが、窒息の苦しさがそれを上回る。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
せめて、罵詈雑言だけでもと口を動かすが、言葉は出ない。空気も口の中に入ってこない。
視界が歪み、体を支えることも難しくなる。
地面に倒れ込み、モゾモゾと藻掻き、視界が暗くなっていく。
家族団らんの時間を邪魔されて、怒り心頭の両親に気圧されていた光一だが、そもそも、呼ばれたのは光一だ。光一は二人に遅れながらも、家から出る。サリエラは大して興味無さそうに、食事を続けている。
家から出ると、そこにいたのは何時ぞや、山で見た変異幼体だ。正確には、その死体に怨念体が入り込んだゾンビみたいなものだ。修行中にもやってきたが、ルビエラにあっさりと撃退された。
今回も、ルビエラとバハムートにボコボコにされている。
「死体でも、中に怨念体が入っていると、ダメージはあるのか」
冷静に観察していた光一は、ルビエラとバハムートを引き留め、攻撃を代わる。
直接的に攻撃するわけではない。風属性の魔力を持つ光一は、風を、厳密には空気を操ることができる。テルスズ山に巣食い、タカラベ村の村人と戦争をしているつもりだったナキウの拠点を襲った際に、そのことを実験した。巣の部屋から空気を引き抜いた。結果として、それは成功し、真空状態を作ることができた。ナキウは体の内圧に負け、破裂した。ナキウの口の周辺から空気を取り除くことで、窒息死させることができることも確認できた。
その要領で、光一は変異幼体の口周りから空気を取り除く。呼吸はできなくなり、口から発せられる言葉も遮断される。むしろ、口を開くと、そこから空気が抜けていく。
変異幼体は光一を睨見つけるが、それも一瞬のことで、窒息の苦しさに耐えきれず、丸まるように蹲る。
「こんなもんか」
退屈そうに光一は言う。
もしも、ルビエラであれば呼吸を封じられても数十分は戦闘ができるだろう。むしろ、ルビエラだって風属性の魔力を使えるから、呼吸を封じるのは難しい。「山の獣」は口だけで呼吸をしているわけじゃないから、窒息させるのは不可能に近い。
風属性で窒息させることができる時点で、光一にとっては格下ということになる。
とどめとして頭でも踏み潰そうとした時、声が響き渡る。
「お待ち下さい! 光一様!」
言葉と共に、「回廊」が開き、淵谷家の女が姿を現す。
「お騒がせして申し訳ありません。コイツがどうしても戦いたいと喧しいので向かわせましたが、やはり、趣味で改造しただけでは足元には及びませんね」
「爆破しといてよく言う」
「コイツが勝手に連れ出したのですよ。それに気付いて取り返しに来ましたが、遅かったようですね」
「武器の管理が杜撰だな」
「耳が痛いですね。自律機動できるようにナキウを改造した爆弾なのですが、この村を荒らすには性能不足ですね」
「何にせよ、何度も何度も面倒だ。ここでケリを付ける」
そう言って、光一が一対のナイフを構える。魔王に買ってもらった、お気に入りのナイフ。
その様子を見た淵谷家の女は、どこか呆れたような雰囲気を出しつつ、光一に向き直る。
「およしください。前世であればまだしも、今の貴方では無理ですよ。それは、十分に理解して頂けていると思っていましたが?」
「言うだけならどうとでもなる」
「それは……蛮勇ですよ……!」
光一に踊りかかる淵谷家の女。
直後、淵谷家の女の首は斬り落とされ、地面の上に転がる。
光一が持っている右手のナイフには一筋の血が付いており、光一に斬首されたのは間違いない。
しかし、いつ?
「な……何故……?」
「首を落とされても即死しないとは……さすがに驚いた」
「わ……私は……」
「あぁ、代わりの体には移れないぞ。俺が殺したのは『お前』という存在であり、どうあっても『お前』はこの世に留まれない」
「わ……たしは…………あな……たより……」
「あぁ。お前は俺より強いよ。前世の俺よりは弱いけど。でも、それが油断に繋がったな。俺のスキル『暗殺』は〝油断している〟ことを条件に、その相手を〝実力差を無視して確実に殺す〟スキルだ」
「ゆ…………だん……わた……しが……………」
「じゃあな。バイバイ」
光一が言い終えると、淵谷家の女は瞼を閉じ、息を引き取った。淵谷家の女が回収しようとしていた変異幼体も、涎を垂らして死んでいる。
「オノレ……オノレ光一! 貴様ダケデモ!」
変異幼体の死体から染み出すようにして現れた怨念体だが、下から粒子となって体が消えていく。
「ナンダ……ドウシテ!」
「怨念体なら、こうやって浄化すればいいだけであろう!」
泣き喚く怨念体に、バハムートが言う。バハムートは浄化系統を扱えるようだ。
こうして、何かにつけて光一を狙っていた淵谷家の女と、怨念体に取り憑かれた変異幼体はこの世から消え去ったのだった。




