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第32話 夢を忘れたばっかりに

 光一は目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をする。神経を研ぎ澄まし、集中力を高める。一か八か、残った魔力を呼び水にして、空気中から魔力を集め、魔力を回復させる。




(大丈夫、できる! 魔力の操作は基礎だからと、フハ先生から徹底的に叩き込まれた)




 失敗すれば、魔力が枯渇し、「回廊」による『カザド・ディム』への帰還が困難になる。


 だから、慎重に魔力を感知し、少しでも風属性の魔力が集中している場所を選んだ。


 そのことが功を奏したのか、自身の周囲に風属性の魔力が集まってくるのを感じる。ゆっくりと、少しずつ、でも確実に。集まってきた魔力を体内に取り込むことで、魔力が回復していくのを感じる。




(良かった。成功した)




 ざっと三十分ほどかけて魔力を取り込み、ほぼ全快にまで魔力を回復させた。


 魔力が回復し、『カザド・ディム』への「回廊」を開こうとする光一。


 しかし、ここで一つの難題が浮上する。入り口の位置の調整は割と簡単にできる。目の前に出現させればいいのだ。問題は、出口である『カザド・ディム』の座標が分からない。


 シルネイアから「回廊」の術式を転写してもらい、使えるようになったのが嬉しくて、何も考えずに発動させた結果が現状なのだ。ランダムにワープさせられた為、『カザド・ディム』がどの方向にあるのか、そもそも、ここが何処なのかも分からない。




「もしかして、詰んだ?」




 せめて、ルビエラかシルネイアがいてくれれば何の問題も無かっただろうに。


 そう思っても、現状を打破することはできない。もしかしたら、シルネイアが捜索してくれるかもしれない。このことに期待を寄せつつ、光一は次の問題解決に取り組む。




「腹が減ったな」




 それなりにお菓子を食べていたはずだが、光一の腹は空腹を訴えている。魔力を回復させるために意識を集中させたのが、体力を消耗させたようだ。


 そうは言っても、光一の周囲は見渡す限り、木々に覆われている。森林のど真ん中のようだ。下手に動くと遭難するかもしれないし、シルネイアが探してくれている場合、すれ違うかもしれない。


 そもそも、光一は方向音痴だ。今までは誰かしら一緒にいたから、方向音痴を気にしなくて良かったけれど、頼れる相手がいない今、下手に動くわけにはいかない。


 食べられそうな草でも探すか。


 そう思い始めた光一の耳が、微かに水流の音を拾い上げた。


 川だ。或いは、河。


 どちらにせよ、魚を捕れれば空腹は満たせるはずだ。


 音を頼りに木々の合間を縫って進む光一。


 木々の間から抜け出して、目の前に広がるのは、チョロチョロと流れる、小川とも呼べない小さな水の流れ。




「もしかして、無意識の内に『察知』を使っていたのか? そ、それだけ、今の空腹はヤバいのか?」




 この小さな水の流れも、下流に向かうほどに大きな川へと変貌し、魚を育むかもしれない。


 今は、そんな悠長なことを言っていられる余裕は無いけれど。


 兎に角、空腹をどうにかしなければ、いずれは冷静な判断ができなくなる。


 そんな光一の耳に、何かしらの足音が入ってくる。ガサガサと、少なくとも一匹だけではなく、二匹以上はいる。




(ジビエか。火を通せば食えるか?)




 そう思った光一が、音の方へ振り向くと、そこには十匹ほどのナキウの群れ。どいつもこいつも、揃いも揃って目を細めて、睨むようにして光一を見ている。




「フゴ。フゴゴ、フギブ」


「フゴフゴ。フゴ!」




 一匹が先頭のナキウに何か耳打ちのようなことをすると、先頭のナキウは二度頷き、号令をかける。号令を受けたナキウたちは、手に廃材のような棒を握り、光一を取り囲む。




「フゴ! フゴフゴ、ブキイ! ブキブキ、ビコォ! ビコビコ?」




 先頭にいたナキウがリーダー格のようで、光一に向かって何かを叫んでいる。


 光一は、「察知」を使えばナキウの言いたいことを理解できるが、わざわざ魔力を使ってまでナキウと意思疎通を図るつもりはない。




「フゴフゴ? フゴォォ!」




 光一に無視されたことに腹を立てたのか、リーダー格のナキウは廃材を光一に向ける。威嚇のつもりなのかも知れない。


 一応、コイツラはこの辺りのナキウを統率する群れの構成員であり、群れの姫のような立ち位置にいたメスを慕っていた。あの、光一が殺したメスの青年体だ。そのことで怒り心頭のコイツラは武器(廃材)を手に、メスの青年体の敵を討つべく、光一を探し出したのだ。


 そんなことなぞ露知らず、光一は光一で怒り心頭だ。ただでさえ空腹でイライラし始めた矢先に、ナキウに絡まれた。面倒臭いし、ナキウは臭いし。


 光一の容姿が、辛うじて生き残った幼体から聞き出した特徴と一致することを確認したナキウたちは、今にも飛び掛かろうと前傾姿勢になっている。




「フゴフゴ……フゴォォ!」




 突撃命令なのだろう。リーダー格のナキウの号令と同時に、光一を取り囲むナキウたちが廃材を振り上げて、光一に突進していく。




『フゴォォォォォォォォォォォ!』




 声だけはそれなりに出ているが、それだけでは、光一には何の効果もない。これなら、王都に行く途中に襲撃してきた猿(魔獣)の方が数倍強い。


 光一は、魔力を練り上げ、小規模ながらも台風のように荒れ狂う風を生み出す。これをこのままぶつけても、ナキウには致命傷になるだろうが、折角だし、実験をしてみる。剣を引き抜いて、その刀身に、生み出した風を纏わせる。荒れ狂う風を纏う刀身の攻撃力は如何ほどのものか。攻撃力に乏しい光一の、新しい攻撃技になってくれれば嬉しいが。


 のんびりと準備をしている光一の元へ、ようやくナキウが到達する。




「ブキイ!」


「うるせぇ」




 廃材を振り下ろすナキウ。その速度は緩慢としたもので、光一は余裕で反撃する。


 ナキウに向かって振るった剣は、その刀身がナキウに接する前に、纏っている風がナキウの体を削り取る。振り抜いた後、残された頭がボトリと地に落ちた。風によって吹き飛ばされた血液や内臓は、周囲の木々や、仲間のナキウに降り注ぎ、その威力を物語る。




「フ、フ、フゴ、フゴォォ……?」




 今までは誰からも相手にされず、そのため、力比べの相手は同じナキウだけだった。だからこそ、このナキウどもは「自分は強い」と勘違いしていた。今回だって、「これだけの数がいれば、魔王だって瞬殺できる」と粋がっていたのだ。


 しかし、ナキウにとっては恐るべき破壊力を見せつけた技に、光一は不満そうにしている。




「頭が残ったか。これでは、ハッシュヴァルト先生にも通じないかもしれん」


「フ、フゴ。フゴフゴ、フゴ。ビキィ、ベコベコ」


「まあ、いいや。とっとと、ナキウどもを片付けるか」




 光一の言葉に、ナキウたちは尻込みする。


 今の一撃で、自分たちでは勝てないことくらい、ナキウでも理解できるようだ。




「ビ! ビキィィィィ!」


「何、泣いてんの。そっちが売ってきた喧嘩だろうが」


「フゴォォ!」




 涙を流して頭を下げ、ナキウたちは精一杯の謝罪をする。だが、光一がそんなものを受け入れるわけもなく、一匹のナキウへと歩み寄っていく。


 リーダー格のナキウは「逃げろ」とでも指示を出したのか、光一を取り囲むナキウたちは背を向けようとするが、体が動かない。




「ビ! ビキィ?」


「フゴォォ、フゴォォ!」


「ベコベコ! ベコォ!」


「フニュウ! フニャア!」




 金縛りにあったかのように動けないことに焦るナキウたち。光一が空気を操り、その動きを封じていることになど、気付けるはずもない。




「先に喧嘩売ってきたのはそっちだ。ナキウ風情が頭を下げた程度で終わるわけないだろう」




 一匹、また一匹と、殺されていく仲間たち。この襲撃の発起人であり、リーダー格のナキウは懸命にフゴフゴ鳴いて許しを請う。


 しかし、それが「謝罪」であると光一には伝わらず、光一の攻撃は止まらない。


 ものの数分で、リーダー格以外のナキウは粉々に砕け散った。




「ビ! ビィ……! ビキィィィィィィィ!」




 決して喧嘩を売ってはいけない相手だったと、心に深く刻まれたリーダー格のナキウが逃げ出すが、それを逃がす光一ではない。


 光一は巧みに空気を操り、ナキウを一本の木に縛り付けた。




「ビ、ビコ! ビキィ!」




 空気に縛られていることなど知ることができないナキウが、顔面を涙まみれにしながら、何とか脱出しようと藻掻く。


 そんなナキウに歩み寄りながら、光一は呟く。




「風を刀身に纏わせて、荒れ狂わせずに、振動させたらどうだろう。圧力もかければ、それなりに使えるかも」




 渦巻くように荒れ狂っている風が、その荒さを潜め、刀身に沿うように姿を変える。圧力、この場合は気圧だろうか、も加えられた剣を、光一は迷うこと無く、身動きできないナキウに向かって振り抜いた。昔からしていた素振りの要領で。




「プギ!」




 情けないナキウの断末魔と共に、ナキウの体は真っ二つに斬り裂かれ、ナキウを縛り付けていた木と一緒に地面へと倒れ込んだ。


 木の断面を見ると、滑らかな切断面となっており、剣の切れ味が増していることが分かる。




「これはなかなか……。安直だけど、『鎌鼬』とでも名付けようか」




 別に、技名を叫ぶつもりはないけれど。無いよりはある方が便利だろうし。


 剣を仕舞った光一は、背中にくっつきそうな程に、空いた腹をどうしようかと思案する。ナキウのせいで、無駄に体力を消耗させられたことも腹立つ。


 ナキウの血で汚れていない石の上に腰を下ろした時、光一の目の前で「回廊」が開いた。




「え、俺じゃないよな……?」




 無意識に発動できるほど、使いこなせていない。


 そうなると、可能性が高いのは。




「いた! 光一くん! やっと見つけた!」




 そう言いながら飛び出してきたのは、シルネイアだった。


 本当に探してくれていたことが、この上なく嬉しい。流石に、魔王の妻に「探しに来い」などと言えるはずもなく、来るにしても捜索隊のような組織だろうと思っていた。本人が来るとは、微塵にも思ってはいなかった。




「もう、ダメでしょ! ちゃんと使い方を教える前に使ったら! 今回はギリギリ『魔族領』だったから良かったけど、そうじゃなかったら光一くんの魔力を捕捉できなかったかもしれないんだからね!」




 そう叱るシルネイアに、光一はひたすら頭を下げて謝るしかない。仮にも、魔術を玩具感覚で扱ったのがいけなかったのだ。反論の余地など無い。


 そう思っている光一だが、質問を一つ投げかける。




「母はどうしてます?」


「寝てるわ」


「寝てる……」


「寝てる」


「はあ……マジか……」




 逆に考えれば、寝ていてくれて良かったかもしれない。起きていたら、それはそれで大騒ぎになっていただろうし。


 そう考えている光一の横で、シルネイアはサラサラと手紙を書き、「回廊」越しに『カザド・ディム』の応接間のテーブルに置いた。


 そして、ニンマリと笑顔を浮かべ、




「折角、ここまで来たし、寄り道しよっか」


「寄り道、ですか?」


「そ。寄り道。この付近の町の復興具合の視察に私の娘が来ているのよ。紹介するわ」


「視察なら、お仕事中では?」


「いーの! 半分は観光だし! 何か、政治的な理由で私はハブられたし! 光一くんを探しに来たついでだし!」


「そういうことなら、観光に行きましょう」


「おー! さ、こっちよ!」




 生き生きと歩き出すシルネイア。ルビエラと同じく、お妃様なんてしているよりも、前線を好むタイプであり、かなりアクティブだ。








 グリードと名乗った老婆は、目の前の光景に辟易としている。




「プ、プ、プ、プキ、プ、プ、プ……。……プ、プ、プ、プク、プ、プ、プ……。……プ、プ、プ、プウ、プ、プ、プ……」




 ビャーンと、チューニングが一切されておらず、弦も何本か切れているギターを弾きながら、一匹のナキウが歌って(?)いる。


 その歌(?)を聞き、涙を流しながら、他のナキウは手を振っている。その手を振る先には、光一によって斬り落とされた〝やんごとなき一番星〟の首がゴミ山の上に置かれている。リュウタが言うには「祭壇」らしい。




「なら、これは葬式とでもいうつもりかねぇ?」


「ピッキ! どう見ても葬式だ、ろう! ビキィィィィィィィィィィ!」


「煩いねぇ。泣き止め、いい加減。ナキウは他にもいるだろうに」


「あの子はあの一人だけだ!」


「一人じゃなくて、一匹だねぇ。何、人間みたいな単位を使っているんだ。ナキウのくせに」


「なんだと!」


「文句があるのかねぇ?」




 そう言ってグリードは、ローブの袖から一匹の幼体を摘み出す。その大きさは、まだ、幼少体に近い。




「ピキィ! ピキィィィィ!」




 リュウタに向かって手を伸ばす幼体。


 リュウタも、唯一、残された我が子に向かって手を伸ばすが、グリードがそれを許さない。ヒョイっと手を上げ下げし、リュウタの手を躱す。




「た、頼む! 返してくれ!」


「言ったろう? シルネイアの妹と娘を殺せってねぇ? それが済むまでは返さないよぉ?」


「ひ、卑怯だぞ!」


「そんな事を言ってもいいのかい? このガキやお前の妻へ餌を与えないよぉ?」


「や、やめてくれ、飢えてしまう」


「じゃあ、いい加減、つまらん儀式は辞めて、さっさと町へ向かえ!」


「待ってくれ、直に終わるから! せめて、あの子だけでもしっかりと見送らせてくれ!」


「お前、私に意見できるとでも思ってんのかいぃ?」




 そう言うと、グリードは摘んでいる幼体のイチモツをプチンと千切り取った。




「ピキィィィィィィィィィィィィィィィィ!」


「イッヒッヒ! 良い声で泣くねぇ!」


「やめろぉ!」


「まだ、いるのかい。さっさと行かないから千切ったんだよぉ? 次は右腕かねぇ?」


「ピッ! ピキィ! ピキィ!」


「良い泣き顔だ。千切り甲斐があるねぇ」


「分かった! 行く! 今から行くから、やめてくれ!」


「シルネイアの妹と娘の首を持ってきたら、妻と息子を返してやるよぉ。妹は、確か、シルビィで、娘は皐月とか言ったかねぇ」


「シルビィと皐月だな。行ってくる。だから、息子には」


「あと五秒で出発しなかったら右腕を千切ろうかねぇ」


「…………! 行ってくる!」




 飛び出すように、葬式会場から出て行くリュウタ。その行く手には、廃材を握り、武装した(つもり)のナキウの群れ。ざっと見ただけでも、五百匹はいるだろうか。




「フゴ! フゴフゴ!」


「そうか、共に来てくれるか。有り難い!」


「フゴォォォォォ!」




 ナキウの群れを率いて、リュウタは辺境の町へと進み始めた。

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