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第27話 リュウヤの末路

 町を出てから二週間、特にハプニングが起きることも無く、王都へと辿り着いた。門が開き、壁の中へと入って行くと、団長の誘導によってマルキヤ劇団が所有する建物へと進む。


 劇団の敷地内に入ると、檻を開けて、少年体や幼体を養殖場へ搬入する。道中で体が大きく成長した個体は殺処分し、檻の中で圧死した個体は焼却した。成長を阻害するためと、脱走の気力を削ぐために食料を少量に削り、衰弱死した個体も捨てた。そのため、捕獲したナキウの数は半分程度に減ってしまったが、それでも幼体と幼少体を合わせて三千匹程回収できた。養殖場の職員たちも不足分を補給できて、幾分かは表情が和らいでいた(団長談)。




「さて、これから、このチビたちは調教師の下で笑顔しか浮かべられなくなる訓練に明け暮れることだろうね。なに、目の前で何匹か見せしめに殺せば、怯えて笑顔以外を浮かべられなくなるだろう」




 そう言いながら、団長は光一をある場所へと案内する。王都でナキウショーを開幕している劇場の裏側だ。


 地方領地の支部では、ショーに用いるナキウの飼育場を兼ねているが、本部にあたる王都の劇場は余裕を持った造りとなっている。待機所や、ショーに使う小道具・大道具を仕舞っておく倉庫が大きく作ってある。


 光一が案内されたのは、その倉庫だ。ついでに、意気消沈して歩く足も覚束ないリュウヤも連行されている。


 倉庫にいたのはフハ・フ・フフハだ。足元には、ナキウの幼体。その体型は、ナキウよりも人間に近い。リュウヤの息子の一匹だろう。股間の生殖器には、真っ赤な蝶ネクタイが結びつけられている。


 しかし、ナキウの特徴である大きな目が無く、その目を覆う瞼が皺だらけになって垂れ下がっている。どう見ても、眼球を失っている。


 その息子の姿を見て、リュウヤは駆け寄ろうと走り出したが、手足の自由を奪う枷によって床へ倒れ込んだ。




「お、おい! 聞こえるか! パパだよ!」


「そろそろだね、緊張してきた!」


「え……そろそろ……? 緊張する……? 何を言っているんだ、パパだよ?」


「あ! 始まる!」


「始まるって、何を言っているんだ?」




 明らかに成立していない会話。


 しかし、その息子はリュウヤの言葉が聞こえていないようで、両手を上げて、口の端を釣り上げながら、




「ププユーーーーー♡」




 と、言いながら、一定距離を走る。


 立ち止まった位置で、両手を腰に当て、踵を上下させながらリズムを取り始める。




「プーユーユ!」




 リュウヤの表情が曇る。


 これは間違いなく、あの町の劇場で行われていたナキウショーの演目だ。幼体たちが舞台上で歌いながら踊り、理不尽な理由で酷い目に遭う展開。


 目の前の幼体の動きや、口から出る歌は明らかにその演目のものだ。


 腰を突き出し、イチモツを振り回しながら、




「ププユ〜♡ プユプユ、プユユ〜♡」




 などと、扇情的な歌を口ずさんだ直後、




「ピキャァァァァァァァァァァァァァッ!」




 と、泣き叫び、股間を抑えて転がり回る。実に無様で、人間の嗜虐心を強く刺激し、笑いを誘う姿だ。


 これも、見たことがある。婆さんの世話になっていた頃に、見せられたナキウショーの幼体が、股間の蝶ネクタイが炸裂して、イチモツを失った時のリアクションだ。


 しかし、目前の幼体のイチモツは無傷だ。血の一滴も出ていない。




「ど、どうしたんだ! 大丈夫か? おい、どこが痛いんだ!」




 リュウヤが這いながら息子に近寄るが、光一によって引き戻される。




「ギャッ!」




 床に押し付けられる形になっていたイチモツが擦れて痛かったようだ。




「フハ先生、これは?」




 股間を押さえて転がり回る幼体を見下ろしながら、光一がフハ・フ・フフハに尋ねる。


 フハ・フ・フフハは、明らかに「よくぞ聞いてくれました」と言いたげに笑みを浮かべる。




「戦傷によって感覚を喪失した兵士への救済策として、私が考案していた〝感覚の共有〟の実験の結果です。まだ、実用には遠いですが、理論が正しいことが証明されました」




 自慢気に言い切るフハ・フ・フフハ。




「感覚の共有?」


「そ! 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚を他者と共有することで、喪失した感覚を補完する術式を研究していたんだよ」


「へー、凄いですね。実用化にはあとどれくらい?」


「いや、実用にはまだまだだかかるね。共有ができることが証明できたから研究は進んだけど、共有元が必要だからね。代替できるものが必要だから、そこをどう解決するかが問題なのさ」


「共有できているってことは、コイツのリアクションは舞台上の?」


「そ。舞台上にいるコレの兄弟さ。チンコが吹き飛ばされたみたいだね」




 事も無げに言い放つフハ・フ・フフハに、リュウヤが怒りを露わにする。




「貴様! あの見世物に私の息子を出しているのか! なんてことを!」




 しかし、フハ・フ・フフハも光一もリュウヤの言葉に耳を貸す様子は無い。




「それに、術式を脳に刻む必要があるから被術者の負担が大きいのも問題だね」


「げ! そうなんですか?」


「うん。最初は頭蓋骨を切開して、人為的に五感を遮断するだけだったの。眼球は取り出したけどね。そして、術式を刻んだ御札を頭に貼り付けて実験したんだけど、反応が無くってさ。仕方ないから、もう一回頭を開けて、脳に術式を刻んだら成功したってわけ」


「うげぇ」


「これで上手くいかなかったから、五感の発信側も頭を開けないといけないところだったよ」


「発信側は御札でいいんですか?」


「いや? 今は頭部の皮膚に刻み付けてる。入れ墨みたいにね。次は御札で試すよ」


「ナキウなら罪悪感無いし、実験しやすいですね」


「そうだね。この変異種が手に入って良かったよ」




 朗らかに笑うフハ・フ・フフハと光一。


 その二人を、恐ろしい何かを見るように見上げるリュウヤ。息子を道具として扱われる怒りはあるが、それでも、二人に対する恐怖心が勝る。


 その二人がリュウヤを見下ろしてきた。


 フハ・フ・フフハが歩み寄る。


 リュウヤは本能的な恐怖から、後退ろうとするが、枷のせいで手足を思うように動かせず、フハ・フ・フフハにあっさりと接近される。




「さて、コレはどうしようか。コレの子供のおかげで〝感覚の共有〟の実験は進んでいるし、コレは薬物の実験体にでもなってもらおうか」


「ひっ……やめろ、やめてくれ」


「そのためにも、薬物の耐性も人間に近いのかを確かめないとね。ナキウの耐性基準はメス個体を使えばいいし」


「やめてくれ、妻は……息子も! 助けてくれ! 頼む、もう、私から奪わないでくれ!」


「さ、楽しくなってきたぞ! コレの子供は舞台から戻ってきたね? じゃ、コレと五匹の子供を私の実験室へ運んでくれ」




 フハ・フ・フフハに言われ、部下と思われる騎士が「妻を」とか「息子を」とか「助けてくれ」とか叫んでいるリュウヤを掴み上げ、フハ・フ・フフハの後に続いて劇場の裏口から出て行く。少し間を空け、三人の騎士に足を掴まれ、逆さまになった五匹の幼体も運び出されていく。




「痛い痛い!」


「やめて、やめてぇ!」


『チンチンが! チンチンがぁ!』


「やめてぇ、帰りたいよぉ!」




 泣き叫ぶ幼体の悲鳴に応える者はいない。


 光一は冷ややかな視線を向け、団長は「見世物にすれば金になるのに」と言いたげにしている。他の者も、幼体の泣き声には慣れているのか、例え、人の言葉を喋っていても、気に掛ける様子もない。




 その後、リュウヤとその息子たちは様々な実験に用いられ、医療系の技術や魔術の発展に貢献することになる。当然だが、この事実が表に出ることは無い。最終的に、六匹のナキウは標本として、臓器や身体の各部位を保存液に浸けられることになる。存在を忘れられ、埃を被って、研究室の隅っこに転がることになるのは言うまでもない。





 リュウヤは意識を取り戻し、ゆっくりと体を起こす。真っ白な空間。ソファの上に寝ていたようで、テーブルを挟んで向かい側にもソファが置いてある。


 そのソファに座っているスーツ姿の男が、タブレットを操作しながら、声をかけてくる。




「目、覚めた?」




 面倒臭いと言いたげな様子。


 リュウヤは少し気圧されつつ、




「あぁ。ここは?」




 こう尋ねると、スーツの男は、隠しもせずに溜息を吐く。




「転生サポートセンターだよ。もう何回も来てるだろ。ほら、またナキウに転生だよ」


「え、転生? ナキウ? また?」


「面倒臭いな。いい? ナキウってのは、人間だった頃に死刑に処されるような大罪を犯した者、または、イジメやハラスメントで人を死に追いやった者が死後に課される罰だよ」


「死……刑……? わ、私……が?」


「お前は強盗、強姦、それらの口封じのための殺人。だから、三万回のナキウへの転生が課されてるんだよ。次で、百三十二回目のナキウだ」




 その言葉にリュウヤは、閉口してしまう。何も言えない。その記憶が無い。


 リュウヤが何とかして反論しようとしたが、スーツの男が溜息を吐きながら、言葉を続ける。




「ナキウはその存在そのものが罪なのに、アンタは人間を殺したな? だから、その罰として一億回のナキウ転生が追加されたよ」


「なっ……一億……?」


「アンタの息子にもな。全く、ナキウの分際で他のナキウをイジメるから。あと、アンタの反乱に加担した連中も、同様の刑を受けて転生していったよ」


「ま、待ってくれ。あれは、仲間を守ろうとして仕方なくだ! 人間が襲ってくるから、あぁでもしないと生きていけなかったんだ!」


「人間がナキウに何をしても罪にはならないんだよ。ナキウは存在そのものが罪の塊なんだから。殺されるのが唯一の贖罪なの。逃げたり、身を守ったりして寿命を迎えたら、その転生は無効になるの。殺されないといけないの! それなのに、反乱なんてしたら、罪の上塗りでしかないんだよ」


「そんな! そんな酷いはな……し……、し……信じ……………ら………」




 リュウヤの意識が遠退く。暗闇に堕ちるように、意識が溶けていった。





 スーツの男が、リュウヤを新たなナキウとして転生させた後、ソファから立ち上がり、後ろへ振り返る。




「やっと終わりましたよ」


「お疲れ。大変だったね」


「貴方があの個体にイタズラするから、修正するのが大変でしたよ」


「いや、スマン。暇だったのでな」




 そこにいた存在が、楽しそうに笑い声を上げる。




「この世界の裁定はどうなります?」


「お前はどうして欲しい?」


「私にその権限も、思想もありませんよ。転生サポートが役目ですから」


「どうしようかな。裁定を下すのも楽じゃないよ、まったく」


「頑張ってください。それが、〝裁定者〟の役目なのですから」


「気軽に言ってくれる」


「貴方に比べれば気軽ですから」




 そう言って、スーツの男はタブレットを抱えて、真っ白な空間から出て行った。

 これにて第一章は終わりです。次からの第二章も読んで頂けると幸いです。よろしくお願いします。

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