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第3話 光一は世界を知る

 光一が転生前の記憶を取り戻して3日が経過した。


 特にやる事が無く、手持ち無沙汰な光一は今日も散歩をする。


 現在住んでいる所は「タカラベ村」というらしく、東には海、西には山に挟まれた南北に細長い形状をしている。農業と漁業・魚の養殖がメインの質素な村で、収穫した作物や、水揚げされた魚、それらを加工した食品が収入源となっている。村にも商店が並ぶ区画があるし、近隣の町の市場にも出向いて金を稼いでいる。


 いつか、町とやらにも行ってみたいものだ。


 光一の表情が少し曇る。


 昨晩の事だ。夕食の準備を手伝っていた時、来客があった。身なりの良い役人らしき男性が、出迎えたルビエラに何かを伝えた。


 ルビエラは喜んでいるような、驚いているようなリアクションの後、光一へ振り返り、少し申し訳なさそうな顔をした。


 役人らしきの男は用事が済んだのか、軽く会釈すると、背を向けて去っていった。




「お母さん、どうしたの?」




 ふとすれば前世のような話し方になるため、子供のような幼気な話し方を心掛ける。慣れないため、徐々に元の話し方に変えていこうと思っている。




「あ、えっとね」




 ルビエラは視線を彷徨わせ、何事かを考えている。先程の男から伝えられたことだろうか。


 そうして、意を決したのか、光一の視線に合わせて腰を落とし、視線をしっかりと合わせる。




「さっきの人は学園の人でね。光一のことで来たの」


「僕の?」


「うん。えっとね、入学を……その、少し遅らせるようにって」


「え……?」


「いつになるかは分からないけど、その時が来たらまた知らせるからって」


「そ……そう……なんだ……」




 光一は肩を落としてみせる。その学園とやらに入学するのを楽しみにしていたようだし、落胆しているように見せるためだ。


 その演技がうまくいったのか、ルビエラは取り繕うように表情を明るくさせる。




「大丈夫よ! 光一に何か悪い事があったわけじゃないわ。光一の入学前検査結果が出てね、それでなの」


「検査?」




 ふとCTスキャンが思い浮かぶが、きっと違うだろう。少なくとも、こんなのどかな村にあんな最新機器みたいなものがあるとは思えない。




「入学手続きの時にしたでしょ? その結果が出てね、光一は潜在スキルを持ってることが分かったのよ」


「潜在……スキル?」


「そう、どんなものかは分からないけど、それで入学を遅らせないといけないの」


「何で?」


「潜在スキルを持ってると精神面が不安定になりやすいの。もしも、学園や街中で大変なことになるといけないから、入学前に精神面を鍛えないといけないの」


「学園じゃ、ダメなの?」


「昔は学園が鍛えてくれていたんだけど、今は色々あって人手不足でね……。精神面を鍛える先生がいないから、お家で鍛えて下さいって言われたのよ」




 精神面を鍛える? はて、滝行でもするのだろうか? 座禅か?




「だーいじょーぶ! お母さんが鍛えてあげるわ。お父さんはしばらく帰ってこれないし、任せなさい!」




 どんっと胸を張るルビエラ。よく分からないが、分からないからこそ任せるしかない。


 特に突っ込むことなく、光一は夕食にありつくことにした。


 そんなことがあって、学園への入学が遅れていることは(前世の記憶が戻った)光一には喜ばしいが、精神面が不安定というのはあまり喜ばしくない。それが自分で制御できるならいいけれど、できないならただの危険人物だ。ルビエラの修行次第だろうか。


 それはそれとして、今は散歩だ。のんびりと歩くだけでも、それなりに楽しい。


 前世の記憶を取り戻す前の光一は引っ込み思案なところがあったみたいで、あまり外出はしていなかったようだ。散歩を始めてみると、村人たちは驚いたような表情で光一を見つめる。


 よく、引き篭もりなのに学園を楽しみにしていたなと光一が呆れていると、




「よう、光一じゃないか。お出掛けか?」




 村の老人が気さくに声を掛けていた。




「お散歩!」




 とりあえず、元気よく返事する。




「そうか。あまり遠くに行くなよ。山に行くのか?」


「うん!」


「開拓しているところまではいいが、柵の向こうへは行ってはいかんぞ。未開拓だし、柵の向こうは山の獣たちの縄張りだ。人間がおいそれと入ってはならん」


「分かった!」


「暗くなる前には戻るんだぞ。ルビエラが心配して暴れるといかん」


「わ、分かった」




 お母さんは暴れるのか? お淑やかに笑みを浮かべているところしか知らないけれど。


 朧気に残っている、前世を思い出す前の記憶にもルビエラが暴れているものは無い。




 何にせよ、夕方には戻ればいいだろうと、光一は意気揚々と山道を登っていく。割と丁寧に道が舗装されており、子供の足でも登りやすい。適度に木陰が差し込んでいて、涼やかな風も吹いていて、実に散歩に適した道だ。


 落下防止の柵に沿って、山に巻き付くように舗装されている道を歩いていると、村のある位置と反対側くらいになるだろうか。山側に開けた場所があり、ちょっとした広場のようになっている。


 特に何かあるわけではないが、広場に入っていくと、足元に木の枝が落ちていた。手に取ってみると、子供の手でもしっかりと握ることができ、先に向かって細くなっている。ほぼ真っ直ぐであり、長さも光一にはちょうどいい。




「…………!」




 男の子の心をくすぐるには程良い木の枝。


 光一はその枝を気に入り、ブンブンと振り回す。


 既に、光一にとっては「伝説の剣」と言えるものになっていた。


 木の枝が空を切る音を楽しむように振り回していると、何やら話し声だろうか、声らしきものが光一の耳に入ってきた。


 気になって、声のする方向を探してみると、光一のいるところよりも更に山に近い箇所、木の間から得体の知れないモノが現れた。




「プコプコ。プヨヨ」


「プユー? プコプコ」


「プミー。プユユ」




 3匹の謎の生物。あちらは光一の存在にまだ気付いていない。


 二足歩行で、腕が2本。目玉は無駄に大きく、その半分が額より上にはみ出している。タラコ唇のように分厚い口周り、パッと見た感じは楕円形の体型から手足が飛び出しているように見える。ただし、胴体に比べて足は短く、楕円形に見える。薄い青緑色の体色、風に乗って漂ってきた硫黄臭のようなものはこの謎生物の体臭だろうか。


 光一はほぼ無意識にその生物に向かって歩き出していた。


 理由は分からない。本能のままの行動。いや、衝動だろうか。理性では止めようとするが、体を動かす衝動には勝てない。






 殺したい。


 無性に殺したい。


 アレが何なのかは分からないけど、生きているのが許せない。






(何で? アレからは何もされてない。そういう依頼は受けてない!)




 光一の心は、体を突き動かす衝動を鎮めようと必死になるが、衝動は鎮まる気配が無い。


 むしろ、近付けば近付くほどに衝動は強くなる。


 意識が遠退く。目の前が真っ赤に染まっていくような感覚に陥る。




「プミュウ?」




 3匹の内の1匹が光一に気付いた。


 好奇心が強いのか、警戒心が無いのか、一歩歩く度に「プユ、プユ」と言いながら光一に近付いてくる。


 薄い青緑色の、近付いてきたその個体は、光一よりも背が低く、不思議そうに光一を見上げ、笑顔のように目尻を下げて、口角を上げ、握手をするように光一の手に触れた。






 危害を加えては、殺してはいけないと、前世の記憶に基づく倫理観が消し飛んだ。


 ほぼ反射的に、光一は持っていた木の枝を、その謎生物の目玉のような部分に突き刺していた。




「ピキィィィィィィィ!!」




 プチュリという音と共に潰れた目玉から全身に駆け巡る激痛に、その謎生物は悲痛な叫び声を上げる。


 しかし、光一はそんなことは気にも留めず、有らん限りの力を込めて木の枝をその謎生物に叩きつける。


 謎生物の体はあまり強くはないのか、木の枝によって次々と傷が刻み込まれ、そこから青色の液体が流れ出てくる。


 突然の暴力に晒され、謎生物は逃げ出そうと光一に背を向ける。光一はそれでも木の枝で殴る手を止めない。




「ピキィ、ピキィ! ピキィィィィィィィ!」




 泣きながら逃げる謎生物。


 しかし、その足は、光一が歩くのと大差ないほど遅く、追いつくのは簡単だ。


 更なる暴力を加えようとした光一の前に、別の個体が立ちはだかる。3匹の内の別の個体。この個体はさっきの個体よりも頭1つ分大きい。




「プコプコ! プコォォォォォォ!」




 怒っているのだろうか? もしかしたら、光一が殴っていたのは妹分なのかもしれない。コイツは兄貴分なのだろう。


 何故なら、コイツの股には、非常に見苦しいモノだが、男性器がぶら下がっている。


「汚えモン見せてんじゃねぇよ」




 衝動が更に強くなって、光一の記憶はここで途切れた。






「フゴォォォォォォ!」




 野太い叫び声と共に、光一の体は吹っ飛ばされた。




「……?」




 吹っ飛ばされたと言っても、2~3歩後退っただけだし、どこかを怪我したわけでもない。そもそも、痛みも無い。


 むしろ、意識が戻った光一は周囲を見渡す。


 死屍累々といった様子だ。


 記憶は無いが、光一がしたということに間違いは無い。


 3匹の内の2匹の個体が青色の液体の中でバラバラになっている。記憶が飛ぶ寸前、光一の前に立ちはだかったオスの個体の股からは男性器が引き千切られて、無造作に投げ捨てられている。どこで拾ったのか、石が転がっており、その石で謎生物の体を潰したのかもしれない。


 そして、光一の前にいるより大きな個体は、3匹の内の1匹が逃げて呼んできたのだろう。光一よりも大きく、見上げるくらいの大きさ。目測だが、150センチくらいはあるだろうか。


 その大人と思われる個体は、光一に近寄り、光一を見下ろす。目を細めて睨み付けているみたいだが、無駄に大きい目ではその迫力を出すことができていない。


 これが謎生物が大人になった姿であるなら、体色は完全に緑色になり、硫黄のような体臭は更に酷くなっている。


 そのあまりにも酷い体臭に、光一が思わず後退ると、それを逃げようとしているのか、光一の腕を掴んだ。




「……?」




 大人の割に力は強くないようだ。掴まれていることは分かるが、痛みなどは特に感じない。


 これなら振り解くのは簡単だし、その後で目の前でブラブラしている汚らしい緑色の男性器を引き千切ろう。


 光一が、未だに残る衝動のままに行動しようとした時、一本のナイフが飛んできて、大人個体の腕に深々と突き刺さった。




「ビキィィィィィィィ!」




 悲痛な叫び声を上げ、大人個体は倒れ込む。


 その様子を光一は気にすることなく、ナイフが飛んできた方向へ視線を移すと、




「ヒッ!」




 謎生物には一切感じることが無かった恐怖と迫力を身に纏った、ルビエラが立っていた。

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