第57話 突撃、気になるあの場所へ!
山を下り、タカラベ村へと帰ってきた光一を出迎えたのは、いつの間にか送られてきていた変異幼体だった。ムスッとした表情で光一の前に立ち、無言のまま一通の手紙を差し出す。差出人はフハ・フ・フフハだ。
手紙を受け取った光一はそれをポケットに押し込みつつ、変異幼体の横を通り抜ける。
「ちょっと! 僕に言う事ないの!?」
「ねーよ」
「僕を殺しておいて、一言も謝る気は無いってこと!?」
「殺したんならお前はここにいねーだろ」
「斬られた時、とても痛かったんだよ!?」
「だから何だ?」
「謝ってよ!」
「バカじゃねーの?」
「僕だって怒るよ!」
「おー、怖い怖い。怒ってみろよ」
足を止めず、変異幼体へ振り向くこともしない光一に、変異幼体の怒りとやらは限界を超える。駆け寄り、拳を振り上げた時、光一は「風の檻」から一匹の幼体を取り出す。
「ピコ!? ピピコ!」
「えっ!?」
繰り出した変異幼体の拳は止まらず、光一が取り出した幼体に当たった。
「ピキー! ピキィ…………ポコォォォォォォ」
幼体にとっては相当に痛かったようで、大粒の涙を零しながら大泣きし始める。「風の檻」の中でその様子を見ていた他の幼体たちは、一斉に変異幼体に向かって非難の声を上げる。
「ち、違うよ! 僕はこの子を殴るつもりは無くて!」
「何時ぞやは幼体を『弟』とか呼んで兄貴ぶっていたくせに、今度は虐めるのか。酷い奴だなお前は」
「な、何を言っているんだ! お前が」
「口の利き方を忘れたのか?」
「ふ、ふん! もう、そんなの怖くないもんね! よく見ろよ! 首輪も鎖も無いぞ!」
「だから?」
「もう、お前の世話にはならないってこと! フハ様から手紙を届けるように言われたからここに送られただけで、僕はもう自由なんだ!」
「へー」
心底興味無さそうな光一は、勝手について来る変異幼体には好きに喋らせておき、村の子供らがいる広場へと向かう。そこは、光一も子供の頃、修行の合間に遊んでいた場所だ。海が見える広場であり、海側の端には木製の檻が佇んでいる。村の標準的な家よりも一回り大きく、潮風に十年以上は晒されているらしいが、それでも朽ちる様子は無い。
広場に着くと、そこには男女合わせて二十人くらいの子供とその子らの親がいる。子供の年齢は大体十歳前後だろうか。遊び盛りで、親の手も焼かせるヤンチャらしい。
光一が来たことを知った子供らは、興味津々に周りに集まる。光一が旅立つ前はほんの二〜三歳くらいだったが、意外にも光一を覚えている子供は多い。曰く、「棒を振っていた人」と覚えていたようだ。
「光一兄ちゃんだ」
「お姉ちゃん?」
「お兄ちゃんだよ」
「どっちー?」
嫌味のない純粋な疑問に、光一は苦情を漏らす。怒るに怒れない。
「お兄さんだよ」
短く答えると、
「ほらー!」
「えー? 本当ー?」
「もー、こらー!」
やんややんやと盛り上がる子供たち。
子供らを取り囲む親たちが諌めつつ、拝むように片手を上げて謝意を示す。咎めるつもりの無い光一は微笑みとともに会釈するが、何故か、男親らは頬を赤らめた。
(これには怒ったほうがいいか?)
心の中で思案する光一をよそに、子供らの興味は光一が頭の上に掲げている「風の檻」に向いているようだ。厳密には、その檻の中身にだろう。
「あー、ナキウだ!」
「光一兄ちゃん、ソレ、どうしたの?」
「くれるー?」
「いいよ。そのために持ってきたんだし」
そう言って、光一は「風の檻」を地面に下ろした。
子供らは即座に「風の檻」を取り囲み、大量にいる幼体や幼少体に目を輝かせる。子供らにしてみれば、壊しても怒られない玩具が手に入ったのだ。思いっきり遊べる玩具が手に入れば、誰でも嬉しいだろう。
「いいのか、光一。お前の獲物だろ?」
「いらないから大丈夫だよ。それに、こっちの卵袋持ちを劇団に売ればそれなりの金になるしね」
「そっか。それならいいんだけどよ」
「ありがとうね、光一くん。この子ら、どんどんヤンチャになって手を焼いていたのよ」
「いいですよ。山のナキウ退治の副産物みたいなものですし」
子供らの父母と世間話をしつつ、子供らの遊びたい欲求が高まってきたことを見抜いた光一は、再度、「風の檻」を浮かせる。
そのまま、幼体や幼少体を広場の端にある檻へと運ぶ。
閂を外し、扉を開ける。その檻の中へと入り、隅にある木箱の蓋を開ける。木箱は五つあり、光一が確保した幼少体を仕舞うには十分な大きさだ。
「ピョキョピョキョ」
「ピャウピャウ」
「プミュプミュ」
「ポキュポキュ」
と、箱の底で這いずりながら、不安そうに鳴き声を上げる幼少体を無視し、次に幼体を檻の中で解放する。
土産として連れてきた幼体と幼少体を収納した光一が檻から出ると、そこには変異幼体が立っていた。目尻を上げ、怒っているようだ。
「この子らはどうしたの!?」
「山にいたから持ってきただけだ」
「どうするのさ!?」
「子供らの遊び相手になるだけだ」
「酷い目に遭わせるんじゃないだろうね!?」
「さあな。コレは子供らの物だ。子供らに聞けよ」
変異幼体はその答えが気に入らないのか、光一に一歩近付き、
「分かってるの!? この子らはとても幼いんだよ! 僕だってそうだ! それに、赤ちゃんをあんな箱に閉じ込めて! 可哀想だと思わないの!?」
「思わない」
「なんで!?」
「ナキウだし」
食ってかかる変異幼体にイライラしてきた光一が「殺そうかな」と考え始めた時、村の子供らが変異幼体を取り囲んだ。
「喋るナキウだ。いなくなったと思ったらここにいた」
「光一兄ちゃん、コレもくれる?」
「おい、喋るナキウ。今度は逃げるなよ」
子供らに怪我をさせるわけにはいかず、光一は引き抜こうとしていたナイフから手を離す。
「いいよ。ソレも要らないからあげるよ」
光一の言葉に、変異幼体は目が飛び出そうなほどに目を見開いた。
「何を言っているんだよ! 僕は物じゃないんだぞ! 勝手なことを言うな!」
「じゃ、どこにでも行けよ。自由なんだろ? 好きにしろ」
「あぁ! そうさせてもらうよ!」
「ほらな、やっぱり。お前は酷い奴だ」
見下して笑う光一。
「やれ『幼い』だの、『赤ちゃん』だのと宣っておいて、助けようとは思わないんだな。ほら、行けよ。背中で幼体どもの悲鳴を聞きながら好きな所へ行けばいいさ」
そう言うが早いか、光一は檻の扉を開ける。扉は一段高くなっており、幼体では乗り越えることができない。勿論、人間の子供なら余裕で乗り越えられる。
子供らは和気あいあいと幼体を掴み、外へと引き摺り出そうとする。それは、ボールを持って遊びに行こうとするような気軽さだ。
「ピキィィィィィィィ!」
「ピコ! ピコピコ!」
「プキ! プキプキ!」
「ポコォォォォォォォォォ!」
幼体が泣き叫んで嫌がっても構うことなく、むしろ、余計に楽しそうに笑い声が上がる。親たちも、コレで遊んでいる間は楽になるとホッとしている様子だ。
そんな様子を見て、変異幼体は怒りに体が震える。同じナキウだからこそ、幼体の悲鳴が助けを求めるものだと分かるし、その恐怖に共感できる。
「あ、あぁ……や、やめ」
「待て。どこへ行く?」
「どこへって、あんな酷いことを止めるに決まっている!」
「自由になって、最初にやるのがそれか?」
「悪いか!?」
「中途半端だな。止められなかったらどうするんだ? 逃げるのか? それとも、嘆き悲しんで同情でも誘うか?」
「僕は……」
「ダメな時に逃げるなら、最初から手を出さずに見捨てろ」
光一の言葉に、変異幼体は一瞬躊躇いを見せるが、蹴り飛ばされ、投げ飛ばされ、泣きながら逃げようとする幼体たちの様子を見て覚悟を決めた。
「あの子らを助ける!」
そう宣言し、変異幼体は村の子供らから泣いて逃げようとする幼体たちへと走っていく。両腕を広げて幼体を庇うが、子供らにとっては玩具が増えた程度の感覚しかなく、すぐに殴り倒されていた。そのまま、背中にのしかかられ、後頭部を掴まれて、何度も地面に顔を叩きつけられる。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ! た、たす! 助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
みっともない変異幼体の悲鳴に背を向けた光一は、「回廊」を開く。その後、卵袋を抱えたメスを閉じ込めている「風の檻」を浮かせて、「回廊」の中へと入っていった。
ナキウを連れて向かった先は、当然、王都にあるマルキヤ劇団の総本社。光一の顔は劇団員や事務員には知られており、すぐに応接間へと案内された。
「お久しぶりです。すみません、お忙しいところに」
立って挨拶をする光一に、劇団の団長は笑みを浮かべて座るように促す。
「いえいえ、今のナキウショーがあるのも光一くんのおかげ。たとえ、少しであっても時間は作りますとも」
知り合ってから既に七年近く。相変わらずのイケオジであり、むしろ磨きがかかっているように思える。
「それで、今回はどのようなご用件で? いや、急かすようで申し訳ないが、劇団の興行範囲が広がりましてな。何かと忙しく」
実際に忙しいようで、目の下に隈が出来ている。
光一は手短に済ませるために、「風の檻」に入っている卵袋を抱えたメスを指差す。
「先日、故郷に帰りましたね。そしたら、故郷の山がナキウに汚染されてましたので、その駆除をしたのです。その中で、この卵袋付きを確保できたので、懇意にしてくれているマルキヤ劇団に売り払おうかと思いまして」
こう光一に言われ、団長は卵袋をしげしげと観察する。ある程度の大きさに胎児は成長しており、誕生までそう時間もかからないだろう。
団長は満面の笑みを浮かべて、光一に向き直る。
「いやはや、ベストなタイミングで持ち込んでくれましたな。先にも述べた通り、興行範囲を広げた分、ナキウの数が足りなくて困っていたのです。そこへ、コレは非常にありがたい。喜んで買い取らせて頂きますとも」
言うやいなや、団長は部下を呼び付け、明細書を作らせる。
「この額で如何かな?」
団長が差し出してきた明細書を見て、光一は驚愕した。二十個の卵袋で金貨五十枚、メスは二十匹で銀貨十枚。前世での価値観で言えば十年は遊んで暮らせる額だ。
マルキヤ劇団からは、卵袋を壊さずに運ぶ運搬方法の権利使用料でそれなりの額が定期的に支払われている。それに加えて、今回の臨時収入があれば、本当に光一は働く必要が無くなってしまった。不労所得様々である。
(まあ、勝手に権利使用料として金を貰ってるけど、あれは村の皆で見つけたもんだしな。幾らかは村にも分けよう)
強欲は良くない。いつか、身を滅ぼす原因になり得る。
「はい、これでオッケーです。でも、いいんですか? こんなに貰っても」
「逆ですよ。足りないから、それだけ出しても欲しいのです」
朗らかに団長は言うが、ナキウを売るだけで大金を得るのは申し訳なく思った光一は、劇団が所有する倉庫まで卵袋を運ぶことにした。卵袋を抱えたメスを保管するための専用倉庫があるようで、そこまで「風の檻」で運ぶ。
倉庫の中に入ってみると、そこには碁盤の目のように整えられた空間になっており、メスがすっぽり入る小部屋がびっしりと並んでいる。
そのメスの全てが卵袋を抱えており、身動きできない狭い空間の中で死んだような目をしている。古株のメスほどオスとの交尾を行わされ、何度も目の前で産まれた幼少体を奪われたらしい。他には「出荷」の為に熱湯をかけられて搬出された個体もいるようで、果たしてどちらがナキウにとってマシだろうか。
その搬出されて空いていた小部屋に、光一が売り払ったメスを一匹ずつ詰める。小部屋の後ろから台車で搬入できるようになっていて、一度、この小部屋に入れられると「交尾」か「出荷」か「死亡」のどれかでしか出ることはできない。
「ビキィィィィィィ!」
気の強い個体は卵袋を守ろうとしながら威嚇してくるが、手慣れた飼育員が卵袋を突くとすぐに大人しくなる。
「あの程度の威嚇なんて意味ないのに、ナキウはどれもこれも同じようなことしかしないんですよ」
辟易したように言い捨てる飼育員。臭いし、煩いしで大変な仕事のようだ。
用事の済んだ光一は代金を受け取り、団長に見送られながら王都を後にした。
光一は金を家に保管するためにタカラベ村へと戻る。座標計算を面倒くさがり、出発時の座標へと戻ってみると、子供らは休憩のために家に帰ったようだ。
檻に近づいてみると、ボロボロになった幼体たちが泣きながら雑草を食べている。痛くても、辛くても腹は減るのだろう。奥の方では、変異幼体が木箱の中の幼少体に、揉んで柔らかくした雑草を与えている。
ふと、檻の隣を見てみると、幼体が山積みになっている。二十匹くらいだろうか。子供らの遊びについていけず、体のあちこちが破れてしまい、死んだようだ。
「情けないもんだな」
光一が呟くと、それが聞こえたらしい変異幼体が、怒りを露わに光一に詰め寄る。
「今! なんて言った! その子らに向かってなんて言った!」
檻の中にいるにも関わらず威勢が良い。
光一は目を吊り上げている変異幼体を一瞥し、それを一笑に付す。
そこへ、一匹の幼体が近付いてきた。
「ピコピコ、ピコ! プコプコプー?」
光一が怖いのか、オドオドとした様子だが、何かを必死に訴えている。
その幼体の言葉を変異幼体が通訳した。
「この子の親はどこ? 親に会わせてあげて」
「親? コレの?」
「そうだよ! 山の中にいるんじゃないの?」
この会話が聞こえたのか、他の幼体たちも集まってきて、祈るように光一を見つめる。
「いねーよ。俺が殺した」
「ピコ!? ピコピコピー!?」
「嘘だよね? そんな、そんな酷いこと」
涙が浮かんでくる幼体たち。変異幼体は同情から、同じように目が潤む。
「お前ら全員の親は全て殺した。父親も母親も一匹残らずな」
「ピ、ピ、ピピ、ピコォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
一匹の幼体が泣き始めると、他の幼体も泣き始める。変異幼体は慰めようとするが、まるで意味が無い。
「なんで、なんで、そんなことを」
ワナワナと震えながら、変異幼体は光一を睨みつける。
「僕らは幼い子供なんだぞ! あの木箱には赤ちゃんだっている! こんな子らの親を殺すなんて!」
「戦争仕掛けたのはそっちだろうが。村にもちょっかいを出していたんだろ。自業自得だろうが」
「でも!」
「うるせーな。ここで皆殺しにしてもいいんだぞ。その赤ちゃんとやらを踏み潰そうか?」
「や、やめてよ、そんな酷いこと」
「じゃ、立場を弁えろ。お前らは村の子供の玩具だ。子供らが不機嫌にならないように気を付けな。じゃないと、皆殺しにされるぞ」
今日の出来事で、光一の言葉が嘘ではないと分かった変異幼体は、グッと唇を噛み締めた。
悔しそうに押し黙った変異幼体を見て、光一は家へと戻った。ルビエラは山でのナキウ捜索の指揮を執っているようで、家には戻っていない。自室の金庫に、金が入った布財布を押し込み、光一は再び外に出る。
「さて、行くか」
そう言って、光一は入念に座標を計算し、慎重に「回廊」を開いた。
その「回廊」を通って着いた場所は地下であり、目の前には「試製弐号棟ドーム 素粒子研究所」と記載された看板。
魔獣(猿)との戦いで見つけた地下の「ドーム」へと光一は来たのだった。




