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第31話 不穏の種

 路面は整地されていない悪路だが、馬車の性能のおかげか、特に揺れることもなく、快適な乗り心地だ。景色を楽しむ余裕もあって、辺境への旅路も、皐月の気分転換には丁度良いイベントとなった。


 魔王の城『カザド・ディム』から目的の辺境の町まで、馬車で走ることおよそ三週間。途中の町に宿泊したり、野宿したり。城の中にいては体験できない楽しいことばかり。皐月は、すっかり自室を恋しがるようになっていた。


 皐月は、どちらかと言えばインドア派なのだ。転生前だって、そういう友人たちと部屋の中で遊んだものだ。




「さあ、皐月ちゃん、見えてきたよ」


「あの町?」


「えぇ、随分と復興してきたみたいね。流石は角頭族だわ」


「角があるんだよね? お父様みたいな角?」


「んー、少し違うかな。頭が角みたいに尖ってるのよ」


「へー。見てみたい」


「今から会えるわよ」




 馬車は、辺境の町に辿り着いた。


 町には皐月一行の到着を喜ぶ横断幕が掲げられ、至る所に歓迎の飾り付けがなされている。


 馬車から降りると、出迎えの一団が歩み寄って来た。その誰もが、シルビィの言った通り、頭が尖っている。角が生えているというより、確かに、角のように頭が尖っている。


 復興の責任者が、シルビィに出迎えの挨拶を交わしたり、近況を交えて和やかな会話をしている最中も、皐月の視線は角頭族の頭に集中している。城の中にも、魔王である父をはじめ、大小問わず、角が生えている者はいたが、頭そのものが角のようになっている者はいなかった。だからこそ、余計に珍しく見える。




「皐月様?」


「へ? あ! は、はい!」




 自分への呼び掛けに、慌てて返事する皐月。


 相手の角頭族の代表はにこやかに笑顔を浮かべている。




「私共の頭は珍しいでしょう?」


「はい、あ、その」


「いえいえ、いいんですよ。この頭が我らの象徴なのですから。私は、この町の復興を任されている責任者の『ゴメス』と申します。以後、お見知り置きを」


「はい、ゴメスさん! 私は皐月です!」




 外交というほどのものではないが、こういった場の経験が無い皐月は緊張してしまう。


 一口に『魔族』と言っても、多種多様な種族の集合体であり、角頭族のように種族ごとに特徴のある見た目をしている。その多種多様な種族を束ねる立場にいるのが〝魔王〟である。言ってしまえば総理大臣や大統領みたいなものであり、それに見合う実力や器が無いと判断されたら、最悪の場合は内乱だってあり得る。


 だからこそ、失礼な態度をとってはいけないと、シルビィに注意されていたことを思い出した皐月は、急に緊張してきたのだ。ちなみに、同行者が母のシルネイアじゃなく、叔母のシルビィなのは、シルネイアだと角頭族が萎縮してしまうからだ。皐月の父が魔王になる際に色々あったのだが、今は割愛。


 ゴメスの話を聞きながら、綺麗に整備された街道を歩んでいると、不意に歩みが止まった。


 何事かと、皐月とシルビィが一番前に出てみると、そこには、ボロ布を纏ったナキウの集団がいた。




「下品な」




 嫌悪感を露わにしたシルビィが呟く。




「臭い連中」




 シルビィと同じように、皐月も嫌悪感を隠そうとはしない。


 しかし、ナキウたちは二人の表情には気付かず、一匹のナキウが進み出てくる。頭に小汚い鬘を乗せている。




「ブキブキフゴオブコブコ。ブッコ! ブココブキキブウウ」




 そう言って、ペコリと頭を下げる。お辞儀のつもりだろうか。


 その後、交代するように、別のナキウが出てくる。軽く会釈のような動作をして、息を吸い込む。




「プキキップ♪ プッキキップ♫ プキッププキップ♪ プキキップ♪ プリリプリリ♫ プキリリップップ♪」




 歌(?)を披露しているつもりだろうか。その個体の後ろにいるナキウたちはウットリとしている。が、ナキウの褒められたものじゃない声質で歌われても、その良さは分からない。


 空腹を感じ始めた皐月は、昼食は何だろうと考え始めた。


 二匹のナキウが出てきたと思えば、廃材のような棒を互いに向け合い、それをカチンカキンとぶつけ合い始めた。後ろのナキウはハラハラとした様子を見せ、ナキウにとっては迫力のある出し物らしい。演武のつもりだろうか。シルビィや皐月にとっては、子供のチャンバラごっこの方がマシに見える。


 お肉が食べたいなー、と思い始めた皐月。


 リボンのつもりなのか、頭に布の端切れを乗せたメスの幼体を筆頭に、数十匹の幼体の群れが皐月一行を取り囲むように現れる。その幼体の後ろには、少年体や青年体が並んでいる。




「プユー! プッキッキプッキッキープ! プユプユ、プユリンリン、プココピココプユユップップ!」




 皐月の真正面に立つ、頭に布切れを乗せた幼体が、歌(?)を歌い始めると、取り囲んでいる幼体から青年体たちが踊り始めた。手を上下に振り、右に左に体を揺らし、時折、お尻を向けてはそれを振る行動を「踊り」というのであれば。


 呆気に取られて、ナキウたちの謎の行動を見ているが、臭いし、腹が減ったし、立ちっぱなしで疲れた皐月はイライラしてきた。




(焼いて殺すか)




 そんな事を思いながら魔力を練り始めると、布切れを乗せた幼体が、皐月に向かって手を伸ばしてきた。




「プユ? ピココ、プコプコ。プユユ、ププユッププ」


「は?」




 皐月の掌に集約されていく炎の魔力。


 しかし、その幼体は皐月の心境なんてお構い無しに、掌を口元に持っていくと「プチュウ」という音を立てて吸い付き、「チュッパ」と音を立てて掌を皐月に向けた。投げキスのつもりだろうか。或いは、自分が伸ばした手を掴まなかった皐月を「緊張している」と判断して、リラックスさせようとしたのかもしれない。


 それらは全て、皐月を怒らせるには十分だったが。


 皐月は、掌に集約した炎の魔力を解放し、目の前のナキウたちを炎で包み込む。シルビィは、折角、復興した町に影響が出ないように、町に結界を張り巡らせる。




「ピキャァァァァァァァァァ!」


「プキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」


「ペキョォォォォォォォォォ!」




 皐月から放たれた炎に焼かれて、踊っていたナキウたちは断末魔の悲鳴を上げる。体を焼く炎を消そうとしているのか、ナキウたちは地面の上を転がっているが、魔力から生み出された炎がそんな事で消えるはずがない。


 頭に布切れを乗せた幼体は、焼けて崩れゆく体で、頭に鬘を乗せた成体の元へと歩み寄る。




「ピキィィィィィィィィィィ!」


「フゴオォォォォォォォォォ!」




 二匹は親子なのか、鬘を乗せた成体も幼体へと駆け寄り、その体を受け止めようとする。自身が燃えるかもしれない危険性は度外視しているのか、気付いていないのか。


 無情にも、その幼体の手を成体が掴む前に、炎が体を焼き尽くし、灰となって消え去った。


 楽しげに踊っていたナキウたちは消えた。シルビィが張った結界のおかげで、炎で焦げた跡さえ残っていない。




「フ、フ、フゴ、フゴフゴ……フゴォォ! ビキィィ、フゴフゴ、フゴォォォォォォォォ!」




 鬘を乗せている成体が、何か非難するかのような声を上げているが、誰もその言葉に応える者はいない。ナキウの言葉を理解できる者がいないのだから、仕方がない。


 その成体は、踊りに参加していなかったから生き残れた僅かな成体を引き連れて、町から出て行った。




「アレは?」




 その後ろ姿を見ながら、シルビィが尋ねる。


 ゴメスは、額の汗を拭いながら答える。




「申し訳ございません。アレらは、町の外れにあるゴミ山に住み着いているナキウの集団でして。ここへ来た当初から、変に懐かれたと言いますか、擦り寄ってきていたのです。うちの若者が悪ふざけで、ゴミ山にあった鬘を乗せてからは更に調子に乗るようになりまして」


「駆除しないのですか?」




 皐月が尋ねる。




「も、勿論、駆除の話は上がっていますが、人手の殆どが町の復興で手一杯な状況でして、なかなか、駆除にまでは。申し訳ありません」


「責めてるわけではありませんよ。アレに関しては、こちらも苦慮しているのです」




 魔王の一族に汚点を見られて気不味そうにしているゴメスに、シルビィがフォローを入れる。実際、殺しても殺しても、湧くように出てくるナキウには手を焼いている。


 やれやれと、誰もが頭を抱えていると、どこからか腹の虫の音が響いてきた。何とも間抜けな音の出処を探すと、皐月が恥ずかしそうにお腹を押さえている。




「お腹、空いた?」


「(頷く皐月)」


「ご飯にしよっか?」


「(笑顔が輝く皐月)」




 そのあまりにもキラキラとした笑顔に、シルビィは悶えそうになる。姪を溺愛するシルビィの心を握るには十分な破壊力だった。








 息も絶え絶えに、〝やんごとなき一族〟の族長は屋敷へと帰ってきた。その心には、怒りと憎しみが渦巻いている。町の復興に協力し、その協力無くしては復興はあり得なかったと自負しているからこその怒り。目の前で娘を焼き殺された憎しみ。




「フゴォォ! フゴフゴ!」




 出迎えた使用人たちに、全ての手勢を集めるように指示を飛ばす。復讐することしか、頭にはない。


 そんな族長の前に、一匹の幼体が歩み寄ってくる。ようやく歩き始めて、幼少体から幼体へと成長した、末の息子だ。皆から愛され、可愛がられている。特に、〝やんごとなき一番星〟からは溺愛されているし、よく懐いている。




「ピコォ……ピコピコ……ピキィ」




 両手で掬うようにして抱き上げると、末っ子の顔は涙で濡れている。しゃくりあげながら、必死に何かを伝えようとしている。




「プコプコ、プキプキ、ピキュピキャピキョ、ピ、ピ、ピキィィィィィィィィィィィィィ」


「フ、フ、フゴォォォォォォォォ」




 末っ子から知らされたのは、数多くいた息子や娘が尽く殺され、〝やんごとなき一番星〟までも首を斬り落とされて殺されたこと。それを行ったのが、金色の冠を乗せた魔王であるということ。


 実際は、光一がしたことで、魔王は『カザド・ディム』で仕事に忙殺されている。


 しかし、光一を魔王と思い込んでいる族長は復讐の矛先を光一に定めた。




「フゴォォ! フゴフゴ! フゴォォォォォォォォォォォ!」




 光一へ復讐するべく、その居場所を探し出すように指示する族長。


 そこへ、「イッヒッヒ」と不気味な笑い声が響いてくる。




「フゴ?」


「見ていたよ。酷い目に遭ったねぇ。復讐、したいかい?」


「ビキビキ?」


「何言っているのかは分からないが、復讐したいってことでいいかねぇ?」


「ビコォ!」


「お前たちのままじゃ、確実に返り討ちにされるだけだねぇ」


「ビキィ?」


「一つだけ方法があるよ。やってみるかい?」


「フゴ!」




 いつの間にか族長の側に立っていた老婆は、不気味な口調で喋りかけてくる。


 老婆の言葉に、族長が頷くと、老婆は纏っている黒いローブの袖からある物を取り出した。


 それは、フハ・フ・フフハが管理している、人型に近い体型のナキウ「リュウヤ」によく似た肉体。




「名付けて『リュウヤ二号』ってとこかねぇ。コレに、アンタの魂を移し、殺されたアンタの一族の怨念を魔力として宿す。コレに移れば、人の言葉も話せるようになるよ」


「フ、フゴオ?」


「安心しな。コレに魂移した後の、そのみっともない体は私が処分しといてあげるよ。もう、要らないだろうからねぇ」


「フゴ!? フゴ! フゴ!」




 老婆の言葉に、族長は拒否を示すように首を横に振る。


 しかし、老婆は気にも留めずに、右手を族長の体に突き刺した。




「ビキィィィィィィィィィィィィィ!」


「暴れるんじゃないよ。暴れると余計に痛いだけだねぇ、イッヒッヒ!」


「ビキィ! ビキッ! ビキィィィィ!」




 生きたまま魂を引き抜かれる痛みと苦しみに、族長は藻掻き苦しむ。それでも、老婆は構うこと無く、魂を無理矢理に引き抜いた。


 そして、その魂をリュウヤ二号の口から体内に挿入する。




「はっ! な! 何だ今のは」


「成功したようだねぇ。ほれ、次だ」


「次?」




 リュウヤ二号に入り込んだ族長の視界が、真っ黒に塗り潰される。




「コレが、殺されたお前の家族たちの怨念だ。コレを取り込めば、コレは魔力となってお前の力になる」


「そ、そうすれば、私は強くなるのか?」


「そうだねぇ。強くはなる。復讐できるかどうかはお前次第だねぇ」


「よし、こい!」




 体に怨念が入り込んでくる。あまりの量に、体が破裂しそうになるが、怨念の全てが魂に結び付いて、力となるのが分かる。一つ一つは弱い力だが、それらが一つに纏まれば強大な力となる。


 全ての怨念を飲み干し、ゆっくりと体を起こす。今までに感じたことの無い、力が充満する感覚に心が躍る。


 これなら、復讐できる。




「では、まずは裏切った魔王を殺す!」


「バカだね、お前の言う魔王は遠く離れた城の中だ。お前の子供たちを殺したのは別人だよ」


「何?」


「ほれ、まずはあの町にいるシルネイアの妹と娘を殺すんだ。シルネイアへの復讐の手始めにねぇ」




 老婆の言葉に、族長は顔色を変える。




「シルネイア? 誰だ、それは」


「魔王の妻だよ。私が復讐したい相手さね」


「お前の復讐は、お前がやれ。私には関係ないだろう」


「これを見ても、そう言えるかい?」




 老婆の手の上には、末っ子の小さな体。反対の手には、ナイフが握られている。




「ピ、ピ、ピキィィィィ」


「お前!」


「イッヒッヒ! 息子は可愛いかい? 唯一の生き残りだものねぇ」


「や、やめろ!」


「こんなのもあるよ」




 足で地面を軽く二、三回叩く。すると、「回廊」が開いて、そこから族長の妻が現れる。虚ろとした目をしており、自我が失われているようだ。




「ほれ」




 老婆に声をかけられると、族長の妻は、刃毀れしたナイフを自分の首に突き付ける。




「やめてくれ」


「いいかい? アンタの最後の家族は私の機嫌次第で死ぬよぉ? アンタは私に逆らわず、言う事に従っていればいいんだ」


「わ、分かった」




 族長が老婆の言葉を受け入れると、老婆は笑顔を浮かべ、族長の妻を「回廊」の向こう側に仕舞い、末っ子を袖の中へと入れる。




「さあ、町へ向かうんだ。そうだねぇ、リュウヤ二号じゃ味気ないし、お前は今日から『リュウタ』だ。いいね、リュウタ?」


「分かった。私は、リュウタ。お前は、何なんだ?」


「私かい? 決まっているだろう、バカだねぇ」




 リュウタをバカにするように老婆は笑う。リュウタはイラッとしたが、それをグッと我慢する。下手に逆らって怒らせると、妻と息子が危険に晒されるかもしれない。


 笑いが引いた老婆は、リュウタを見据えて、こう応えた。




「私は〝グリード〟。欲しいものを得るために、『冥王』の復活を目論む者だよ」



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