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第2話 ふとした拍子に転生はおきる

 憂鬱な気持ちでその女子高生「雪野皐月」は電車に揺られていた。中の上くらいの容姿と整ったプロポーションのおかげでそれなりに男子にモテるし、仲のいい友達もいるし、学校生活は楽しく送れている。どちらかと言えば、ボッチでいるのが好きなのだけど。


 そうは言っても、やはり、定期試験は面倒くさいし、それが苦手科目となればテンションは上がらないのは仕方ない。


 全天候対応型居住施設「ドーム」。自然破壊が限界突破して発生した硫酸の如き嵐から生活を守るために建造されたこの巨大施設の中は、言われないと気付けないくらいには外の環境を再現している。勿論、嵐が発生する前、もっと言うと自然破壊前の環境だ。


 その嵐が止むこの期間にドーム外壁の張り替え作業があると通告され、今も天井ではたくさんの作業員たちが外壁の張り替えに従事しているだろう。


 多くの学生は卒業後、このドームを管理・運営する巨大企業「コーポ」へ就職するだろう。他の道へ進むにはほぼ大卒資格がいる。


 だからこそ、1つ1つの定期試験の結果が大事になる。推薦を貰って楽して大学に行きたいのだ。




「でも、あぁ……テスト……メンドイ……」




 皐月が項垂れると、電車内にどよめきが起きた。




「おい、あれ! あれ!」


「え、あれ、ヤバくない?」




 こんな感じの会話が成された後、どよめきは一瞬で騒ぎへと拡大した。


 何事かと皐月が頭を起こし、皆が注目する方向へ視線を向けると、そこはこの電車の進行方向であり、その真上にあたる箇所の天井に罅が走っている。いや、地上から肉眼で見えるのだから、罅ではなく亀裂だろう。かなり大きい。




「うわ、ヤバい」




 皐月はスマホを取り出すとカメラ機能を起動させ、その亀裂の写真を撮る。学校に着いたら友人たちにそれを見せ、朝の話題を掻っ攫おうくらいの気持ちだった。


 しかし、話はそこで終わらなかった。


 亀裂はみるみる大きくなり、破片が地上へ降り注いできた。管理されている気流に流された破片が電車の窓に当たり、前を走る車両の窓には割れているものもある。




「あれ、溶けてね!?」




 その声が聞こえる頃には、車両の天井に小さな穴がいくつか空いている。


 破片だけじゃなく、天井に溜まっていた硫酸の水溜りまで降り注いでいる。


 その事実に車内はパニックに陥った。車掌が慌てて客を落ち着かせようとしているが、すぐ頭の上にまで迫ってきている死の危険に、車掌の言葉に耳を貸すひとは誰もいない。


 とにかく、後ろに逃げよう。それが安全かどうかは分からないけど、動かずにはいられない。


 皐月も後方の車両へ移動しようと腰を浮かせた時、これまでに降り注いでいた破片の中で1番大きな破片が落ちてきて、すぐ前の車両を押し潰した。


 急ブレーキがかけられたような衝撃に乗客や車掌はバランスを崩し倒れ込む。皐月も同様に倒れ込むものの、運が良いのか、誰かに体を押し潰されることはなかった。


 早く体を起こそう。


 皐月が立ち上がろうとした時、外が一瞬で暗くなった。


 ジュウゥゥゥッと鉄が溶けるような音がする。


 天井には雨水が溜まらないような仕組みが施されているが、1年かけて吹き荒れる嵐に完全に耐えきるわけではない。技術の進歩で耐酸性は上がっているようだが、それでも窪みが穿たれ、そこに濃硫酸の水溜りができる。だから、外壁の張り替えの際にはその水溜りの除去を徹底して行う。


 今、皐月のいる車両を溶かしているのは、除去が間に合わなかった水溜りなのだろう。その水溜りは、あらゆる物を溶かしてしまう濃硫酸だ。


 鼓膜が破れるような大きな悲鳴が車両内に響き渡り、乗客は誰もが我先にと後方の車両に繋がるドアへと押し寄せる。


 皐月も遅れまいと走り出そうとした時、電車の天井が脆くも崩れ去り、硫酸が中へ降り注ぐ。




「う、嘘でしょ!?」




 狼狽える皐月の視界いっぱいに眩い光が広がった。


 最期の瞬間が光に包まれるのはラッキーだな、と思うと同時に皐月の意識は途切れた。




「へぁっ!?」




 途切れた意識が戻った時、皐月は何かの機械(?)の中にいた。制服は着たままだ。体も溶けてない。


 自身が置かれている状況が分からないまま、機械の内側を触ろうと手を伸ばした時、機械の作動音のような音がして、頭上に赤くて細い光線が現れる。




「え、アレって、もしかして!?」




 皐月の脳裏に、テスト勉強の最中に見た洋画のワンシーンがフラッシュバックする。ウイルスが漏れて通信ができなくなった地下施設へ挑む特殊部隊員を、無情にも次々と斬り裂いたレーザー。


 随分と古い作品で、ゲームが原作ということで興味本位で観ていた洋画のワンシーン。最後は、機能停止が間に合ったかと思ったが、結局、レーザーが発生する通路に閉じ込められた全員がバラバラにされたシーンを思い出し、皐月はゾッとする。




「溶かされたと思ったら今度は斬り裂かれるの!?」




 何の地獄だ、ふざけるな。


 皐月が脱出を試みようとした時に、ポーンと気の抜けるような電子音が鳴る。




「あ、起きましたね。安心してください。あなたの転生サポートの一環で、適性検査をしているだけですから」




 いやに落ち着いた男性の声が響く。


 全く聞き覚えの無い声に皐月は警戒しつつ、それでも、気になったことを聞き返す。




「転生? 適性検査? あんた、何言ってるの?」


「そのままの意味ですよ。大丈夫です。痛くも何ともないでしょう?」




 男性にそう言われる頃には赤い光線が、皐月の体を走査しているが、確かに痛くも痒くもない。殺人兵器ではなかったようだ。


 ホッと胸を撫で下ろす皐月に、男性は言う。




「はい、適性検査は終わりました。では、転生を始めますね」


「え、検査結果は?」


「先ほどの男性にも言いましたが、転生後の楽しみです。大丈夫。波乱万丈で退屈はしないと思いますよ」


「いや、そうじゃ、なくっ……て……ぇ……」




 急激な眠気に襲われ、皐月の抗議の声は小さくなる。何やら、男性は自己紹介のようなものを言っているようだが、その内容を正しく理解できないまま、皐月の意識は途絶えた。








(……はっ!?)


「オギャーッ! オギャーッ!」


「産まれました、魔王様! 元気な御息女です!」


「おぉ、よくやった!」




 ボヤける視界の中に、見知らぬ男性が顔を割り込ませてくる。




(……誰?)




 訝しむ皐月は、その男性のある特徴に目がついた。




(あれ、何? 額に……角? それに、体が上手く動かない……。……誰かに抱っこされてる……?)




 自分の体を抱いているであろう腕の主を探すと、そこには眩い金髪を纏めた女性がいた。




「……皐月。良かった、無事に産まれて……。私がお母さんよ……」




 出産を終えたばかりで言葉は弱々しいが、それでも力強くも優しい瞳で皐月を見つめる女性は、確かに自身のことを「お母さん」と言った。角を生やした男性も「俺がお父さんだ」と言っていたが、誰かにどこかへと連れて行かれた。かすかに「会議中です」と聞こえたような気もする。




(え、何? つまり、私は今生まれたってこと? 転生ってこのこと?)




 その事実に気付き、体がワナワナと震える。




(また人生やり直しなんて面倒くさいよぉぉぉぉ!!)




 オギャーッと元気な泣き声を響かせ、皐月の新しい人生が、本人の許諾無しに始まった。




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