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第49話 モグラ叩きは意外と難しい

 三匹のナキウの幼体が、一匹のナキウの成体に見守られ、森の中を散歩している。その内の一匹の幼体が何かを発見し、「プユ、プユ」と鳴きながら駆け出す。


 しゃがみ込み、何かを見つめている。他二匹の幼体も、その何かを囲むようにしゃがみ込む。


 そこにある何かは、アリの巣だった。アリはナキウになど気にも留めず、黙々と餌を巣へ運び続けている。




「プコプコ。プコ?」


「ピコ! ピコピコ」


「ポコ。ポコポコ!」




 一匹の幼体が木の枝を掴み、巣へと突っ込んだ。他の二匹の幼体もそれを真似して、木の枝を取り、巣へと突っ込んで引っ掻き回す。


 アリにしてみれば迷惑でしかない悪戯に、成体のナキウも微笑みを浮かべる。


 しかし、ナキウは知らなかった。


 この世界において、アリの巣にちょっかいをかける子供は人間にも、魔族にも一人として存在しないことを。


 何せ、アリとて生きていく為には必死であるわけで、巣を荒らす存在には勇猛果敢に襲いかかるのだ。




「ピキャァァァァァァァ!」


「ピキョォォォォォォォ!」


「ポキュゥゥゥゥゥゥゥ!」




 巣に突っ込まれた木の枝を伝ってアリの群団が、ナキウの幼体に襲いかかった。


 アリの体躯は小さくとも、その顎の力は強い。噛みつかれたら、石さえも削り取れる。


 そんなアリが幼体の柔らかい皮膚に食らいつき、ブチブチと皮膚を食い破る。


 滝のように青い血が流れ出し、その傷口からアリが体内に侵入する。侵入し、体内をどんどんと噛み千切っていく。ナキウは食料には適さない。ゲル状だし、不味いし、栄養価も低い。




「フゴォ! フゴフゴ!」




 成体が慌てて幼体を抱き上げる。


 しかし、アリは自分の体を梯子代わりにし、絶えることなく幼体の体を襲い続ける。




「ビキィ! ビキビキ!」




 成体は幼体の体に食い込んでいるアリを払い落とそうとするが、逆に幼体の皮膚が剥がれ、更なる苦痛を幼体に与える。




「ピコォォォ……ピコ……ピコ……」




 抱き上げた幼体は息も絶え絶えに、ビクビクと痙攣が起きる。




「フゴォ! フギッ!?」




 幼体を元気付けようと声を掛けた時、鋭い痛みが走る。


 見れば、成体の体にもアリが取り付いている。次々と、成体の体もアリに侵食され、食い破った皮膚から体内に侵入してくる。




「フギィィィィ! フゴ! フゴォ!」




 成体は幼体を投げ棄てて、アリを払い落とそうとするものの、その手にもアリが取り付き、体が黒く染まっていく。


 地面の上の幼体は既にアリに包まれ、泣き声一つ上がらない。


 ナキウの親子を襲った悲劇が終わりに近づいた時、地面が盛り上がり、一体のモグラが現れる。ナキウの親子は空中に投げ飛ばされ、地面に叩きつけられ、あっさりと死んだ。




「ちょこまかと逃げるんじゃねぇ!」




 そこへ、「黒龍の鎧」を纏った光一が駆けつけた。


 光一の姿を確認したモグラは、すぐに地面に潜った。穴を掘って潜ったのではなく、地面に溶け込むように潜るため、非常に厄介だ。攻撃への回避能力が高い。


 戦闘が始まって、光一はすぐに「黒龍の鎧」を纏った。地面に潜られる前に、短期決戦を仕掛けるためだ。


 しかし、光一の攻撃を受け、その攻撃力の高さを悟ったモグラは逃げの一手に絞った行動を取るようになった。隙を突いて反撃しようという腹積もりだろう。


 こうして、光一とモグラの追いかけっこが始まったのである。


 光一は「察知」スキルをフルに使い、モグラの位置を探る。地面の中を縦横無尽に動きまくり、光一を攪乱しようとしている。




「フゴー? プユー?」




 一匹の成体ナキウが、仲間に呼び掛けるように声を上げながら、姿を現した。アリに噛み殺された親子ナキウの家族か、同じ群れの仲間なのかもしれない。


 そのナキウは光一を視界に捉えると、光一に向かって歩み寄ってくる。




「フゴフゴ。ビキビキ?」




 何かを尋ねるかのような仕草で光一の肩に手を置く。


 それと同じタイミングで、モグラが光一に向かって突進してくる。ナキウで光一が集中を乱すと判断したのかもしれない。




「フゴ! フゴー! ビキィ?」




 ナキウは光一の肩を揺らし、光一の気を引こうとしている。


 それを丸々無視し、光一はモグラが飛び出すタイミングを計る。




「クルルルオォォン!」




 モグラが地面から飛び出し、牙が並ぶ口を開いて、光一に噛みつきを仕掛ける。


 光一はそれにタイミングを合わせ、上空へと跳び上がり、噛みつきを回避する。




「フゴォォォォォォォォォ!?」




 ナキウだけがモグラの攻撃を受ける結果となり、その口の中へとナキウが落ちていった。




「クルルウゥ!?」




 光一に集中する余り、ナキウの存在への注意が散漫になっていたため、口の中に落ちてきたナキウに驚くモグラ。体がデカいのも困りものだ。


 モグラは二度三度と咳込み、食道に入り込んだナキウを吐き出す。




「フ、フゴ、フギ……」


「クルルッ!」




 茫然自失としているナキウに向かって、モグラは前脚を振り上げ、ナキウの頭目掛けて振り下ろした。水っぽい音を立てて、ナキウはペチャンコになって死んだ。


 直後、モグラのヒゲがピンと張り詰め、危険を感じ取る。


 上空から、剣を振り上げた光一が落下してくる。剣には魔力が込められ、無視できない威力が感じ取れる。




「クロロォン!」




 モグラは慌てて地面に潜る。溶け込むように素早く潜るが、僅かに気付くのが遅かった。




「フンッ!」




 短く息を吐き、光一はモグラを斬りつける。


 モグラは頭を庇うように潜り始めていたこともあって、致命傷こそ避けられたが、体に深い傷が刻まれた。


 振り抜いた剣を持ち直し、光一は追撃の斬撃を加えようとする。


 モグラは痛みに怯みながらも、土の壁を作り出し、光一からの攻撃を牽制する。その土の壁が光一に向かって倒壊してくる。


 光一は盾を構えて防御するが、盾は土の壁に込められた魔力を吸収する。


 しかし、壁を形成している土までは消えず、そのまま光一に向かって倒れ込んでくる。




「そうか、魔力で精製したものじゃないから、盾はそれまでは吸収できないのか」




 苦々しく言って、光一は後ろへ跳んで回避する。ルビエラとの訓練が生かされる。


 土壁が倒れて舞い上がった土煙が晴れると、モグラは既に地中に潜った後だった。




「またかよ! ええい、クソ! ちっ、魔力が保たん!」




 止むを得ず、光一は「黒龍の鎧」を収納する。一対のナイフを引き抜き、両手に握り締め、モグラの奇襲に備える。


 風の魔力による索敵範囲を広げ、モグラを探すが、地中までは探れない。地中は土の魔力が強くて、優位属性であっても索敵は阻害される。


 止まっていても、モグラの奇襲を受ける。


 光一はそう判断し、万一は撤退できるように、外縁部へ向かって走り始めた。






 蔓で縛られた変異幼体は、ナキウの巣の中へと連行され、複数の成体に囲まれた状態で座らされる。


 光一がモグラを追いかけて森の奥へと行ってしまった後、様子を見ていたナキウに捕まったのだ。




「フゴ! ビキビキ! フゴフゴ!」


「違う! あいつらを殺したのは僕じゃない! 地面から飛び出したヤツだよ!」


「ビキィ!」


「痛っ!」




 無罪を訴える変異幼体の後頭部を、一匹の成体が叩いた。


 すると、叩く力加減が良かったのか、角度が良かったのか、ポコーンと音が響き渡った。脳を抜き取られて、頭の中が空っぽになっているのが良かったのか。




「フゴ?」


「ビキ?」


「フゴフゴ」


「ビキビキ」




 囲んでいる成体たちは、今の音が気に入ったのか、ニヤリと笑みを浮かべる。




「フゴ!」




 再び、後頭部を叩く。


 ポコーンと音が響く。


 別の成体が進み出て、変異幼体の後頭部を握り拳で叩く。


 パコーンと音が響いた。




「ビキビキ?」


「フゴフゴ?」


「叩かないでよ! 痛いじゃないか!」




 成体が後頭部を叩くのと、変異幼体が涙を浮かべて苦情を述べるのは同時だった。


 ポコーンと、口からもキレイに音が響いてきた。




「フゴ!」




 今の音を聞いた成体が、蔓を持ってきて、変異幼体の下顎を開いた状態で固定した。




「ひゃ! ひゃめて! ひょよいてよ!」




 涙を流して懇願する変異幼体に構わず、一匹の成体が片手を平手、もう片方を握り拳で後頭部を連打する。


 ポコポコパカパカポコパカポコパカポコーンパカーンポコポコパカパカ。


 楽器を奏でるように変異幼体の後頭部を叩き、囲んでいる成体はうっとりと聞き惚れる。いつの間にか、幼体や幼少体も集まってきている。


 変異幼体の後頭部に痣ができても、瘤ができても気にしない。




「ひゃめて! ひゃすけひぇ! ひゃだ! もう、ひゃだ〜! ひゃすけえ〜!」




 懸命に変異幼体が泣き叫ぶと、その声を疎ましく思った成体に頬を殴られた。地面に転がると腹部にも拳がめり込む。




「うっ! ぶっ! ふぐっ!」




 変異幼体が胃の中を吐き出していると、再び座らされ、背後に幼体が歩み寄ってきた。




「ピキ!」




 幼体にさえ叩かれた。


 ポコッと小気味良い音が響く。




「ポコ!」




 パコッと音が響く。


 我先にと幼体が群がり、次々と後頭部を叩き始める。


 どれほどの時間が流れたか分からないが、飽きたのか、食事に行ったのか、部屋の中には変異幼体だけが取り残された。蔓は解かれること無く、後頭部は痣や瘤だらけ。皮も剥けて、血が流れている。


 きっと光一は助けには来てくれないだろう。


 そう思って、これからずっと叩かれる日々なのだろうかと思うと、心がズーンと重くなる。


 横たわって変異幼体が涙を流していると、一匹の幼体が歩み寄ってきた。


 また叩かれると思って、変異幼体が身構えると、歩み寄ってきた幼体は蔓を解こうとし始めた。


 まずは、下顎を固定していた蔓が解かれる。




「た、助けてくれるの?」


「プコ」




 その幼体は口に指を当てて、静かにするように求める。


 見れば、その幼体には片目が無い。それに、後頭部を叩いていた幼体らに比べるとやや痩せているように見える。片目が無いのは生まれつきで、そのせいで差別されているのかもしれない。




「ピキーッ」




 幼体が精一杯の力で引っ張り、最後の結び目が解けた。


 体を縛っていた蔓から解放され、変異幼体は片目の幼体を抱き締めた。




「ありがとう! 本当にありがとう!」


「ピキ? プコプコ。プユウ?」




 片目の幼体は困ったように、でも、笑顔を浮かべて抱き返してくれた。


 変異幼体は、城から出発してから初めて優しくされた。拘束から解放されただけだが、それが本当に嬉しい。




「フゴ! フゴォ! フゴフゴ!」


「あっ!」


「ピキィ! ピコピコォ」




 部屋に戻ってきた成体に見つかり、変異幼体は恐怖に襲われる。同時に、片目の幼体も体を震わせる。




「フゴォ!」


「ピキィ!」




 成体は片目の幼体の腕を掴んで持ち上げ、もう片方の手で殴ろうとする。




「やめろ! まだ子供だぞ!」


「フゴォ! ビキビキ! ビキィ!」


「片目が無いくらいで差別するな!」


「フゴフゴ!」


「あっ!」




 片目の幼体を助けようとする変異幼体だが、あっさりと振り払われた。


 何かを殴る音が響く。




「ピキィィィィィィィ! ピコ! ピコォォォォォォォォォ!」




 片目の幼体の泣き声が響く。


 それにも構わず、成体は殴る手を止めない。


 助けてくれた相手を、成体から守ることもできない。


 その悔しさに変異幼体が歯噛みしていると、部屋の壁に罅が走る。




「フゴォ?」




 壁の罅に気を取られ、腕の力が緩んだ隙に片目の幼体は脱出した。


 その次の瞬間に、壁が破れ、モグラが飛び出してきた。




「見つけた!」




 部屋の入り口からは光一が突入してきた。




「クルル!」




 モグラが振り回す腕を躱し、光一はモグラの懐に入り込む。


 ナイフに纏わせた「鎌鼬」で、モグラの胴体を斬りつける。


 反撃は回避し、隙を縫ってカウンターを仕掛ける。


 モグラと光一の戦いに巻き込まれたナキウたちは逃げ惑い、片目の幼体もオロオロしている。その手を掴んだのは変異幼体だ。




「ほら! 行くよ!」


「ピ! ピコ!」




 二匹は、光一とモグラの戦いに巻き込まれないように、部屋から逃げ出した。




「ク……クルル……」




 かなりのダメージを与えたはずだが、モグラはなかなか倒れない。攻撃力は「ウォー・ベア」よりも低いが、耐久力は高いようだ。加えて、地面に潜るから厄介だ。


 しかし、流石に光一も攻略法を見出した。


 体の出血量が限界に近いのか、モグラは地中に潜ろうとする。が、体が浮いて地面から離される。




「くっ……重いな……」




 地面に潜られるのが厄介なら、潜られないように浮かせればいいのだ。風の魔力ならではの芸当だが、モグラを浮かせるための風を起こすのに結構な魔力を消費する。




「やっと、終わりだな」


「クルル……」


「熊もだが、ある程度の強さを持っている魔獣は潔いんだな。その点は尊敬するよ」




 負けを認めたモグラは、無駄に動かず、光一のトドメを受け入れた。


 光一は、周囲に脅威となりうる存在がいないことを確認し、緊張を解いた。




「疲れた。戻るか」




 モグラの遺体を引き摺り、ルビエラの元へと歩き始めた。






「ピコ! ピコピコ!」


「え? あ!」




 懸命に走る変異幼体の手を引いて、片目の幼体は立ち止まる。指差す先には、五匹の幼少体が這いつくばって右往左往している。




「ピョキョピョキョ」


「ピョキピョキ」


「ピュクウ」


「ピョオウ」


「ピャウピャウ」




 変異幼体が三匹、片目の幼体が二匹の幼少体を抱き締め、巣の出口に向かって逃げる。


 既に光一が他のナキウを殺していたこともあって、特に邪魔されることなく、七匹のナキウは脱出できた。




「一緒に行こう?」


「ピコピコ?」


「僕があの人たちに頼むよ」




 変異幼体は、少し、兄の気分になった。



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