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第51話 旅を急げど休憩も大事

 このマーケットはかなり幅広い施設が併設されている。入浴施設や宿泊施設、娯楽施設などなど。マルキヤ劇団も出資しているようで、娯楽エリアには劇団のテントが建ててある。




「あっはっはっは!」


「ふふふ! あー、お腹痛い!」




 ルビエラと光一は腹を抱えて笑う。指差す先の舞台上では、ナキウたちが様々な演目のショーを披露している。それぞれの悲鳴を上げ、間抜けな泣き顔を晒し、観客の笑いを誘う。


 一通りの演目を見て、買い物の疲れもあり、二人は予約していた宿泊施設へ向かう。




「じゃ、また明日ね!」


「うん。おやすみ!」




 そう言って、ルビエラと光一はそれぞれの部屋に入り、ゆっくりと休息を取る。


 街のように広いマーケット会場を回るには、たった一日だけじゃ足りない。あと三日はかかるだろう。


 そう思いつつ、明日以降の新たな出会いに期待しながら、ルビエラと光一は柔らかなベッドで眠りについた。








 顎の力が少し強くなった幼少体は、軽く揉んでもらった葉を食べることができるようになった。両手で葉を掴んで、一生懸命に食べる様子を変異幼体と片目の幼体は微笑ましく見守る。


 ルビエラと光一がマーケットに向かってから半日以上が経ち、日はすっかり沈んでいる。


 片目の幼体や幼少体たちと過ごす穏やかな時間を、変異幼体はとても愛しいものに思う。


 そんな変異幼体の目の前で、一匹の幼少体が体をゆらゆらと揺らしながら、二本の足で立ち上がった。




「わっ、立った!」


「プコ! プユ!」




 すぐに前のめりに倒れ、手をついてしまうが、幼少体は諦めずに立ち上がろうとする。それを見ていた他の幼少体たちも真似をして、我先にと立つ練習を始める。


 確かな成長を見れて、変異幼体の心の奥に温かい感情が芽生えてくる。




「キュピ〜!」


「キョプー!」


「ピョキッ!」


「ピャァー!」


「ポォーン!」




 それぞれの気合いとは裏腹に、上手くバランスが取れず、何度も転ぶ。


 次第に腹が空いてきたこともあって、幼少体の機嫌が悪くなり、仰向けに寝転がって泣き喚き始めた。思い通りにならないことが気に入らないのもあるだろう。




『ピャキャァァァァァァァァァ!』




 確かに成長していても、まだまだ赤ん坊なのだと、変異幼体も片目の幼体も微笑みを浮かべる。手近な草や葉を千切り、食べやすいように揉み込んでから、幼少体に手渡す。


 草や葉を受け取った幼少体は上体を起こすと、無心で食べ始めた。そんな現金な姿も微笑ましい。




「この子らも大きくなってきたね」


「プユユ。ププユ」


「この子らを僕らの体に乗せていられる時間も短いかもしれないね」


「ピキー。プコプコ。ピコー」


「そうだね。嬉しいけど、やっぱり、寂しいかな」


「ピコピコ。プコー」




 二匹が話していると、幼少体たちが這い寄ってきて、伸ばしている足の上に乗ってきた。




「遊ぼっか」




 そう言って、変異幼体は二本の指を足に見立てて、幼少体の前で歩く真似を見せる。幼少体は、笑みを浮かべてそれを追いかける。捕まるか、捕まらないかのギリギリで追いかけっこに応じる変異幼体。




「ピョキー?」




 追いかけていたら、別の手も出てきた。片目の幼体の手だ。




「ピャァァ!」




 他の幼少体たちも加わり、変異幼体と片目の幼体の足に囲まれた範囲内での追いかけっこが始まった。


 夜空に浮かぶ満月が、ナキウたちを照らす。


 笑い合う二匹の幼体は、こんな穏やかな時間がずっと続けばいいと思っていた。何者にも脅かされず、ただ、のんびりと平和な時間の中で過ごしていきたいと。


 そんなことは無いのだけど。


 一つの石礫が片目の幼体の肩に当たる。血が噴き出し、激痛が走る。




「ピャァ!」


「え! 何、急に!」




 変異幼体が石礫が飛んできた方向を見ると、そこには三人の人間の子供がいた。年齢としては十歳かそこらだろう。


 その子供らは、ニヤニヤと笑いながら石礫を投げてくる。


 その石礫の一つが幼少体に当たり、片目が潰れた。




「ピャキョォォォォォォォ!」




 泣き叫ぶ幼少体。




「いきなり何するんだ! やめろよ!」




 怒った変異幼体が怒鳴ると、子供らは走り寄ってきた。




「スゲー、コイツ喋ったぜ」


「おい他にも喋れよ。てか、喋れてもナキウは気持ち悪いな」


「あ、幼少体もいる」




 変異幼体を小突きながら、足元の幼少体に気付く子供たち。当然、手を伸ばして、幼少体を掴もうとする。




「ダメ!」




 変異幼体が叫んで、その手を叩く。咄嗟にやったが、当たるとは思っていなかった。




「なんだ、コイツ?」


「抜け出してきたら面白いモンがあったな」


「少し遊ぶか」




 変異幼体が三匹、片目の幼体が二匹の幼少体を抱き、子供らから距離を取ろうとする。


 しかし、三人の内の二人が、変異幼体と片目の幼体を掴んで動きを止める。




「まずはお前な?」


「ピ、ピキィ! ピキピキ!」




 三人の中ではリーダーのような立ち位置の少年が、片目の幼体に近寄る。


 片目の幼体は懸命に威嚇し、幼少体を離すまいと抱き締める。幼少体も離れまいと必死に抱きつく。


 しかし、威嚇は意味無く、少年は片目の幼体を見て笑った。




「何だ、コイツ。片っぽの目が無いじゃん。出来損ないじゃねーか」


「プ……プコプコ……」




 その言葉に傷付く片目の幼体。


 しかし、子供らはそれに気付かず、足元の枝を拾う。その枝を折り、尖った先端を片目の直前にまで突きつける。




「ピ! ピコピコ?」


「何をする気だ! やめろ!」




 変異幼体は何とか止めようとするが、三匹の幼少体を抱えていては思うように動けない。更に、両肩を子供に押さえつけられ、余計に身動きが取れない。




「おい、喋るナキウ。交渉だ。その抱えているチビを寄越せ。寄越したら、コイツには何もしねーよ。寄越さなかったら、コイツのたった一つの目玉をくり抜くぞ」


「え! そ、そんな酷いことやめろ! 僕らはお前らに何もしてないだろ!」


「嫌なのか?」


「り、両方嫌だ! 僕らに何もせずにどっかに行けよ!」


「交渉けつれーつ!」




 枝を持っている子供は、笑いながら片目の幼体の、たった一つの目玉に枝を突き刺した。プチュッと潰れた音がする。




「ピキャァァァァァァァァァァァァァ!」


「そーれそれそれそれ!」




 泣き叫ぶ幼体には気すること無く、刺した枝を更に深く沈めていく。




「プキィィィィィィィィィィィィィィィィ!」


「よいしょ!」




 枝を引き抜くと、枝の先端には幼体の目玉が刺さっている。引き抜く際に視神経や血管も引き千切れ、夥しい量の血液が噴き出す。




「ピョゥゥゥゥゥゥ」


「ピュルゥゥゥゥゥゥゥ」




 幼体の血液を浴び、恐怖に慄く幼少体。


 泣き叫ぶ幼体を見て、さも愉快そうに笑い転げる子供たち。


 それでも、目を失いながらも、幼体は幼少体を守ろうと、しっかりと抱き締めている。


 変異幼体は発狂せんばかりに叫ぶ。




「なんでそんな酷いことができるんだ! たった一つの目玉を奪うなんて! もう景色を見ることができないじゃないか!」




 無視ばかりだった光一でさえしなかったことなのに。この所業を見れば、光一の対応は優しいものだったと思い知る。




「煩いなぁ。お前がソレを渡さなかったからだろう?」


「どうせ渡したら酷いことするんだろ」


「それはお前……なぁ……?」




 そう言って子供らはニヤニヤと笑う。




「てかさぁ、お前は何で首輪付けてんの?」




 変異幼体を押さえている子供が、首輪を引っ張りながら訊く。ついでとばかりに、鎖を上下左右に振り回す。




「お前らには関係ないだろ」




 そっぽを向きながら、変異幼体は答える。


 子供らは顔を見合わせ、ニヤリと笑みを浮かべる。一人が鎖を持ち、一人が手袋をはめた手で変異幼体のイチモツを握った。




「い、痛い! や、やめろよ!」


「生意気を言うナキウにはお仕置きだ!」




 鎖とイチモツが、それぞれ反対側に引っ張られる。


 体が引き裂かれるような激痛に襲われ、変異幼体は滂沱の如く涙を流し、絶叫のような悲鳴を上げる。




「そおれ!」




 引っ張る力は更に強まり、肉が千切れる生々しい音と共に、イチモツが千切り取られた。




「ギャァァァァァァァァァァァァッ!」




 それでも、鎖を持つ子供は力を弱めず、そのまま変異幼体を振り回し始めた。


 それにより、変異幼体の足は地面を離れて宙に浮き、空中を回り始めた。遠心力で首輪が首に食い込み、呼吸ができなくなる。




「っあっ……! かっ……!」


「そりゃ!」




 子供が鎖から手を離した。


 変異幼体は空中に投げ出されるが、有限の長さしかない鎖に引っ張られ、地面に叩きつけられる。呼吸ができなくなっていたところに、背中を地面に叩きつけて肺の空気も押し出される。


 グルグルと回る目を目一杯に開き、口を大きく開けて空気を吸い込む。




「寄越せー!」




 変異幼体が抱えていた三匹の幼少体が、腕の中から引き抜かれるようにして奪われた。股間から発せられる激痛に加え、目が回り、息も絶え絶えになっていたことで、幼少体を抱く腕から力が抜けていたのだ。


 空気が足りなくて息苦しい中、何とか四つん這いになり、子供らを追いかける。その動きはいつも以上に緩慢で、差を縮めるには至らない。




「か、返せ……返せよ……! まだ、まだ赤ちゃん…………なんだぞ……!」


「じゃ、コレなら返すよ」




 そう言って、グルグル回る視界の中で、三人の中の一人が握っている幼少体のイチモツを千切った。




「ビャァァァァァァァァァァァァァ!」




 その幼少体は今までに経験したことない激痛に、目を見開いて泣き叫ぶ。手足をバタつかせるも、脱出には程遠い。


 そして、千切られたイチモツは、伸ばしている変異幼体の手にポトリと落とされた。


 手の中のイチモツを見て、変異幼体は涙を流す。とても小さくて、とても愛らしいモノだったのに。




「なんてことするんだ! 可哀想だとは思わないのか!」




 湧き上がる力に身を任せ、変異幼体は立ち上がり、子供らに立ち向かう。


 しかし、目眩が治ったわけではなく、足元は覚束ない。


 簡単に足払いされ、再び、地面の上に転がる。




「そうだな。可哀想だ。ほら、こいつのもやるよ」


「あ、じゃ、コレも」




 他の二人も、ニヤニヤと笑いながら、幼少体のイチモツを千切り取り、変異幼体の口の中に落とした。




「ぶっ! ぺっ! 何するんだ!」




 激痛に泣き叫ぶ幼少体の泣き声を聞きながら、変異幼体は口の中に入れられたイチモツを吐き出しつつ、精一杯に怒鳴る。




「返せって言ったのお前じゃん」


「その子らを返せって言ってるんだ!」


「煩いなぁ。少しは遊ばせろよ。飽きたら返すよ。死体で良ければな」


「ふざけるな!」




 飛びかかる変異幼体だが、あっさりと躱される。


 一人の子供に狙いを定めて追いかけるが、到底、追いつけそうもない。


 そこへ、他の二人の子供が声をかける。




「おーい、喋るナキウ! コイツはいいのか?」


「助けに来ないと死んじゃうぞー!」




 振り向けば、二人の子供が大きな石を二人で持ち上げている。幼少体はズボンのポケットに捩じ込まれ、身動きが取れないでいる。


 子供らが持つ石の下には、目を失いながらも二匹の幼少体を守るようにして蹲っている幼体がいる。


 何をするつもりかは一目瞭然だ。


 変異幼体は慌てて進路を変更し、幼体を助けようと駆け出す。


 そこへ、今しがたまで追いかけっこをしていた子供が足を出し、変異幼体はそれに躓いて転けてしまった。




「な、何を」


「時間切れ!」


「せーの!」




 顔を上げた変異幼体の目の前で、子供らは持ち上げていた石から手を離した。


 石は真っ直ぐ落ちて、容赦無く幼体の胴体を潰した。潰れて弾ける音が響き、水風船を踏み潰したように、青い血が辺りに撒き散らされる。胴体を失った手足が力無く地面に散らばり、もう、あの幼体はいないことを如実に物語っている。




「あ、あぁ、あぁぁ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」




 目の前が暗くなるような感覚に襲われ、変異幼体は絶叫する。


 心の中では「七人兄弟の長男」になったつもりで、幼体のことを次男だと思い可愛がっていた。


 素直に慕ってくれ、笑顔を向けてくれるのが可愛かった。


 一緒に小さな五匹の幼少体の遊び相手になったり、食事をするのが楽しかった。


 この子らのためなら、何でもできるつもりになっていた。


 でも、現実はどうだ。


 幼少体は奪われ、取り返すこともできず、幼体を助けることもできない。




「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ! あぁっ!」




 幼体の体の下には二匹の幼少体がいた。


 変異幼体は慌てて幼体を押し潰した石へと駆け寄り、その石をどかそうとする。


 せめて、幼少体だけでも助けたい。


 もう、言葉を発することのない顔が、「弟たちだけでも助けて」と訴えかけているように思える。


 体で押して、石を少しずつどかす。


 幼体の死体を極力傷めないように気を付けながら、その下にいるはずの幼少体を探す。


 いない。


 どこにもいない。


 どこだ!?


 必死に探す変異幼体に、ゲラゲラと笑う子供らの声が届く。




「探し物はコレですか〜?」


「ピャァァァァァァァ!」


「ピョオォォォォォォ!」




 一人の子供が両手に幼少体を持ち、左右に振り回す。


 イチモツが付いている。


 間違いなく、幼体が守ろうとしていた幼少体だ。既に、子供らが抜き取っていたのだ。




「返せ! その子らを返せよ! もう、いいだろ! 一人殺したんだから!」


「やっだよー」


「ほーれ!」




 子供らはそれぞれが持つ幼少体の頭をぶつけ合わせ、チャンバラごっこのように遊び始めた。




「ピュキュゥゥゥゥゥゥ!」


「ピョコォォォォォォォ!」


「ピャパァァァァァァァ!」


「ピョキョオォォォォォ!」


「ピョロォォォォォォォ!」




 幼少体は手足をバタつかせ、脱出しようと藻掻くが、ナキウの幼少体程度の力では無理な話だ。




「やめろぉぉぉぉぉ!」




 駆け寄る変異幼体の顔に何かが当たる。


 それを手に取って見てみると、小さな歯だ。


 ぶつかった拍子に折れた歯が、変異幼体の顔に当たっているのだ。


 全ての歯を失うと、ナキウは食事が取れなくなる。歯は生え変わらない。


 変異幼体は青褪めて、より勢いを増して子供らに飛びかかる。鎖の存在を忘れるほど、頭に血が上っている。




「わー、なんだー。手が滑ったー」


「俺もー」


「僕もー」




 三人はそれぞれ棒読みの台詞を言い、幼少体を地面に叩きつけた。プチュッと音がして、幼少体の泣き声が聞こえなくなる。




「きゃぁぁぁぁっ! なんてこと」


「おっとー。足も滑ったー」




 そう言って、一人の子供が幼少体を踏みつける。




「び、びゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」




 変異幼体は号泣しながら駆け寄る。


 しかし、鎖がピンッと張り、変異幼体は後ろ向きに倒れる。急いで体の向きを直し、幼少体の元へ向かおうとするが、鎖がそれを許さない。


 その様子を気に入った子供らは、見せつけるように次々と幼少体を踏み躙り、地面に塗り付けるように死体を引き延ばす。




「びっ! びぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」




 変異幼体は這いつくばって号泣しながら、幼少体の死体へ手を伸ばす。


 そんな変異幼体を嘲笑いながら、ひたすら子供らは変異幼体を蹴りつける。蹴って、踏んで、飛び乗って。足を握って持ち上げて、何度も地面に叩きつける。


 幼体を押し潰した石に頭を叩き付けられた時に、パンッと音を立てて、頭が割れた。




「なーんだ。もう、壊れた」


「つまんないの。帰る?」


「そうだな。お父さんにバレたら怒られるし」




 子供らは、ナキウたちの死体をそのままに、マーケットの宿泊施設へと帰って行った。








 許せぬ。


 断じて許せぬ。


 このような幼子たちを嬲り、弄び、あまつさえ殺すとは。


 必ずや復讐を。


 人間どもに絶望を。


 決して許さぬ。




 変異幼体の体を乗っ取ろうと画策していたナキウの怨念体は、その全てを変異幼体の亡骸へと入れ込む。


 そして、仄かに芽生え始めていた親のような心の赴くまま、命じるままに、子供らへの、人間たちへの復讐を誓った。



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