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第28話 呼ばれて気付けば  

 微睡んでいた意識が浮かび上がり、微かに残る眠気を振り払いながら体を起こすと、そこは白い空間だった。ソファと机、申し訳程度に置いてある観葉植物が、企業の商談ルームのような雰囲気を演出している。




「はて?」




 光一は首を傾げる。寝る前は、王城の自室だったはずだが。




「起きましたか。すみません、手荒な招き方をしました」


「うぉ?」




 唐突に掛けられた声に、素っ頓狂な声を漏らしつつ、そちらへと顔を向けると、この空間に合わせたような格好の、サラリーマンみたいな男がいた。どことなく胡散臭そうな笑顔を浮かべている。




「あれ? どこかで?」


「もしや、朧気にでも記憶があります?」


「見たような、見てないような?」


「仕方ありません。十三年ほど前ですし。一応、貴方の転生をサポートさせて頂きました。私は、カミ」


「あ! そうだ! 俺が転生する時に笑ってた奴だ!」


「そこは覚えていましたか。まぁ、いいです、この際。さて、一方的になりますが、用件を伝えます」


「用件?」




 光一はサラリーマン風の男へと向き直る。


 サラリーマン風の男は、光一に詰め寄るような前傾姿勢を取る。




「〝冥王〟の封印が解けます」


「中二病か?」


「非常に不味いのです。冥王は世界のバグみたいなものでして。それを魔王の妻が封印していたのですが、それを破ろうとしている者がいるのです」


「はあ……。……冥王にバグ、魔王の妻?」


「兎に角、冥王の封印を破られるのは宜しくないのです。それを破ろうとしている者を排除して頂きたい。〝勇者スキル〟を解放するので、対応をお願いします」


「待ってくれ、いきなり色々言われても」


「あ、そろそろ、起床時間ですね。兎に角、『冥王の封印を破る者を殺す』とだけ覚えていて下さい」


「待って! せめて」






「質問を! ……あれ?」




 勢いよく起き上がる光一。


 その様子にびっくりしているお世話係のメイドさん。




「おはようございます?」


「お、おはようございます」




 とりあえず挨拶する光一と、驚きながらも挨拶を返してくれるメイドさん。


 光一が起きたことを確認したメイドさんは朝食の用意に取り掛かる。その間に、光一は着替えを行う。


 着替えを行いながら光一は、何か見たような気がする夢について考えを巡らせる。




「何だっけ? 冥王の何かを何かする奴を何かしろ、みたいなことを胡散臭い奴に言われた気がする……。……何だっけ?」




 そこへ、朝食の用意ができたことを知らされ、考えを中断し、朝食を食べることにした。


 そして、朝食を完食する頃には、すっかり夢のことを忘れていた。






「さて、これで上手くいくといいのですが」




 そう言いながら、フハ・フ・フフハはリュウヤの頭に札を差し込む。


 リュウヤは台の上に固定され、頭は脳が露出するように頭蓋骨を切り離されている。その脳の溝に札を差し込んだのだ。




「あー……うー……うっ!」




 脳に札を差し込まれたリュウヤは、喃語のような声を漏らしつつ、口からは涎を垂らしている。


 札を差し込んだフハ・フ・フフハは、光一を手招きしながら別室へ移る。


 別室には、自我を失った様子のリュウヤの息子たち五匹。全員の目が死んだ魚のようになっている。目玉を抜かれた個体だけは、どういう感情なのかは分からないけれど。目玉が無いから。




「前回の実験では一方的に情報を送るだけでしたが、今回のはもう少し踏み込んで双方向通信に挑戦してみました」


「双方向?」


「はい。この幼体たちの視覚情報は、幼体の脳には送られず、あの実験台に固定されている成体に送られます」


「そんなこともできるんですね」


「情報のやり取りの技術は昔からありましたからね。なので、この双方向通信には『情報の一括処理と個別返信』の実験も含まれます」


「つまり、この幼体の目から入った視覚情報をあの成体の脳みそで処理して、それぞれの幼体に別々の情報を返信するってこと?」


「ま、そんな感じです」




 そう言いながら、フハ・フ・フフハは一匹の幼体に歩み寄る。




「問題は、送られた視覚情報が正しい個体に戻るかという点ですが」




 フハ・フ・フフハは、目の前の幼体に向かって手を振る。


 すると、隣に立っている目玉を抜かれた幼体が、




「ピィ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」




 狂ったように謝り始める。床に倒れ込み、頭を庇うように手で覆いながら、ガタガタと震えている。多様な実験を行なっているという話だし、随分とトラウマを刻み込まれているみたいだ。




「ふむ?」




 フハ・フ・フフハは目玉を抜かれた幼体を立たせて、その幼体の頰を張り飛ばす。パーンッと気持ちの良い音が響く。


 そしたら、目玉を抜かれた幼体とは別の幼体が悲鳴を上げる。




「きゃぁ! やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて!」




 フハ・フ・フフハは溜息を吐く。




「いけませんね。情報が混線してます。しかも、視覚情報だけのはずが、他の感覚まで送られているみたいですね」


「失敗ですか?」


「んー、情報の並列処理と個別返信はできてますけどね……。札の処理回路の問題か、処理回路の本数の問題か。成功寄りの失敗といったところでしょうか」




 それでも、フハ・フ・フフハは笑顔を浮かべる。




「実験なんて失敗前提ですし、実験を積み重ねて、精度を高めて、最後に成功すればいいんですよ。この変異種も、あのメスを使って産ませればいいですし」




 ここだけ見ればサイコパスな科学者のようにも見える。実験に用いている素体がナキウでなければ、間違いなく犯罪者扱いされていてもおかしくないだろう。




「では、気分転換を兼ねて、貴方の修業を行いましょうか」


「気分転換ですか」


「手抜きはしないので安心して下さい」




 そう言いながら、二人は訓練場へ向かう。


 その向かう途中、光一はフハ・フ・フフハに相談を持ちかける。




「フハ先生、一個思い出したことあるんですけど」


「何をです?」


「ほら、俺が魔軍の隊長格に襲われた時のことですけど」


「はい」


「そいつが最後に言ってたんです。『シルネイア様』って」




 カラーンと乾いた音が廊下に響く。


 光一がフハ・フ・フフハに視線を向ければ、フハ・フ・フフハはダラダラと汗を流し、手がブルブルと震えている。初めて見る、恐怖しているフハ・フ・フフハ。




「先生?」


「ほ、本当に……」


「はい?」


「本当に、ソイツは『シルネイア』って言ったんですか!?」




 鬼気迫る表情で詰め寄ってくるフハ・フ・フフハ。いつもの優雅な雰囲気や振る舞いが、一切見受けられない。




「は、はい、間違いなく」


「な、なんてことだ……まさか、よりにもよってシルネイアだなんて」




 フハ・フ・フフハが嘆くように言うと、廊下に『回廊』が形成され、そこから声が響いてくる。




『随分な言い分ね、フハの小僧。また、成層圏まで打ち上げてあげましょうか?』


「げぇ! シルネイア! ……様!」


『仮にも敵に〝様〟を付けてどうするの。全く、相変わらず腰抜けね』


「く……貴方が相手では分が悪い……」


『ふん。あの筋肉バカよりは冷静ね。でも、小僧には用はない。そこの君、光一くんだったかしら?』




 フハ・フ・フフハへの対応とは違って、柔和な声色で光一に語りかける。


 光一は、フハ・フ・フフハの様子から既に逃げ腰だったが、それでも首を縦に振る。




『緊張しなくていいのに。ほら、おいで。何時ぞやのバカのお詫びに招待するわ』


「へ? 招待?」


『そ。さぁ、おいで!』




 そう言われると、光一はポッカリと開いている『回廊』へと吸い込まれていった。




「光一くん!」




 フハ・フ・フフハは、咄嗟に光一を掴もうとするが、それを阻むように結界を張られ、その手は光一を掴むことはできなかった。






 暗い『回廊』の中を通るのは、ほんの一瞬だった。


 光一の目の前には、王城とは違った豪華な内装の部屋。大きなテーブルにはお菓子や花が飾られ、おもてなしの用意がしてある。




「いらっしゃい、光一くん。初めまして、私がシルネイアです」




 そう言うのは、長い金髪を緩く纏めた、穏やかな雰囲気の女性。その見た目からは、フハ・フ・フフハが恐怖するような要素は見受けられない。光一が思わず見惚れるほどの美貌を持ち、優しそうな笑顔を浮かべている。




「あら、やっと来たのね」




 そう言って、この部屋に入ってきたのは、




「お、お母さん!?」




 ルビエラだった。朗らかに笑顔を浮かべ、椅子に座る。




「ほら、光一もお座りよ」


「え、いや、ここ、どこ?」


「何処って、魔界よ? あぁ、今は『魔族領』なんだっけ?」




 事も無げに言い放つルビエラ。


 突然の出来事に頭がついていかない光一は、深く考えることを止め、とりあえず、席につくことにしたのだった。


 

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