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第25話 因果応報②

 町に戻ったリュウヤは、同行していた護衛のナキウ兵に壁の外を警戒しておくように命じると、自身の邸宅へと急いだ。


 そして、邸宅の一室に置いてある「声を町中に響かせる装置」を使い、成体のナキウに中央の広場へ集まるように呼びかける。


 リュウヤの心は、いつもの穏やかさを失っている。過ぎゆく一秒さえも惜しいほどに、気が焦り、邸宅から広場までの道程が果てしなく遠く感じる。


 町の中央にある広場に着くと、既に多くのナキウが集まっている。たまたま、近くにいたのだろうが、リュウヤはそれを嬉しく感じた。続々と集まってくるナキウを見て、興味津々の様子で窓から眺める青年体以下のナキウを見て、




(これが我々の結束力だ。この結束力があれば、今回の難題も解決できる!)




 と、自信を漲らせ、幾分取り戻した冷静さを持って、意気揚々と演説台に登る。


 演説台に登ったリュウヤを見て、拍手が巻き起こる。リュウヤは微笑みを浮かべながら、片手を上げて拍手に応え、場を静める。




「突然の呼び掛けで申し訳ない。集まってくれたことを嬉しく思う。我々は、過去の困難を力を合わせて乗り越えてきた。人間の暴力、魔獣からの暴力、その全てを! 我々の結束力は跳ね返し、今日の平和を築き上げた! そうだろう、みんな!?」


『フゴォォォォォォォォ!』


「そして、今日、再び、困難が降り掛かってきた! 皆の力を借りたい!」


『フゴォォォォォォォォ!』


「私の五人の妻と息子が、人間に攫われ、二人の妻が殺された!」




 シーンと静まり返る広場。それだけ、皆が動揺しているのだろう。リュウヤはそう判断し、言葉を続ける。




「人間どもは恥も知らずに、私に要求を突き付けてきた。皆を差し出せと言うのだ! さすれば妻と子を返すと!」


『ビキィィ?』


『フゴォォ!』


『ビコォォ?』


「落ち着いてほしい。私が皆を差し出すわけがない! 皆は私にとって、そう! 家族だ!」


『……………………』


「だから、私の妻と息子も、皆にとって家族のようなものだろう? その家族を取り戻す為、力を貸して欲しい! 我々が一致団結すれば、必ずや人間どもの手から取り戻せる筈だ! 妻と息子を!」




 静まり返る広場。


 動揺しているわけではない。皆は、何か、嫌なものを見るかのような視線をリュウヤに向けている。


 その視線の意味が、リュウヤには分からない。皆が、静まり返る理由も。




「ど、どうした、皆? 何故、何も言わない?」




 リュウヤの問い掛けに、一匹のナキウが進み出て答えた。


(以下、『』内はナキウの言葉の意訳)




『我々は確かにあなたに恩義がある。俺が幼い頃は人間に笑顔でいることを強いられ、少しでも笑顔を崩すとボコボコに殴られ、蹴られ、何人も目の前で友人が殺された。人間は笑いながら俺たちを殺せる悪魔だ』


「そ、そうだろう? そんな人間に私の妻と息子が」


『その妻は最初は俺の妻だっただろう! 他の四人の妻も、別の四人の男の妻だった! アンタが奪ったんじゃないか! 恩があって、アンタの力で平穏が守られているから、そのことに文句を言えなかっただけで、俺たちにとってアンタも悪魔みたいなものだ!』


「え、そ、そんなこと」


『じゃ、その勃起している股間は何だ? 発情期でもないのに、いつも勃ってるだろ。それで女たちを誘惑しているんじゃないのか!』


「ち、違う! いつもは又隠しで隠しているだろう! い、今は花畑へ走っていく途中で落としてしまったから無いけど」




 リュウヤが又隠し(本来の用途は帽子)を無くした理由を話していると、別のナキウが進み出て、リュウヤの言葉を遮るように話し始める。




『アンタだけじゃない。アンタの息子どもも悪魔みたいなものだ』


「なに? もう一度言ってみろ!」


『アンタの息子も悪魔だ!』


「貴様!」


『怒る資格がアンタにあるのか!』




 息子を悪魔呼ばわりされ、怒り心頭のリュウヤだが、それ以上の怒りをぶつけられる。




『アンタの息子どもが俺の息子に何したか忘れたのか! 道ですれ違っただけで、いきなり殴られたんだぞ! 小突き回され、倒れたら蹴られて! 蹴られた箇所が悪くて音が聞こえなくなったんだぞ! 俺はそのことをアンタに訴えたよな? アンタ何て言った? 「注意しておく」だぞ、ふざけているのか! 俺の息子を遊び半分でボコボコにして、音を奪ったのに、それが「注意」で済むと本気で思っているのか!』




 この言葉に触発されたように、別のナキウが進み出てくる。




『私の娘は、アナタの息子たちに無理矢理犯された! まだ、生殖行為には早い年頃なのに! そのせいで、生殖器がグチャグチャになって、二度と子供が産めなくなったのよ! 今も暗い部屋の中で泣いているわ! それなのに、アナタは「叱っておく」の一点張り! どういう躾してるのよ! 私たちは三十人以上の子供を躾けしながら育てているのに、アナタはたった五人の躾もできないの!?』




 そして、また、別のナキウ。




『俺の息子は、この人の娘の後に、アンタの息子どもから犯された! 同じ男なのに! その屈辱がどれ程のものか分かるか!? 尻がどんな酷いことになっているか分かるか!? 糞する度に泣き叫んでいるんだぞ! アンタ、一度でも見舞いに来たか? 「女がダメなら男でいいや」なんて言って笑っていたらしいぞ、アンタの息子どもは! それなのに、アンタは「子供の遊び」で流したよな! なんで、そんな息子どもの為に俺たちが頑張らないといけないんだよ!?』




 広場はすっかり、リュウヤの息子が犯した罪の暴露会場と成り果てた。暴力を振るわれた、無理矢理体を犯された、逆らえば町から追い出すと脅された、食料を奪われたと止め処なく、罪が暴かれていく。仕舞いには、家に無理矢理侵入され、妻が抱えていた卵袋を壊され、もう少しで産まれる筈だった子供を失ったという話が出て、リュウヤと息子への怒りがピークに達した。その妻は精神崩壊して、廃人になっているらしい。


 この話を聞いて、リュウヤの脳裏に次々と記憶が蘇ってくる。町皆からの訴えを、仕事で疲れていることを言い訳にして適当に聞き流し、口先だけで息子たちに注意していたことを。


 それでも、リュウヤは妻と息子たちを取り戻すべく、言葉を紡ぐ。




「ま、待ってくれ。それらの事は本当に悪かったと思っている。必ず詫びねばならないし、詫びさせなければならない。その機会を得るためにも、どうか、力を貸して欲しい。頼む! この通りだ!」




 そう言って、リュウヤは腰を直角に曲げ、広場に集まったナキウたちに頭を下げた。


 しかし、冷ややかな答えしか返ってこなかった。




『お断りだ』


『なんで、あんなクソガキのために』


『バカバカしい。一人で王様になったとでも思っているのかよ』


『あんなクソガキ、死んでくれるほうが嬉しいし、助かるっての』


『ついでに、子供がいるのに夫を変えるような尻軽女もな』


『あと三人だっけ? さっさと殺されればいいのに』


(意訳終わり)




 リュウヤの頭に血が昇る。演説台から飛び降り、地面に着地すると同時に、地面に魔力を流し込む。鋭い槍のような土が、口々に妻と息子たちを侮辱したナキウたちを下から貫いた。




「煩い! どいつもこいつも! 私の言うことが聞けないのか!」




 しかし、言うまでもないが、これはとんでもない悪手でしかなかった。




『ビキィィィィィィィィィィィッ!』




 悲鳴を上げながら逃げ出すナキウたち。窓から眺めていた青年体以下のナキウも、リュウヤから身を隠すように窓を閉める。




「あ、な、待て、待ってくれ!」




 しかし、その言葉は誰にも届かない。届くはずがない。リュウヤの行いは、思い通りにならないナキウを処分してきた人間と同じなのだから。


 そのことに思い至り、激しい後悔に苛まれるリュウヤ。


 一軒ずつ家を回り、協力を求めるが、息子の不躾で支持を失い、住民への虐殺行為がトドメとなって、耳を貸す者はいなかった。無視され、突き放され、殴られて、力無く倒れ込む。


 日が傾き、夕焼けに染まる町の中、誰もいない大通りの真ん中でリュウヤは膝をついて、呆然とする。誰も力を貸してくれない。その前に、話を聞いてくれない。


 朝、邸宅を出る前に息子を撫でた掌を見つめて、リュウヤの目から涙が溢れてくる。


 もしも、息子たちと向き合い、息子の悪さを叱って矯正しておけば、こんな事にはならなかったのだろうか。


 もしも、短気を起こさずに、頭を下げ続け、協力を求めていれば助けてもらえていたのだろうか。


 そんな「もしも」ばかりが脳裏に浮かび、解決策を考えることができない。


 夕日が沈み、夜の暗闇が広がり始める頃、多くの足音が聞こえてきた。背後からだ。リュウヤは立ち上がることができずに、首だけ回して後ろを見ると、武装したナキウ軍が行進してきている。




「フゴ! フゴフゴ!」


「力を……貸してくれるのか……?」


「フゴ! フゴッグ!」


「ありがとう……! 本当に、ありがとう!」




 全員ではない。ほんの一部だけ。それでも、三万人は集まってくれたらしい。まだ、妻も子もいない個体だけが協力を受け入れてくれたようだ。


 日が沈み、辺りが暗闇に包まれた頃、リュウヤに率いられたナキウ軍が、町から出発した。

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