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第26話 決戦

 集まってくれたナキウ兵を率いて、リュウヤは花畑へ向かう。月明かりしかない夜だが、五年も過ごした地だ。迷うこと無く、花畑へ向かうことができる。




(待っていろ、皆。必ず助けてやるぞ)




 逸る気持ちを抑えるように握り拳を作り、それを胸元へ持っていく。心臓が強く鼓動しているのを感じる。


 これから行われるのは、家族の命運をかけた決戦だ。勝つ。勝たねばならない。妻と息子たちの為にも。


 住民からの訴えを叩きつけられ、息子たちの暴挙を知った今でも、息子たちを想う気持ちは揺るがない。助け出せても、優雅な生活とはいかないだろうが、犯した罪は償わなければならない。跡を継がせるなら尚更だ。


 進んでいると、月明かりで一つの影が伸びているのに気付いた。


 花畑を目前にした地点。


 そこで、光一が待っていることに気付いた。




「どうした、こんな夜中に? もう、町のナキウどもを連れてきたのか? 少ないな」




 見下すような視線を向け、挑発的に言い放つ光一。


 リュウヤは負けじと言い返す。




「妻と息子たちを返してもらう。町の者たちを差し出すわけがないだろう」


「交渉内容を忘れたか? 所詮はナキウ。記憶が長続きしないか」


「バカにするのも大概にしろ。見て分からんのか。数でこちらが勝っている。妻と息子たちを解放すれば許してもいいぞ」


「バカめ。ノミがどれだけ群れても、台風や竜巻には敵うわけがない。吹き飛ばされるだけだと分からんのか」


「貴様、これが私の温情だと分からんのか」


「ナキウからの温情など必要無い。死にたいならそう言えばいいだろう」


「私を怒らせたいのだな」


「ナキウの怒り程度、大したことはない」


「ならば、望み通りにしてやる」




 リュウヤは片手を上げる。後ろに控え、光一の発言の一つ一つに怒りを抱いていたナキウ兵たちは槍を構えて、突撃の態勢を取る。リュウヤは気配でそれを確認し、上げた手を迷わずに、光一に向かって振り下ろした。




『フゴォォォォォォォォォォォォォォ!』




 夜の静けさを引き裂くような怒号と共に、三万のナキウ軍が光一に向かって突撃していく。


 しかし、光一は一切焦らないまま、足元から何かを掴み上げた。それを、月明かりに照らすように高々と掲げる。




『フゴォ!?』


「な、ま、まさか!?」




 軍もリュウヤも、ソレを見て動きを止めた。


 光一が足を持って逆さまに掲げているのは、紛れもなく、リュウヤの息子の一人。何も言わず、光を失った瞳。頭からは血を垂れ流し、脳の一部がはみ出ている。


 明らかに死体の息子を見て、リュウヤは声を震わせる。




「こ、殺した……のか、お、俺の息子……。何故、何故、殺した……!?」


「何故? お前が交渉決裂させたからだろ。町の連中を差し出すなら返す。差し出さないなら、妻も息子もこちらの物。そういう交渉内容だったはずだ」


「殺す必要があったのか!」


「こちらの物をどう扱おうと、それはこちらの勝手だろう。町の連中を率いてくるならまだしも、明らかに武装した連中を率いてきたらこうなるくらい分かるだろ」


「き、貴様!」


「お前が軍を率いてきたことくらい、町を出た時から分かっていた。丸見えだしな。だから、見せしめに一匹殺し、残りは研究機関のある王都へ移送した」


「な! 何だと!」


「フハ先生が言っていただろ。交渉内容を破れば二度と会えないと。忘れたのか、バカめ」


「あ、ああ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」




 リュウヤは膝から崩れ落ち、悔恨と悲哀から涙を流し、地面を打つ。朝のあの時、花畑に行くように勧めなかったら、こうはならなかったのに。


 しかし、絶望の底に沈むリュウヤの耳に、ナキウ兵の悲鳴が突き刺さってきた。リュウヤが顔を上げると、竜巻のような凄まじい風が吹き荒れており、片っ端からナキウ兵を飲み込んでは上空へと吹き飛ばしている。




「ビキィィィィィ!」


「フゴォォォォ!」


「ビコォォォォ!」


「ブヨヨォォォォ!」




 上空へと巻き上げられたナキウ兵が身に着けていた防具類は砂のように崩れ落ち、上空のナキウたちは全裸となる。そのまま、飛べるわけがないナキウたちは落下し、地面に叩きつけられ、血溜まりを作って息絶える。




「に、逃げろ! 逃げろぉぉぉぉ!」




 リュウヤが叫ぶが、ナキウの鈍い足で逃げ切れるわけがない。そもそも、軍事訓練と言えど槍を突く動作しかしてないナキウたちに、効率的な撤退方法など分かるわけがない。素人同然なのだ。


 右往左往しながら、フゴフゴ鳴いて、ビキビキ泣いている端から、光一の風に巻き上げられていく。


 何匹かのナキウは意を決したかのように光一に突撃していくが、新たな竜巻を作り出すだけで容易に対応できる。そもそも、ナキウが持つ土の槍は光一には通じないのだ。光一が焦るわけがない。


 リュウヤが軍を率いて現れるまでは美しい花が咲き乱れていた花畑が、土ごと掘り返され、無残な姿になる頃、三万のナキウ兵は一匹残らず血溜まりと成り果てた。わざと生き残らされたリュウヤだけが、呆然としたようすのまま、この光景を見ている。




「そんな……まさか、こんな……」


「お前は研究材料にしたいそうだ。連行する」


「もう……いっその事、殺してくれ」


「あ?」


「私には何も残っていない。王としての立場も、家族も……。生きていても希望は無い」


「ふーん」




 光一はリュウヤの言葉に興味を示すこと無く、荒縄でリュウヤを縛り上げる。フハ・フ・フフハが魔術を込めて作った荒縄は、魔軍の隊長格でも抜け出せない拘束力を持つ。リュウヤでは、どう足掻いても抜け出すことはできない。


 しかし、リュウヤは抵抗もせず、抗う素振りも見せず、淡々と拘束されるに身を任せている。


 光一は、拍子抜けしたと言わんばかりに溜息を吐き、団長を呼び寄せる。




「凄い技だったね。本物のような竜巻だったよ」


「ありがとうございます。でも、もう少しは抵抗すると思っていたのに、大したことなくて残念ですよ」


「少しばかり知恵があるために、力量差を理解してしまったのだろうね。抵抗しても無駄だと悟ったのだろう」


「どうせ知恵をつけるなら、この幼体の死体が偽物だと分かる程度につければよかったのに」


「だからこそ、〝所詮はナキウ〟なのさ」


「確かに、そうですね」




 そう言いながら笑い合う二人の会話を聞いて、リュウヤは息を吹き返したように、顔を上げる。




「い、今の話、本当か?」


「どした、いきなり」


「息子は生きているのか」


「五匹とも生きて、王都へ向かっている。お前が町に帰っていった後に出発したから、遠く離れたけどな」


「なに!? それは、交渉と違うじゃないか!」


「お前が交渉通りに動くことはないと分かっていたからな。時間を無駄にしたくないだろ?」


「そんなの、分からないじゃないか!」


「現実を見ろ。現実から目を背けるな。これが交渉通りの結果か? 破ってるじゃん」


「し、しかし!」


「そもそも、ナキウと交渉なんてするわけないだろ。アレはお前をからかう遊びだ」


「あ、遊び……?」




 リュウヤは再び絶望の底へ沈む感覚に襲われる。最初から、まともに相手にされていなかったのだ。その事実に、心が砕けそうになる。


 まともに、相手に、されてない。


 それはつまり、親に無視されていた幼少の頃から何も変わっていないということ。


 自分の周囲には、誰も、いない。


 息子たちへの躾を怠り、町の住民からの信頼を失った。妻は何をしていたのか。仕事に明け暮れている間、息子たちの躾をしていなかったのか。


 絶望に沈む心に、不信感が浮かび上がる。




(もしかして、妻たちは「ナキウの王」である私の「妻」になりたかっただけで、私と「家族」を作るつもりは無かったのか……。だから、息子への躾を怠っていたのではないか……?)




 次々と浮かび上がる疑念に、最早、リュウヤは体を動かすことができなくなる。団長の部下たちに荒々しく引き摺られ、檻の中へ押し込められても、抵抗も悲鳴も無い。




「じゃ、壁に穴を開けます。どうします? 全部、連れていきます?」


「いや、流石に入りきらないからね。少年体以下の小さな個体だけでいい。青年体以上の大きな個体は、卵袋を抱えている個体を除き、殺処分しても構わない」


「なら、適任がいる。夜の内に済ませましょうか」




 光一と団長が不穏な会話を交わしていても、そのことに異議を唱える余力は、リュウヤには残されていなかった。家族を失った絶望、住民から見放された絶望、妻への疑念が、リュウヤから気力を奪ってしまっていた。




 町を囲む壁に歩み寄った光一は、そよ風のような弱々しい風を作り出し、壁に当てる。まるで、酸で溶かされるように、壁に穴が開く。穴は広がり、人は当然、檻馬車も通れるほどの穴が出来上がる。


 その穴を通り、中へと入っていく光一たちは思わず眉を顰めた。防臭マスクを貫通するほどに酷い硫黄臭が、壁の内側に充満している。


 夜だからか、外を出歩いているナキウは一匹もいない。光一は、万が一にでもナキウに逃げられないように、穴の周囲にフハ・フ・フフハから貰った札を貼り付ける。一瞬、札が光ったと思ったら、薄っすらと光る壁のようなものが形成され、穴を覆った。




「これが結界か。フハ先生、便利な物を持ってるな」




 借りただけのような気もするが、この際、気にせずにいつか返すまで借りておこう。


 そう心に決めた光一は、近くの家に向かう。


 ナキウには人が作った町に住んでいても「鍵をかける」という風習は身に付かなかったようで、家の中に入ることに苦労は無かった。


 家の中に入ると、あちこちに幼体が寝転んで呑気に寝息を立てている。


 光一は幼体の足や腕を無造作に掴むと、家の外に運び出し、劇団の檻馬車の中へと放り込んでいく。




「プキュッ!?」


「ピピュッ!」


「キュピィ!」




 なんとも間抜けな悲鳴を上げながら、次々と家から少年体や幼体が運び出され、檻の中へと投げ込まれる。少年体や幼体が檻の中で積み重なり、最下層で潰されている個体は苦しそうに呻いているが、人間がそんなことを気にするわけがない。


 子供らの悲鳴を聞きつけた親が起きてくるが、ナキウが人間に敵うわけもなく、殴り倒され、蹴り飛ばされ、斬り殺される。


 二階建ての家屋に入り込んだ光一は、既に騒ぎを聞きつけて起きていた成体のナキウの襲撃を受けるが、光一は焦ることなく、斬り伏せる。




「ビギャァァァ!」


「ブギュゥゥゥ!」




 悲鳴を上げ、傷口から血を噴き出しながら息絶える成体。


 家の奥には、青年体が部屋の入り口を塞ぐように立ち塞がっている。


 光一が青年体に近寄ると、




「フゴォォォォ!」




 青年体は威嚇するように声を上げる。両手を広げて、部屋の中には入れないという意思をしめしている。


 光一は剣を振りかざして、青年体を斬り殺す。首を斬り落とされた青年体は、悲鳴を上げることもできずに倒れ伏した。




「ピキィィィィィィィ!」


「ピコォォォォォォォ!」


「ピキャァァァァァァ!」




 部屋の中は幼体で溢れている。四十匹近い幼体がギュウギュウに詰め込まれている。こうしてまで、幼体を守りたかったのだろう。


 しかし、人間の前では無駄な足掻きだ。


 応援に来た劇団員と共に、幼体は運び出され、檻へと詰め込まれる。


 運び出しを劇団員へ任せた光一は階段を上り、二階へ向かう。


 二階には部屋が二つあり、向かって右側の部屋に入ると、一匹の青年体が仁王立ちして、部屋への侵入を拒んでいる。




「フ」


「邪魔」




 聞き飽きた威嚇を発する前に、光一に斬り捨てられる青年体。


 部屋の奥には、蚊帳に囲まれた三十匹前後の幼少体の群れが、状況を把握できていないのか、光一を好奇心旺盛の瞳で見つめている。




「ピキュウ?」


「ピキャァ!」




 口々に鳴き声を上げている。四つ足で這いつくばっている状態で、床の上を這い周りながら光一を観察しているようだ。


 光一は部屋の中を見渡すと、ここは元を正せば子供部屋だったようだ。玩具箱が置いてある。その玩具箱をひっくり返し、箱の中を空にすると、その箱の中に幼少体を詰めていく。




「ピャァァァ!」


「ピュゥゥゥ!」


「ピョォォォ!」




 悲鳴か、助けを求めているのか、幼少体たちは鳴き声を上げるが、その声に応えるナキウはいない。


 箱に蓋をした光一は、もう片方の部屋へと入り込む。




「ビキィィィィィィィィィィィ!」




 卵袋を抱えているメス個体がいた。卵袋の中には、ナキウの体の形成が始まっている卵が三十個以上詰まっている。




「ビキビキ! ビコォォォォォォォォ!」




 メス個体は卵袋を守ろうとして、卵袋を壊れない範囲で抱き締め、光一に向かって威嚇の声を上げる。


 しかし、当然ではあるが、光一に威嚇が通じるわけがなく、光一は外の団員に向かってお湯を持ってくるように依頼している。




「なるべく早く頼みます」


「すぐ行くので待ってて下さい」




 言葉通り、団員はヤカンにタップリのお湯を入れて持って来てくれた。ついでに、数人の人手もあり、メス個体を運び出す準備もバッチリだ。


 光一はお湯を卵袋に満遍なくかけて、卵袋を白濁させて固める。熱湯をかけられたメス個体は、苦痛の悲鳴を上げるが、それを気に掛ける者はいない。




「ビ、ビキィィ……ビコォォ……」




 卵袋周囲の皮膚に酷い火傷を負って、息も絶え絶えのメス個体を団員たちが、腕と足を掴んで荒々しく運び出す。卵袋が無事なら、メス個体が多少の傷を負っても問題は無い。


 卵袋を抱えたメス個体が入れられている檻の中には、同じように火傷を負ったメス個体が詰め込まれている。


 少年体までの子供のナキウは檻に詰め込まれ、青年体以上のナキウは次々と殺されていく。卵袋を抱えているメス個体だけが生かされている。


 薄っすらと陽の光が差し込み始める時間帯になる頃には、町中の捕獲対象のナキウは檻の中へと収監された。それの邪魔をする成体は殺されているが、逃げ出した数万近いナキウは壁際に押し寄せている。




「こんなところか。もう、出発しようか」


「そうですね。じゃ、他のナキウはアレに処理してもらいましょうか」


「アレ?」




 団長ほ光一の指差す先を見る。そこには、光一たちが訪れる前は、安全圏から挑発してくるナキウたちに苛立ちを募らせていたガルーダの群れ。


 光一は、町の上に張り巡らされた梁に突風をぶつける。土属性にとって苦手な属性である風属性の攻撃に、土属性の魔力で精製されている梁は跡形もなく消し飛ばされる。


 同時に、町を囲んでいた壁も消え去り、マルキヤ劇団の馬車一団は悠々と町を後にする。少年体までの子供のナキウや、卵袋を抱えているメス個体を大量に捕獲できて、団長はホクホク笑顔を浮かべている。


 一団の後方から、ガルーダの甲高い鳴き声と、ガルーダに襲われるナキウの悲鳴が響き渡ってくる。


 リュウヤを収監している檻馬車も合流し、王都へ向けて出発した。




 こうして、リュウヤにとって家族の命運をかけた決戦は終わった。ついでに、人間や魔獣の暴力から仲間を守るために作り上げたナキウの国(自称)も終わりを迎えたのだった。

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