第61話 飛ぶときゃどこまでも
まさかの指名を受け、ルビエラは驚きを隠せない。
そんなルビエラを他所に、変異幼体は魔力を纏い、ズンズンと光一へ詰め寄っていく。握り拳は固く、鼻息も荒い。
光一は警戒心を緩めず、いつでも木刀を振るえる。ナキウ程度であれば、十分に殺傷能力を持っている。
「ルビエラァァァァァァ!」
「私はこっちだぁぁぁぁ!」
「ホゴォォォォォォォォ!」
光一に飛び掛かる変異幼体に、ルビエラが横から飛び蹴りを食らわせる。
変異幼体の身体から骨が砕ける音がし、肉が千切れる音がし、くの字に折れ曲がって吹っ飛ぶ。変異幼体のような小さな的でも、正確に飛び蹴りを命中させるルビエラの格闘能力は流石の一言だ。
十数メートル蹴り飛ばされた変異幼体は、更に十数回のバウンドの末にようやく止まった。
ナキウでなくても致命傷の一撃。
しかし、変異幼体は身体のあちこちから血を噴き出しながらも、むくりと起き上がる。辛うじて残っている原型の肉体を起こし、口からも夥しい量の血を吐き出す。
「ア……アァァァァァァ……キュウニ……ナニヲ」
「テメェが私に喧嘩を売ったのだろうが。何か文句でもあるのか」
「オ……オレハ…………ル……ルビエラ二…………」
「だから! 私が! ルビエラだ!」
「ナ……! ナニ……!?」
ルビエラの言葉に、変異幼体は驚きの表情を浮かべる。目を見開いたせいで、目玉が零れ落ちる。
「ソ、ソンナ…………ウソダ……ダッテ…………アノオンナハ…………!」
「女?」
光一が眉を顰め、変異幼体に歩み寄ろうとすると、またもや「回廊」が開く。
現れたのは、淵谷家の女だ。頭を抱えて、変異幼体の首根っこを掴む。
「お前はバカか! 何故、あの猪に喧嘩を売るんだ! お前がどうしても光一様と戦いたいと喧しいから向かわせたのに! 力試しには丁度いいと思ったのに。お前如きがルビエラに勝てるわけあるか!」
「オ……オマエガ……アノオンナハ〝ルビエラ〟ダト……」
「はぁ? ……バカが!! 光一様は女じゃない! 男だ! 女に見えるくらい可愛らしいお方だが、男なんだ!」
「ナ……ナンダッテ……!」
淵谷家の女と変異幼体のやり取りを聞いて、光一は渾身の力を込め、斬撃を放つ。魔力を押し固め、風を纏わせ、岩を粉砕するには十分な威力がある。
淵谷家の女はその一撃を、瞬間的に張った結界で防ぎ切った。爆発にも等しい粉塵が立ち上がり、細かい砂利が舞い上がる。
「光一様、ここは引き揚げさせてもらいます。コレの性能実験がしたかったけれど、想像以上にバカだったので出直します。猪女がいないタイミングでまた」
この言葉だけを残し、土埃が晴れると、淵谷家の女も変異幼体も姿を消していた。「回廊」が消えるところだけが見えた。
「ええい。取り逃した!」
悔しそうに言う光一が握る木刀は、元々の強度を超える負担がかかり、粉々に砕けた。
それを見て、ルビエラは満足そうに笑顔を浮かべる。
「最後の一撃はなかなかだったわ。アレをいなすには私でも五割近い力を出さないとダメかもね」
「そ、そう……?」
少し嬉しい光一。でも、それでも五割「近い」だけであり、五割の力を出す必要が無いと言うことで、実力差を実感する。
「一旦、帰ろ。休憩して、特訓を仕切り直そうか」
「うん、お腹も空いたし」
「ニャウン!」
「あ、コラ!」
帰ろうとしたルビエラと光一。
そして、舎弟頭の隙をついて、拘束から抜け出した「山の獣(幼)」がルビエラと光一に迫る。
「フニャ!」
「え?」
「は?」
「あ?」
ルビエラと光一に迫った「山の獣(幼)」は、二人の襟元を器用に咥えて、ポーンと放り投げた。
何が起きたのか、ルビエラと光一が理解するよりも早く、二人を背中で受け止める。
「ニャウ!」
「こ、コラ! 何処へ行く!?」
「山の獣(幼)」はグッと足に力を込め、ピョーンと跳び上がった。
「ぎゃあ!?」
「光一! 衝撃を受け流して!」
突如として襲い来る衝撃に、光一の意識は飛びそうになる。ルビエラがサポートしなければ、光一は振り落とされていただろう。
流石と言うべきか、「山の獣(幼)」は数度のジャンプでタカラベ村から遠く離れてしまった。
お目付け役の舎弟頭は、まさかの事態に動き出しが遅れた。予想外だったからというのもあるが、「山の獣」は基本的にテルスズ山から動かない。「山の獣」ほどの力を持った存在が軽々しく動き回ると、周辺の魔獣を刺激し、平穏が脅かされる。
だからこそ、舎弟頭は簡単には動けず、上司の許可を貰いに縄張りに戻った。
「はぁ……怒られるだろうな……」
数分後、タカラベ村の隅々に至るほどの怒声が響き渡った。直後に、舎弟頭がテルスズ山から飛び出して行った。
研究所に帰り着いた淵谷家の女は、その足で変異幼体を台の上に乗せる。
肉体の強度も遥かに上げたはずだが、真っ二つに裂ける寸前だ。ルビエラの一撃に耐えられただけでも十分な成果だが、それもルビエラが全力ではなかったからだ。全力であれば、粉微塵に粉砕されていただろう。
変異幼体に再生術式を施し、肉体の復元を図る。もしも、復元できなければ、代わりの肉体を用意するだけだ。「淵谷家」なら容易なことだ。
変異幼体を台の上に残し、女は自室へ戻る。
結界を張った腕が震える。咄嗟だったから、結界を通して光一からの一撃の衝撃が伝わってきた。
「たった三十枚しか張れなかったとは言え、凄まじい衝撃だったな。あれをまともに受けたら無事じゃ済まなかったな。流石は光一様だ」
ベッドに寝転がり、転生前の光一の写真に埋め尽くされた天井を眺め、淵谷家の女は眠りについた。
ようやく、地上の何処かで止まることができた。
幾度となく気絶しかけた光一は、自分の足で立ち上がり、グッと背伸びをする。それはルビエラも同じで、ヘトヘトになっている。
二人をここまで連れてきた当の本人である「山の獣(幼)」は、呑気なことに背伸びをしながら欠伸をしている。この二人を連れて来れば、お目付け役代わりになるとでも思ったのだろうか。
そのお目付け役である舎弟頭は、上役のカシラ補佐に怒鳴り散らされ、半泣きになって後を追っている。
「ここ、どこ?」
「んー。ちょっと分かんない」
「ゴロニャン!」
『君のせいだよね!?』
「ニャーン!」
二人からのツッコミを受けても、「山の獣(幼)」はどこ吹く風。全く気にせず、むしろ楽しそうにしている。
ルビエラでさえ現在地を把握できない中、タカラベ村への帰り道を探ることにした。




