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第53話 とりあえず村の中を探検!

 久々の自室のベッドで泥のように眠り、翌日にすっきりと目覚めた光一は、軽く朝食を済ませて、村の中を散歩することにした。


 家から出て、「さて、どの方向に行こうか」と思案していると、小さな足音が駆け寄ってきた。


 体の所々に瘤やら痣やらをこしらえた変異幼体だ。涙を流し、上ではなく、光一に向かって腕を伸ばして、必死の形相で駆けてくる。




「助けて! お願い! 助けて!」




 光一は変異幼体に背を向けて、「こっちに行くか」と歩き始める。


 大体の事情は察した。


 何せ、変異幼体の後ろからヤンチャ盛りの男の子が数人追いかけてきていたから。大人でも手を焼くヤンチャ坊主たちと聞いているから、変異幼体も苦労するだろう。




「助けて〜! 助けてよ〜!」




 嗚咽混じりに助けを求める変異幼体。


 余りにも耳障りであるため、光一は振り返る。既に、変異幼体は男の子らに捕まり、組み伏せられている。


 溜息混じりに歩み寄り、




「いいかい? コレは偉い人から預かっている物だから、殺したり、壊したりしちゃダメ。いいね?」


『はーい!』




 手を焼くほどのヤンチャではあっても、聞き分けは良く、「ダメ」と言われたことはしないらしい。これで、最低限の安全は変異幼体に与えられただろう。




「おい、いいか? しっかりと子供らの遊び相手をするんだぞ。いいな?」




 心底面倒臭そうに、光一は変異幼体に告げる。




「そんな! 嫌だよ! 昨日、ここについてから酷い目に」




 反論していると、変異幼体の首輪が緩む。


 変異幼体はそのことを感じ取り、口を噤んだ。


 フハ・フ・フフハが「光一とルビエラに逆らえば首輪が外れる」と条件を書き込んでいるためだ。首輪が外れたら、体と脳のリンクが途切れて、体は動かなくなる。生命維持もできなくなり、体は死に至る。それと同時に、変異幼体の大事なモノも消滅してしまう。


 それらのことを思い出し、変異幼体は光一の言いつけを受け入れるしかなかった。




「うぅ……分かったよ……」




 男の子らに引き起こされ、引き摺られるようにして変異幼体は連行された。


 その元気一杯な男の子らを見送り、光一は村の中を見て回る。


 修行ばかりの思い出だか、時折、同年代の子供らと一緒に遊んだ広場はそのままだ。ナキウの卵袋をお湯で固めて動かせることを知ってからは、広場まで連れてきて、卵を球代わりに野球をしていた。


 川にかかる橋や、田園風景、養蚕小屋や、機織り機の音。多少の経年変化はあるが、概ね記憶のままだ。


 懐かしさを感じながら村役場の前まで来ると、何やら大人たちが話し合っている。村長の爺さんまでおり、深刻な雰囲気を漂わせている。




「おぉ、光一。ちょうどいいところに」




 光一に気付いた村長が、手を振って光一を呼び寄せる。




「光一、ルビエラは一緒じゃないのか?」


「家で寝てるよ。俺は散歩」


「そうか。ルビエラにも相談したかったのだがな。話は持ち帰って構わんから、相談に乗ってくれんか?」


「いいよ。何を話してたの? 戦争でも起きそうなくらい深刻そうだったけど」




 光一が茶化して言うと、大人たちは苦笑いを浮かべる。




「いや、恥ずかしい話だがな。ナキウに手を焼いているんじゃ」


「へ?」




 村長の言葉に、光一は間の抜けた声を出す。


 実力を上げ、多少なりと強くなったから気付けたが、村長を始めとする村の大人たちは男女の区別無く、とても強い。精神的な話ではなく、純粋な戦闘力が強いのだ。普段は抑えているのか、子供の頃には感じることも無かったけれど、真っ向勝負なら光一には勝ち目は無いだろう。


 そんな連中が雁首揃えて「ナキウに手を焼いている」と言えば、間の抜けた声くらい出るだろう。




「あ、勿論、ナキウに勝てないという話じゃないぞ。そこまでは、この村も落ちぶれてはおらんわい」


「そ、そっか。じゃ、ナキウの何に手を焼いているの?」


「んー、奴らは、ゲリラ戦めいたことを覚えたんじゃ」


「は? ゲリラ戦? ナキウが?」




 にわかには信じ難い話だが、何時だったか、山に住み着いたナキウの群れが興奮し、暴れ出したことがあったらしい。村に侵入した個体に関しては、子供の遊びも兼ねて、一匹残らず殲滅したが、問題は山の中だ。何せ、光一が修行に使っていた山の広場より上は「山の獣」の領分であり、勝手に出入りはできない。しかも、ナキウが騒ぎ立てることに「山の獣」は苛立っていて、余計に迂闊なことはできない。




「まあ、その時は一体の個体が何処ぞへ向かって、すぐに騒動は収まったんじゃがな」




 光一はピンときた。もしかしたら、冥王の欠片とやらを埋め込まれたナキウが起こした騒動なのだろう。あの時に駆けつけた「舎弟頭」の個体も、「上が怒っている」みたいなことを言っていたし。




「奴ら、その時の騒ぎで『山の獣』側の領分に入ってしまえば我らが手出しできんと学んだらしいんじゃ。おかげで、それ以降、山に入った子供らに石を投げつけ、追われたら『山の獣』側の領分に逃げ込むようになっての」




 しかも、逃げるナキウをアシストするための伏兵まで仕掛けておく周到さも見せつける。


 そのせいで、子供らは山で遊ばなくなり、皺寄せが変異幼体に向かっている。


 結局は、「山の獣」と話し合いができる立場のルビエラに頼んで、ナキウを殲滅するために領分に入る許可を取ってほしいとのことだった。




「儂が出向いてもいいんじゃが、じきに田畑の収穫やら、『山の獣』に献上するための肉の加工がピークに入るでの。余り、村から離れられんのじゃ。困っとったところに、お前さんらが帰ってきてくれたでの。どうか、許可だけでも取ってきてくれんか。退治は若者らにさせるからの」




 そう言って村長が頭を下げ、他の大人たちも頭を下げる。


 昔から気にかけてくれる村長の頼みとあっては光一も断れず、散歩は切り上げて、家に帰ることにした。




 家に帰り着くと、ルビエラは起きて昼食を準備している最中だった。




「おかえりー。もうすぐできるよ。食べる?」


「うん。ちょうど、お腹が空いたとこ」


「じゃ、お皿を用意しといて」


「分かった」




 光一が皿を並べ、そこへルビエラが料理を盛り付ける。


 食事しながら、光一は村長から頼まれた内容をルビエラに伝えた。


 すると、ルビエラは心底呆れたように溜息を吐く。




「なっさけないわねー。ナキウ程度にしてやられるなんて。それで『山の獣』の領分に入る許可を? 面倒臭いなー」


「でも、村長の爺ちゃん困ってたよ。許可だけでもさ」


「んー、ま、あの爺さんにも世話になってるし、仕方ない。許可くらいは取りますかね」


「一緒に行っていい?」


「いいよ。近い内に紹介するつもりではいたしね」




 善と面倒事は急げということで、ルビエラと光一は食事を終わらせると、すぐに山へと向かうことにした。


 山の坂道を歩くと、修行をしていた頃を思い出す。この道を歩いていた時に、「察知」スキルが覚醒した。


 今では、周囲の状況を知るだけなら風の魔力で事足りる。風を操り、相手を拘束することもできる。




「プキー! ピキー!」




 ほぼ条件反射で光一は、草むらから様子を窺っていたナキウの少年体を拘束した。オスを三匹ほど、宙に浮かせている。


 その三匹は、光一を睨みつけ、手足をバタつかせている。




「コイツらが村長たちが言っていたナキウ?」


「かもねー。まあ、ナキウの見分けなんてできないんだけど」


「殺しとく?」


「そうね。生かしておく利点は無いし。死体は逆さ吊りにしておけば、他の個体への威嚇にはなるでしょ」




 光一は拘束を強め、ナキウを窒息させる。


 呼吸ができないナキウは目を血走らせ、口を大きく開き、首元を引っ掻く。


 一分と保たずに、ナキウたちは小便を垂れ流しながら窒息死した。その死体は、適当に蔓や蔦を使って、木の枝に逆さ吊りにされる。


 そして、ルビエラと光一は山の広場に辿り着き、その奥の林の獣道から上に登っていく。


 それまでは世間話のような他愛のないことを話していた光一だが、獣道に入った辺りから口を噤んだ。監視されているような重圧を感じ、自身よりも遥かに強い魔力をあちこちに感じる。




「これが『山の獣』よ。下っ端なら私でも勝てるけど、光一が見た〝舎弟頭〟にもなると厳しいわね。その上は勝てないわ」


「…………なるほど」




 息苦しさも感じるほどの重圧の中、道の先に洞窟が見えてきた。


 その洞窟の中から、一体の「山の獣」が姿を現した。光一が見た〝舎弟頭〟よりも一回り小さい。それでも、光一程度なら数秒と保たずに殺されるだろう。




「姐さんじゃないですか。どうしたんです、こんな所へ?」




 予想外に丁寧な言葉遣いの「山の獣」。




「長老はいるかしら? 村の人たちがあなた達の領分に入る許可が欲しいのだけど」


「オヤジは今は立て込んでます。どのような用件で許可が欲しいんです?」


「ナキウどもが調子に乗っていてね。討伐したいのだけど、あなた達の領分に逃げ込むから、どうにも手出しできないみたいなのよ」




 ルビエラがそう言うと、より一層強い魔力が発せられる。目の前の個体じゃない。その奥から、別の個体が現れる。


 出迎えた個体や〝舎弟頭〟よりも一回り大きな個体。光一との魔力量に差があり過ぎて、姿に靄がかかっているように見える。




「ルビエラか。久しいな」


「貴方ほどの地位には簡単にはお目通りができませんから」




 ルビエラが光一の手を握り、光一を支える。


 ルビエラの魔力が、「山の獣」の魔力による干渉を緩和してくれるおかげで、光一は正気を保てる。ルビエラの加護が無ければ、光一は気を失っているだろう。




「ふ。少し前まで喧嘩を吹っ掛けていた小娘が礼儀を覚えたか」


「もう、二十年近く前です。少しは成長しますよ」


「よく言う。シルネイアとかいう小娘は息災か? アレも中々の跳ねっ返りだったが」


「ええ。今は魔王の妻です」


「何?」




 視線が鋭くなる。殺気を放っているわけではないが、光一は恐怖に身が竦む。


 直後に、「山の獣」は笑い声を上げる。




「あの跳ねっ返りが! 妻だと! しかも、ヘタレの! ふっはっはっは! 今度、少しばかり様子を見に行こう!」




 ここでも「ヘタレ」と呼ばれる魔王。過去に何があったのだろう。




「やめてあげて下さい。魔王が腰を抜かしますから」


「ふっふっふ。それはそれで楽しみだ。それでルビエラの用件は何だったか。我らの領分に入りたいだったか?」


「はい。ナキウの討伐が終わればすぐに引き上げますし、ナキウの討伐以外は行いません」


「よかろう。オヤジには俺から話を通しておこう。ナキウの討伐は任せた」


「ありがとうございます」




 そう言って頭を下げるルビエラ。


 そんなルビエラに倣って、光一が頭を下げようとすると、視線をより強く感じる。




「その小童が、お前の息子だな? 下の者から話は聞いていたが、本当にいるとは」


「……っ! あ、こ、光い……」


「ふ、焦るな。ゆっくりで良い」




 敵意も殺意も無いのに、受ける重圧は半端なものではなく、光一は呼吸だけで精一杯だ。




「光一……です。し、修行の身で……っ、未熟者ですが……っ!」


「ふむ。確かにまだまだよな。俺の魔力でその様ではな。だが、秘めたる力はあるようだ。励めよ」


「……は……い……っ!」


「くっくっく、ルビエラもこうであれば可愛気があったろうに。初対面で殴りかかってくる人間はルビエラとシルネイアくらいだったな」


「若い頃の話は止めてください」




 少し不貞腐れたように言うルビエラ。若い頃は血気盛んだったようだ。


 その後も、ルビエラと会話をし、「山の獣」は洞窟の奥へと帰って行った。ルビエラの話では、奥には昔の村人が建造した屋敷があるのだとか。




 山の広場にまで戻ってきて、光一はようやく一息つけた。ずっと、数倍の気圧で体を圧縮されているような息苦しさだった。王都からの旅の中で戦った魔獣とは比べようのない力を持っている。




「ま、気絶しなかっただけでも合格点よ」




 ルビエラからのフォローを受け、村へと歩き始める。


 その道中、「フゴフゴ」だとか「ビキビキ」だとか鳴き声を上げながら、木の枝に逆さ吊りにされている少年体を下ろそうと四苦八苦しているナキウの成体の群れに出会う。涙を流し、必死に手を伸ばしているが、絶妙に手が届かない。そうなる位置に吊るしたのだから当然だ。


 ルビエラと光一に気付いた一匹の成体が、泣きながら歩み寄り、少年体を指差す。




「フゴフゴ、フゴビキビキ、ボコボコビキ」




 どうやら「下ろしてほしい」と言っているようだ。


 しかし、当然だが、ルビエラと光一がナキウの頼みを聞くわけが無い。




「六匹か」




 数を把握した光一は、癖で持ち歩いている腰のナイフを引き抜き、素早く五匹の成体を斬り殺した。残りの一匹も、左腕を斬り落とす。




「ビキィィィィィィィィィ! フ、フゴフゴォォォォォォォォォ!」




 仲間を殺され、左腕を失い、号泣しながら成体は山の中へと逃げていった。


 これで、その個体が垂れ流す血の跡を辿るだけで巣の位置を特定できるだろう。


 ナキウ討伐に向け、光一は準備運動を始めた。

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