第40話 ……冥王……?
怒られた。
「あのね、今のは見逃されたみたいだけど、かなりグレーだったからね?」
「とにかく、どんな形での手出しも危ないの。テルスズ山の『山の獣』だってナキウを殺しただけで追撃してきたでしょ? 魔獣は自分の縄張りでの勝手な振る舞いには敏感なのよ」
「……ごめんなさい……」
ナキウを「回廊」で何処ぞかへ飛ばすことも、魔獣を刺激しうる行為になるらしい。魔王とルビエラがいたからこそ見逃されたが、そうでなければ危うかった。
光一は強くなってはいるが、真っ向勝負で勝てる魔獣は多くない。魔獣(猿)には勝てても、野生の世界では下位に過ぎない。幾ら、纏わりついてくるナキウがウザかったとは言え、軽率な行動だった。
魔王とルビエラからの説教を受けつつ、心から反省する光一だった。
突然、暗闇に飲み込まれたナキウたちは、目の前にある光へと向かって走り続ける。
理由もわからないままに走り続け、光を通過すると、そこには見覚えのない景色が広がっている。大きな河が流れ、一本の橋が架かっている。周囲は田畑が広がり、作物が実をつけている。稲は頭を垂れて、収穫までもう少しといった具合だ。
「プ、プコプコ……?」
後を追いかけていた筈の人間はどこにもいない。自分たちを助けてくれた親切な人間。
「プコー? ポコー!」
メスの少年体が大声を上げて呼び掛けてみるけれど、応える声は無い。
弟や妹のように想っている幼体や、その幼体が抱える幼少体も、不安気にオロオロしている。家族を失い、巣を失い、親切な人間とも逸れてしまったのだから無理もない。
「ピコ! ピコピコ、プユユ!」
この中では最年長であり、姉貴分である自分がしっかりせねばと、少年体は元気よく振る舞い、畑に入る。作物を少しばかり分けてもらい、それで腹ごしらえをすれば、皆も少しは元気になるだろう。
そう思っての行動だった。
畑に入り、赤く実った作物に手を伸ばした時、遠くから声が響いてきた。
「コラー! 何してんだ、お前ら!」
声のする方向を見れば、六人ほど魔族の子供がいる。
「ピ、ピキ! ピキピキ!」
少年体は幼体の背を押しながら、この場から逃げようとする。まだ、離れた場所にいるから、逃げ切れるはずだ。
しかし、光一と接して、〝人間は親切だ〟と誤解している幼体たちは、走り寄ってくる魔族の子供たちに向かって歩み寄ろうとする。
「プユプユ、ププユ」
「プユユー! プユ」
すっかり警戒心が無い。折角、成体が人間や魔族の恐ろしさを教えたのに。
魔族の子供たちは驚くほどの速さでナキウたちに追いつき、そのままの勢いで少年体を蹴り飛ばした。
「ピギィ!」
「ナキウなんかが俺たちの畑から泥棒かよ!」
「おい、一匹も逃がすな! 徹底的に潰すぞ」
「橋の下の秘密基地に連れて行こうぜ!」
少年体が蹴り飛ばされて動揺している幼体を取り囲み、乱暴に腕を掴んで秘密基地とやらへ連れて行こうとする子供たち。
幼体は動揺しながらも、腕に抱える幼少体を守ろうとして、体を揺すったり、しゃがんだりして抵抗する。
「ピキー!」
「プコー!」
「プコプコ!」
「何だ? 抵抗しているつもりかよ。生意気だな!」
「あれ? カッちゃん、コイツら何か持ってるよ!」
「えー? あ、小さいナキウだ! 寄越せよ」
「プキィ! プキプキ!」
「寄越せって!」
カッちゃんとやらに殴り倒される幼体。腕をこじ開けられ、無理やり、幼少体を奪い取られる。他の子供たちも、カッちゃんに倣って幼体を殴り倒し、力ずくで幼少体を奪い取る。
「ピョキョー!」
「ピョキュルル」
「プョミュー!」
子供たちに握られ、幼少体は涙を流して助けを求める。
「プコー! プコプコ!」
起き上がった少年体が立ち向かうが、子供らは握った幼少体を突き付け、
「こいつらが大事ならついてこいよ。じゃないと、コレ、殺しちゃうぞ」
そう言って、握る手に力が籠もる。幼少体は苦しそうに呻き、目が見開かれる。
「ピィ……、プコプコ」
少年体と幼体は抵抗を止め、大人しくならざるを得なかった。
そうして、橋の下へ向かって歩き始める子供たちの後についていった。
橋の下に作られている秘密基地とやらは、子供が作ったにしては上々の出来だ。鎹までしてあって、それなりに頑丈に作ってある。
先頭を歩くカッちゃんが秘密基地のドアを開け、仲間やナキウたちを中へと入れる。それぞれが持ち寄ったのであろう、様々な物品が陳列してある。細やかなことに、壁際に立てられた棚に整頓してある辺り、割としっかり者たちのようだ。一定間隔で、壁に燭台が備え付けられており、蝋燭が秘密基地の中を照らしている。
「さてと、まずは泥棒への罰だな」
カッちゃんが、幼少体を握っていない方の拳で、少年体を殴りつける。転ばす程度に手加減してあるが、少年体の口の端から血が滲み出ている。
「ピ、ピギィ……」
「ナキウのお前らは知らねーだろうけど、作物育てるのは大変なんだぞ!」
「ピキィ! ピキピキプクプク、ポコォ!」
「何言っているのか分かんねーよ!」
「ピギィ!」
沢山あるのだから少しくらい分けてくれてもいいだろう、と抗議する少年体だが、それが伝わることなく、再び、殴られる。
「反省しているようには見えねーな! どうだ、お前ら。コレ、反省してるか?」
「いやー、してないでしょ」
「どうせ、少しくらいいいじゃんとか言ってるんじゃねーの?」
「うわー、言ってそう」
「ナキウだしな」
少年体を囲んで、見下しながらゲラゲラと笑う子供たち。
カッちゃんは、床に倒れ伏した少年体の腕を荒々しく踏みつける。
「そら! 泥棒への罰だ!」
足に力が込められ、パキッと軽い音と共に、少年体の腕がへし折れた。
「ビギャァァァァァァァァァァァァァ!」
「次は二の腕な」
腕を踏む足を退かすことなく、もう片方の足で、二の腕を踏み潰す。こちらも、小枝が折れるような軽い音が響く。
「ブギィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
「それ、オマケ!」
カッちゃんは足に力を込めて、勢いよく跳び上がる。そのまま、少年体の手に向かって着地する。子供の体重ではあるが、落下の運動エネルギーも加わって、その威力は増大する。
手を構成する複数の骨が同時に砕け、流石に鈍くて生々しい破砕音が響く。
「ビッッッギィッッッッッッッッッッ!」
徹底して腕を破壊され、最早、悲鳴が出ないほどの痛みが少年体に襲いかかる。
「あーっはっはっはっは! お前らもやってみろよ!」
「そだね。もう片方の腕もやっておかないと、また、泥棒されそうだしね」
二人の子供が歩み寄り、無傷の腕を掴み上げる。一人は少年体を抑え込み、もう一人が少年体の肘に、自分の膝を当てる。
「そーれ!」
軽い調子で肘を逆方向へ折り曲げる。皮膚が裂けて、骨が飛び出す。
「ブギャァァァァァァァァァァァァァァァ!」
「こうなったら、手があっても意味ないよね」
「ビッ、ビギィ!」
指の関節も逆方向へ、一本ずつ丁寧に折り曲げられる。
「ブギィ、ブギィ……」
両腕が再起不能なダメージを受け、形容しがたい痛みに、少年体の息は絶え絶えになる。
握っていた幼少体を別の子供に預けたカッちゃんが、棚に置いていた道具箱から二本の釘と金槌を取り出してきた。
床に倒れて、腕の痛みに震えている少年体を起こす。
「次は、あのチビどもだ。お前はここで見てるだけでいいからな」
とびっきり優しい声色で語りかけながら、カッちゃんは少年体の足に釘を当て、金槌で思いっきり打ちつけた。
「ビャァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
「ホント、お前らナキウの手や足は、俺たちのとそっくりだから不気味でしょうがないよ」
形や機能は同じでも、色は青緑色。おまけに、硫黄臭まで漂っている。
優しい声色そのままに、カッちゃんは少年体の足を釘で地面に縫い付けた。
「ねぇ、カッちゃん、久し振りにアレやろうよ。ゴム引き対決! ちょうど、オスが二匹いるしさ!」
「タツはホントにそれ好きだな。でも、面白いし、やるか! ゴム持ってこいよ」
「うん!」
タツと呼ばれた子供は、棚から太くて長いゴム紐を持ってきた。見た目からして頑丈で、ちょっとやそっとじゃ千切れそうにない。
そのゴム紐を、オスの幼体のイチモツに縛り付ける。血流が止まるほどにしっかりと、ゴム紐を縛り付ける。
「ピキィィィィィィィィィィ!」
「ポコォォォォォォォォォォ!」
二匹の幼体は涙を流して、イチモツの痛みを訴えるが、その言葉が魔族の子供たちに届くことは無い。
片方の幼体をタツが、もう片方を別の子供が持ち上げる。ゴム紐がピンと張るくらいに距離を取り、その中央にカッちゃんが立つ。
そして、カッちゃんがゴム紐を少し持ち、
「よーい、始め!」
掛け声と共に、ゴム紐を弾くと、両端の子供らが幼体を引っ張る。
幼体はイチモツをゴム紐で縛られている為、必然的に引っ張られる負担はイチモツにかかることになる。
「ピキャァァァァァァァァァァァァ!」
「ポクォォォォォォォォォォォォォ!」
幼体は腕を振り、頭を揺さぶりながら、イチモツの激痛を訴えるが、それを子供らが聞くことは無い。むしろ、声援を送り、「もっとやれ」と囃し立てるだけだ。
「ピ、ピキョォォ、ピコピコ、プクゥ!」
「ピコォ! プコプコプクゥ!」
メスの少年体や幼体が「やめてほしい」と懇願するが、子供らの歓声に掻き消される。
二分ほどで決着はついた。
タツが持っていた幼体のイチモツが千切れ、散々に引っ張られたゴム紐が解き放たれ、対戦相手の幼体に激突した。そのゴム紐の勢いで幼体の皮膚は裂けて、血が流れ出る。
「プキィィィィィィィィィィィィィ!」
「ピャゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
双方の幼体が痛みに涙を流すが、タツは負けたことで腹を立て、幼体を床に叩きつけた。
「なんだよ、コイツ! 雑魚チン◯じゃねーか!」
「いやぁ? いい勝負だったぜ。ほら、アレの◯ンコも半分くらい千切れてるしよ」
「何だよ、あとちょっとだったのに。我慢しろよ!」
タツは床の上で蹲っている幼体を足で小突く。幼体は、それに反応できないくらい、激痛で動けない。
「ピ……ピコォ……」
幼体は目の前に千切れて落ちている自分のイチモツに手を伸ばす。ほんの数分前まで、自分の股間に付いていたので、感傷でもあるのだろうか。
しかし、そのイチモツは手袋をしたカッちゃんに取り上げられる。
「ピコォ!」
「うるせー、負けナキウ! コレは勝者の戦利品なんだよ!」
カッちゃんはそう言うと、取り上げたイチモツを、向かい側にいる幼体の所へ持って行く。
「ほら、コレはお前のだぜ。食えよ」
「ピッ、ピキィ?」
「食えば、そのチ◯コ治るぜ」
「プキィ……」
そう言われても、元々の持ち主が涙を流して見ていては、おいそれと手出しはできない。
しかし、子供らが悠長に待ってくれるわけもない。
「モタモタすんなよ!」
一人が幼体の体を抑え、一人が無理やり口をこじ開ける。そこへ、カッちゃんがイチモツをねじ込んだ。
「フ! フキィ!」
「オラ、さっさと食えよ!」
周囲からも「食ーえ食ーえ」とコールが巻き起こる。
口をこじ開けた子供が、今度は無理やり顎を動かして咀嚼させる。
「フ! ンンーン!」
抵抗を試みるが、まるで、意味が無い。口の中でイチモツがグチャグチャになり、形を失っていくのが分かる。液状に近くなるにつれて、喉の奥へと流れ込んでくる。舌で流れ込まないように抵抗するが、顎を操作している子供によって勢いよく頭を振り回され、とうとう、喉の奥へと流れ込んでしまった。
「プキィ! プッキプッキ! プキィ!」
解放され、空気を思いっきり吸い込む。同時に、吐き出そうと試みるが、既に胃の中にまで流れていったものが上がってくる気配は無い。
「プ、プコプコォ?」
それならせめてと、股間に視線を移すが、千切れかけたイチモツはそのまま。微塵も治る気配は無い。
その幼体の様子に気付いたカッちゃんが笑いながら言う。
「治るわけねーじゃん!」
「ピキィ!?」
子供らの大爆笑に囲まれ、絶望に打ちひしがれる幼体。自分の意思ではないけれど、兄弟の大事なモノを無理やり食わされて、何も得られなかったのだ。絶望も無理は無い。
そんな幼体の頭を叩いたり、頬を指で突いたりしながら、子供らはゲラゲラと笑い続ける。
いくらナキウと言えども、怯えるばかりではない。受けた仕打ちに対して怒ることもある。
幼体は、自分の頬を突いている子供の指を狙って口を開け、思いっきり噛み付いた。
「うわっ! いきなり何すんだ!」
「ピキィィィィ! ピコォ!」
噛み付く力を弱めず、可能な限り目を細めて相手を睨みつける幼体。
しかし、噛みつかれた子供は、微塵も痛そうにはしていない。痩せ我慢という様子にも見えない。
雑草や落ち葉、木の実を食べているナキウだが、噛み千切ったり、噛み砕いているわけではない。口の中で唾液と混ぜ合わせ、柔らかくしてから咀嚼している。
つまるところ、ナキウは咬合力も弱いのだ。先ほどのように外的要因が無ければ、イチモツとて咀嚼はできないだろう。
「おい、それだけか?」
「ピコォ!」
「それが限界か?」
「ピクゥ!」
「じゃ、仕返しな」
噛んでいる指に力が入り、下顎が押し戻されていく。口が開くと、更に、指が差し込まれ、より大きく口が開かされる。
「ヒ! ヒキィ! ヒキヒキ!」
「ほらほら、頑張らないと大変だぞぉ」
子供は更に力を込める。
カコッと音が鳴り、幼体の顎が外された。
「ヒコォ! ヒ、ヒコヒコ、ヒコォォォォ!」
顎が外れた痛みに、幼体は泣き声を上げる。
その間抜けな泣き声は、子供らの大爆笑を誘うばかり。
そして、子供らの行動がこれで終わるわけがない。
カッちゃんがニヤニヤしながら、顎が外れた幼体に近寄る。
「噛み付くような危険なヤツにはお仕置きが必要だよな」
「そうだね、カッちゃん」
「抑えておくよ」
「ヒッヒッヒ!」
子供らが三人がかりで幼体を抑え込む。カッちゃんは、幼体の口の中に手を伸ばし、歯を摘む。
「オラァ!」
乱暴に歯を前後に揺らされ、歯茎の中で歯が折れる。そのまま、歯は引き抜かれた。
「ヒャァァァァァァァァァァァァァ!」
「まだまだ!」
無理やり歯を抜かれる激痛に幼体は滝のように涙を流すが、カッちゃんは止まる様子さえ見せない。抑え込む子供らや、囲んでいる子供らも笑いが止まらないようだ。
泣き叫ぶ幼体と、笑いながら歯を引き抜く子供らの様子に、他のナキウたちは慄くばかり。
引き抜かれた歯は乱雑に投げ捨てられ、鮮血が付着している歯が散らばる。
「これで、最後!」
最後の一本が引き抜かれ、幼体の口に生えていた歯は全て失われた。
ナキウの歯は、人間や魔族のように生え替わることは無い。また、咀嚼しなければまともに消化することができず、養分として吸収することもできない。
この歯を引き抜かれた幼体は、この時点で餓死することが決まってしまった。
本能でそれを感じ取った幼体は、痛みも合わさって、さめざめと涙を流す。
「さーて、次は玉無しか? それとも、そっちのメスか? 或いは、その極小ナキウか?」
カッちゃんの言葉を聞いて、子供らは笑みを浮かべながら、ナキウを見渡す。
「プコォォォ! ピコピコ! プコプコポコォプウ! ピキポコポコ、プキプキポゥ!」
自分の背後に隠れて怯えているメスの幼体を庇いながら、少年体が切々と語りかける。
『自分はどうなってもいいから、他の子らは解放してほしい。泥棒したのは自分だけだ』
しかし、魔族の子供らにその言葉の意味は伝わらない。間抜けな鳴き声としか認識されないのだ。
唯一、その言葉が伝わったのは同じナキウである幼少体と幼体だけ。それなのに、オスの幼体はまともに動けそうになく、メスの幼体は腰が抜けている。
このナキウにとっては絶望的な状況下で、一匹の幼少体は覚悟を決めた。
「ピュキュ!」
この中で最も幼いために、小さく、柔らかい歯を、自分を握っている子供の指に突き立てた。
「ん?」
「ピュクゥゥゥ!」
「え? 何? 噛んでるの?」
「ピョウゥゥゥゥ!」
頭を振って、噛み千切ろうとする。
しかし、幼体の噛みつきでさえも通じなかったのに、更に弱い幼少体ではくすぐったさも感じられない。
「カッちゃん、ここにも躾がなってないクソガキがいたよ」
「マジか。ナキウは躾とかしないんだな。そうだな、こうしよう!」
「え? 何?」
カッちゃんは幼少体を握る子供に耳打ちする。子供はそれを聞いて、ニヤリと笑みを浮かべた。
幼少体を噛みつかせたまま、少年体へと歩み寄る。
「ポコォ! ピキピキピクゥ!」
幼少体を見て、少年体は「返してほしい」と懇願する。
そして、奇しくもその願いは叶えられた。
カッちゃんが少年体の口を無理やりこじ開ける。上顎を引き上げ、上を向くようにする。
大きく開かされた口の中に向かって、子供は幼少体を捩じ込んだ。
「ピョキョー!?」
「フコォ!? フコフコ!」
驚く幼少体と少年体。少年体は腕を動かせないこともあって、抵抗ができない。幼少体も、体を掴まれたまま、頭から口の中へと押し込まれていく。
「ほら、返してほしいんだろ? 返してやるから喜べよ!」
カッちゃんの言葉に、子供らは涙を流すほどの大爆笑。腹を抱えて、指を差して大きく笑っている。
子供でも握れるくらいに小さい幼少体は、まともに抵抗できないこともあって、程なくして少年体の口の中へと押し込められた。
カッちゃんはすかさず少年体の口を閉じ、イチモツを食わせた幼体にしたように、下顎を掴んで咀嚼させる。
「フーッ! フッ! ン! ンンーン!」
少年体は頭を振り、せめてもの抵抗をする。
しかし、カッちゃんの支配からは逃れることができず、自分の歯で幼少体を噛み砕く感覚を味わわされる。内側から頬を叩く感触があった次の瞬間には、その腕が噛み千切られる。舌を蹴る足も粉々になり、口の中で泣き叫ぶ幼少体は静かになっていく。
パキャッと、一際固いものを噛み砕く。それが、幼少体の頭だと直感した。
眠くてグズりだした幼少体を親から預かり、姉として世話をしていたのに。
とても小さくて、幼くて、純粋に懐いてくれて、とても、とても、とっても、可愛がっていたのに。
可愛がっていた弟たちが目の前で酷い目に遭わされても何もできず、親と同じくらいに愛情を注いでいた幼少体を、自分の口で噛み砕いてしまった。
自分で殺してしまった。
自分が殺した。
自分が自分が自分が自分が自分が自分が自分が自分が自分が自分が自分が自分が自分が自分が自分ががががががががががががががががが。
自分が殺した。
それを強く自覚し、カッちゃんに頭を振り回され、無理やり幼少体を飲み込まされる。嚥下されゆく幼少体を感じ取り、少年体の頭の中が黒く染まっていく。
足を床に縫い付けていた釘を荒々しく引き抜かれても何も感じない。蹴り飛ばされ、床の上に転がされても、何も感じない。
目の前で、メスの幼体が引きずり回され、ボールのように蹴り回される。オスの幼体たちも、乱暴に持ち上げられ、床に叩きつけられる。幼少体は、キャッチボールのように投げ回され、いつ、床に叩きつけられるか分からない。
弟妹たちの悲鳴や泣き声だけが、少年体の頭の中に響く。
何故、こうなったのだろう。
山の中で一族の競走大会を見ていただけだったのに。
ただ、今ある平和だけで満足していたのに。
他の種族に害をなそうなんて思ってさえいなかったのに。
弟妹たちを可愛がり、兄や姉に可愛がられ、いつかは父のようなオスと仲良くなって、自分の家族を持つことだけが夢だったのに。
その全てが、水泡のように消え去った。
目の前の弟妹たちの悲鳴が小さくなっていく。何度目かの突進を試みるが、簡単に反撃されて床の上を転がる。
幼少体が床の上に置かれ、子供の一人がその上に跳び乗った。内臓や血を吹き散らせ、幼少体は命を失った。
それを見て、少年体の頭の中は真っ黒に染め上げられた。
私たちが何をしたと言うのだろう。
畑泥棒は悪いことだが、ここまでのことをされないといけないほどのことだろうか。
私たちは彼らに何もしないのに、何故、彼らは一方的に私たちを痛めつけ、笑いながら殺せるのだろう。
許せない。赦せない。
許さない。赦さない。
殺してやる!
全員! 一人残さず!
皆殺しにしてやる!
少年体の頭の中で何かが弾け、頭の中に広がる。同時に、体の中に力が漲り、変異していく。腕が左右に二本ずつ生え、足が伸び、体が筋肉質になる。成体のように大きくなり、魔族の子供らを見下ろす。目は赤く充血し、瞳は黄色く濁る。体の周囲が陽炎のように揺らめくほどの魔力が放出される。
その様子を見て、流石の子供らも恐怖を感じ取り、一歩ずつ後退する。
「な、なんだよ、コイツ」
「さっきのナキウ……?」
「こんなに大きくなかっただろ!?」
恐れ慄き、逃げ腰になっている子供らの耳に声が響いてくる。
〈許さない。赦さない。お前たちを殺してやるぞ!〉
橋の下の秘密基地から子供らの悲鳴が響き渡る。一人の子供が秘密基地から飛び出すが、首根っこを掴まれ、秘密基地の中へと引き戻される。
子供らを迎えに来た親の耳に、子供らの悲鳴が聞こえ、親たちは急いで秘密基地へと走る。
その親たちが見たのは、秘密基地の壁を突き破って出てきた異形のナキウ。屈強な腕が四本。その腕の間に生えている二本の腕は小さくてか細く、痛々しいほどに損傷している。太く逞しい二本の足、ナキウとは思えないほどの筋骨隆々の肉体。
そして、何よりも驚かせたのが、鬼のような形相の顔に、周囲の風景を歪ませるほどの魔力を纏っていること。
親たちは、立ち向かうことも、逃げることもできないまま、その異形のナキウに殴り潰された。
この様子を、鳥の使い魔を通して見ている淵谷家の女性は、口元に満足げな笑みを浮かべる。
「成功だ。存分に暴れろ。そうだな、名付けるならば『冥王(仮)リュウコ』といったところかな」
女性が拠点として使っている屋敷の中に、女性の笑い声が響き渡った。




