第60話 勘違いリベンジ!
話は少し遡り、十日ほど前。ドームから戻った光一は、修行のために山の広場で素振りを開始した。傍には、準備運動をしているルビエラがいる。
「まあ、目標としては私に五割の力を出させることかな。勿論、鎧を使ってもいいよ」
「鎧を使わずに五割を出させてみせるよ」
素振りで集中力を高めた光一が、木刀を構えてルビエラに向き直る。
光一の答えが気に入ったのか、ニヤッと笑みを浮かべて、ルビエラも光一に木刀を向ける。
先に仕掛けたのは光一。
勿論、これは実戦形式の模擬戦だが、光一は本気だ。さながら魔獣を相手にしているかのように、気迫と殺気を込めて木刀を振るう。
しかし、ルビエラはそれらの攻撃を軽々と受け流す。その一挙手一投足で、ルビエラの積み上げてきた実戦経験の高さを伺える。微塵も隙が無く、僅かにも体制が崩れることは無い。
魔獣相手に実戦経験を積み、その中で覚えたフェイントも駆使し、緩急を付けた攻撃でルビエラの隙を作ろうとする光一。
軽々と受け、躱し、流してしまうルビエラ。
そのルビエラの余裕は終始失われることは無かった。
小一時間は経っただろうか。
全力を注いで攻撃を仕掛けていた光一だったが、ルビエラに木刀を掠めることもできなかった。
「くっそー……全然、余裕じゃん……」
荒い呼吸を繰り返し、光一は愚痴る。
「しかも、左手だけか……」
「あ、気付いた? 流石、光一。攻撃の合間に右手を警戒していたね」
「そりゃー、警戒するでしょ」
「うんうん。冷静さを失わないのは結構なことだ。でも、まだまだかな。四割までは力を出させても、ギリギリで四割の域に達しているってとこだしね」
「ちっくしょう。まだ、そんなもんか」
座り込む光一。王都からの旅路の中では猿人やら熊やらモグラとか、魔獣の中ではそれなりの実力を持つ連中を紙一重の差で狩ってきた。それでも、すぐ近くには、それら魔獣を鼻歌混じりに狩ってしまうルビエラがいる。
だから、光一は今一つ強くなった実感が持てない。タカラベ村の人たちにさえ、光一は敵わないだろう。
「あーもー、周りに強い人が多過ぎるよ」
「諦める?」
「まさか。納得いくまで続ける」
淵谷家の女にさえ勝てないと悟らされた屈辱もある。朧気な記憶では、「淵谷家」は裏七家では最下位の家系だったはずだ。だから、余計に悔しい。
光一は立ち上がり、背伸びをして、木刀を構える。
ルビエラも対応しようとした時、村長がやってきた。
「スマンな、張り切ってるところに。光一、少しいいかの?」
「ん? 何かあった?」
「いやいや、大したことじゃない。あのナキウの幼体どものことじゃ」
「幼体? あれが何かした?」
「んー、いやの、子供らが飽き始めているようでな。そろそろ、手放すと思うんじゃ。そこでの、子供らが要らんと言ったら、アレは貰っていいかね?」
「いいよ。何か、使い道あるの?」
「小魚が巣食うのにちょうどいいんじゃ。漁場の調整じゃな。海に沈めようかと思っとるんじゃが」
「いいよ。要らないし。好きにしてよ」
「あの喋る奴もか?」
「喋る奴?」
言われて光一は思い出した。目玉を潰してからは欠片ほどの興味も失せて忘れていた。「あの子らを守る」などと宣言した時は様子見をするつもりだったが、「逃がしてほしい」と泣き言を言い出して興味は失せた。
光一はポケットにフハ・フ・フフハからの手紙を突っ込んでいたことを思い出す。変異幼体絡みのせいで忘れていた。
手紙を取り出し、内容を読む。
「んー、フハ先生も『突然変異種のナキウの脳を使った情報処理装置が完成したから、その幼体は不要です』って手紙に書いてるし、喋る奴も要らない。俺が頼まない限りはコピーも作らないって書いてあるし」
「そうか、では、有り難く使わせてもらうよ」
そう言って、村長は顎髭を撫でながら、感慨深く言う。
「にしても、あのフハの小僧が先生とは。アレはアレで頑張っていたようだのう」
「え、知ってるの?」
「知ってるも何も、アレは儂らが傭兵をしていた頃に拾った小僧だからの。大抵のことは知っとる」
「へー」
「聞きたいことがあったら来なさい。お茶でも飲みながら教えよう。ではの」
そう言って、村長は広場を後にした。
村長を見送り、光一が修行を開始しようとした時、全身の鳥肌が立ち上がる。全身で、何か危険を感じ取り、咄嗟に飛び退る。
直後、光一が立っていた場所に何かが襲来し、モクモクと土煙が立ち込める。
「ゴロニャー!」
土煙から出てきたのは、「山の獣」を幼くしたような魔獣。
「こら! やめないか!」
その後ろには、「山の獣」がいた。
凄まじい威圧感はあるが、今は疲弊感も感じ取れる。「山の獣」は光一やルビエラに気付くことなく、「山の獣」を幼くしたような魔獣を抑え込む。
その光景だけを見れば「子育てに苦戦する新米親」という穏やかな(?)ものだが、その子供を抑え込もうとする行動だけで人間にとっては脅威となる。
「こら、いい加減にしないか!」
「ニャッ!」
「あ、こら、何処へ行く!?」
「フーッ!」
「威嚇するんじゃない!」
「シャーッ!」
「ええぃ、余計なことばかり覚えおってからに……!」
そして、光一は「山の獣」の声に聞き覚えがあった。光一に「黒龍の鎧」を提供してくれた舎弟頭の「山の獣」だ。
光一はルビエラと共に広場の端へと避難しつつ、「山の獣」に声をかける。
「舎弟頭さん!」
「ぬ? 光一と……ルビエラの姐さん!」
舎弟頭はすっかり不貞腐れた幼い魔獣の首根っこを咥えて、二人へと歩み寄ってくる。
咥えている幼い魔獣を下ろし、逃げられないように前足で抑え込む。
「二人がいるということは、ここは人間の領域か。スマン、勝手に入ってしまった」
「それはいいのよ」
舎弟頭の謝罪を快く受け入れるルビエラの視線は、抑えられて不貞腐れている幼い魔獣に向いている。幼いと言えど、光一よりも二回りほど大きい。
「その子は?」
「舎弟頭さんの子です?」
ルビエラと光一が尋ねると、舎弟頭は深々と溜息を吐く。
「いや、俺の子じゃない。カシラの子だ。コイツだけやたらとヤンチャでな。面倒を押し付けられたのだ」
「シャーッ!」
「こら! 無闇矢鱈に威嚇するんじゃない!」
「(プイッ)」
「くっ、ソッポを向き合って……!」
ルビエラと同等の戦闘能力を持っている舎弟頭でも、子育てには苦戦を強いられるようだ。
その悪戦苦闘する様子を見て、ルビエラは思わず吹き出して笑ってしまう。
「あなた達でも、子供には苦労するのね!」
「拳骨に物を言わすだけではいかんだろう。まあ、これぐらいの年頃は好奇心が旺盛になるものだが、コレはそれが異様に強くてなぁ。兎に角、外に行きたがるのよ」
「ゴロニャー!」
「おっと、簡単には抜けれぬよ」
隙を見計らって暴れる「山の獣(幼)」。
しかし、歴戦の舎弟頭を出し抜くには至らない。
迂闊に近付けば命の危険があるが、どうにも微笑ましいことこの上ない。
戦闘訓練をしている最中だが、思わぬハプニングに光一の心は穏やかになっていく。ルビエラも微笑みを浮かべて、舎弟頭と「山の獣(幼)」のやり取りを見ている。
そんな穏やかな時間を邪魔するかのように、「回廊」が開かれる。
開けたのは舎弟頭でも光一でもなく、ルビエラは「回廊」を使えない。
ルビエラと光一は距離を取り、戦闘態勢を整える。構えるのは木刀だが、魔力を流し込んで「武装強化」を施す。舎弟頭は「山の獣(幼)」を体の下に隠し、警戒心を剥き出しにしている。
誰もが警戒している中、「回廊」から姿を現したのは変異幼体だ。身体中に傷があり、縫合された跡がある。頭には大きな縫合跡があり、頭に大きなダメージを受けたことを思わせる。
その変異幼体は周囲を見渡し、光一を見つけると、激しい怒りを剥き出しにして、大声で叫んだ。
「見つけたぞ! 殺してやる! ルビエラ!」
「私!?」
まさかの挑戦状を叩きつけられたルビエラは、流石に驚きを隠せなかった。




