第54話 ナキウは一匹いたら百匹いると思え
時間は少し遡り、村外れの雑木林。
村の男の子たちがあちこち動き回りながら、何かを探している。木の陰や、草むらを掻き分け、キョロキョロと。
「おーい、そっちいたー?」
「いなーい。鎖も見当たらなーい」
「こっちもー。あれー? そんなに遠くにまでは蹴飛ばしてないのにー」
どこを探しても、目的の何かは見つからないようだ。
そうこうしていると、一人の男の子は顔が青褪める。
「どうすんだよ! ヤバイよー! 壊しちゃダメって言われてたのに、失くしちゃうなんて」
「最悪、謝れば大丈夫だって。光一って人は温和だって大人は言っていたし」
「でも、お母さんは怒るとヤバいって言ってたよー」
「怒るかな?」
「光一ってお兄さん? お姉さん? をとても大事にしてるって言ってた」
「じゃ、その光一って人が悲しんだら……」
「…………ヤバいかも?」
男の子たちは顔を青くする。
『うわー! ヤバイよー!』
どうやら、光一から借りた(という認識らしい)ナキウの変異幼体がいなくなったようだ。
わーわーと言いながら、いるかもしれない場所を探し回っている。
件の変異幼体は、山の二合目辺りにある洞穴の中にいた。
体に絡みついている鎖を解こうとしているナキウの成体。頭を撫でて、変異幼体を勇気付けている個体もいる。
子供らに連行され、サッカーのボール代わりとして鎖を体に巻き付けられ、身動きできないままに蹴り回されていた。強く蹴られた際に草むらに隠れていた窪みに嵌り、そこを通りがかったナキウの成体に救出され、この洞穴まで連れてこられた。
「フゴフゴ、フゴォ」
鎖を解こうとしている個体は、変異幼体が受けている仕打ちに怒りを露わにしている。
「ビキ、ビコビコ?」
頭を撫でている個体は、優しい声色で変異幼体に語りかける。
周囲には、幼体から成体まで合わせて百匹程度のナキウがいる。成体は武器のように木の棒を持ち、幼体や少年体はその木の棒を草の葉で磨いている。
「ぼ、僕は……」
鎖が解けるまでの間に、変異幼体は身の上話をする。
物心ついてから今に至るまでの話。
最初こそは皆は微笑みを浮かべながら聞いていたし、兄弟との話を聞くと笑いも起きていた。今に至るまでの間に、昔、町でしていた仕打ちは喋らない方がいいと学んだ。そこだけは隠して話した。
しかし、光一の襲撃を受けてからの話をすると、皆、驚愕したり、憤怒の表情を浮かべたり、同情から涙を流す個体もいた。幼体は恐怖し、近くの成体に抱きついていた。
「だから、僕は帰らないと。助けてくれてありがとう。バイバイ」
変異幼体が語り終える頃、鎖は解けた。
鎖で隠れていた体が露わになると、皆、言葉を失った。実験の結果(と話した)、人間に近くなった体型や、イチモツを削り取られた傷跡、村の子供らと遊んで付いた傷跡。至る所についている痣や瘤を見たからだろう。
一匹のメスが変異幼体に駆け寄り、そっと抱き締めた。
「プユプユ、プユユ。ププユ、プユユ」
変異幼体を「息子」と呼び、群れに入るように言ってくる。それを皮切りに、他の個体も勧誘してくる。
「でも、僕は」
父親や兄弟のこと、光一が如何に強くて容赦が無いかを話して聞かせる。
「フゴ! フゴフゴ、フギ!」
一匹のオスが自信満々に言う。
自分たちは村の人間との戦いを優位に進めていること、山を人間から奪還し、幾度も侵攻を阻止していること。
「ビコビコ、フゴフゴ、ボロンボロン!」
そして、近い内に村に攻め込む準備もあるということを。
この戦争に勝ち、この辺りを自分たちの領土にした暁には、他の土地も奪い取り、ナキウの時代を作ることを堂々と語って聞かせる。
他の個体も、執拗に頷き、それを誇るかのように胸を張る。幼体も一緒になって胸を張っている。
「ビキ。フゴフゴ」
改めて、成体が変異幼体に手を差し出した時、一匹の成体が駆け込んできた。
「フゴフゴ、ビキィィィィィ!」
いなくなった少年体を探していたら、死んで逆さ吊りになっているのを見つけた。が、自分や仲間だけでは助けることができず、通りがかった人間に協力を求めたら、襲われ、仲間は殺され、自分は左腕を失った。
そう言い、左腕があった左半身を見せる。腕の付け根から斬り落とされている。
「フゴォォォォ! ビキィィィィィ!」
激怒する成体たち。メスは怒りに震えながらも、負傷した成体を寝かせ、手当てを行う。
変異幼体は察した。
(これ、ダメな展開だ)
待つことおよそ三十分。
ルビエラが呼びつけた村の若者らも配置に付いた頃合いだ。
光一は一対のナイフを持ち、山の中へと入っていく。風の魔力で索敵をしなくても、地面や草に付着している青い血痕が、ナキウの巣穴まで案内してくれる。
「…………待ち伏せのつもりか?」
隠れているつもりなのだろう。
多少なりと実戦経験を積んだ者なら索敵せずとも気付ける程度には、雑にナキウが隠れている。光一が子供の頃にしていた隠れんぼの方がマシなレベルだ。
風の魔力を操り、隠れているつもりのナキウを次々と捕獲していく。
「ピキー、ピキー! プコプコ!」
「ピコピコ! ピキピキ!」
「フゴフゴ! ビキィ!」
「ボコボコ! ブクゥ!」
捕獲を始めると出るわ出るわ、三十匹ほどのナキウが大合唱している。幼体や成体がわちゃわちゃと藻掻いている。
その鳴き声を無視し、血の跡を辿っていると、その跡は洞穴に続いている。
「ここか」
光一は、捕獲していたナキウを解放する。
幼体は我先にと洞穴へと入っていく。
幼体と入れ替わるように、木の棒を持った成体たちがぞろぞろと出てきた。二本の棒を持っていた個体は、解放された成体に棒を手渡した。
「ビコビコ! ビキビキ!」
「あ?」
一匹の成体が棒を光一に向け、何かを叫んでいる。威嚇か、宣戦布告か。
だから、光一は洞穴に向かって言った。
「おい、フハ先生から預かっているお荷物! いるのは知っている! 出てこい!」
直後、引き留めようとするメスを振り切り、変異幼体が現れた。出てこないと大変なことになるから仕方ない。
「よ、呼んだ?」
「何故、ここにいる? 子供らの相手はどうした?」
「あ、それは、えーと」
「まあ、いい。連れて帰るし。コイツらは何を言っているのか翻訳しろ」
「さっきのは僕も聞こえてた。〝ここから立ち去れ〟って」
光一は棒を突き付けている個体に向かって、堂々と言い放った。
「やなこった」
「ビキー! フゴフゴ、ビキフゴボコ! ボロボロボキュー!」
「え、えぇと、方言が強くて……。〝戦争で優位なのはコチラだ。あまり逆らわない方が身のためだぞ〟かな」
「…………戦争…………? 何のことだ」
「ビキ? フゴフゴ。ビキビキ」
「んーと、〝こちらは山の神様の加護を受け、人間は近付けないところに拠点を構えている〟って」
「山の神様……? 『山の獣』のことか?」
「フゴ」
「〝うん〟」
「ついさっき、その領分に入ってお前らを殺す許可を得たぞ」
「ビキィ!?」
「〝えぇ!?〟」
成体たちにどよめきが走る。自分たちを守ってくれていると思っていた「山の獣」からは何とも思われてはおらず、逆に殺す許可を人間に与えた。しかも、その人間は戦争をしているという自覚も無かった。
つまり、自分らのしていることはまるで意味のない、むしろ、人間に喧嘩を売っただけなのか。
そう思って、少し後退りすると、
「ナキウが人間と戦争ね。したいなら相手してやるよ。行くぞ」
そう言って、光一はナキウとの距離を詰めた。一瞬で、棒を突き付けていた個体の目前まで接近し、ナイフを一閃させ、首を斬り落とす。
落ちる首と、噴き出す血に驚いていると、逃げる間もなく、光一は次々とナキウを斬り捨てていく。
「フゴ、フゴフゴ」
「え、何?」
「ビキビキ! ビコ!」
一匹の成体は棒を手離し、変異幼体を抱き抱える。光一に止まるように説得してほしいと言っているのだが、変異幼体がそのことを訳す前に、光一が迫ってくる。
「あ、あの待って」
待つわけもなく、光一は変異幼体ごと成体を斬り殺した。変異幼体は下半身を失い、その体は機能を失った。脳は無事だし、死にはしないため、光一に対して盾にはならない。
十分もかからずに、成体たちは全て斬り殺された。
「動きが鈍かったな。まだ、『山の獣』に出会った恐怖が残っているのか」
以前に出会った〝舎弟頭〟の時にも強い恐怖心を抱いたが、ついさっき出会った大きな個体から受けた恐怖心や重圧は、〝舎弟頭〟の比では無かった。
「あー、俺もまだまだか」
そう言いながら、光一は洞穴へと入った。
洞穴の中は天地をひっくり返したかのように滅茶苦茶な状態だ。恐らくは武器と思われる木の棒や、餌と思われる草や葉が辺り一面に散らばっている。
奥からは「フゴ!」と急かすような声と、「プコプコ!」と焦っているような声。光一の襲来に驚き、慌てて逃げているのだろう。
元々、この辺りに巣があるとは目星を付けていた。ナキウたちは「戦争」のつもりらしいから、〝巣〟ではなく〝前線基地〟かもしれない。
とにかく、目星がついていれば包囲網を敷くのは簡単だ。
光一から逃げるため、メスたちは幼体の背を押しながら洞穴を脱出し、近くの前線基地を目指す。準備は万端だ。ここがダメでも、次の基地で体勢を立て直せる。
これから大きくなる幼体や幼少体、今も卵袋の中にいる胎児たちのためにも、ナキウが安心して暮らせる場所が必要だ。
そのためにも、この戦争には勝たねばならない。たとえ、どのような犠牲や痛みを負うことになろうとも。
「プユプユ! プユユ、プユリン!」
「ピ、ピコピコ……ピコー……」
「プユ! ププユ!」
「プコ……プコプコプー……」
体力が少ない幼体はすぐに疲れてしまい、息が切れ、動きが鈍くなる。メスたちは、そんな幼体たちを励まし、早く走るように急かすが、疲れ切った幼体たちは倒れて動かなくなる。
息を切らし、荒い呼吸を繰り返す幼体たちを起こそうとしたとき、まさに逃げようとしていた方向から石が飛来する。
その石は正確に幼体の脳天を直撃し、
「プギュ!」
と、マヌケな悲鳴と共に、幼体は息絶えた。
「ビコォォォ! ビコビコ!?」
メスが石が飛んできた方向に振り向くと、次の石が飛来して、メスの目玉を撃ち抜いた。
「ビギャァァァァァァァァァァ!」
青い鮮血を撒き散らし、激痛にメスはのたうち回る。
石が飛んできた方向には、ナキウが今〝戦争〟をしている敵の村人がおり、次の石を投げようとしている。
「ビッ! ビキビキィ!」
一匹のメスが木の棒を構え、その村人に突撃する。メスなりに戦えるように、訓練は積んでいたようだ。
しかし、その真横の木々の間からも、無数の石が襲撃してきて、突撃しようとしていたメスも含めて、次々とナキウを撃ち抜いていく。
ナキウがそれだけ脆いというのもあるが、石には魔力が込められており、殺傷力が格段に引き上げられている。
これまでは「山の獣」を恐れて、積極的にナキウ討伐に乗り出せなかったが、その「山の獣」から許可を得た今は違う。これまでの怨みを込めて、一発一発の石に必殺の威力が練り込まれる。
まんまと光一や村人にしてやられた。光一が基地を襲撃し、この方向に逃げるように仕向けられた。
こんな単純なことに気付く頃には、全てのメスと幼体は見るも無惨な姿に成り果てた。
「さあ、お前たち」
ナキウの死体を囲むように現れた村の若者らに向かって、ルビエラが言う。
「山狩よ。光一にばかり働かせないでよね、ナキウなんかのために」
言外に「ナキウにしてやられてんじゃねーよ」という怒気がたんまりと込められている。
『うっす!』
元気一杯に返事して、若者らはナキウたちの進行方向へ歩き始める。この方向に、次のナキウたちが溜まっている場所があるはずだ。
風の魔力によって洞穴にいたナキウが殲滅されたことを知った光一は、洞穴から出ると、そこに広がる光景に少し驚いた。
光一が斬り殺したナキウたちの頭部が尽く消えてきた。切り取られたのではなく、食い尽くされたような跡だ。残っているナキウの死体には、何らかの生物の噛み跡が残っている。
「…………バカな。この山にナキウを好んで食べる変わり者はいないはず」
そう呟きながら歩いていると、また、一つの奇妙なものを見つける。
光一が斬り殺し、上半身と下半身が切り分けられた変異幼体の死体が、まるで半身同士をくっつけるようにして寝かせられている。その斬られた跡を隠すように木の葉が被せられており、腹の上で両手が組まれている。見開いていたはずの瞼も、丁寧に閉じられている。
「葬儀のつもりか? まさか、生き返った?」
試しに光一は下半身を蹴り飛ばしてみるが、上半身は多少ズレた程度で動く気配は無い。確実に死体だ。瞼もピクリとも動かない。
「この山に何かいるのか……?」
退屈なナキウ退治が少しばかり楽しくなってきた光一は、ナキウ退治を放っておいて、謎の存在を探し始めた。




