第50話 そういや旅の途中だった!
「お願いだよ! この子らも連れてって!」
変異幼体が必死な表情で頼み込んでくる。
ルビエラからモグラの皮の剥ぎ方を教わりつつ、返り血を浴びている光一は無視する。
それでも、変異幼体は挫けずにお願いを続ける。
「この子、生まれつき片目が無くて、それでイジメられていたんだ! それに、僕を助けてくれたし。だから、この子も連れていきたいの」
皮を剥ぎ、内臓を取り除く光一。
ルビエラは鍋に水を満たし、火にかけてお湯を沸かす。
骨も取り除いた光一は、肉を適当に切り分ける。それを、グツグツと沸いているお湯に投入し、アク抜きをする。
その間に、ルビエラは適当に見繕った野菜を切り刻む。フハ・フ・フフハが(貸して)くれたリュックは本当に便利だ。
料理に勤しむ二人に向かって、変異幼体はあれやこれやと言葉を尽くしてお願いし続ける。
しかし、ナキウに関心が無い二人は耳を貸す気配さえ無い。モグラとの戦いを終えた後の光一は、変異幼体には目もくれず、モグラを引き摺って帰るだけだった。ルビエラに至っては、変異幼体が戻ってきていることにも気付いていなかった。
調理が大方終了し、光一とルビエラが食事の準備を始めると、痺れを切らした変異幼体が体当たりをしてきた。
「少しくらいは話を聞いてよ!」
光一は見もせずに蹴り飛ばす。
「煩いな。勝手にしろよ。こっちから飯はやらんし、外敵から守ることもしない。ついて来るのも、どっか行くのも好きにしろ」
「そ、そんな」
「こっちに手を出したら殺すぞ」
「じゃ、僕も自由にしてよ!」
「いいよ。首輪、外そうか?」
「え、い、いや、それは」
「この首輪は俺の修行も兼ねている。文句ならフハ先生に言うんだな。聞いてくれるとは思えんが」
「う……。……分かったよ。首輪はこのままでいいよ。でも、この子らを連れて行くのは良いんだね?」
「邪魔だけはするなよ。すれば殺す」
「よく言って聞かせるよ。僕がお兄さんだからね!」
光一に鎖を引かれ、木の枝に鎖を括り付けられている間、変異幼体は片目の幼体と幼少体に「人間の邪魔をしちゃダメだよ」と注意していた。
ルビエラと光一がモグラの独特な旨味に舌鼓を打っている時、ナキウたちも食事をとる。
「ほら、コレ」
「プコ?」
「この葉っぱが柔らかくて食べやすいよ」
「ピコ!」
変異幼体が一枚の葉を千切り、それを口に運ぶ。唾液と混ぜながら咀嚼し、十分に柔らかくしてから噛み砕き、嚥下する。
片目の幼体もそれを真似しながら、細かく千切った葉を幼少体に与える。
「ピャ?」
「キュピ?」
「ピョ?」
「ピィ?」
「キョプ?」
幼少体は首を傾げながら、変異幼体や片目の幼体を真似し、細切れの葉を口に運ぶ。
まともに咀嚼しないまま、幼少体は葉を吐き出した。空腹であるのは変わらないのか、泣き出す個体もいる。
「プコプコ? プコ!」
「ピャァァァァァァァ!」
「ピコ! ピコピコ!」
「ピャウゥゥゥゥゥゥ!」
片目の幼体が口に葉を押し付けるが、幼少体は泣きながらそれを拒否する。
泣いている幼少体の口元を見て、変異幼体は気付いた。
「この子らの歯は小さいから噛めないんだ。だから、食べられないんだよ」
そう言って、変異幼体は葉をニ、三枚掌に乗せて、それを手で挟んでギュッと潰した。僅かに葉から液体が染み出てくると、手を擦り合わせて、葉を磨り潰す。
変異幼体の手には、葉から染み出た液体が溜まり、葉もグシャグシャになっている。
「はい、これならどう?」
変異幼体が幼少体へ手を差し出すと、幼少体は手に吸い付くようにして液体を飲み始めた。時折、チロチロと舐める舌がくすぐったい。
「くすぐったいよ」
笑う変異幼体を見て、片目の幼体もそれを真似する。
「ポコ?」
差し出された手に、幼少体は吸い付いて、葉から染み出した液体を飲む。
人間が栽培している野菜なら幼少体でも咀嚼できるが、人間による品種改良が行われていない自然の葉は幼少体では咀嚼できない。唾液も少ないため、変異幼体がしたような下拵えがないと食事ができないのだ。
「昔、僕が小さかった頃、お母さんがこうやってしてくれたんだ」
何度か葉を磨り潰して、それを幼少体に与えていると、変異幼体がポツリと呟いた。
「ピコピコ? プコプコ?」
「んーん。お母さん、もう、死んじゃったんだ。お父さんに殺されたの」
「ポコッ!? ポコポコ!」
「謝らなくていいよ。でも、お父さんは僕を助けようと頑張ってくれたけど、今はお喋りもできないんだ」
「プキー……。ピコ……」
「今は君らがいるから寂しくないよ。それにね、この旅が終わってお城に戻れたら、僕は自由になれるの。そう約束してくれたの」
「ピキィ? ポコポコ?」
「うん。そしたらさ、僕と一緒に色んな所へ行こうよ。きっと、僕らが安心して暮らせる場所があるはずさ」
「プコ? プコ! プコプコ!」
「そうだね。とても楽しみだ」
そう話していると、いつの間にか幼少体は変異幼体と片目の幼体の手を布団代わりにして眠っている。とても無邪気な寝顔で、すっかり満腹になったのか、「ピーピー」と寝息を立てている。
その様子を見て、二匹の幼体も幼少体を起こさないように気を付けながら寝転がり、夢の中へと入っていった。
暫くは、森の周辺を周る日々。
光一は適度に森へと入り、魔獣を狩っている。相手によっては余裕で狩ることもあるし、苦戦を強いられることもある。それでも、着実に光一は強くなり、「黒龍の鎧」を纏っていられる時間も増えた。
フジ山麓の森に居座り、約半年が過ぎた頃、ルビエラが言った。
「そろそろ、ここから離れて、先へ進みましょうか。これ以上は森の勢力バランスを崩すかもしれないし」
「分かった。何とかあの熊にも余裕を持って勝てるようになったしね」
「随分な上達よ。さ、行きましょう」
こうして、森の周辺をグルグル周る日々は終わり、光一たちはタカラベ村に向かって進み始めた。
その矢先、一行はあるものに出会った。
商人たちが集まって開かれるマーケットである。光一が、まだ、タカラベ村にいた頃にも村に来たことのある移動マーケットだ。
今回のマーケットは結構な規模で開かれており、板の壁に囲まれて、一つの街のようになっている。美味しそうな香りもしており、手広い商品が集まっているようだ。
そのためか、警備の為の傭兵もそれなりに滞在しており、少なくともナキウを連れては行けないだろう。
「光一」
「うん」
こういった催しに目のないルビエラの指示もあり、光一は変異幼体の鎖を傭兵たちからは見えない位置に固定する。
「逃げたきゃ勝手に逃げろ。でも、その結果は自業自得だからな。嫌なら、俺たちが帰ってくるまでここで大人しくしていろ」
「分かったよ」
光一の言い草に、片目の幼体はムッとした表情になり、ツカツカと光一に歩み寄る。
「プコ! プコプコ!」
「やめて! 危ないよ」
「ピコ! ピコピコ!」
どうやら、変異幼体の首輪を外すように言っているようだ。
しかし、その首輪があるから変異幼体は城に保管されている脳と魔術的に接続できており、首輪を外すと身動きが取れなくなる。
それだけでなく、鎖によって接続のための魔力を光一から補給されており、それが光一の魔力制御の修行を兼ねている。光一から離れていても、光一が意識して魔力を補給し続けていると、脳との接続は維持される。
つまり、変異幼体に認めるつもりは無くても、変異幼体は光一の温情(修行としての割合しか無いが)によって生きていられるのだ。
それを知らない片目の幼体は、光一への抗議を続ける。マーケットに向かおうとする光一を引き留めようと、光一に手を伸ばし、裾を掴む。
それが、光一の怒りを買った。無視するのが、ナキウへの殺戮衝動を抑える、光一なりの優しさだったのに。
こうまで絡まれては、光一でなくても我慢はできない。
光一は背を向けたまま、踵で幼体を蹴り飛ばす。それが、股間のイチモツを潰すことになり、
「ピギャァァァァァァァァァァァァ!」
と、悲痛な悲鳴を上げる。
「ふん。無視してやっていれば調子に乗りやがって。恩知らずが」
泣き叫びながら転がる幼体を変異幼体へと蹴り飛ばしながら、光一は忌々しそうに吐き捨てて、マーケットへと向かった。
変異幼体は慌ててその幼体を抱き起こす。
二度目の蹴りは腹部に当たったこともあって、消化途中の草を吐き出しつつ、手を伸ばしている。
「僕はここだよ。分かる?」
変異幼体はその手を掴んで、呼び掛ける。
「ピ、ピコォォォ……」
「邪魔しちゃダメって教えたじゃないか」
「ピキィィィィ……プクゥゥゥ」
「気持ちは嬉しいけど……。安心して! 僕もその痛みは分かるよ!」
「プユプユ! プユユ」
「ふふ……」
変異幼体は五匹の幼少体を片目の幼体に乗せ、その片目の幼体を膝枕する。
そのまま、ルビエラと光一の帰りを待つことにした。
入場料を支払い、門を潜ってマーケットに入ると、多くの屋台が所狭しとひしめき合っている。売っている品物によってエリアが分けられているようだが、小物類から衣服類、香りからして美味しそうな食べ物まで様々な商品が売ってある。
光一の関心を引いたのは食べ物だが、ルビエラの関心は衣服類に向いている。次点で宝飾品だ。ルビエラはこう見えて世界でも有数の資産家だったりする。
「じゃ、俺はこっちに行くよ」
「見知らぬ人について行っちゃダメよ!」
「行かないよ。お母さんも無駄遣いはダメだからね」
「…………」
「曖昧に笑顔を浮かべない! お父さんに言いつけるよ」
「やめて。それだけはやめて」
「じゃ、お互いに無駄遣いはしないってことでね。楽しもうよ」
「そうね! じゃ、とりあえず二時間くらいで一旦集まろうか」
「分かった」
そう言って、二人は別行動を取ることになった。
匂いに釣られて光一は食べ物エリアに向かい、そこに広がる光景に感動した。肉汁滴る肉料理、スパイスの香りが食欲を唆る野菜沢山の料理、保存系の魔術の恩恵を受けた新鮮な魚料理。屋台だけでなく、簡易的な料理店や、買い込んだ料理を食べるためのテーブルまである。
森で狩ったジビエも美味しかったが、目の前の料理は輝いて見える。
財布の紐が緩むのは止むを得ないことだった。
両腕に買い物袋いっぱいの料理を買い込む。焼き鳥や焼きそば、たこ焼きなんてオーソドックスなものから、どこかの地方の伝統料理まで様々な食べ物。
空いている席に座り込み、一品ずつ美味しく頂く。
ルビエラと作って食べたジビエ料理も美味しかったが、店屋物も悪くない。スパイスが効いた味も刺激的で中毒になりそうだ。
食べ物を口に運ぶ手が止まらない中、気付けば見知らぬ男たちに囲まれていた。
「へ、ネーチャンいい食べっぷりだな」
「?」
咀嚼しながら顔を上げる光一。
髭面の厳つい男が、ニヤニヤと笑みを浮かべながら突っ立っている。光一の両サイドにも似たりよったりの男たち。髭面の両サイドにもいるし、光一の後ろにもいる。全部で六人だ。
「俺たちにも分けてくれよ」
「俺たち腹減ってるんだ」
「いいよ。ほれ」
ポンとたこ焼きのトレーを投げ渡す。
しかし、その渡し方が気に入らなかったのか、男たちは殺気立つ。
「おい、ネーチャン。口の利き方を教わらなかったのか?」
「おいおい、ヤバいぜ。アニキが怒っちまったよ」
「どーすんだよ。キレたアニキはヤバいぜ」
ヘラヘラと笑い声が渦巻く。
その前に、光一には一つの疑問が。
「ネーチャンって何だ? 俺か? 俺は男だから兄貴って呼んでいいぞ」
髭面の強面が、拳でテーブルを殴りつける。
「生意気言ってんなよ。いいんだぜ、俺は男も好物だ」
「アニキは守備範囲ガバガバなんだぜ」
「ケツを守りたければ、さっさと謝りなよ」
「裂けちゃうぜ〜?」
やんややんや。ゲラゲラと大笑い。
美味しいものを食べて機嫌が良かった光一だったが、ここまで邪魔されれば多少は不機嫌になる。
光一は、こっそりと「幻術」スキルを発動する。過去のトラウマや、「死んででも忘れたい」レベルの失敗を無理やり脳から引き摺り出す。
ある者は顔から血の気が引いて尻餅をつき、ある者は顔を真っ赤にして涙を流し、ある者は発狂して隣にいた男に殴りかかる。そこから内輪揉めに繋がり、殴り合いの大喧嘩に発展していく。
光一はその隙に移動して、食事を再開する。
男たちの醜い喧嘩を肴に食事をしていると、誰かが呼んだらしい警備の傭兵が現れ、瞬く間に男たちを制圧した。同時に、「幻術」スキルを解除する。
周囲の野次馬の話を聞く限りでは、マーケットが始まってから度々問題を起こしていたらしく、とうとう追放ではなく、檻に入れられてしまったようだ。
(追放しても再入場できる仕組みに問題があるような気がする)
そう思いながら、光一は舌鼓を打つ。
内包する魔力が増えたことで、光一の食欲は増進し、食べる量が王都にいた頃よりも倍近くにまで増えた。
一通り食べ終えた光一は、おかわりを買うために、屋台巡りに繰り出した。まさに光一は、まだ見ぬ美食を求めて探検に出たのである。




