第64話 家族団らんに首は突っ込むな
優れた治療技術のおかげで、崩壊寸前だった肉体は完治に至った。その体の動きに問題が無いことを確認した変異幼体(怨念体入り)は、拠点の中を突き進む。
目的は一つ。
光一との戦いだけ。ナキウの幼少体や幼体を人間から守ろうとせず、突き放すだけだった非情な人間にナキウの恨みを思い知らせる。
その為にも、光一のいる場所への道を開くことのできる淵谷家の女を探す。
「全く、あの女はどこにいるんだ? んん?」
廊下を歩いていると、不意に幼少体の鳴き声が聞こえてきた。
自分以外にナキウがいるとは思ってもいなかった変異幼体は、その声の出処を探す。手当たり次第にドアを開けていく。
「どこだ? ここか?」
ドアを開けると、その部屋の中から幼少体の鳴き声がする。
変異幼体が中に入ると、その部屋は一際広い造りになっており、壁際を埋め尽くすように水槽が並んでいる。水は入っておらず、代わりに一つの水槽に十数匹の幼少体が詰まっている。
「ピョー?」
「ピャクー?」
「ピュゥ?」
歩み寄ってきた変異幼体に興味津々の幼少体たちは、水槽の壁際まで這い寄り、変異幼体を見つめる。
「ふふふ、可愛いな。君らはどうしてここにいるんだい?」
光一のことを考えている時と違い、優しい微笑みを浮かべ、幼少体に尋ねる。
幼少体は、まだ、言葉を理解することはできないが、変異幼体の優しげな雰囲気を感じ取り、抱っこをねだるように手を伸ばす。
水槽に蓋がされている為、変異幼体はその蓋を外そうとする。
この時。
不意に、部屋の奥にも気配を感じ取る。少なくとも、敵ではない。
変異幼体は、その気配を探るように、部屋の奥へと進んでいく。水槽が並ぶ空間と仕切るカーテンを捲り、その奥へと進んでいくと、
「き、君らは……?」
複数のナキウの成体がいた。オスとメスの二匹がギリギリ入る広さに板で仕切られた小部屋が、数十部屋並んでいる。陰鬱な雰囲気が漂い、成体たちの表情は暗い。
その陰鬱な雰囲気に気圧されながらも、変異幼体が部屋の奥まで歩いていると、奥からメスの泣き声が響いてきた。続いて、淵谷家の女が使役する式神の人形が、麻袋を吊り下げて空中浮遊してきた。その麻袋の中から幼少体の泣き声が聞こえ、麻袋の表面は僅かにモゴモゴと蠢いている。
「おい! 何をしている! それは何だ!?」
変異幼体は式神に問い掛けるが、式神はそれに応えることは無い。式神に登録されている優先順位では、変異幼体の優先度は「論外」であり、問い掛けに答えることなど無い。
力ずくで麻袋を奪おうとする変異幼体だが、式神の飛行速度に追いつけない。
仕方なく、変異幼体は部屋の奥へと走り、泣き声の出処を探す。
泣き声を手掛かりに進んでいると、とある小部屋の前で立ち止まる。その小部屋から、泣き声が響いている。
「こ、これは……!」
オスの成体が頭に穴を穿たれ、血や脳を垂れ流して死んでいる。そのオスの向こう側にはメスが涙を流して泣いており、中身が空になった卵袋が股の中に戻る最中だ。それは、卵袋の中にあった卵が孵化したことを示している。
しかし、何処を見ても生まれた筈の幼少体は一匹も見当たらない。
「どうしたんだ? 何を泣いている?」
「フギィィィィィィィィィィィィ」
「泣いていては分からない。私にできることがあるなら協力する」
「ビキィ? フギィィィィィィ」
「あぁ、本当だ。話を聞かせてほしい」
「ビッ、ビッコ……フゴフゴ、フキョフキョビキィ。ビコビコ、ブミョブミョ、ビキョウ」
メスが語るところによれば、卵袋の中の卵から幼少体が生まれ、卵袋から出てきたところを式神に奪い取られた。オスはそれを阻止しようとしたが、式神により頭を撃ち抜かれて殺されたらしい。
つまり、すれ違った式神が運んでいた麻袋の中にいた幼少体がこのメスの子供たちなのだろう。
「まさか……」
式神の進む先には水槽に詰め込まれた幼少体がいる空間があり、親と思われる成体はいなかった。それは、あの空間にいた幼少体がここから奪われたからではないだろうか。
「なんで、こんな酷いことを……!」
変異幼体は式神を追いかける。
そして、淵谷家の女にも尋ねたいことができた。
彼女は、一体、ナキウをどうしたいのだろうか。
「ゴロニャン!」
「いつまでも、そうやって! やれると思うなよ!」
「ニャーン?」
「避けるだけなら余裕ができてきたな」
「ニャーフ!」
「うお!? 速くなった!」
「ニャー!」
「クッソ! 本気じゃなかったのかよ!」
「グルグルグルグルグルグル」
「遊びじゃないんだよ!」
父と姉が遊びに来たけれど、光一はそれでも修行を再開する。何せ、この二人は事あるごとに遊びに来るのだ。
父「バハムート」は海を統べる〝海王〟であり、姉「サリエラ」はその娘であり、れっきとした王女だ。妻であるルビエラは妃だし、光一は王子ということになる。
しかし、激烈な恋愛の末に、反対する連中を尽く排斥し、結婚したルビエラだが、海の中での生活は無理があった。また、息子である光一も水の適正が無く、海中で生活することは無理だった。
そこで、仲間たちが海辺に作ったタカラベ村にルビエラが住み、光一を育てることにした。
村人にしても、特に社会的地位に関心は無く、ルビエラは仲間であることから、あっさりと受け入れた。
こうして、ルビエラと光一のことが大好きなバハムートとサリエラは小まめに会いに来るようになったのだ。光一が村の外に行っていた七年間は、バハムートとサリエラは不機嫌だったらしい。
「なぁ、ルビエラ。幾ら修行と言えど、アレはやり過ぎではないか?」
「そうです、お母様! 幼いと言っても、『山の獣』なのですよ! 光一が怪我してしまいます!」
光一の修行風景を見たバハムートとサリエラは抗議の声を上げるが、修行に関しては(できるだけ)妥協しないルビエラは無視している。
「ほら、光一! 体勢に注意しないと回避が途切れるよ! スキルに頼らない!」
「わ、分かってるよ! うわぁ!?」
「ほら! 油断するから!」
ひたすら、子猫のじゃれつきを回避するだけの修行だが、子猫は光一を捕まえようとヒートアップしてくる。一瞬でも気を抜けば、じゃれつきという名の締め付けを食らうことになる。
スキルに頼らなくても、ある程度は回避できるようになってきた光一。相手の肩や太腿の動き出しから、相手の次の動きを予測できるようになってきた。回避するだけなら、ルビエラの五割の力での攻撃だって避けることができる。
しかし、野生の本能で攻撃じゃれつきをしてくる子猫にはそれでも足りない。完全に予測して回避したつもりでも、爪先が掠めることが多い。尻尾にも気を付けないと、蛇のように絡みついてくる。
バハムートとサリエラがハラハラしながら見守り、危うい時にはルビエラが手助けする。
そうやって修行の時間は過ぎていき、日が沈む時間帯になった。
遊び足りない子猫は不満そうだが、お目付け役の「舎弟頭」に首根っこを咥えられ、山へと帰っていく。
光一も家族と一緒に村へと帰る。
「もう! 光一! なんて危ないことしてるのよ!」
家に着き、汗を流して、食卓につくと、頬を膨らませたサリエラが詰め寄ってくる。
「修行だよ。外には強い魔獣がいるからね。俺も強くならないと」
「宮殿に来なさい! 安全だから!」
「えー、やだよ。泳げないもん」
「お父様と私が手助けするわよ! すぐに着くから!」
「俺は冒険したいの。この世界の色んな所を見たいの」
「我儘言わないの! 光一は海の王子なのよ、分かってるの!?」
「そう言われてもな」
「もー!」
のらりくらりと宮殿に行くのを断る光一に、サリエラは顔を真っ赤にする。この二人は双子であり、誕生した時間は一分くらいしか変わらないのだが、サリエラのブラコンは重症だ。
そんなサリエラの頭を撫でながら、バハムートが宥める。
「落ち着きなさい、サリ。光一には光一の生きる世界がある。無理に連れ出しても、光一が幸せとは限らないだろう?」
「でも、お父様……」
「あの修行には驚いたが、光一は難なく躱していたじゃないか。光一も着実に強くなっているよ。信じることも、相手を大事にすることじゃないかな?」
「むう……」
サリエラがむくれると、そこへルビエラが夕食を運んでくる。バハムートが引き連れてきたお供の魚人たちも手伝っている。
「サリの弟好きも相変わらずね。海の中に好きな相手はいないの?」
ルビエラの問い掛けに、サリエラは溜息と共に答える。
「いません。私のほうが強いと分かると、誰もが引き下がりますの。そんな情けない連中になんか興味ありませんわ」
このサリエラ。お姫様として非の打ち所の無い見た目に反して、かなりの武闘派だ。バハムートが仕込んだことでもあるが、護衛役が必要無いくらいには強い。
そんな娘の言葉に、ルビエラは苦笑を漏らす。
(私の血かしら? 私も若い頃はこうだったしなぁ……。そうだな。って、やかましい!)
心の中で会話しながら、食事を開始する。
修行のことや、宮殿に行くとかの話は置いといて、それでも、家族の話は弾む。
食卓に笑顔が咲き、食事の手が進んでいると、外が何やら騒がしくなってくる。
「なんだ……? うるさいな……」
光一が家の外を見ようと窓辺に寄った時、一瞬の閃光が走る。直後に、爆発音が響く。
爆発音に紛れて、声も響く。
「出てこい! 光一! 私と戦え!」
その声は、怨念体に取り憑かれた変異幼体のもの。
光一は深々と溜息を吐く。家から出て行こうとする光一だが、肩を掴んで制止された。
制止したのはルビエラとバハムート。
二人の表情には深い怒りが浮かんでいる。
「家族団らんを邪魔されて」
「我が息子に喧嘩を売られて」
『黙っていられるか』
そう言って、二人は家から飛び出した。




