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第41話 御対面

 冥王(仮)に変貌し、預かり知らぬ所から「リュウコ」と名付けられたナキウは、その余りある力を惜しむことなく振るい、魔族の子供らが住んでいた村を襲撃する。立ち向かってくる者は迎え撃って殺し、逃げる者は追いかけて殺し、命乞いは聞くだけ聞いて殺した。




「ブ、ブブブ……ブギィィィィィィィィィ!」




 殺しても殺しても、心に空いた穴を埋めることはできない。乾いた心が潤う様子も無い。弟妹を探しても、腕の中にいたはずの幼少体を探しても、その姿はどこにも無い。


 呼んでも、叫んでも、その声に応える者はいない。


 村を滅ぼし、欲が求めるままに田畑を食い荒らし、宛もなく彷徨い歩く。


 ナキウにしては強大な力を持ったリュウコだが、自分が本当に欲しいものは、もう、手に入らない。




 リュウコが度々上げる叫び声は空気を伝って世界に伝播し、同族を呼び寄せる。


 野生のナキウは成長度合いを問わずに、リュウコの叫び声に釣られるように、同じ方向を目指して歩き始める。卵袋を抱えるメスでさえ、その卵袋を切り捨ててでも、リュウコの元へと歩き出す。


 マルキヤ劇団やフハ・フ・フフハの研究所のように厳重に保管・管理されていたり、ナキウ貸出店のナキウのように町から出られないようにされている個体は「出せ」と言うかのように騒ぎ始める。見せしめに何匹か殺して見せても、ナキウは臆することなく騒ぎ続ける。


 リュウコの元へと向かう途中で魔獣や人間、魔族に襲われて殺された個体も多くいる。それでも、リュウコの元には数万にも及ぶナキウが集結している。




「魔族領」の中でも一際大きな城塞都市「ディア・ディルム」は門を堅く閉ざし、城壁の上には完全武装した魔軍の一団が隊列を組んで、迎撃の準備を整えている。門の内側には、突撃態勢を整えて待機している一団もいる。


 経済的にも、戦後復興の象徴としても重要な「ディア・ディルム」を守るべく、魔軍の全戦力の半分にも及ぶ援軍が差し向けられたのだ。


 そこへ、激しく警鐘が鳴り響く。


 即座に、魔軍の間に緊張感が張り詰める。


 それぞれの視線の先には、一様に怒気を露わにして立ち向かってくるナキウの群勢。先頭にはリュウコがいる。今や、リュウコ率いるナキウの群勢は魔軍が対峙するまでの脅威になっている。既に、二桁の村や町が壊滅し、多くの命が奪われている。討伐部隊も差し向けられたものの、歯が立つ事なく、全て返り討ちにされた。




「構えー!」




 指揮官の号令に合わせて、矢を番えたり、魔砲の発射態勢を整える。


 ジワジワとナキウたちは近付いてくる。


 指揮官は緊張から来る汗を流しつつ、ナキウの動きに注視する。


 ナキウたちは魔軍の迎撃態勢など知る由もなく、城壁へと迫る。


 一線をナキウ群が越え、指揮官は号令を下す。




「放てー!」




 一斉に矢や、魔力の塊が放たれる。


 雨というより、最早、濁流のように押し寄せる矢や魔力の塊を、ナキウ群は真正面から受ける。


 爆発のような轟音が響き渡り、天まで届きそうな土煙が立ち昇る。大抵の生物ならば消滅しているほどの威力が叩き込まれた。


 しかし、その土煙の中からナキウ群が姿を現す。相変わらず、城壁に向けて直進している。


 その不気味な耐久力に指揮官は冷や汗を流しながらも、続けて号令を下す。




「続けて放て!」




 雨あられのような攻撃が寸分の暇もなく降り注ぎ、ナキウの行軍を止めようとする。




「矢の補給を止めるな!」




 補給部隊は休むことなく走り回り、矢を補充し、壊れた弓も交換する。




「魔力が切れた者は入れ替わり、回復に努めよ! 魔砲も途切れさせず、常に放ち続けよ!」




 魔術に秀でた兵も、魔力が切れた端から後続の者と入れ替わり、魔力の塊を地上に落とし続ける。


 人魔大戦の時のような激しい攻撃が地上を揺らすが、ナキウ群は僅かほどにも足が止まらない。


 先頭を進む異形のナキウならばまだしも、それに付き従う通常のナキウにも攻撃が一切通じない。




「これが『同族補強』か。『同族招集』だけでも厄介なものを……!」




 指揮官は歯噛みする。


 先んじて交戦し、生き残った者らの報告書を読んだ時には微塵にも信じ難いことではあった。また、現状から推察される情報を会議で耳にした際には鼻で笑った。


 しかし、こうして目にすれば、嫌でも信じざるを得ない。


 各地に散らばる同族を自身の元に呼び寄せる「同族招集」、同族に力を分け与え、同族全体の基礎能力を引き上げるのが「同族補強」。いずれもサポート系の魔術であり、高レベルの魔獣は長が使用することが多い。


 通常のナキウにも攻撃が通じていないことからも、異形のナキウから分け与えられている力の強大さが分かる。




「ブギィィィィィィィィィィィィィッ!」




 異形のナキウが拳を振り上げ、城壁を殴りつける。四本の屈強な腕を魔力で補強し、ただのパンチを一撃必殺の威力に引き上げる。




「フゴォォォォォォォォォォォォォッ!」


「プコォォォォォォォォォォォォォッ!」




 幼体はいざ知らず、成体のパンチさえも壁にヒビを入れるほどに強化されている。




「嘘だろ……!」


「ただのナキウじゃねーのか!」


「狼狽えるな! 攻撃を続けろ! 突撃部隊は突撃用意だ!」




 どんなに軽くても五百キロもの重さのある岩から構成されている城壁が、砂のようにゴリゴリ削られていく。


 動揺する兵たちに檄を飛ばしながらも、指揮官も内心は穏やかではない。いずれは、人間との戦争が再開していたかもしれない。それが、まさか、ナキウ如きを相手に戦争状態になるとは思ってもいなかった。


 一際大きな轟音が響き渡る。


 異形のナキウの攻撃で城門ごと壁が破壊されたのだ。




「突撃ー!」




 すかさず、突撃を命令する。


 騎馬を中心に構成された突撃部隊が、雄叫びを上げながらナキウ群へと突撃していく。


 大地を揺らすかのような迫力でナキウ群に迫り、騎乗槍や剣を煌めかせて、ナキウに向かって振り下ろす。


 耳障りな甲高い高音が響き、ナキウ群へ向かって振り下ろした武器が尽く砕け散った。




「け、結界……? いや、障壁か……?」


「ナ、ナキウなんかが何で……!」




 狼狽えながらも、予備の武器を取り出して、尚も交戦を続ける。




〈そうやって〉


「……! 声? 誰だ!?」


〈そうやってバカにする権利がお前たちにあるのか……!〉


「まさか、ナキウ……?」


〈お前たちなんか、死んでしまえ!〉


「う、うわぁ!」




 異形のナキウが振り回す腕によって、騎兵も歩兵も薙ぎ払われる。前線に穴が空き、そこへ成体のナキウたちが流れ込む。その通常のナキウさえも攻撃力が強化されていて、兵士が倒されていく。




「バ、バカな!」


「ひっ、た、助け」


〈そうやって助けを求めた私たちをお前たちは笑って殺しただろう!〉


「それの何が悪い!」


〈……! 絶対にお前たちを赦さない!〉




 殴り潰し、蹴り飛ばし、掴み上げて、地面に叩きつける。


 戦えば戦うほど、異形のナキウは怒りを露わにしていく。




 流れ込んでくる。


 リュウコが無自覚に使用した「同族招集」によって集まってきたのは生きているナキウだけではなく、死んでも無念の余りにこの世に留まる魂までも集まってきた。


 その魂は、リュウコの中へと流れ込み、如何にして殺されたのか、どれ程の無念だったのかを訴えてくる。


 体を斬り刻まれた。


 親を目の前で殺された。


 子を弄ばれて殺された。


 兄を、姉を、弟を、妹を遊び半分で殺された。


 水に沈められて殺された。


 火に焼かれて殺された。


 生きたまま地面に埋められて殺された。


 入ってくる魂は無念を訴え、リュウコの魂に溶け込み、リュウコの力となる。


 リュウコは力を増すごとに、人間や魔族への恨み妬み憎しみを倍々に増加させる。


 空虚な心はドス黒く塗り潰され、それが自身の怒りなのか、流れ込んできた魂の怒りなのかも分からなくなる。


 怒りと恨みと憎しみに突き動かされ、リュウコは目に映る全てを破壊する。そのためだけに、歩き続ける。








 執務机に突っ伏して、魔王は頭を抱える。


 異形のナキウであるリュウコの出現当初は、ここまで事態が深刻になるとは想定していなかった。討伐隊として数人送り込めば解決するだろう、と予想していた。これは、側近であるディルムッドやモグテラスも同様だった。


 ところが、送り込んだ討伐隊は尽く返り討ちに遭い、百人規模の部隊を送り込んでも結果は同じだった。加えて、続々とナキウたちが合流し、その基礎能力が強化されて、ますます手がつけられなくなった。


 そこで、とうとう魔王ものんびりと旅をしている場合じゃなくなり、「カザド・ディム」へと連れ戻された。ルビエラと光一にも同行を求め、今は城の一室にて待機している。




(でも、光一くんじゃ流石にキツイなぁ。ルビエラなら勝てるだろうけど、そのことが人間側にバレたら政治的に面倒なことに……。……でも、そんなこと言っている場合じゃ……)




 魔王が頭を抱えていると、執務室のドアが荒々しく開け放たれる。




「ナキウの群れと交戦していた城塞都市『ディア・ディルム』が陥落しました! 住民は避難していますが、交戦した魔軍に死傷者多数! ナキウたちはそのまま進軍中とのこと!」




 報告を受け、執務室内はザワザワと色めき立つ。


 ディルムッドは冷や汗を流しながら、魔王に話しかける。




「マズいですね。異形のナキウからは、絶えず『同族招集』の魔術が放たれています。今も、『魔族領』内や『人間領』からもナキウが合流しているとの報告も入っています。このままでは……」


「分かっている。だが、魔軍も再建途中で、その半分を援軍として送り込んだにも関わらず、敗北したのだぞ」


「そう。それは危機的状態ね。私が出ましょうか?」


「いや、いくら何でもシルネイアでも……ってシルネイア!? 勝手に入らないでよ!」


「だって開いていたから」




 いつの間にか執務室へと来ていたシルネイアに、魔王は驚きを隠せない。




「にしても、皆は慌て過ぎよ。冥王に成り損なったナキウ如きに」


「いや、だって軍まで動かしているのに……って! え! 冥王の成り損ない!?」


「えぇ。気配は薄いけど、アレは冥王の欠片みたいなものを埋め込まれているわね。でも、完全に冥王に成ってはいないわ。完全体の冥王なら、私の全力と互角だし、この程度の被害じゃ済まないでしょ」


「そんなバカな。だって、冥王はシルネイアが封印したって」


「そうなんだけど、封印した後は私も疲労困憊でね。ごっとり眠っている間に、冥王を封印した箱を無くしてしまったのよ」


「えぇ! 無くした!?」


「てへ」


「いや、てへじゃなくて! 何で、もっと早く言ってくれなかったの!」


「思い出したの今だし。すっかり忘れていたのよ。関心も薄かったし」


「関心薄かったって……何で」


「勝った相手に興味無いわ。強かったけど、封印って形で私が勝ったからね」


「胸張って言わないでよ……」




 今ひとつ緊張感に欠けるシルネイアに、魔王も周辺の部下たちも肩の力が抜ける。




「とにかく! 早期に対応策を考えよう!」




 魔王はなんとか場の空気を締める。シルネイアが出撃するのは却下した。








「……この無駄に白い空間は」


「どうも」


「また、ここか……」




 白い空間の中、光一の目の前にはサラリーマンみたいな男がいた。


 以前は胡散臭い笑顔を浮かべていた筈だが、今は真顔だ。仄かに怒りを感じるくらいに真顔だ。




「単刀直入に申します。何をしているのですか。冥王の復活を目論む者がいるので、それを阻止してほしいと申したでしょう」


「え、言われたっけ?」


「……! 忘れた、と?」


「夢の話なんて長々とは覚えてないでしょ」


「はぁ~〜~~~~~~~~~っ」




 長い溜息をこれ見よがしに吐いてみせるサラリーマン。




「いつまで経っても勇者スキルを発動させないからどうしたものかと思っていたら……」


「勇者スキル?」


「スキルを新たに三つまで追加できるんですよ。習熟度も今のスキルと同等になります」


「へぇ~、便利だな」


「冥王の欠片を埋め込まれたナキウが暴走して『魔族領』が危機的状態になっているのですよ。悠長なことを言っている場合じゃありません!」


「そう、言われてもな。その勇者スキルってのはどうすれば発動できるんだ?」


「今の三つのスキルを会得したように、集中すれば頭の中に〝空のスキルスロット〟が浮かんできます。そこに、任意の効果を持つスキルをセットすれば、それを扱えるようになります」


「意外と簡単だな」




 光一は目を閉じて、意識を集中する。




「ここでは無理ですよ」


「無理なんかい!」


「夢ですし。だから、起きたらやって下さい。そして、冥王の成り損ないを討伐して下さい」


「分かった。覚えていたらやるよ」


「お願いしますよ、ホント」




 急に意識が遠のいた。


 目覚めると、魔王の城「カザド・ディム」の一室。ソファに寝転がっていた。


 のっそりと体を起こした光一は、辛うじて残っている夢の記憶を元に、意識を集中する。頭の中に思い描いた輪っかの中に飛び込むイメージ。その奥深くから、光が浮かび上がってくる。初めてスキルに目覚めた時と同じだ。




「……この光は……空っぽ?」




 サラリーマンが言っていた〝空のスキルスロット〟というやつだろうか。これを意識している状態で、欲しい効果のスキルを思い描けば、そのスキルが得られるのだろう。




「三つって言っていたか。何にしようかな」




 少しワクワクしながらスキルを想像しようとしたら、やかましい警鐘が響き渡る。


 ビックリして目を開けた光一の頭の中から、光が遠のいていく。集中力が途切れてしまったためだろう。


 少しイライラしながら光一が部屋から出ようとしたら、外は大騒ぎとなっていた。




「ナキウ群が『カザド・ディム』から五十キロ地点まで接近しているらしい!」


「足止めもできんのか」


「攻撃が効かないらしいぞ」


「どうすんだよ」




 官僚みたいな連中の会話を聞いて、光一はスキルの内容を決めた。


 部屋の中へ戻り、ソファに深く座り、目を閉じて、瞑想に耽る。意識を脳の奥へと集中させて、スキルスロットとやらにスキルを刻み込む。








 日が沈んで、夜の暗闇が地上を覆う。満月の明かりが柔らかく地上を照らし、ナキウ群は休息を楽しむ。




『プーユーユー』




 メスのナキウが飛び跳ねながら、三重の輪となって、リュウコの周りを回る。手には葉がついた枝を持ち、それを上下に振る。




『プープーユー』




 メスが歌うのに合わせて、オスが石で地面を叩く。ドン、ドンと、一寸の乱れも無い。


 これは、ナキウたちがリュウコを頂点とする群れとなって進撃を始めてから、誰ともなく始まったこと。今となっては、その日の進撃が上手くいったことを祝い、明日の進撃の成功を祈る神事のような行事となっている。


 ただ、ひたすらに虐げられるしかないナキウにとって、魔獣や魔族を容易く撃退し、返り討ちにするリュウコは「神」のような存在なのだろう。


 幼体が群れの最年少であり、リュウコの周りで「プーユーユー」と歌っている。リュウコも、そんな幼体を愛おしげに眺める。今となっては、顔も思い出せない懐かしい存在を想起させる。




「ブギ……ブギィィィィィィィィィィ!」




 リュウコが叫べば、他のナキウも叫び声を上げる。




『フゴォォォォォォォォォォォォォォォォ!』


『プコォォォォォォォォォォォォォォォォ!』




 夜の闇に木霊する叫び声は、「同族招集」となって世界に伝播し、続々とナキウたちを掻き集める。明日には、更に数が増えていることだろう。


 そんなナキウの群れの中、リュウコの目の前に「回廊」が開かれた。




「賑やかだな。虐殺は楽しいか?」




 そう問い掛けながら現れたのは、既に剣を引き抜いている光一である。


 

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