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第37話 いざ冒険へ

 光一たちのいる辺境の町から見て、西へ向かって進めば、魔族領の首都に辿り着く。その首都のほぼ中央に、魔王の城「カザド・ディム」がある。


 荷物を整え、意気揚々と光一とルビエラは出発する。魔族領も人間領も、実は開拓されている面積よりも、未開拓の地域の方が広い。そのため、未開拓の地域を冒険し、調査する職業が「冒険者」である。自営業であり、報酬は出来高払い。社会保険なんてあるわけない。だからこそ、本人の実力だけが物を言い、ルビエラは光一を鍛えるのだ。


 そんな士気の高い二人と違い、何十歩も距離を空けて、ビクビクしているのが魔王だ。何を隠そう、この魔王領を統べる最大権力者にして、シルネイアとシルビィに次ぐ実力者。人魔大戦において魔軍を指揮し、人間軍を大いに苦戦させた張本人(表向き)。




「ねー、魔王くん。何でそんなに離れてるのかな?」


「ひぃっ!」


「いちいち怖がらないでよ。私らも知らない仲じゃないんだしさ」


「そ、そうはおっしゃいますが」


「何よ、妙に下手に出るわね。何か企んでいるの?」


「そ、そそそそんな滅相もない!」


「ふーん?」




 ルビエラに対して、卑屈なまでに下手に出ている魔王。


 ルビエラにしてみれば、人魔大戦の時に一発殴っただけ。それだけで、ここまで怖がられているとは微塵も思っていない。


 しかし、その一発で顔が三日月みたいに変形し、完治までに半年かかったのだ。人間よりは頑丈な魔人で、その中でもトップクラスの実力者の魔王だからこそ耐えられたが、そうでなければ即死していた。その時の痛みもさることながら、殴る時に満面の笑みを浮かべていたルビエラが恐怖の象徴となってしまった。


 だから、魔王はルビエラが怖くて怖くて仕方がない。




(む、むむむ無理だよ、シルネイア! 戦争とは言え、人の顔面を笑いながら変形させるような奴と仲良くなんて!)




 目の前のルビエラは、光一と笑顔で会話を楽しんでいる。今更ながら、光一をよく見てみると、その面影はルビエラに似ている。




(あ、危なかった。あの仕事について愚痴っていた時に、戦争の話題になっていたらルビエラの悪口とか言っていたかもしれない。そ、そしたら、俺はルビエラに)




 笑顔のルビエラが握り拳を作り、魔王との距離を一瞬で詰めて、拳が顔面にめり込んで。




「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」




 顔面がドーナッツみたいになるところまで予想できて、恐怖の余り、魔王は悲鳴を上げる。


 その悲鳴は昼食の準備をしていたルビエラ親子にまで届き、その注目を集めることになる。




「どしたの、魔王くん。悪夢?」


「足の小指をぶつけました?」




 二人揃って見当違いのことを訊いてくる。


 もしかしたら、この二人は妙なところで天然ボケなのかもしれない。そう思ったら、変に怖がるのもバカバカしい。




「ほら、魔王くんもおいでよ。お昼ご飯にしようよ」


「あ、はい」




 でも、ルビエラは怖い魔王だった。




 町を出る際に角頭族から渡されたサンドイッチを食べつつ、ルビエラが光一に問い掛けた。




「光一の前世って、どんな人生だったのかしらね?」




 まるで、天気でも尋ねるかのような気楽な質問。そこに、深い意味は込められていない。


 しかし、光一は咀嚼しているサンドイッチが喉に詰まるくらいに驚いた。お茶を飲んでサンドイッチを嚥下しつつ、言葉を発する。




「ぜ、前世?」


「うん。だって、光一のスキルって『回避』『察知』『隠遁』でしょ? これって、どう考えても、勇者よりも暗殺者って感じじゃない?」


「あ、ああ暗殺者? い、いきなり何」


「あれ? 学校では教わってないかしら? スキルは先天的、魔術は後天的なものってことは知ってるわね?」


「うん。王都に行く旅路で領主様が教えてくれたからね」


「学校で習ったんじゃなかったっけ?」


「……………っ! そ、そう言えばそうだったかも……」


「『人間領』に戻ったら、復学かしら?」


「えー」




 冒険したいのに、学校なんて行きたくない。


 そこへ、魔王が頷きながら口を開く。




「光一くん。学校には行ったほうが良いよ。きちんと勉学を修めておくと将来の選択肢が増えるからね」




 したり顔で言い切る魔王。


 光一は口を尖らせながら問う。




「魔王様は勉学を修めたから魔王になれたんですか?」


「違うよ。しなかったから、魔王になっちゃったんだよ」




 遠い目をしながらいう魔王。何か、色々とあったのかもしれない。深くは訊くまい。


 ルビエラが咳払いをする。




「話を戻してもいいかしら?」


「何だったっけ?」


「前世! スキルっていうのは、前世の人生で培った技術が反映されるのよ。勿論、逃げ回るだけじゃ、スキルに反映されないわ」


「あー、んー、前世が反映されるの? スキルって」


「そう。魂に刻まれる程に研ぎ澄まされ、鍛え抜かれた技術だけが『スキル』として転生後に受け継がれるのよ」


「はぇー。そうだったの」


「何も覚えていることは無い?」


「えーっとぉ」


「少なくとも、町で襲撃してきたババアとは関係あるわね? 『裏七家』だったかしら?」


「……………」




 思わず閉口する光一。酔っ払っていたくせに、見るべきものはしっかりと見ていたようだ。油断も隙も無い。


 光一は、微かに溜息を吐いて、口を開いた。




「全部は思い出してはいないよ?」


「えぇ。思い出した範囲で教えてほしいわ」


「あのババアが言っていた『裏七家』は、裏社会、あーっと、前世のね。裏社会を仕切る七つの家系の総称でさ。俺の前世はその『裏七家』の一つ〝遊楽〟の称号を持つ『藤野家』の次期当主『藤野光一』だった」


「……暗殺者だった?」


「それなりに腕利きのね。まあ、最後の仕事で下手して死んだけど。後悔は無いよ。俺を手放すまいとする鬱陶しい実家を葬った後だったしね」


「大変だったのね」


「多分ね。何せ、その人生を〝大変〟と思える前に死んじゃったし。まあ、今にして思い返せば、大変だったのかな」




 そっと光一を抱き締めるルビエラ。




「前から何かおかしいとは思っていたの。素振り程度にしか剣を振っていなかったはずなのに、猿の魔獣と戦って、勝利したと聞いた時から」


「随分と前からだね」


「猿の魔獣は中の下くらいの実力だけど、戦いの素人が勝てる相手じゃないわ。魔軍の隊長格に襲われても、防戦し、一撃返せたってシルネイアから聞いた時は耳を疑ったわ」


「それは、俺を信じていなかったと?」


「そうじゃない。まともな実戦経験も無いのに隊長格と渡り合えるはず無いのよ。どう考えても、それなりの手練れだわ」


「それと『スキル』のことも併せて、前世が関係していると思ったってことか」


「的中してほしくない予想だったけどね」




 光一を腕の中から解放しながらも、よしよしと頭を撫でる。




「でも、今は私の可愛い息子よ。それは、忘れないでね」


「うん。分かってるよ」




 記憶の中にある〝母親〟は、暗殺の訓練で芳しくない結果を出すと狂ったように喚き出す煩い小物だったけど、それと比べるとルビエラはかなりまともな母親だ。尊敬するに値するだろう。




「ちなみに、前世のあなたと私、強いのはどっち?」


「どう考えてもお母さんだよ」


「そっかー。やっぱり私は強いかー」




 嬉しそうに笑顔を浮かべるルビエラ。もしも、前世にルビエラのような実力者がいたら、光一は反抗なんて考えもしなかっただろう。


 前世を全て思い出したわけじゃないけれど、思い出したい理由も無いし、光一は深く考えるのをやめた。


 昼食を終えた三人は、一息ついた後、荷物をまとめて旅を再会した。


 長閑な風景を眺めつつ、のんびりと歩を進めていると、どこからか鼻につく悪臭が漂ってきた。生ゴミが腐ったような腐臭。




「何よ、この臭い。臭いわね」


「ホントに臭い」


「あー、そっか。この辺りか」




 あまりに酷い腐臭に、光一が魔力を用いて風を起こし、腐臭を遠くへ吹き飛ばす。


 そのおかげで、腐臭が遠のき、まともに呼吸ができるようになる。ナキウで悪臭には慣れているつもりだったが、ナキウとはベクトルの違う悪臭はダメみたいだ。本当に、鼻が曲がりそうになった。




「いや、すまない。先に言っておけばよかったね」


「何よ、魔王くん。知っていたの?」


「あ、いや。忘れていたと言うか」


「何をです?」




 ルビエラに詰められ、光一に尋ねられ、魔王は恐る恐る口を開く。




「生ゴミ処理場がこの付近にあるんだよ。各家庭から出た生ゴミも、今の『魔族領』にとっては資源でね、加工して肥料にしているんだ。でも、それが間に合わずに腐ってしまったものに関しては、生ゴミ処理場に送って処理するんだよ」


「それが、あの臭いの理由なのね」


「はい。視察に行く予定だったのを忘れていたんですよ」


「ダメじゃない。王様にとっては視察も大事な仕事でしょ」


「貴女に捕まって、ここへの『回廊』を開かされたんですよ」


「誰にでも忘れることはあるから、気にしないことも大事よ」




 魔王の仕事のスケジュールを捻じ曲げた責任を、地平線の彼方へ放り投げるルビエラ。細かいことは気にしない。




「でも、どうやって処理しているんです?」


「ナキウに食わせているんだよ。腐った生ゴミでも、アレにとっては栄養価の高いエサになるからね」


「無駄に増えちゃいそうですね」


「増えた分は、領内を巡る商隊が二束三文で買い取って、各地でストレス発散の玩具にしているよ。治安維持の為にも、ストレス発散の手段は多いに越したことはないからね」




 魔王の返答を聞き、人間領でも魔族領でも、ナキウの扱い方は変わらないんだなと、光一は思った。


 道を進んでいると、左手側に大きな建物が見えてきた。建物を囲む塀には、『ナキウ式生ゴミ処理場』という看板がかけられている。




「見学します?」


「えー、臭くない?」




 魔王の問い掛けに、ルビエラは明らかに嫌そうな顔をする。




「視察の予定があったんですよね? ついでにいいんじゃないですか?」


「それも、そうね……」




 一応、魔王のスケジュールを捻じ曲げたこと悪いと思っていたルビエラは、光一の言葉に乗っかる形で見学を承諾する。


 その言葉を受け、魔王に先導されて中へと入って行く。


 処理場の中は、意外と臭くはなく、白を基調とした清潔感のある内装をしている。


 案内人の魔人に導かれ、処理区画を見ると、続々と注ぎ込まれる生ゴミに塗れて、ナキウが生ゴミを必死に食べ続けている。成体だけでなく、幼体から青年体も必死になって生ゴミを食べている。案内人の説明によれば、食べられなくなった個体は、見せしめとして皆の目の前で斬首されているようだ。そして、その死体も食わされるらしい。




(あー、だから、あんなに必死なのか。憐れだな)




 光一は、呑気な感想を抱いた。


 廊下を進んで行くと、出荷場に行き着き、そこで商隊が檻の中にナキウの幼体を詰め込む場面に出会した。




「ビキィィィィィィィッ! ビコ! ビコォォォォォォォォォォォォ!」


「ピコォォォォォォォォォォ! ペニュ! ペキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」




 全ての幼体を奪い取られ泣き叫ぶメスと、母から引き離され泣きじゃくる幼体。檻に詰め込まれている幼体も、同様に泣き叫び、実に活気あふれる空間になっている。




「よし、運べ。次の町で、射的の的にする」


「分かりました」


「ビコォォォォォォォォォォォォ!」


「ちっ、煩いな」




 幼体を返せとばかりに泣き喚くメスに辟易した処理場の職員が、片手を挙げて、出発を待たせる。幼体がひしめき合う檻へと近寄り、メスに向かって手を伸ばして泣き叫ぶ幼体の一匹を選び、その股間にあるイチモツを握る。


 突然、イチモツを握られ、しかも、職員側へ引き延ばされて、その激痛に幼体は更に激しく泣き叫ぶ。




「お前の母が余りにも煩いからよ」


「ピキャァ、ピキャッ、ピキョォォォォォォォォォォォ!」


「コレを形見として渡してやろうと思ってな」




 そう言って、職員が腰袋から取り出したのは鋭利な鋏。これを見て、幼体は気が狂ったように泣き叫ぶ。何をされるのか、予想ができたのだろう。




「ピャァァァァァァァァァァァァ!」


「へー、そんな泣き声もあるんだな」




 プチュンと音を立てて、イチモツは切り取られた。一際激しい泣き声が、出荷場に響き渡る。それは、幼体のものだけでなく、その一部始終を見せられていたメスの泣き声も含まれている。


 職員は、その泣き叫んでいるメスに見せつけるように、切り取ったイチモツをブラブラと揺らしながら、メスへと歩み寄る。




「ほら、ムスコだぞ。これで、寂しくないだろ?」


「フゴォォ! フゴフゴ!」


「あ? もしかして、不満?」


「ビキィ! フゴォォ!」


「足りないか。なら、他の奴のも切り取ってくるか。俺は優しいからな。お前の寂しさが癒されるまで、幾らでも切り取るぞ」


「ビキィ? ビキッビキッ! フキョウ」


「どうした、そんなに首を横に振って。他の部位がいいのか? 腕か? 足か?」


「ビキィ! フキョフキョ!」


「いらない? なら、最初から喚くなよ。迷惑な奴だな」




 そう言って、職員はメスが持っているイチモツを奪い取り、「処理場行き」と書かれたゴミ箱に投げ込んだ。




「ビコォォォ! ビ、ビコビコ!」


「いらねーっつったのお前だろうが。文句あるなら、あの檻の幼体全部殺すぞ」


「ビッ? フ、フゴォォ……」


「最初から大人しくしとけば、あのチビも痛い目に遭うことも無かったのにな。次からは、大人しく差し出せよ」




 職員が軽く腕を振ると、馬に引かれて、幼体を詰め込んだ檻が処理場から出発する。


 一連の流れを見て、




「大変そうな職場だね」


「ナキウも生ゴミも臭いしね」




 ルビエラと光一は呑気に会話していた。


 その後、案内されながら詳しい説明を聞き、小一時間ほどの視察を終え、生ゴミ処理場から外に出た。


 太陽は随分と傾き、辺りは夕焼けに照らされている。




「そろそろ、どこかで野宿の準備でもしましょうか」




 ルビエラの言葉を受け、魔王は悪臭が漂ってこない川沿いの広場まで案内し、三人はテントを張り、夕食の用意をする。


 ゆったりとした雰囲気で、三人の旅の一日目が終わった。

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