第62話 いつの世も子のヤンチャは親の手を焼く
「子猫」と呼ばれることになった「山の獣(幼)」は、ルビエラの前で不貞腐れている。
「にょぉう」
「いけません」
「にょう……」
「ダメです」
初めての場所で走り回りたい子猫と、それを制するルビエラ。如何に「山の獣」と言えど、幼い内はルビエラに勝てない。多少は手を焼かされたが、ルビエラの威圧感の前に大人しくなった。
光一に顎の下を撫でられ、くすぐったそうに喉を鳴らす。光一からルビエラに似た気配を感じ取るが、ルビエラよりも威圧感は弱く、親しみを抱く。
「にゃーん」
「おぉ、よしよし。も少しでお迎え来るから、待ってようね」
「ぐるぐるぐるぐるぐるぐる」
「おぅ……、ま、待て待て……く、苦し……」
「にょーん」
気に入った光一を前足で抱き寄せる。思いっきり抱き締めるものだから、光一の息の根が止まりそうになる。
「こらこら、離しなさい」
「ふーっ!」
「ほら、良い子だから!」
「しゃーっ!」
「こら! 我儘言わない!」
「にゃうん……」
ルビエラに叱られ、子猫はしぶしぶ光一を手放す。
解放され、光一は咳き込む勢いで息を吸う。
「げっほげほ! うん? おや?」
癖で行っていた風の魔力による索敵に、招かねざる客を感じ取る。
「ほら、子猫、玩具が来たよ」
「にゃん?」
「昼間に平原を出歩くってことは巣分かれだろうね」
光一が指差す方向を子猫が見た時、よちよち出歩くナキウの一団が視界に入った。数にして五十匹ほど。
不貞腐れるついでに退屈もしていた子猫は、瞳を輝かせてすっとしゃがむ。ルビエラは、ガス抜きには丁度いいとでも思ったのか、傍観の姿勢を取る。
「ごろにゃーん!」
子猫は思いっきり跳び、一瞬でナキウの集団との距離を縮める。
「フ! フゴフゴ! フミョー!」
先頭を走る成体のナキウが群れの長。時折、後ろを振り返りつつ、群れを鼓舞する。
群れの背後からは「キラー・ウルフ」と呼ばれる狼が、ジワジワと迫りくる。「ハイ・ウルフ」には劣るが、十分に強力な魔獣であり、ナキウとの距離を詰めるなんて一瞬でできる。わざと手を抜き、ナキウの恐怖心を煽っている。
「ピ、ピコ、ピコピコー! ピキッ!」
体力の限界を訴えていたナキウの幼体が、小石に躓き、転んだ。
「プコプコ……プキッ!?」
急いで起き上がるが、背後から押さえつけられる。
地面に抑え込まれ、藻掻く幼体はキラー・ウルフの獰猛な唸り声を聞き、手足をバタつかせながら、仲間に助けを求める。
「ピキョォォォォ! プミィィィィィィ!」
その声を聞き、一匹の成体が足を止めるが、キラー・ウルフは八頭。ナキウが百匹でかかっても足元にも及ばない。
「フ……フゴォ……フミョッ!」
成体の諦めの言葉を聞き、幼体の心は絶望の底へと沈んでいく。
キラー・ウルフの爪が幼体の頭に食い込み、あと数ミリで頭が割れる。
この瞬間。
「ゴロニャン!」
突如、巨大な猫が乱入してきた。巨体であるが、どこか愛嬌がある。
ナキウで遊ぶためにやってきた子猫だ。
乱入ついでに幼体に伸し掛かっていたキラー・ウルフを弾き飛ばす。
「グ……グルゥゥゥゥゥゥ……!」
弾き飛ばされた個体は、即死こそしなかったが、起き上がるのもやっとな程のダメージを受け、唸るのも辛い。
突然の乱入者に、キラー・ウルフたちは即座に臨戦態勢になる。
しかし、子猫はキラー・ウルフを睥睨し、明らかに馬鹿にしたような溜息を吐く。子猫と言えども「山の獣」。彼我の戦力差を見誤るような真似はしない。だからこそ、ルビエラには敵わないと判断できるのだ。
キラー・ウルフはそうはいかない。強い力を持つがために、強い意地もあり、撤退を「負け」だと思ってしまう。
ハイ・ウルフであれば、即時撤退し、リベンジの時を狙うだろう。
その判断と行動ができるか、できないかが二種のウルフを明確に差別化しているのだ。
無傷の七頭のキラー・ウルフが一斉に子猫に襲いかかる。
鋭い爪と牙。分厚い鉄板でも引き裂く強力な武器。
しかし、子猫にとっては他の「山の獣(幼)」の方が強力な武器に見える。日々のじゃれ合いにも及ばない。
「シャーッ!」
威嚇と共に放った前足パンチでキラー・ウルフは数十メートル吹き飛ばされる。前足を振り下ろし、キラー・ウルフを地面に叩きつける。
キラー・ウルフとの戦闘は一瞬で終わった。
子猫を追いかけてきたルビエラと光一が追いつく頃には、キラー・ウルフは既に逃げた後であり、その姿は無かった。生き残れただけでも大したものだ。
「フ……フギ……?」
ナキウにしてみれば、襲撃者を追い払って助けてくれたように見えたのだろう。
いつの間にやら、メスに抱かれた幼少体から成体までのナキウが集合している。揃いも揃って、子猫をまるで神のように拝んでいる。
「フギフギ、フゴフゴ?」
「にゃ?」
「へミョへミョ、フミョウ?」
「にゃうん?」
ナキウの言葉が理解できない子猫がハテナマークを浮かべているが、それに構うことなくナキウは一匹の幼体を連れてくる。
キラー・ウルフに襲われ、危うく死ぬところだった個体だ。
その幼体は笑顔を満面に浮かべ、子猫の前に進み出る。
「ピコピコ! ピコー! プミプミ!」
何かを言いながら、何度も頭を下げている。
もしかしたら、助けられたお礼を言っているのかもしれない。
とんだ見当違いだ。
子猫は助けたわけではない。
玩具を見知らぬ余所者に取られたくなかっただけだ。ここでは、子猫の方が余所者なのだが、それを気にする様子は無い。
子猫はそっと手を伸ばし、プコプコ言っている幼体を摘み上げる。
ナキウたちはすっかり子猫を信頼しているのか、慌てたり、心配したりする様子は無い。
「にゃーん……」
子猫の瞳がキラリと光る。
何か、良からぬことを思いついたようだ。
ナキウの群れの中にいる、全ての幼少体と幼体がふわりと宙に浮かぶ。
「ピコ?」
「プコォ」
「ピャッ」
「ピョォ」
それらは、最初こそ戸惑う様子を見せたが、すぐに宙に浮くことを楽しく思ったのか、笑顔を見せる。
「あれは……? 風の魔力じゃないよね」
様子を見ていた光一が疑問を口にする。子猫に風を起こした様子は無く、微風も吹いていない。
「無属性の魔力ね。古い言い方だと超能力かしら。触らずに物を動かしたり、練度にも依るけど物を壊すこともできるわ」
「便利だね」
「何事も使いようよ」
宙に浮かせた幼少体や幼体を、まるで鳥が飛ぶように舞わせ、子猫はナキウを楽しませる。
「ピコピコー!」
「プコー! プコプコ!」
「ピミャー!」
「ピョーッ!」
笑い声を上げ、空中浮遊を楽しむ様子を見て、成体たちも笑顔になる。
すっかり、子猫のことを信じ切っている。
次の瞬間。
子猫は後ろへと飛び退り、宙に浮かせていた幼少体や幼体を、地面に叩きつけた。
キラー・ウルフでさえ瀕死のダメージを受けた。ナキウが、ましてや幼少体と幼体が耐えられるわけがない。
パチャとかパシャとか、水が地面に落ちたような音がして、幼少体と幼体は死んだ。
「フゴ……?」
「フギ……?」
「ビコ……?」
突然のことに、成体たちは身動きが取れない。
それでも、宙にいたはずの子供らがいないことで、現実を理解し始めた。
恐る恐る幼少体と幼体が落下した箇所へ歩み寄る。その道中で青い水溜りが見えてきて、成体たちの身体からは汗が噴き出し、歩み寄る速度も速くなる。
「ビコォォォォォォ!」
「フギ! フギィィィィィィ!」
「フ……フゴォォォォォォ!」
地面に叩きつけられ、原型を失い、ただの液溜まりに成り果てた幼少体と幼体に駆け寄り、成体たちは嘆きの声を上げる。
少し前まで住んでいた巣が狭くなり、巣分かれによって巣を離れ、新たな住処を探していた。危険なことだが、それがナキウの生態。新たな住処さえ見つかれば、再び、新しい子供らが産まれるはずだった。この幼少体と幼体は、そのための存在であり、この群れにとっては未来とも言える希望の存在だったのに。
それが、今ではただの液溜まり。
液溜まりを囲んで、嘆きながらも体液の中に手を入れるが、何も引っ掛からない。辛うじて頭蓋骨の破片が見つかる程度。
いくつもの小さな頭蓋骨の欠片を掌に乗せ、それを見て更に嘆く。
そんな憐れなナキウの成体の様子を、子猫は満足そうに眺める。ただ臭いだけの雑魚だが、こうやって遊ぶには丁度いい。
眺めている子猫に向かって、一匹の成体が怒鳴り声を上げる。
「ブキブキ! ビコォォォ! ビキビキ!」
そう言いながら、掌に乗せた頭蓋骨の破片を見せる。非難でもしているつもりだろうか。
その一匹の成体に続いて、他の成体たちも同様に怒鳴り声を上げる。
子猫は、その成体たちが掌に乗せている頭蓋骨の破片を宙に浮かせると、辺り一面に撒き散らすようにばら撒いた。更に強風まで巻き起こして、破片を満遍なく撒き散らす。
「ビコ! ビコォォォ! ビミャァァァァァァァァァァ!」
「ビャァァァァァァァァァァァ!」
「ビョォォォォォォォォォォォ!」
ナキウたちは泣き叫びながら破片を追いかけるが、ナキウの移動速度で追いつけるわけが無い。
もう、一片も見つけることができない。
「ビ! ビィ……ビィィィィィィィィィィ!」
一匹の成体が奇妙な泣き声を上げながら、地面に倒れ込んだ。仰向けで倒れ、口を大きく開け、端からは泡を吹いている。両目は大きく開かれ、今にも零れ落ちそうだ。黒目は左右別々の方向を向き、身体は細かく痙攣している。
精神崩壊している証拠だ。
この一匹に続き、他の成体たちも同様の症状を見せる。
たちまち、この辺りには精神崩壊したナキウの泣き声が響き渡るようになった。
子猫は、その様子を見て満足したのか、或いは飽きたのか、そっぽを向いて立ち上がる。
「にゃーふ」
別の玩具がないかなと辺りを探し始めると、一陣の風と共に、舎弟頭が現れた。この時に精神崩壊していた成体たちは吹き飛ばされ、何処か落下した場所で子供らと同様に液溜まりに成り果てた。
「見つけたぞ! この悪ガキめ!」
「ふにゃ!」
「お前の親に滅茶苦茶怒られたんだぞ! 尽く手を焼かせやがって!」
「にゃるん」
「ドヤ顔するな! 帰るぞ!」
「にゃー」
「嫌じゃない! ほら来い!」
「しゃーっ!」
「いい加減にしないか!」
「ふーっ!」
「こっっっっのっっっっ!」
舎弟頭の額に青筋が浮かぶ。
本気で怒っているようだ。
流石の子猫も、少しやり過ぎたと冷や汗を流す。
ルビエラと光一は耳を塞ぐ。
「帰るぞ!!!! クソガキ!!!!」
声というより、音の塊が放たれる。
最早、耳を塞ぐ程度で防げる音量ではなく、ルビエラと光一は咄嗟に風やら空気やらを操作して、その音を防ぎ切った。
それでも、ルビエラと光一の耳はキーンと耳鳴りがするくらいにはダメージを受けた。光一は膝をつき、肩で息をする。
「ちょっと、怒鳴るにしても限度があるでしょうよ。私たちのことも考えてよね」
「む? あ、ス、スマン! つい」
「光一、大丈夫? まあ、鼓膜は破れてないし、咄嗟に風や空気を操って防音できたのは大したものよ」
「光一もスマン。つい、頭に血が上った」
「い、いや、大丈夫、大丈夫……。まあ、驚きはしたけど」
ヨロヨロと光一は立ち上がる。防げたのは、今のが「怒鳴り声」であり、攻撃ではなかったからだ。もしも、「攻撃」であったなら、ルビエラは耐えれても、光一は耐えられない。確実に三半規管の崩壊では済まないダメージを受けていただろう。
詫びも兼ねて、帰りは舎弟頭が送ってくれることになった。舎弟頭の背中に、ルビエラと子猫と光一が乗る。
子猫は怒鳴られて落ち込み、何やら「にゃふにゃふ」と言っている。ルビエラ曰く「泣いちゃった」らしい。
こうして、ルビエラと光一はなんとかタカラベ村へと帰ることができたとさ。




