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第44話 いざ里帰り

「ふむ。これは…………『黒龍の鎧』…………ですね。伝説級の武具ですよ」




 光一が身に纏う鎧を観察し、フハ・フ・フフハが言う。




「三百年前の冒険者が身に付けていたことは確認されていたけど、その後は一切確認されていませんね」


「じゃあ、その冒険者が『山の獣』に喧嘩を吹っ掛けて、返り討ちになったってことか」


「は……? 『山の獣』……? 神話級の魔獣じゃないですか!」




 光一が呟いた言葉を聞いて、フハ・フ・フフハが驚愕の表情を浮かべる。




「テルスズ山にいますよ」


「テルスズ……? 辺境の山ですか?」


「はい。俺の故郷のタカラベ村の山です」


「タカラベ村!? あの!? それなら納得だけど」




 何故か村の名前を聞いて驚くフハ・フ・フフハだが、同時に納得もしていた。


 はて、あの辺鄙な村に何かあるのだろうかと、光一は首を傾げるが、気にしないことにする。ルビエラが気に入って住み着いた村だし、少なくとも「普通」ではないのだろう。


 それは置いておいて、光一は「黒龍の鎧」と名前が判明した鎧を収納する。「舎弟頭」という地位にいる「山の獣」から貰ったはいいが、どういう代物か分からなかったため、フハ・フ・フフハに鑑定してもらったが、予想以上に凄い逸品のようだ。




「でも、身に付けているだけで、かなり魔力が消費されるんですよね」


「得てして『魔術装甲』はそういうものです。破格の性能を誇る反面、装着者を厳選する。なので、汎用性という点で劣り、廃れていったのですから」


「他に装着者はいないのですか?」


「いますよ、勿論。ハッシュヴァルトを始めとする軍団長は皆『魔術装甲』の装着者です。あと、ルビエラ様もですよね?」




 フハ・フ・フフハが話を振ると、クッキーを頬張りながら、研究資料を読み耽っていたルビエラが顔を向ける。




「昔の話よ。今となっては、シルネイアが敵対しない限り、使う必要は無いしね」




 あっさりと言ってのける。光一の「黒龍の鎧」を見て、「高級品」と見抜いたのは自分も装着者だからこそなのだろう。それに、ルビエラなら使いこなせそうではある。




「そして、稀有なケースですが、装着者の魔力属性を変化させる、又は、付与するということもあります」


「あー、だから、俺に『水』の属性が追加されているんですね」


「そういうことです。魔力を鍛えれば、二属性を扱えるようになりますよ。ただ、風属性と違って、自然界の水属性の魔力は水辺付近に多いので、この内陸部では鍛えにくいと思いますけどね」




 そう言いつつ、光一の鎧の鑑定が終わったフハ・フ・フフハは居住まいを正す。いつもの飄々とした態度と異なり、真剣な表情を浮かべる。


 それを見て、ルビエラと光一も、姿勢を正した。




「お二人に、頼みたいことがあります」


「頼みたいこと?」


「あの突然変異の幼体一匹を連れて、外の世界を旅して頂きたい。行き先はどこでも自由で構いません」


『えー、めんどー』


「そんな二人揃って言わなくても」


「そんなのフハが勝手にすればいいじゃない」


「いえ、いつもなら勝手にしますが、今はそういかないのです」




 ルビエラの言葉に、フハ・フ・フフハは困ったような表情を浮かべて答える。深々と溜息を吐くあたり、相当に面倒な理由がありそうだ。




「もうじき、国王陛下の解任式があるのです」


「え、解任? あ、そろそろだっけ?」


「はい。そのことで、宮中はゴタゴタしているのですよ。ハッシュヴァルトさえも東奔西走している有り様でして」




 納得した様子のルビエラだが、光一は何のことか分からない。首を傾げていると、フハ・フ・フフハが気付いてくれた。




「国王は六十五歳が定年なのですよ。なので、その誕生日を迎える日が解任式となり、王冠を下げる日になるのです」


「へぇ! そうなんですね」


「学校で習わなかった?」


「へ!? いや、その単元に行く前に王都から招聘されたから」


「ふーん、そっか」




 習った気もする。


 ルビエラからの追求を躱して、ホッと胸を撫で下ろす光一。




「問題は、まあ、理解していらっしゃるでしょうが、後継者問題です」


「候補は?」


「第一王子と第三王子です。第二王子は病弱を理由に立候補していません」


「優勢なのは?」


「半々なのですよ。宮中では軍備拡大を掲げる第一王子が優勢ですが、市中では国の再建を掲げる第三王子が優勢です。票も半々に割れる予想ですね」


「なるほどね。第一王子は魔族との戦争継続を訴えていたからね」


「はい。なので、その旗印にと勇者の素質ありとされた光一くんが招聘されたのです。それを見越した領主がルビエラ様を連れてきてくれたので、その目論見は破れたわけですがね」




 自分が王都に呼ばれた理由に選挙が絡んでいたことを知り、光一は驚く。その後、沸々と怒りが込み上げてくる。




「え、つまり、俺を選挙の道具にするつもりだった?」


「まあ、そういうわけです。面白くない話でしょう? これまでは、中立派の私やハッシュヴァルトが周りを固めていたので目立った動きは無かったでしょうが」


「圧力が抑えられなくなってきたと?」


「えぇ、まぁ」




 ルビエラの指摘に、フハ・フ・フフハが肩を竦めてみせる。




「軍部は第一王子寄りですし、私が率いる『魔術師団』も本分は魔術の研究と開発ですが、戦争ともなれば戦場に赴きます。ですので、どうしても軍部からの影響力は避けられないのですよ。困ったものです」




 ここまで来ると、光一でもフハ・フ・フフハの真意が見えてきた。


 要は、光一に城にいられては困るのだ。もしも、光一が第一王子派に懐柔されれば、票は第一王子に流れるかもしれない。そうなれば、軍備拡大が優先され、国の経済立て直しが後回しになる可能性が高い。最悪、魔族との戦争再開も視野に入るだろう。


 フハ・フ・フフハは弟子として光一を気に入っているために、光一を余計な渦中に巻き込みたくはないのだ。


 だから、何かしら理由を捏ち上げて、王都から遠ざけるつもりなのだ。


 そのことに気付いたルビエラと光一は顔を見合わせ、




「その幼体の無事は保証できないよ?」


「生意気さにキレるかも」




 旅立ちを了承した。








「構いません。複製体も用意していますし、一匹くらい好きにしていいです」




 そう言いながら、フハ・フ・フフハは実験室へとルビエラと光一を案内する。


 ドアを開き、中に入ると、変異ナキウの幼体たちは壁にもたれかかって休憩している。


 フハ・フ・フフハはその中の一匹を選ぶと、掴み上げて、ルビエラと光一の前に放り投げた。




「きゃっ! 痛いよ、投げないで!」


「それを持って行って下さい。可能な限りは殺さないでほしいですが、生意気が過ぎれば殺しても構いません」


「え、フハ様? 何を言って」


「コレらの頭には脳が入っていません。取り出して、別の場所に保管してあります。コレらの目から得た情報を分析・処理して、遠隔操作して体を動かしているのです」




 こう言われて、光一が幼体をよくよく観察してみると、頭を左右に割ったような傷跡が残っている。それだけじゃなく、体の至る所にも同様の傷跡がある。




「視覚を補完するために、過去の記憶も参照して映像を作り出し、『見えている』ように動かすことも可能です」




 それで、目が無い個体でも不自由無く歩き回れているのかと、光一は感心した。




「全ては情報ありきです。ですので、外の世界をコレに見せてほしいのです。そうすれば、外の世界の情報も脳に記録されます」


「い、嫌だ! 僕はここから離れたくない!」


「さっきから喧しいですね。お前の意見など聞いてませんよ」


「フハ様!」


「うるさい」




 フハ・フ・フフハが指をパチンと鳴らすと、




「プコプコ! プコ!? ピコピコ、ピキー!」




 幼体は、人間の言葉を話せなくなった。




「プコ!? プコプコ、プキー!」


「ポコォ! ポコポコ、ポキュ!」


「ペケェ! ペコペコ、ペキイ!」


「プキュー、プキュプキュ!」




 他の四匹も、同様に、人間の言葉を話せなくなる。




「お前たちの脳は私の管理下にある。態度が悪いと、お前たちをただのナキウにすることもできる。前にそう言いましたよね?」




 五匹の幼体は目に涙を浮かべ、深々と頭を下げる。


 しかし、フハ・フ・フフハは動かない。


 幼体たちは、膝を折り、手を床に付けて、額を床に擦り付ける。




『プコプコ。プキプキ』




 謝罪だろうか。


 フハ・フ・フフハはその鳴き声には反応せず、ルビエラと光一の足元にいる幼体に向かって、




「お前はこのお二人と旅に出る。お前を生かすも殺すも、このお二人次第。いいですね?」


「ピィ!? ピコピコ!」


「嫌なら、脳との魔術的接続を絶ち、お前たちはただの肉塊になるだけだが?」


「ピッ! ピコピコ……プコ」




 渋々といった様子だが、幼体は首を縦に振った。


 再度、フハ・フ・フフハが指を鳴らすと、幼体たちは人間の言葉を話せるようになった。




「お二人の準備ができ次第、お前はここから出ていくことになる。分かりましたね?」


「はい……」




 その返事を聞いて、フハ・フ・フフハ達三人は実験室から出ていった。


 その事を確認した幼体は、他の兄弟たちの所へと駆け寄って、五匹で抱き合う。


 そして、「離れたくない」というようなことを口々に言いながら、大号泣した。








 元々、荷物を広げていなかったこともあり、ルビエラと光一の出発の準備は十分程度で整った。足元には、首輪を嵌められた幼体がいる。首輪の鎖を握るのは光一だ。


 フハ・フ・フフハはルビエラと光一に一つずつ袋を渡した。




「魔術で中の空間を拡大しています。暫くの食料や、旅に必要な物を収納していますので、活用してください」


「いいの? 高いでしょ、コレ」


「構いません。経費ですので」


「じゃ、遠慮なく」




 そう言って、ルビエラと光一は袋をリュックの中に仕舞った。




「まずはどちらへ?」


「タカラベ村よ。この子も七年くらいは離れているし、里帰りには丁度いいでしょ」


「確かに。では、ごゆっくり」


「ええ、じゃあね」


「光一くんも、ゆっくりしておいでね」


「はい。ゴタゴタが片付いたら来ます。魔術の修行も途中ですし」


「そうだね。その時は連絡いれますから、待っていてください」


「はい」




 挨拶を済ませ、ルビエラと光一は城に背を向けて歩き出す。


 幼体は兄弟との別れを惜しんでいたが、鎖を引っ張る光一の力には抗えずに、渋々と歩き出した。


 ちなみに、あの手この手で光一を招聘した張本人の第一王子は、城の中で迷子になってしまい、この旅立ちを阻止できなかった。何かしらの魔術を疑うが、巧妙に証拠や痕跡を隠され、誰の仕業かは特定できなかったようだ。


 こうやって始まったタカラベ村への旅。王都へ来る際には馬車だったが、今回は徒歩。おまけに、鈍間なお荷物付き。ルビエラは、早くて半年、遅ければ一年と予想している。




「それでも、ま、修行しながら行きますか。ほら、光一。結界の修行の続きやるよ」


「え、アレやるの?」


「ただ歩くだけじゃ勿体ないでしょ」


「んー……分かった」




 光一は魔力を練り上げ、壁で周囲を囲むイメージを以て、結界を作り出す。ルビエラと変異ナキウの幼体(以降「変異幼体」と呼称)を覆うくらいの大きさ。大き過ぎても、魔力を無駄に消費してしまう。


 光一が結界の維持に集中していると、変異幼体がトコトコと駆け寄ってきた。




「ねえ! 一緒に旅をするんだから、僕たちは仲間だよね!」


「…………………」


「握手しようよ!」


「…………………」


「ほら!」


「…………………」


「昔のことは許してあげるから!」


「…………………」




 光一は無言のまま、鎖を思いっきり引っ張った。変異幼体はそれに引っ張られ、前方にコケた。




「きゃっ! 何するの!」


「うるさい」


「もー! 僕たちは仲間なんだよ!」


「黙れ」


「ほら、握手!」




 何故か、しつこく食い下がる変異幼体。駆け寄り、ジャンプして、光一の手に触れる。


 その瞬間。光一はその手を潰れるほど強く握り、持ち上げる。




「うるさい。お前は仲間じゃない」


「痛い! 痛い! 離してよ!」


「お前はナキウ。人間でも魔族でもない」


「でも、一緒に旅を」


「荷物がほざくな。邪魔にならないなら生かしておく。邪魔になれば殺す。それだけだ」




 そう言って、光一は手を離した。変異幼体は尻もちをつく形で地に落ちる。


 再び、歩き出した光一。鎖に引っ張られ、変異幼体も歩き出す。




「僕、兄弟と離れ離れになるのは初めてなの。だから、一人だと寂しくて、仲間が欲しい。ねえ、仲間になってよ」


「じゃあ、条件を出す。クリアしたら、仲間と認めてやる」


「本当!? やる!」




 ルビエラと光一が向かう先には、森が広がっている。王都に来る際には、違うルートを通ったため、この森は見なかった。


 森の中に入り、光一は「察知」を発動する。


 しかし、何も感じない。うんともすんとも反応しない。消えたというよりは、何か、フィルターがかかっていて、発動が阻害されているような感じだ。


 仕方なく、光一は風を起こして、周囲を索敵する。風属性の魔力の基本的な使い方であり、周囲の様子を探るだけなら「察知」と変わらない精度を持つ。




「いた。待ってろ」




 そう言って、光一は鎖をルビエラに預ける。


 変異幼体はルビエラにも話しかけようとしたが、ルビエラが放つ威圧感に臆して、取れるだけの距離を置いた。


 道を逸れて茂みの中に入った光一は、数分もしないうちに、一匹のナキウの幼体を捕まえてきた。勿論、通常のナキウだ。




「プ? プコ……? プコプコ?」




 森の中を散歩していたら、突然、現れた光一に首根っこを掴まれ攫われた幼体は、小刻みに震えている。




「この子は? 僕より年下だね」


「大きさは同じくらいだろ」


「年下だよ!」


「知るか。じゃ、条件を言う」


「うん」


「コレを殺せ」


「…………え?」




 光一が言った条件を、変異幼体は理解できずに聞き返した。




「何て、言ったの?」


「コレを殺せ。そしたら、お前はナキウではないと認めてやる。ナキウでもない、人間でもない、魔族でもない、中途半端な存在とな」


「仲間って認めてくれるんじゃないの!?」


「認めるさ。その覚悟を示せって言っているんだよ。ナキウのくせに人間の仲間になろうってからには、ナキウを辞めるくらいはしてくれないとな」




 そう言われ、変異幼体は攫われてきた幼体を見る。その幼体も、光一の言葉を聞いて、より一層震えている。




「逆に、コイツを殺せたら、お前は帰っていいぞ。帰りたいならな」




 光一に言われ、攫われてきた幼体は変異幼体を睨みつける。拳を作り、やる気に溢れているようだ。股間のイチモツが揺れるほどに勇ましく、変異幼体との間を詰めていく。


 変異幼体の方は、握り拳を作りながらも、光一が示した条件に戸惑いを隠せない。中途半端に人間に近いために、同族を殺すことに躊躇しているようだ。イジメたり、強姦したり、卵袋を壊した過去があるくせに。




「ま、待ってよ!」


「プコ!」




 先制攻撃をしたのは、攫われてきた幼体。ポコッと弱々しいながらも、右ストレートが変異幼体に入る。




「痛っ!」


「プコプコ!」




 右と左のパンチを交互に繰り出し、変異幼体を追い詰める。




「やめてってば!」


「ピキィ!」




 突き放すように押し出した手が、攫われてきた幼体の目に当たり、地面に押し倒した。目は潰れてはいないようだが、青く充血している。




「ピキィィィィ! ピッキィィィ」


「あ、あ、ご、ゴメン!」


「ピコ!」




 謝り、駆け寄ろうとした変異幼体の足に、攫われてきた幼体が噛み付いた。咬合力が弱くても、同じナキウであれば痛みは感じる。特に、この変異幼体は実験の過程で筋肉をサンプルとして削ぎ落とされているから、余計に痛い。




「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ! 痛い痛い! 離して! 痛いってば!」


「ピグゥゥゥ!」


「あぁぁぁぁぁぁぁ! もう、痛いって!」




 振り解こうと、足を振り回す。


 しかし、逆に攫われてきた幼体の危機感を煽り、歯が肌に食い込んでいく。


 増した痛みに耐えかねて、変異幼体は座り込む。なんとか、噛み付くのをやめさせようと、攫われてきた幼体を拳で殴りつける。


 すると、その内の一発が目玉に当たり、ポロンと目玉が外れた。




「ピギャァァァァァァァァァ!」




 幼体が悲鳴を上げるのと、同時に、森の奥からナキウの声が響いてくる。




「プーーーーユーーーーー! プーーーーーユーーーーー?」




 何度も「プーユー」を繰り返して、まるで、幼体を探しているかのような、成体の声。


 幼体が上げた悲鳴が聞こえたのか、真っ直ぐに向かってきている。


 もしも、この現場を成体が見たらどうなるだろう。


 変異幼体は、成体からも攻められるという最悪の事態を想像し、外れた目玉を治そうと、目玉を顔に押し付ける。瞼を捲り、その中へと目玉を押し込む。


 しかし、そんなことをしても痛いだけだ。




「ピギャァァァァァァァァァァァァ! ピギ! ピギャァァァァァァァァァァァァ!」




 攫われてきた幼体は、更に、激しく泣き声を上げる。




「ゴメン! ゴメンよ!」




 そう言いながら、目玉を押し込もうとしている時、ガサガサと茂みを掻き分ける音がして、成体のナキウが姿を現した。




「プユ! フゴ? フゴォォォォ!?」




 探していた幼体を見つけ、一瞬は笑顔を浮かべた成体だが、その幼体は目玉がくり抜かれ、顔に押し付けられている。このように、成体には見えた。




「フゴォォォォォォォォォォ!」




 怒髪衝天の勢いで、成体は変異幼体を殴り飛ばす。




「きゃあ! 待って待って! 話を聞いて! 僕もナキウだよ!」


「フゴフゴ! フギィィィィ! ビキビキビコビコ! ボコボコボゴォ!」


「え……、そんな、僕は!」


「ビコォォォォォォ!」




 何を言われたのか分からないが、成体は幼体を庇いつつ、変異幼体を殴り倒し、その上に跨って、容赦無くパンチの雨を見舞う。


 光一にしてみれば小雨のような情けないパンチだが、変異幼体にしてみれば、暴力に他ならない。口の端からは血が流れ、目を庇っている腕や、他の体の部位には痣ができ、腫れ上がっている。


 散々に殴り、ナキウの言葉で罵倒した成体は、目玉をぶら下げた状態の幼体を連れて、森の奥へと消えていった。


 変異幼体は、暫く、天を仰ぎ見たまま、微動だにしていなかった。怪我で動けないのかもしれない。


 しかし、ルビエラと光一がそんなことに構うわけが無い。




「行くぞ。さっさと立て。条件は達成できていないんだ。お前は荷物で、仲間ではない」




 光一から言われても、変異幼体は何も言い返さず、黙って立ち上がり、歩き始めた。足を痛めたのか、僅かに引き摺るような歩き方をしている。


 これを期に、森を抜け出るまで、変異幼体は食事以外で口を開くことはなかった。

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