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第34話 それはそれとして

 暗闇の中で、声が響く。




『プユ! プユユ!』




 その声は、既に命を失ったはずの娘。一番星と謳われた、自慢の娘。




『フゴ、フゴフゴ! ビキィ、ビキビキ、ポニュニュ!』


『プユ、プユユ。フゴゴ、フゴウ!』


『ププユ、プユユ!』




 娘からの最後の励ましを受け、私は意識を取り戻す。既に、肉体は失われている。首が斬り落とされていては、もう、使い物にならない。


 しかし、それは「与えられた仮初の肉体」に過ぎない。フワリと浮かぶ感覚で宙を飛び、屋敷付近へと戻ると、あっさりと見つけることができた。私財の山に放置されている、私の「本当の体」。


 その体へと入り込み、意識を身体全体に行き渡らせる。




「……フゴフゴ……」




 私は、再び、地の上に立ち上がる。


 山から降りると、そこは娘の追悼式をしている会場だ。




「プキキピップゥ♪ ピキキピップゥ♪ ピキプゥ♪ プキプゥ♪ ピキキピップゥ♪」




 娘を称え、この別れを惜しむ歌を朗々と歌い上げている。


 私は、その壇上に上がる。




「ピキプゥ♪ プ?」


「フゴウ、フゴフゴ」


「フゴフゴ、フゴオ」




 突然の乱入であるにも関わらず、歌手は快く壇上を譲ってくれる。私が一族の当主からか、娘の父だからか。どちらにせよ、ありがたいことだ。




「フゴフゴ、フゴオフゴオ、ポニュニュ、ポコポコ、ビキィ、ビキビキ」


『フゴ!? フゴフゴ!?』


「ビキッ! ビコビコ、ハニュハニュ。ベコベコ、べニュ!」


『フゴオォォォォォォ!』




 これまでの経緯を説明し、私が家族を全て失ったことに、皆は動揺しながらも、私に同情してくれる。我が事のように、怒りを示してくれる。


 壇上から降り、町へ向かう為に歩み出すと、皆が後からついて来てくれる。子供がいる者らは、子を巣へと帰してから合流してくれる。


 総勢三千匹のナキウ達を率いて、私は復讐へと乗り出した。








「裏七家? えーと、誰?」


「…………は?」


「んー、俺とアンタの知り合いが似てたりするのかな?」


「え? いや、え? う、裏七家の末席『淵谷家』の者です!」


「はあ……フチタ二ケさん……知らないなぁ」




 首を傾げる光一に、グリードは動揺を隠せない。




「だって、貴方は地下施設にアクセスしましたよね? だから、貴方を特定できたのです!」


「地下施設ぅ……?」


「『ドーム』の雛形になった弐号棟です!」


「いや、そんなに色々言われても……」


「貴方は……っ!」




 グリードが尚も縋りつこうとしている時、無視されて少々苛ついていたシルネイアが、炎の塊を飛ばす。グリードは間一髪のところで回避するが、大きな炎の柱によって光一から離される。




「シルネイア、貴様!」


「いや~、まさか、この『魔族領』で私が無視されるなんてことがあるとは思わなかったわ」


「もう、貴様に用は」


「殺すわよ?」




 腹が底冷えするような、恐ろしく冷たい声。その表情も、人魔大戦以降、浮かべたことが無いほどに冷酷で冷淡。


 そのシルネイアの怒りに、グリードも冷や汗を流す。




「さて? よく分からないことを言っているけれど、そんなことはどうでもいいわ。でも、少なくともその変異種はアンタの差し金よね? どう落とし前つけるのかしら?」


「……ちぃ!」




 この計画を立てた時点で、シルネイアの怒りを買うことは想定済みだった。それにも関わらず、身動きが鈍ってしまうほど、その怒りは恐ろしいものだ。


 グリードは、無理矢理にでも体を動かし、多少の火傷を覚悟し、炎を飛び越えて、光一へ肉薄する。


 光一は迎撃の姿勢を取る。


 グリードにしてみれば、その動きは遅く、身柄を確保するのは、ほぼ確実だった。




「おらぁぁぁぁぁぁっ!」


「ほげぇぇぇぇぇぇっ!」




 突然の飛び蹴りを脇腹に受け、実に間抜けな声を上げながら、ふっ飛ばされた。




「ぐっ、ごほっ! ごぼぼっ!」




 口から大量に吐血する。内臓に大きなダメージを受けたようだ。




「おい、ウチの息子に何するつもりだ?」




 そこには、怒髪天を衝く様相のルビエラが立っていた。


 その登場は、シルネイアも予想外だったようで、光一を守ろうと駆け出す姿勢のまま、固まってる。




「ル、ルビエラ……?」


「もう、シルネイアったら、何で勝手に私の息子を連れ出すのよ!」


「……は? あ、いや、違うから! 『回廊』でランダムワープした光一くんを探しに行くって手紙書いておいたでしょ!」


「だからって、デートして帰るっておかしいでしょ! それに、夜だし、今! なんか、やらしいわね!」


「バカ言ってるんじゃないわよ! 食事中だったの! そしたら、そのババアに絡まれただけよ!」


「私も誘ってよ!」


「あんた寝てたじゃん!」


「寂しいでしょ!」


「じゃぁ、起きなさいよ!」


「起きるまで頑張ってよ!」


「わたしゃアンタのお母さんか!」


「うわーーーん、ハブられたーーー!」


「まだ酔ってんのか面倒臭えな!」




 シルネイアは肩で息をしながらも、深呼吸で息を整え、改めて尋ねる。




「そもそも、どうやってここまで来たのよ?」




 すっと、シラフに戻ったルビエラが答える。




「私は『回廊』使えないから、魔王に頼んだのよ。ほら、そこ」


「え?」




 ルビエラが指差す先を見ると、魔王が蹲ってガタガタ震えている。トラウマしかない魔王にとって、ルビエラにいきなり絡まれるのは恐怖でしかなかっただろう。


 シルネイアは魔王まで歩み寄ると、




「許さん許さんアイツラ絶対に許さん、いつもは俺に仕事仕事煩いくせにルビエラ来た途端に私に押し付けてシカトしやがって、モグテラスもディルムッドも覚えてろ、許さん絶対に許さん許さん」




 と、ブツブツと呟いている。大体の事情は察知できた。モグテラスもディルムッドも、ルビエラを前にしては大人しくするしかなかったのだろう。




「あなた?」


「はぁぁぁ、シルネイア!」


「頑張ったわね」


「聞いてよ、シルネ」


「忙しいから後でね。大人しくしていてね」


「シルネイア!?」




 シルネイアは魔王を置いといて、ルビエラと光一の所へ戻る。


 光一とルビエラの視線の先には、立ち上がるのもやっとといった様子のグリードがいる。ルビエラの飛び蹴りで受けたダメージが余程大きいのか、立っていてもフラフラしている。




「こいつ誰よ?」


「知らない。いきなり絡まれたのよ」


「光一は知ってる?」


「俺も知らない」




 三人は同時に言う。




『誰だコイツ?』




 今も尚、吐血しながらも、グリードは三人を睨みつける。




「お……覚えてろ……絶対に…………光一様を……『裏七家』に連れ戻す……」




 そう言って、「回廊」を開こうとすると、風向きが変わったこともあり、硫黄臭が漂ってきた。




「……ナキウ……だと……」




 遠くから、ナキウの群勢が棒状の廃材を振りかざしながら、走り寄ってきているのが見える。




「ちっ……面……倒な……」




 グリードは「回廊」を開いて、その中へと入る。


 その後、「回廊」を閉じようとした時、一本のナイフが空を切って、グリードの肩甲骨辺りに突き刺さった。




「ぐあっ!」


「私の息子に襲いかかっておいて、詫びも無しかババア」


「こ、の……! ルビエラァァァ!」




 グリードは、ルビエラを睨みつけつつ、「回廊」を閉じた。小さな声で、「あれ俺のナイフが」と魔王が呟いていたが、誰にも気付いてもらえなかった。


 グリードが去った後、「フゴオォォォ」という怒気を含んでいるような叫び声が聞こえてきた。複数のナキウが、棒状の廃材を掲げて押し寄せてきている。




「どこにでもナキウっているもんだな」


「だからこその害虫なんだよね」


「困ったものよ。アレの退治に予算を割くのは面倒だし」




 三者三様の感想を抱きつつ、ゆらりと迎撃態勢を取ると、どこからともなく、炎の塊が飛来してきた。その炎の塊はナキウの群れの中央付近に着弾する。一瞬の閃光の後に、爆発が引き起こされ、夜の闇が明るく照らされる。建物には、いつの間にか結界が張り巡らされ、一切の被害は出ていない。


 爆風を受け、「ピギー」とか「プギャー」とか泣き声を上げながら、ナキウは吹き飛ばされる。炎の塊の直撃を受けた連中は跡形も無く消し飛び、付近にいた連中は炎に飲まれて焼死している。




「プ、プ、プギ……プギギ……」




 先頭を走っていた個体は、光一の足元にまで吹き飛ばされてきて、体中に傷を作りながらも、ヨロヨロと立ち上がる。


 そして、目の前にいる光一を見ると、途端に廃材を振り上げて、光一に襲い掛かる。




「ピギャッ!」




 光一を慌てさせることもなく、簡単に反撃を受け、胴を半分に斬り裂かれて息絶えた。




「何だったんだ、コイツ」




 そう言いながら、他の生き残っているナキウの残党を狩りに行こうとした時、たった今、斬り殺されたナキウの死体から黒いモヤのようなものが立ち昇ってくる。




『フ、フゴオ、フゴオォォォォォォ!』




 頭に響くような鳴き声。


 その黒いモヤが、真っ直ぐ光一へと向かってくる。


 光一は、剣に風を纏わせ、モヤを消し去るように振り抜く。


 しかし、モヤが消えることなく、光一へと向かってくる。




「ちぃ、亡霊って奴か」




 修行中にフハ先生が言っていた。あまりにも強い未練を持って死んだ場合、その魂は成仏できずに「亡霊」となって彷徨うことになる。物理的な攻撃は通じず、魔力を伴う攻撃も効果は薄い。「浄化」という分類の魔術が必要になるのだが、上級技術であり、光一は習得していない。




「はいはい」




 気軽にシルネイアが「浄化」系統の魔術を使用して、亡霊と化したナキウを消し去った。




「ナキウでも亡霊にはなれるのね。薄汚い割に面倒ね」




 呆れたように言い捨てるシルネイア。指先に魔力を集中させ、炎の塊を作り出す。それを放って、ナキウの残党を焼滅させようとした時、




「もー、煩いと思ったら、何でナキウがいるのよー」




 幼い声が聞こえてきた。


 その瞬間に、シルネイアが満面の笑みを浮かべる。そのまま、声の方へ駆け出していく。




「皐月ちゃーん!」


「え?」




 姿が見えた少女に、シルネイアが抱き着いて、そのまま、抱き上げた。皐月の隣にいるシルビィは、シルネイアが来ているとは思わなかったのか、頭を抱えている。ちなみに、炎の塊を放ったのは皐月であり、結界を張ったのはシルビィだ。




「お母さん! いつ来たの?」


「んー、最近よー。お散歩でねー」


「姉さん、来ているなら一報下さいよ」


「ゴメンね、忘れてた!」


「姉さんらしいです」




 頭を抱えるシルビィに、朗らかに笑顔を浮かべるシルネイア。


 そんな彼女たちの後ろで、バラけていたナキウたちが集結し、シルネイアたちに襲いかかろうとしている。




「仕方ないな」




 光一が駆け出して、「鎌鼬」を纏わせた剣を振るってナキウを討伐していく。




「バキャァァァァ」


「ビキュゥゥゥゥ」


「ブキョォォォォ」




 揃いも揃って間抜けな悲鳴を上げながら、ナキウは死んでいく。数だけはそれなりにいるけれど、光一の足元にも及ばない。


 時間にして三十分ほど、全てのナキウが討伐された。




「ふぅ」




 軽く息を吐き、「鎌鼬」を解いて、剣を鞘に仕舞う。


 パチパチと、背後から拍手が贈られてきた。


 ルビエラがニコニコと笑顔を浮かべて、拍手をしている。




「うん。強くなっている! ちゃんと修業している証拠だね」


「ハッシュヴァルト先生に教わっているから」


「あの坊主がねぇ。私の息子を指導する日が来るなんてね。感慨深いわ」




 そこへ、シルネイアも加わる。




「剣筋はルビエラにそっくりね。ハッシュヴァルトはルビエラの弟子だったかしら? なら、剣筋が似ているのも無理ないわね」




 ハッシュヴァルトは意外にも有名なようだ。今頃は、書類の処理に追われているだろう。


 謎の人物・グリードは去り、大量のナキウの処理が終わり、光一が緊張した体を緩めると、光一の腹から空腹を告げる音が響く。


 同時に、シルネイアに抱っこされている皐月からも、同様の音がしてくる。




「腹が減ったな。……あ、おかわり!」




 思い出したように、光一が言うと、レストランから角頭族の店員が現れる。




「もう、おかわりの用意はできてますよ」


「本当ですか、ありがとうございます」




 光一は意気揚々とレストランに入っていく。その後にルビエラもついていく。シルネイア、皐月、シルビィも一緒にレストランへと入る。




「そう言えば、皐月ちゃんは何でここに?」


「夕飯が足りなくて」


「もう、食いしん坊ね」




 そんな朗らかな会話をしている中で、光一だけが心中穏やかではなかった。




(ババアはゴチャゴチャ言っていたけど、それはそれとして、「裏七家」がいるってことは、やっぱりこの世界は)




 色々と考えている光一の前に、注文していた料理が運ばれてきて、思考は一旦停止された。




「いただきます」




 光一は、美味しい料理に舌鼓を打ち、考えていたアレコレは深層意識へと沈んでいった。

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