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幕間③

 苦労した。


 でも、百の土の槍を作りきった。今では、私の魔力の流れや、その量をはっきりと感じ取ることができる。


 婆さんに見せたら、僅かばかりだが、驚きの表情を浮かべたことを私は見逃さない。




「修業は完了か?」


「生意気言うな。まだ、基礎ができただけだ」


「こんな事もできる」




 土の槍を作る要領で、大地に流し込んだ魔力を操り、分厚い壁を作り出す。細かく操り、木の幹に、土を一定の厚さで纏わせる。


 全て、人間たちへの報復のために私が考え出したものだ。


 どうだ、婆さん。私は魔術を極めることができただろう?


 婆さんは煙管から煙を立ち昇らせ、思案するように目を閉じた。




「一つ、忠告しておくよ」


「え……?」


「過去へ振り返り、トラウマを克服するんだ。そうしなければ、お前は」


「大丈夫さ。私は負けない。負けようがない」




 漲る自信を見せつけるように言う。実際、厳しい訓練だったと思う。何度も昼と夜を繰り返し、「この間にもどこかでナキウが弄ばれている」と自分に言い聞かせ、魔術の訓練に励んだ。


 そんな私の自信のほどが伝わったのか、頭を掻きながら、溜息を一つ吐いた。




「そうかい。それなら何も言わないよ」


「ありがとう。今まで。助かった」


「ふん。単なる気紛れだ。ここを出て行くなら、二度と戻るな。私は、もう、お前を助けない。いいね?」


「あぁ。その覚悟はある」


「生意気な。それなら、さっさと行け」


「うん!」


「最後の餞別だ。これからは『リュウヤ』と名乗れ。お前の名だ」


「リュウヤ……私の名前……! ありがとう!」




 私は、身に着けていた衣服を脱いで婆さんに返し、幼少期から過ごした家を背にし、本懐を果たすために歩き出した。


 もう、ここへは戻れない。


 少し、後ろ髪を引かれる思いもあったが、後悔は無い。


 いよいよ、私の戦いが始まる。


 この気分の高揚こそが、あの家の文献に出てきた言葉の「闘争心」というものだろう。


 


 ここへ戻るのは久し振りだ。


 私が産まれた巣。既に、皆は土の下に埋まって眠っている。


 その地面に向かって、私は誓いを立てる。




「皆に約束する。あの暴力者らは私が滅ぼす。皆の苦痛も、屈辱も、私が晴らす。見ていてほしい」




 行く先は決まっている。幼い頃に、無謀にも歩んだ道。あの頃は、私を憎む両親との和解を望むだけで精一杯だった。言い訳のしようもない。私の落ち度であり、許されざる罪だ。


 森の中の景色は変わらない。歩むごとに、あの頃の記憶が蘇る。


 恐怖ではない。


 闘争心だ。


 もう、私は一方的に嬲られるだけの私ではないのだ。


 森を抜け、そこにあったのは変わらぬ美しい花畑。幼い私の心を奪い、今も感嘆の息を漏らすに足る美しさ。


 だが、今は、足を止めるわけにはいかない。


 花畑の中を突き進み、その先、あの人間たちの住処があるであろう場所。




「……ここか」




 あった。


 何の偶然だろう。この町は、婆さんが私を連れて訪れた町だ。あのショーとやらを行っていた町。


 まさか、目的の町が同一だったとは。僥倖とはまさにこの事だ。




「おい、ナキウがいるぞ」


「アレ、ナキウか? 体付きが違うぞ」


「突然変異か? 普通のやつは足が無いように見えるくらいの胴長短足だもんな」




 私を見た町の者らは、私の体型を見て笑う。


 笑っているがいい。それも今の内だ。


 私は、足を通して魔力を地面に流し込む。形をイメージして、それを顕現させる。


 爆発するかのような轟音が響き、町を囲むように土の壁が出現する。勿論、私はその壁の内側に入り込む。土の壁は建物を超える高さになり、例え、人間であっても抜け出すことは難しいだろう。




「何だ、どうしたんだ!」


「壁!? まさか、あのナキウが?」


「冗談だろ、ナキウだぞ!」




 町の者らは口々に喚きながら、逃げ惑っている。


 滑稽なものだ。


 いつまでも、我らナキウが虐げられる存在だと思っていたのだろう。油断にも程がある。


 今日が、貴様らの最期だ。




 人間たちが逃げ惑う。わーわーきゃーきゃーと叫び、喚きながら。


 そんな人間たちは次々と、地面から突き出されてくる土の槍に突き刺されて息絶える。


 一部の力自慢が私を殺そうと歯向かってくるが、身に纏い、硬く固めた土の鎧がその攻撃を防ぐ。


 人間は驚きの表情を浮かべる。


 愉快だ。滑稽だ。


 狩る側だと思い込んでいた者らの絶望する顔は、実に愉快だ。


 目的地はある。


 ショーが行われた建物。そこへ向かいながら、目に付く人間を片っ端から殺していく。




「着いた。ここだ。この不気味な色合い、間違いない」




 意を決して、建物に入る。


 あの胸糞悪いショーが行われたステージ。その奥へと入っていく。大小様々な部屋、檻。中には、幼少体から成体までの様々なナキウが押し込められている。別の部屋には、卵袋を抱えたメスが鎖に繋がっている。中には、発狂して自我を失っている個体もいる。


 土属性の魔力は、土だけでなく、鉱物にも影響を与える。


 部屋の扉を破壊し、檻を脆くして破る。




「ピ、ピキィ……?」




 恐る恐る私を見上げるナキウたちに向かって、私は告げる。




「助けに来た。共に行こう!」


「ピキィ? ピコォ?」


「うむ。もう、我慢の時間は終わりだ」




 私の言葉は、受け入れてもらえるだろうか。


 暫しの静寂。


 そして、




『フゴォォォォォォォォォォ!』


『プコォォォォォォォォォォ!』




 幼体から成体までが、同調するかのように叫ぶ。幼少体は皆の真似をして、手を掲げる。まだ、大声は出せないから仕方ない。


 私に同調する成体に、土の鎧を纏わせ、土の槍を与えた。防御力と攻撃力は、これで随分とマシになっただろう。


 建物から解放された成体は、次々と町へと繰り出していき、手にした槍で人間を突き刺していく。非力なナキウでも人間を突き刺せるくらいに尖らせ、鋭くした槍だ。その威力は無視できるものではない。




「プコォ」


「どうした?」




 一匹のメスが私に語りかける。




「プコォ、プコプコ。ピキィ、ピキピキ。ピコォォォ」


「分かった。探そう」




 人間に連れ去られた子供を助けたいと、そのメスは言っていた。


 恐らく、その子供はもう。


 それでも、万が一の可能性に賭ける。確認するまでは、諦めるわけにはいかない。


 建物の中を隈無く探す。幼い頃、巣の中で生き残りを求めて探していたことを思い出す。


 どこにも、いなかった。


 死体さえも。




「……まさか」




 建物の裏にもあった扉から外に出る。短い足を懸命に動かして、メスもついてくる。


 そこには、目を背けたくなる光景があった。




「ピキィ? ピコォ?」




 メスは、その光景を前に、理解が遅れたようだが、理解できた途端、絶叫が響き渡った。




「ビキィィイィィィィィィィィィィ!」




 私とて、目を背けたくなった。


 ショーで使い潰されたのだろう。埋葬をするほどの価値も無いというつもりなのか。


 幼少体から成体までの死体が山積みにされている。


 メスはその山に駆け寄り、山の中から一匹の幼体の死体を見つけ出した。




「プユウ、プユウ? プユユ、プユユ! ピコピコ!」




 目を覚ますように呼びかけ、体を何度も揺らしている。


 幼体は、何も言わない。揺らされ、目玉がズルリと零れ落ちた。




「ビキィィイィィィィィィィ!」




 どれほどの心の痛みだろう。


 かける言葉が見つからない。暫くはそっとしておいた方がいいだろう。


 私は、町へと繰り出す。


 町は、阿鼻叫喚の様相を呈していた。虐げられる存在だったナキウが武装し、人間たちを虐殺しているのだ。


 土の壁に阻まれ、逃げ場のない人間たちは反抗しようとしているようだが、私の土の鎧は簡単には砕けない。


 いつもとは違い、人間たちの悲鳴や叫び声に包まれた町は、日が沈む頃には静かになった。


 町の中、家の中、全てを探し回り、生き残った人間がいない事を確認した。


 町の中心の広場。一際高く設置されている台座に私が登る。


 集まったナキウが私を見上げ、私の言葉を待っているようだ。




「皆の協力あって、今日! 我々は自由を得た!」


『フゴォォ!』


「私は幼い頃、この町の人間らに痛めつけられ、巣の者らを皆殺しにされた!」


『ビキィィ……』


「私はその復讐をすべく修業を行い、力を得た! そして、本日、私は復讐を敢行し、それを達成した! それだけでなく、心強い味方をも得た!」


『フゴォォ!』


「しかしだ! こうしている間にも、他の地では同胞たるナキウたちが人間に! 魔獣に! その安寧を脅かされている!」


『ビコォォォォ』


「これからも協力してくれまいか! 同胞たちを救い出し、我々ナキウが安心して暮らせる国を作ろう! 人間は憎く、恨み骨髄だが、残された畑は使える! 食料を確保し、安定して子供らを育てられる環境を整え! 皆で力を身に着け! 私に力を貸してくれる者らと共に国を守ろうではないか!」


『フゴォォォォォォォォ!』




 響き渡るナキウの大音声。私に、心強い味方ができた瞬間だ。


 こうして、私はこの町を拠点とし、魔獣が眠る夜に行動して、周辺のナキウたちを人間や魔獣の魔の手から救い出し、その数を増やしていく。最近も、鳥の化け物やナキウモドキに襲われていた同胞を助け出し、この町へ連れてきたところだ。


 この町のナキウの中には農場で強制労働させられていた者もいて、その者らに畑を任せることにした。おかげで、安定して、質の良い食料が手に入るようになった。


 町の中心に近い家を出産のための建物に使い、日々、幼少体が産まれ、賑やかな町へとなっていく。


 私にも、五人の妻ができ、それぞれの間に息子が五人産まれた。私と同じ身体特徴の、愛おしい息子たち。


 これからも、この幸せが続くように、皆と力を合わせていこう。甘えてくる息子らの相手をしつつ、新たな誓いを私は立てた。




 訓練を行う成体たちを労い、畑の様子を確認している間は、妻らに連れられて、息子らはあの花畑に行っている。町の近くには、もう、脅威となる存在は無い。一応、十分な人数の護衛はつけているから、心配は無い。妻らと息子らは、あの美しい花畑をいたく気に入ったようだ。


 そんな中、ドタバタと慌てた様子で一匹のナキウが駆け込んできた。随分と息が荒い。




「フゴォォ! フゴ! フゴフゴフー、ビキィィイィ!」


「……っ! 何だと」




 私は、仕事を投げ出し、花畑へと急ぐ。護衛からの伝言が私の心を掻き乱す。




『花畑への襲撃者あり。応戦するも力及ばず、非常に危険な状態である』




 私の親衛隊も後を追ってくるが、体型の違いもあって、本気で走る私には追いつけない。


 花畑に到着すると、そこには金髪の少年とも少女とも見ることのできる人間が、私の五人の息子を空中に浮かせている。妻らは涙を流しながら、息子らを取り返そうとしているが、何かに縛られているかのように、身動きを取ることができないようだ。




「んだよ。養生に来たらナキウいるし。最悪なんだけど」


「パパ! 助けて!」


「パパァ、パパァ、怖いよ!」


「パパァ! ママァ!」


「怖い! 怖いよぉ!」


「イヤ! 助けて! 早くぅ!」




 空中に浮かされている息子たちが涙を流し、必死に助けを求め、ジタバタと藻掻いている。


 そんな息子の訴えは意にも介さず、その人間は、面倒臭いとでも言いたげに、私に向き直った。




「貴様……っ、よくもっ!」




 溢れ出る怒りを噴出させ、私はその人間に立ち向かっていく。


 

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