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第33話 邂逅

 日が沈み、夜の闇が地上を覆う頃、シルビィと皐月はゴメスに案内され、来賓用の大広間へと通された。ここは、迎賓館の一室であり、シルビィと皐月が宿泊している施設だ。昼間は、皐月の要望によってレストランでの食事となったが、夜は迎賓館での盛大な歓迎セレモニーが開催されることになったのだ。


 政治的にも重要な催しということもあり、シルビィと皐月は正装し、地味でもなく、派手すぎないようにドレスアップしている。特に、皐月のドレスはシルネイアとシルビィが厳選しただけのことはあり、大人っぽさと子供らしい愛らしさが両立した見事な一品だ。




「あぁ、ドレス姿の皐月ちゃんは可愛い……」




 感嘆の溜息と共にシルビィが呟くほど、皐月は普段と異なる雰囲気を纏っている。薄く化粧しただけで、大人っぽさを演出できるのは、シルネイア譲りの美貌あってのことだろう。


 そうは言っても、皐月はまだ八歳である。転生前を含めれば二十五歳だが、転生してからの八年間で、すっかり精神年齢は肉体年齢と同化してしまった。




「お腹空いた……」




 育ち盛りで、割と頻繁に空腹になる皐月にとって、歓迎セレモニーの政治的な講和や、歓迎の演奏や演武は退屈なものでしかない。昼間のナキウのソレよりは見応えがあるし、まず、比較になるものではないが、興味が無ければ関係もない。


 それに、目の前に用意された食事にも不満を抱いている。


 何故、こういう場での食事というものは、見た目を優先して、一皿ごとの量が少ないのだろうか。ゴミのような盛られ方をしていなければ、皿一杯に盛り付けてほしいと、皐月は不満を抱いている。


 プログラムは順調に進み、いよいよ、食事となった。




(もしかしたら、少ないように見えて、意外と多いのかも!)




 僅かな期待と共に、皐月は食事に手を付ける。


 食事はコース料理となっている。一皿ずつ提供されるわけだが、何も、椀子そばのようにポンポン出るわけではない。


 それに、食事中にも挨拶だの歓談だのと、ひっきりなしに声を掛けられ、食事に集中できない。食事の作法は教え込まれているため、特に苦労することは無いが、皐月は内心イライラしている。




(量が少ない! 声掛け邪魔! 料理のテンポが遅い! これなら、昼間のレストランの方が何倍もマシ!)




 そこへ、人が途切れたタイミングを見計らって、シルビィが耳打ちしてくる。




「皐月ちゃん、とりあえず笑顔! ね! 足りない分は、後で夜食を用意するから!」


「ありがとう、叔母様!」




 皐月の不満は表情に出ていたらしい。場馴れしているシルビィは微塵も表情に出さないあたり、やはり、経験値は大事なのだ。




 皐月がシルビィの言う「夜食」に機嫌を良くして、歓談の相手をしている頃、異様な雰囲気の中で食事している二人がいた。


 光一とシルネイアであり、場所は町のレストラン。昼間に皐月とシルビィが食事した店だ。尤も、この町の唯一のレストランであるため、同じ店になるのは仕方ない。


 異様な雰囲気、とは言っても、何も物騒な雰囲気ではない。むしろ、物騒なことにならないように細心の注意を払っている。それは、角頭族がシルネイアを恐れており、過去の魔王選挙にまで話は遡るのだが、今は割愛。




「良い食べっぷりね〜」


「! すみません、つい!」


「良いのよ〜、男の子だもん。それくらいでないとね」


「ありがとうございます」




 空腹状態だった光一は、シルネイアが注文した「この店で一番美味しい料理」にがっついている。何でも、ガルーダの肉を、肉汁が溢れないように焼き上げ、香草で香りを整え、塩コショウで味を整えた一品らしく、しっかりとした食べ応えと確かな味で、光一は一口で気に入った。一羽丸々料理しているため、部位ごとに味も風味も、歯応えも変わって、食べていて楽しい料理だ。




「まだ、食べる?」


「え、いや、流石に」


「遠慮しなくていいのよ? 昼間は頑張ったんだし、そのご褒美よ」


「じゃあ、あの、おかわり……」


「よしきた! 店長さん、おかわりを頂けるかしら? この子、この料理が気に入ったみたいね」


「畏まりました」




 側に控えていた、このレストランの店長が注文を受けて、厨房へと入っていく。料理にはそれなりの手間と時間がかかるため、厨房から慌ただしい音が響いてくる。


 その音を聞きながら、目の前の料理に舌鼓を打っていると、何やら、外が騒がしくなってきた。




「……ナキウ?」




 咀嚼した肉を飲み込んだ光一が、少し不機嫌そうに言う。見たわけではないが、「察知」スキルでの情報だ。間違いではないだろう。




「本当に、何処にでもいるわね。対処に苦労するわよ」




 光一の言葉を受け、シルネイアも少し機嫌を悪くする。




「も、申し訳ありません! すぐに退治してきます!」




 二人の食事を、緊張感丸出しで見守っていた店員たちが慌てて出て行こうとすると、それを光一が引き留めた。




「待って下さい。随分と変わったナキウです。俺が行きますよ」


「え、そんな! お客様の手を煩わせるなど」


「おかわりを食べる為にも、腹ごなししとかないと」




 そう言いながら、剣を携え、光一がレストランの外に出る。光一の言う「随分と変わったナキウ」に興味を抱いたシルネイアも、一緒に外に出た。


 そこにいたのは、数百匹のナキウと、それらを率いるように先頭にいるナキウ。その先頭のナキウは他のナキウと違い、体型は人間のようだ。今は、フハ・フ・フフハの実験材料になっているリュウヤとその息子たちのように。




「突然変異か?」


「うーん? ナキウの突然変異なんて聞いたこと無いわ。いるのね、ナキウにも」


「『人間領』で一度だけ見ましたよ。今はフハ先生の実験材料ですけど。確か、土属性の魔力を使っていたな。あと、喋ります」


「魔力? 喋る? ナキウが? へー、そんなこともあるのね。見てみたいわ」




 二人が呑気に話していると、人型ナキウが光一を見て、表情を変える。キッと睨みつけるように目を細め、今にも突撃しそうな程に前傾姿勢を取る。




「そこの子供! 貴様、昼間に森で、ナキウを殺さなかったか?」


『喋った!』




 驚く二人。光一は「人間領」で二回ほど、喋るナキウを見たが、なかなか慣れるものではない。勿論、シルネイアは初めてだ。




「喋るのは当たり前だ! 喋らずして、如何にコミュニケーションを取ると言うのか!」


「だって、いつもフゴフゴとかプコプコとか鳴き声しか漏らしてないじゃん」


「それがナキウの言葉だ! バカにしておるのか!」


「うん」


「貴様!」




 殴りかかろうとした時、人型ナキウの脳内に、グリードの声が響く。




『傷の一つでも負わせたら、お前の息子を殺すって言ったのを覚えているかい?』


「!」


『その子供の横にいるシルネイアは殺しても構わんが、その子供は連れてこい。まさか、ここで会えるなんて僥倖だよぉ。その子だけは無傷で確保しなぁ。い、い、ねぇ?』


「わ、分かった」




 元々は、シルビィと皐月を狙って町中を徘徊していたナキウの集団だったが、このレストランの前に差し掛かった時にグリードに呼び止められ、シルネイアと光一を狙うように指示されたのだ。この二人が、グリードにとって重要らしい。




「おい、そこの子供。私と共に来い。さすれば痛い目に遭うことは無いぞ」


「断る。おかわりが来るんだ」


「私が、怒っていない内に了承しろ。共に来い」


「バーカ」


「図に乗るなよ、小僧!」




 人型ナキウが力任せに光一を捕らえようと、力一杯に飛び出した瞬間、既に、光一は人型ナキウの懐に飛び込んでいた。剣を引き抜き、昼間に編み出した「鎌鼬」を纏わせた状態で。




「遅い」




 光一の言葉と共に振り抜かれる剣。横薙ぎに切り払われ、人型ナキウの上半身と下半身は泣き別れになったはずだった。




「……何?」




 ナキウだけでなく、若くて固い木さえも軽々と斬り裂いた「鎌鼬」だが、人型ナキウを斬り捨てることができない。斬った手応えはあったが、血の一滴も流れていない。


 斬られた人型ナキウも驚いており、体をペタペタと触っているが、斬られていないことを知ると、得意気に笑みを浮かべる。




「どうやら、お前の剣では私を斬れないみたいだな? どうだ? 大人しく捕まる気になったか?」


「アーホ」




 言うと同時に斬りかかる光一。両腕、両足、首を斬るが、どれも効果無し。斬った手応えだけあって、その手応えに見合うダメージを与えることができていない。




(どういうことだ? 「鎌鼬」がちゃんと発動できていないのか?)




 そう思った光一が、手頃な石を拾い上げて、それを宙に浮かせ、斬ってみる。スパッと斬れて、その切断面は滑らかだ。「鎌鼬」はちゃんと発動している。


 この光一の行動を、威嚇と見た人型ナキウは、仰々しく溜息を吐き、大袈裟に肩を竦めてみせる。その様子に、周囲のナキウたちも笑いを溢す。




「もう、諦め給え。君では私に勝てないのがよく分かったろう? さ、一緒に来るんだ」


「うるさい間抜け面」


「貴様、さっきからズケズケと」


「余裕ぶってるけど、お前、俺が怖いんだろ。だから、お前から来ないんだろ?」


「調子に乗るのも大概にしろよ、小僧!」




 飛び掛かってくる人型ナキウ。人型なだけあってなかなかの速度だし、何かしらの補強が掛けられているのか、人間と比べても速い部類になるだろう。


 しかし、光一はルビエラやハッシュヴァルトという人間でも最上位の猛者から訓練を受けているのだ。人型ナキウ程度の速度でも、冷静に反撃を狙う余裕を崩さない。


 人型ナキウの突進を紙一重で躱しつつ、とある箇所を狙って剣を振り抜く。


 ブツッと斬り裂かれ、ボトリと地に落ちた。


 人型ナキウの股間のイチモツ。


 その姿を見てから、ずっとブラブラしていて目障りだったモノ。


 それが、今は体から離れて地面の上。




「ビギャァァァァァァァァァァァァァァァ!」




 グリードから無理矢理押し付けられた、この借り物の体でも痛覚は存在している。その痛覚が存分に発揮され、イチモツが斬り落とされた痛みを脳に叩きつけている。


 股間を手で押さえ、人型ナキウは地面に倒れ伏す。泣き叫びながら、地の上を転がり、その激痛がどれ程のものかを表現している。




「あ、もしかして、『身代わり』かしら?」


「『身代わり』?」




 ずっと無言で戦いを見守っていたシルネイアが、思い出したように言う。




「えぇ。術式で結んだ相手にダメージを肩代わりさせて、自身のダメージを無効にする術よ」


「だから、俺が斬っても、コレは平気そうだったのか」


「光一くん。試しに、腕か足を斬ってみて」


「分かりました」




 シルネイアに言われ、光一は蹲って痛みに耐えている人型ナキウの、右の足首を斬る。呆気なく、足首は斬り落とされ、滝のように血を噴き出す。




「ビギャァァァァァァァァァァァァ!」




 新たに襲い掛かる痛みに、人型ナキウは目が飛び出そうなほどに、目を見開いて叫び声を上げる。




「間違いないわ。『身代わり』ね。一度、斬った場所は『身代わり』先の肉体から失われるから、ダメージを移し替えることができないのよ。股間が一回で斬れたのは、『身代わり』先にソレが無かったせいね」


「なるほど。メスか、ソレが千切れたオスってことか。おい、心当たりあるか?」




 光一は爪先で人型ナキウを小突きながら尋ねる。




「はっ、はっ、ふっ、うぅ〜〜〜っ」




 痛みに悶えながらも、人型ナキウは考える。


 そして、一つの答えに辿り着く。




「も、もしかして……まさか!」




 その瞬間、数百といたナキウたちが、




『ビギャン!』




 と、間抜けな叫び声を上げて、爆裂して死んだ。




「流石は、シルネイアだねぇ。こうもあっさりとカラクリを見抜くなんてねぇ。少し、遊びが過ぎたねぇ」




 爆炎の中から、間延びした喋り方でグリードが現れた。




「グリード! 貴様、なんてことを!」


「煩いよぉ、噛ませ犬にもなれぬ失敗作が」


「なんだと!」


「ほぉれ、これ、返すよぉ。もう、お前は用済みだぁ」




 そう言って、グリードは上半身と下半身が分かれたメスと、五体バラバラの幼体を投げ捨てる。


 人型ナキウは、その死体を見て、愕然とした表情を浮かべながらも、這いずって死体へと寄り添う。




「お、おい、お前、私を見ろ。どうした、美しい瞳が濁っているぞ……? いつも、私たちは一緒にいただろう……? いつか、また、一緒に出掛けようと約束しただろう? なぁ、何か言ってくれないか?」




 そう語りかけても、体が二分割されたメスは死んだ魚のような目をしたまま、ピクリとも動かない。




「ふっふっふ、お前は相変わらずヤンチャだなぁ? か、体をこんなにバラバラにして。こうなったら、もう、お外では遊べないぞ……? また、また……兄や姉や、友達と遊ぶのだろう……? ほら、くっつけてあげようね……」




 そう言いながら、バラバラになった幼体の体をくっつけようとするが、腕も足もくっつくことは無い。相当な痛みだったのだろう。泣き叫ぶ表情のまま、幼体は死んでいる。




「あっ、ああっ、ああぁぁぁぁあぁぁぁ!」




 全ての家族を失い、慕ってくれた仲間も失い、人型ナキウの慟哭が夜の闇に響き渡る。




「煩いねぇ」


「ビキッ!」




 当然のように、その嘆きに同情する者は一人もなく、グリードが指先に作り出した魔力の剣で首を斬り落とされる。


 その死に様は誰にも見守られず、グリードは光一とシルネイアの前に立ちはだかる。




「シルネイア。よくも、『冥王』を封じてくれたな。おかげで、私の計画が狂ったよ」


「誰よアンタ」


「でも、一つだけ褒めてやろう。よくぞ、その方を『魔族領』まで連れてきてくれたね。それだけは勲章ものだよ」


「だから、誰よアンタ」


「さぁ、光一様。私と共に参りましょう。『冥王』の力を貴方に捧げます」




 グリードは恭しく光一の前に跪く。


 そして、光一が言う。




「誰だお前」


「私は、『裏七家』の者です」


「……!」




 夜の闇が一層濃くなった。

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