第55話 藪を突いて出るならせめて蛇がいい
風の魔力で感じ取った、ナキウにしては異質な気配にはすぐに追いついた。
「おぉ……?」
そこにいたのは、後頭部が割れた変異幼体である。両目は別々の方向を見ており、光一の姿が見えているかは分からない。
光一がマーケットに行っている間に殺された初代の変異幼体だろう。二代目は、先程の乱戦で光一が斬り殺した。いずれ、三代目が送り込まれるかもしれない。面倒を見るつもりは一切無いけれど。
「……これで生きているのか、コレ?」
光一が歩み寄ると、頭の割れた変異幼体はブルブルと震え始めた。
光一に怯えているようには見えない。
震える変異幼体から、モヤモヤとした何かが現れる。
光一はソレに見覚えがあった。何時ぞやの「魔族領」の辺境で交戦したナキウから出てきた亡霊に似ている。その亡霊よりもドロドロとした見た目で、重々しい雰囲気を纏っている。
「あー、これが『怨念体』ってやつか。亡霊の集合体って聞いたけど、どんだけ集まってんだか」
光一が半ば呆れたように言っていると、変異幼体の口が開き、言葉を発する。
「キサマ、ミテイタゾ。ナゼ、コノコヲマモラナカッタ? キサマナラマモレタハズダ」
怨念体が変異幼体の口を借りているせいか、言葉と口の動きが合っていない。それに、くぐもった声質のせいで聞き取りにくい。
「守る理由が無いから」
光一の単純な理由が気に入らないのか、変異幼体(怨念体)は光一に向かって歩み寄る。
「コンナニモオサナイノニヒドイトハオモワナイノカ?」
「何がどう酷いんだ? ナキウが殺されるのは日常茶飯事だ。ソレだけを守る理由は無い」
「キサマ!」
「そもそも、ナキウに守る価値は無い。守るだけ無駄だ」
「ダマレ!」
飛びかかる変異幼体。
しかし、距離もまともに測れないのか、光一から数歩手前で腹から地に落ちた。脳を抜き取られ、空っぽになった頭の中がよく見える。
その余りにも惨めな姿に、光一は軽く溜息を吐いて、変異幼体まで歩み寄る。その後、起き上がろうとモゾモゾしている変異幼体の首を踏み潰した。骨の折れる音がする。
「つまらん。珍しい魔獣かと思ったのに。結局、この山にはナキウしかいないか」
変異幼体の死体に背を向け、ナキウ討伐に戻ろうとした時、背後でガサリと音がした。
「…………?」
振り向いてみると、首が潰れて、頭を支えられなくなり、体の前方に頭が垂れ下がっている変異幼体が立っている。
「死んどけよ」
やはり、「浄化」系統の魔術じゃないと殺すのは無理か、と光一は嘆息する。魔獣相手には使う必要が無く、フハ・フ・フフハから教わる時間が無く、ルビエラはそもそも魔術を多用しないこともあって、光一は「浄化」系統の魔術を使えない。
攻め手が無いという点では、光一の天敵とも言える相手だ。使う体がナキウであるため、脅威とまでは言えないが。
予想以上に面倒なことに首を突っ込んだなと、光一は少しばかり後悔する。放っておいても問題にはならなかったかもしれないのに。
何にせよ、体をバラバラにすれば問題ないだろう。
そう思った光一が、腰のナイフを引き抜こうとした時、光一から見て変異幼体の右側に「回廊」が開く。中からは、牽制のためか、三本の投擲用のナイフが飛来する。
「っ!」
唐突な攻撃に面食らった光一だが、焦りながらも冷静に、投擲されてきたナイフを一本も洩らさずにキャッチした。光一が戦ってきた魔獣に比べれば大したこと無く、投擲速度も速くはなかったこともあり、簡単な芸当だ。
「流石ですね、光一様!」
無駄に元気な声がして、「回廊」から淵谷家の女が姿を見せる。
「また、お前か」
「はい! 私です!」
「ナキウに『冥王の欠片』を仕込んだのはお前だな?」
「はい! 私です!」
「今度は何を企んでいる?」
「訊かれただけで答えるわけがありません!」
「そりゃそうだ」
「この怨念体が住み憑いている変異種の幼体は私が貰い受けますね!」
「どんな悪巧みに使うんだ?」
「実験に使うだけですよ! 心配しないで下さいね!」
「あと、無駄に声がでけーよ」
「こうでもしないと私のキャラが薄くなるので仕方ないです」
「……あ、そう」
「じゃ、貰っていきます!」
変異幼体を鷲掴みにして、淵谷家の女は「回廊」の中へと戻ろうとする。
「ナニヲスル! ハナセ!」
怨念体は変異幼体の体を動かし、精一杯の抵抗を試みるが、光一が戦闘を避ける相手に通じるわけが無い。
淵谷家の女は、やれやれと言わんばかりに頭を振り、札を一枚取り出す。それを変異幼体の背中に貼り付けると、怨念体の抵抗は無くなった。
「面倒なので抵抗しないでもらえる? 材料程度が手を焼かせないでね?」
光一に対するものとは違い、冷ややかな声色で言い捨てる。
そして、光一に一礼し、「回廊」の向こう側へと消えていった。
光一は、「回廊」が閉じるのを確認して、緊張を解いた。もしも、戦闘になっていたら防戦一方になるだろうし、それでも何分保ったか分からない。前世の自分と比較しても、実力はまだまだ低い。魔術や「黒龍の鎧」があるからこそ、魔獣との戦いに勝ってきたが、純粋な身体能力は前世の方が高い。
「はぁー……。まだまだ、修行が足りないか」
そう言って、光一は「回廊」を開き、その中へと入って行った。
山の三合目辺りには一つの大きな洞窟があり、その入り口周辺には複数の成体たちが木の棒を振り回している。タカラベ村の人間との戦争は佳境に入り、今夜には村に攻め込む算段になっている。
そのために、五つの前線基地に大量の兵士を送り込んだし、補助を担うメスや幼体も送った。
中継基地であるここにいるのは予備兵力であり、万が一にでも前線基地が敗れることがあれば本拠地を守る砦となる。村との抗争が泥沼化すれば、ここからも増員を送り込むことになっている。
攻防にわたって重要な役回りを担っている事もあり、皆の士気は高い。
中継基地総勢五百匹の兵士を束ねる指揮官ナキウは、その重責に身が引き締まる思いだ。
そんな指揮官ナキウのもとへ、
「パァァァァ、パァー、パァァァァ」
と、底抜けに能天気な声が近寄ってきた。
指揮官ナキウは軽く溜息を憑き、頭を抱える。
その声の主は自分の息子であり、口の端から涎を垂れ流し、テチテチと幼体としても幼い足取りで歩み寄ってくる。手には一輪の花が握られている。
「フゴ。フゴフゴ。ビキ!」
「パー、パーパー、パァァァァ」
「フ、フゴ……フゴォォォ……」
奥へ引っ込んでおくように言いつけても、息子はその言葉を理解できず、満面の笑みを浮かべて花を差し出す。綺麗な花が咲いていたから持ってきた、といったところだろう。
この幼体は生まれつきの障害があり、肉体と精神の成長が遅い。同じ時期に生まれた他の兄弟は、既に青年体にまで成長している。にも関わらず、この個体だけは幼体のままだし、未だに喃語しか話せない。ナキウの言葉も理解できず、会話が成立しない。
「ビキ。ビコビコ」
指揮官ナキウは幼体の手を取り、奥へと連れて行く。
はっきり言って足手まといであり、邪魔でしかないが、生んだ母にさえも見捨てられたこの幼体を、父である指揮官ナキウは見捨てることができなかった。
「パァァァァ! パー、パーパー!」
幼体は歩くのを嫌がり、抱っこをせがむ。手を振り払い、地面の上に座り込む。両手を伸ばし、足をバタつかせる。
「フゴ! ビキビキ、フゴ!」
歩くように言うが、その言葉を幼体は理解できない。
この戦争で何かしらの役に立てれば仲間にも認められるかと期待して連れてきたが、それは失敗だったかもしれない。フラフラと出歩き、皆の邪魔にしかなっていない。
歩くのを嫌がり、座り込んでダダを捏ねる幼体に手を焼き、思わず握り拳に力が籠もってきた時、洞窟の奥から別の幼体の声がしてきた。
「ピコ! ピコピコ!」
「プコー! プココ!」
「ポコポコ! ポコ!」
三匹の幼体が走り寄り、ダダを捏ねている幼体の手を取る。
「パー! パーパー! パァァァァ!」
「ピキー! ピキピキ!」
「パァァァァァァァ! パー、パー!」
「プコプコ! プコー!」
「パァァァァァァァァァァァァァァ!」
「ポコポコ、ポコポコ!」
奥へと連れて行こうとする幼体と、それを嫌がり暴れる幼体。傍から見ればイジメのようにも見えるが、指揮官ナキウはその光景に背を向けて外へと向かう。
「パァ!? パァァァァ! パー!」
去りゆく指揮官ナキウに助けを求めるような声を出す幼体だが、指揮官ナキウは振り向きもしない。
結局、三匹がかりで奥の幼体の部屋へと押し込められた。そこには、数百匹の幼体が好きなように過ごしている。コレらの主な役目は、兵士たちの補佐役である。
その中へと押し込まれたパーパー鳴く幼体を、他の幼体は嫌っているのか、仲間の輪に入れようとはしない。逆に取り囲んで、殴る蹴るの暴力を加える。
「パァァァァァァァ! パァァァァァァァ! パ、パァァァァァァァァァァ!」
泣きながら助けを求めるが、その喃語を理解できない幼体が助けるわけもない。
言葉を発せなくなるまで暴力を加え、幼体たちはそれぞれのグループに戻り、遊びを再開した。
「パァ……パァ……」
身体中から感じる痛みに耐え、パーパー鳴く幼体は部屋から出て行く。そのことを、誰も気にも留めない。
足を引き摺り、指揮官ナキウたちがいる入り口とは反対にある勝手口から外に出る。そこは、色々な花が咲く花園となっている。
その花園に座り込んで、幼体は嗚咽を漏らし、涙を流す。
「……パァァァ……」
泣いていると、いきなり、目の前の空間がグニャリと歪む。
「パ? パァ?」
歪んだ空間は「回廊」となって安定し、そこから光一が姿を現した。
ナキウの気配を頼りに「回廊」で移動した光一は、目の前にいる幼体の首根っこを掴んで持ち上げた。
「パァ? パー! パァァァァァァァ」
「? 変な鳴き声だな。障害持ちか?」
暴力を受けた跡があるし、障害持ちなら他のナキウへの人質にはならないだろう。
そう思った光一は手を離し、ナキウは地面の上に落ちた。
「パッ! パァァァァ」
お尻を撫でて痛みを誤魔化す幼体。
そんな幼体を無視して歩き出す光一。口を開けている洞窟がナキウの巣だと判断し、その中へと入ろうとする。
そんな光一の足にしがみつく幼体。
「パァァァァ。パァァァァ?」
何故か、目を輝かせている幼体。
その意味が分からず、適当に振り払う光一。
それでも、意気揚々と光一の後についていく幼体。もしかしたら、光一を仲間か友人だと思っているのかもしれない。
洞窟に入って割と近い位置に、幼体の部屋がある。そこを覗き込んだ光一に、幼体たちが騒ぎ出すと、そこへパーパー鳴く幼体が姿を見せる。
「パッ! パー!」
何故か、意気揚々というか、威風堂々という態度のパーパー鳴く幼体。
それを見て、その幼体が光一を招き入れたと思い、他の幼体たちは怒りの声を上げる。
「よく分からんが、殺しとくか」
挨拶代わりに物騒なことを呟き、部屋へと入って行く光一の耳に、成体の怒声が入ってきた。幼体の様子を見に来たようだ。
「フゴ! フゴフゴ!」
木の棒を携え、突進してくる。
光一はそれを無視し、部屋の中へと入り、足元で慌てふためく幼体を踏み潰し、蹴り殺す。
「パカァァァァァァ!」
「ピキィィィィィィ!」
「プクゥゥゥゥゥゥ!」
「ペケェェェェェェ!」
「ポコォォォォォォ!」
数百匹の幼体が次々と虐殺され、みるみる数を減らしていく。
その光景を見て、パーパー鳴く幼体は腰を抜かして慄いている。
「パ、パァ? パァァァァ?」
光一を仲間だと本当に思っていたらしく、幼体を殺し回る光一を恐怖に満ちた目で見つめている。
ようやく幼体の部屋に辿り着いた成体が見たのは、踏み潰され、蹴り飛ばされ、形を失って死んでいる幼体の惨めな姿。
「フ、フ、フ、フゴォォォォォォォォォォ!」
成体は腹の底から怒声を上げ、表で訓練している仲間たちを呼ぶ。
そんな成体に、パーパー鳴く幼体がしがみつく。
「パー! パー!」
「フゴフゴ! フゴ!」
振り払おうとする成体に向かって、光一が声をかけた。
「おいおい、仲間だろ。邪険にするなよ。俺をこの巣へ案内してくれたのはそのチビだぞ」
「ビキッ!?」
光一の言葉を聞き、成体は怒りに満ちた目で幼体を睨みつける。
しかし、そんなことをしている間にも、健康な幼体たちは死んでいく。光一は相手が幼体であっても、情け容赦なく殺せる。一切の感情を抱くことも無い。
パーパー鳴く幼体を締め上げるのは後回しにした成体が、光一に向かって突撃する。
ところが、光一に追いつけない。光一は成体を無視して幼体を屠殺しているのに、成体はそれを止めることも、追いつくこともできない。
「フゴフゴ! フゴォォォォォォォ!」
「ピキィィィィィィィ!」
「ビキィィィィィィ! ビキッ!」
「プコォォォォォォォォォ!」
「ビコッ! ビコ、ビコビコォォォォォォ!」
「ポコォォォォォォォォォ!」
幼体の泣き声や悲鳴、成体の怒声が部屋の中に満ち溢れる。
光一の活躍もあって、幼体の声は減少し、消えていく。成体は息を切らしながらも、精一杯に光一を追う。
部屋の外からは、多くのナキウの足音が響いてくる。
「ふむ?」
光一は、淵谷家の女が投げたナイフを所持していたことを思い出す。
足を止め、追ってきていた成体をそのナイフで斬り殺し、部屋の入り口近くで腰を抜かしていたパーパー鳴く幼体へと歩み寄る。
「パ、パァァァァ?」
怯えながら光一を見上げる幼体。
光一はニヤリと笑みを浮かべ、その幼体を持ち上げると、軽く宙に浮いて、二本のナイフで幼体の両手首を壁に縫い付ける。
「バァァァァァァァァァァ!」
殴られるよりも、蹴られるよりも鋭くて激しい痛みに幼体は泣き叫ぶ。
残った一本は、重ね合わせた足の甲に突き刺し、壁に固定する。
「バッ! バァァァァ!」
地獄のような痛みが、パーパー鳴く幼体を苛む。この状態に同情してくれる仲間は、どこにもいない。他の幼体からは、仲間とは認められていなかった。
それに、他の幼体たちは引き続き光一に殺され続け、指揮官ナキウに率いられた成体たちが到着する頃には、一匹残らず幼体は殺された。




