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幕間②

 誰かが私の体を揺する。眠りに沈んでいた私の意識が浮き上がり、瞼がゆっくりと開く。


 目の前には、私の両親の姿があった。


 咄嗟に、私は後退る。私は、両親から憎まれている。そんな私が呑気に寝ていては、両親の怒りを煽っているようなものだろう。




「プユユ?」


「プユウ?」




 私の意に反し、両親は心配するような表情を浮かべ、優しい言葉をかけてくる。


 どうしたことだろう。


 いつの間にか、私への怒りは解けていたのだろうか。


 母の両腕が私の脇の下へ潜り込み、私の体を持ち上げた。そのまま、母の胸に包まれ、初めての温もりに包まれる。


 父は、母とまとめて私を抱き締め、優しい手つきで私の頭を撫でる。




「プヨ、プヨプヨ。プユ」


「プーユ、プユユ。プユ」




 私が怖い夢を見たと思った両親が、私を慰めながら笑顔を向けてくる。


 私が欲しいと思っていた現実がここにある。




「ピコー? ピココ!」


「プユー! プユユ!」


「ピキュー、ピキュー」




 幼い声を聞き、そちらへ目を向けると、父や母の体を登って、私より小さな弟妹が現れる。




「プ!? プコプコ!」




 私に養分を奪われ、死んだと思っていた弟妹の姿に、驚きを禁じ得ない。


 優しい両親、愛おしい弟妹。


 アレは、私の悪夢だったのだ。


 弟妹は私に養分を奪われ、産まれることさえもできなかったのも。


 そのことで私を憎み、顔も合わせようとしなかった両親も。


 私に暴力を振るう野蛮な者どもや、その者らに巣の皆が殺されたのも。


 全ては、将来への不安から私が見た悪夢でしかなかったのだ。


 食事にしよう。


 両親にそう言われ、何匹かの弟妹を肩や掌に乗せ、寝室から出る。


 何があるのだろう。


 木の実だろうか、落ち葉か、雑草か。木の実は贅沢だろうな。弟妹に分けてやれば、とても喜ぶだろう。




『ビギャァァァァァァァァァァァァッ!』




 唐突な叫び声。


 目の前に広がるのは、踏み潰される幼少体。体を杭に貫かれる幼体。殴られ、蹴られ、生殖器を引き千切られる少年体や青年体。殺される幼体を助けようとして暴力の限りを受け、体の形を失う成体。


 弟妹だけでも助けなければ。


 咄嗟に弟妹に目を向ければ、先ほどまでは元気に鳴き声を上げていた弟妹は、枯れ草のようになって風に流され消えていく。




「フゴォォ!」


「ビキィィ!」




 両親は、私を蔑むように睨みつけ、私を容赦無く地面に押し倒す。




「ピキィ! ピキピキ、ピキー!」




 違う、私じゃない。


 必死にそう訴えるが、怒りに我を忘れた両親の耳には入らない。


 母が私の足を左右に押し開く。


 嫌な予感が走り、逃れようと体を捻るが、腹部に肘がめり込んで抑えつけられる。


 父の手が、私の生殖器を握り締める。




「ピ! ピギ」




 父は、容赦無く、私の生殖器を引き千切った。




「ピギャァァァァァァァァァァァァッ!」




 体を真っ二つに引き裂いたかのような激痛。


 しかし、両親は私を見下ろし、引き抜いた私の生殖器を地面に落とし、笑いながら踏み潰した。


 その両親の後ろから現れたのは、私に暴力を振るった野蛮な者ども。


 太い木の棒を振り上げ、両親の頭を殴りつける。


 頭が割れた両親は悲痛な叫び声を上げ、地面の上を転がり、野蛮な者どもは笑いながら両親を殴り続ける。


 両親が何も言わなくなったら、野蛮な者どもは私へ視線を向ける。


 巣の者らを殺し回っていた連中も、私を囲むように集まってくる。


 振り上げられる木の棒や、足。


 殴られ、踏まれ、助けを求める私の声は笑いを誘うだけ。


 結局、私の望むものは、決して手に入らないのだ。




 ガバっと体を起こす。


 息は荒く、全身が汗塗れになっている。


 夢だった。


 酷い夢だ。


 額から流れて、目に入りそうになった汗を拳で拭うと、鋭い痛みが走る。


 見れば、手はズタズタに傷付き、爪は剥がれている。泥で汚れ、血と混ざって青黒く濁っている。


 目を落とせば、股間には何もない。血は止まっているが、生殖器は無い。


 ゆっくりと立ち上がり、目の前に広がる光景に涙が流れる。


 野蛮な者どもによって、同じ巣に住んでいた者らは殺されてしまった。


 私を憎む両親と和解するべく森の奥へと進んだ結果、野蛮な者どもによって私は痛めつけられ、巣の者らは弄ばれるように殺されてしまったのだ。


 あれから、どれ程の時間が流れたのだろう。


 せめて、殺された皆を土に還そうと思い、地面を掘り返して、皆を埋めた。


 本当に、私しか残っていない。


 あの野蛮な者どもは、私が必ず殺す。1人も逃さない。家族や仲間にしたように、エグい方法で殺してやる。


 私が、そう心に誓っている時だった。




「ほお……お前、本当にナキウかい?」


「プコ!?」




 頭の上から爪先まで黒く染まった者が、いつの間にか私の後ろにいた。黒いのは野蛮な者どもが身に纏っていた物と同じだろうか。手には身の丈ほどの長さの木の棒を握っている。




「何やら……魔力の目覚めを感じたから来てみれば、そうか……お前かもねぇ……」


「プ、プコプコ!」


「なんだい、そりゃ? 威嚇のつもりかい?」




 精一杯の威嚇も、「イッヒッヒ」という笑い声で流される。




「気色悪いが、魔力を扱えるナキウってのも面白いかもねぇ。お前、一緒に来な」


「プコォ!」




 私を捕らえようと伸びてきた手を、精一杯の力を込め、殴り付ける。




「ふむ……。他のナキウは人間に殺されたのか? それなら、人間を憎むのも無理はないねぇ……。でも、その点で言えば私も同じさ。魔女なんて呼ばれているしねぇ……」


「ピコ?」


「何にせよ、先に攻撃したのはお前だよ」


「ピココ?」




 木の棒が振り上げられ、




「ピギ!」




 私の脳天に振り下ろされた。


 実感できた。


 逆らってはいけない。


 その者に手を引かれて、私は巣から離れていく。






 あれから、どれだけの時間が流れただろう。




「婆さん、水汲んできたぞ」


「瓶に入れときな。まだ、満タンじゃない? 何やってんだい、ノロマ!」


「さっきまで薪割りしてたんだぞ! 修行だってあるし!」


「やかましい! 言い返している暇があるなら、瓶いっぱいに水を汲んできな!」




 婆さんにこき使われながら、私は魔術の修行に明け暮れている。


 婆さんに連れられて、婆さんの家に来てから最初にしたのは言葉の特訓だった。徹底して人間の言葉を叩き込まれる。


 敵の言葉なんて覚えたくないと歯向かったが、生え始めてきた生殖器を蹴り上げられて制圧された。


 言葉を覚えたら、魔力の修行。本来なら、いくつかの段階を経て扱えるようになるらしいのだが、婆さんは面倒臭いとかで、無理矢理私から魔力を引き出した。「本当にあった」と笑ったのは忘れない。無かったら、私の魂とやらが引き抜かれて死んでいたらしい。


 それからが大変だった。


 私の魔力は「土属性」であるらしい。地面に、体の一部でも触れていれば、体力と魔力が自動的に回復される。土は勿論、石や鉱物も操れる。




「ほれ、こうやって。土を背の丈ほどに盛り上げろ。百の山ができたら合格だ」




 そう言って、婆さんは地面から鋭い土を生成した。触ってみたら、硬く、なんでも貫けそうだ。


 これは、私の復讐に使える。


 そう思い、私は必死に修行する。


 簡単ではなかった。


 土を盛り上げるだけなら簡単だが、硬くすることも、鋭く尖らせることも思うようにできない。


 未だに、合格できない。


 一度、できないことを野次られたことにイラッとして、




「ブギー! プキプキプキキキキー! プーコプーコプーコ!」




 と、怒りの全てをぶつけると、婆さんは無表情で、杖で地面を叩く。すると、私の足元の地面が素早く突き出してきて、私の体が浮き上がるほどの勢いで股間を打ち付けた。




「ビキィィ……」


「折角、人の言葉を教えたのに、ナキウの言葉を使うんじゃないよ。怒りも不満も、相手に伝わらないと意味ないだろ。バカだね」




 これ以降、私は婆さんに逆らうのを止めた。


 水汲み、薪割り、修行。


 これが、今の私の日常だ。


 何度目かの往復の末、瓶いっぱいに水が溜まる。額に流れる汗を拭いながら、その旨を婆さんに伝える。




「やっとかい。ナキウってのは本当にノロマだね。何を汗だくになってるんだい、汚いねぇ。とっとと川に浸かって洗ってこい!」




 この気持ちが「殺意」というのだろう。私の家族や仲間を殺した人間どもに対して抱く感情に近いものが沸き上がる。


 川に体を浸して、全身の汗を洗い流す。この清涼感は心地よい。




「何をチンタラ遊んでんだい! さっさとこっちに来な! 街に行くよ!」


「こ、の……!」


「あん?」




 杖を構える婆さん。


 私は咄嗟に笑顔を浮かべて、感情を誤魔化す。また、股間を打ち付けられたらたまったものじゃない。


 それよりも、気になる事を言っていたな。




「街? なんで?」


「さっさと上がれ! ウスノロ! 話はそれからだよ!」


「チッ、クソババア」


「あん?」




 股間を打ち付ける激痛。小声だったはずなのに。聞こえていたなんて。


 婆さんの家に戻ると、婆さんは服一式を投げ渡してきた。「着ろ」ということだろうか。


 見様見真似で服を身に着ける。何故、こんなものを着なければならないのか。勝手悪いことこの上ない。




「前と後ろが逆だよ! あと、パンツが裏表逆だ! 鈍臭いねぇ」


「人間の服なんて知らねーよ!」


「人間に復讐しようって奴が、人間の文化や風習を知らないなんて笑い話にもならないよ。この大馬鹿者!」


「くっ……」


「あん?」


「ちぃ……」




 力が欲しい。


 何かにつけて小馬鹿にされつつ、服を着る。




「この前、薬草を世話してやった小男が、代金と一緒にショーのチケットを寄越したからね。折角だし、観に行くよ」


「ショーって何だ?」


「人間の暇潰しだ。その服には幻術が仕込んである。着ている限りは、お前は人間に見えるだろう」


「私は暇じゃない。修行が」


「人間を学ぶ良い機会だ。いいかい、何があっても黙って最後まで観るんだ。いいね?」


「いや、だから」


「あん?」


「喜んで」


「約束しな。何が、あっても、最後まで、黙って、見とくんだ。い・い・ね?」


「はい」




 婆さんに連れられて、森から出る。森から出ることに抵抗感があったが、少しでも遅れると婆さんの怒りを買ってしまうから、激しくなる鼓動を感じながら、必死について行く。


 町に入り、進んで行くと、派手な色合いの建物が目に入った。婆さんは、迷うこと無く、その建物に入っていく。


 人間の感覚は理解できないが、あまり良い趣味ではないように思える。


 入り口に立っている男に、婆さんが2枚の紙切れを手渡し、建物の奥へと入っていく。


 中は広々としており、扇状の舞台を囲むように座席が設置されている。5列ほどの座席があり、上の段にいくほど席数が増えている。


 婆さんは舞台の真正面の、真ん中辺りの席に座る。私も、その隣に腰を下ろした。


 見渡せば、席を全て埋めるほどじゃないが、それなりに多くの人間がいる。


 動悸がして、息が乱れる。


 胸糞悪い。


 こいつらが、一斉に襲い掛かってきたと考えたら、恐怖感が心を染め上げる。




「落ち着くんだ。堂々としていたらバレない」




 婆さんに言われて、深呼吸をして、舞台を見据えた時、ブーッと音が響き、明かりが落ちる。代わりに、四筋の明かりが舞台の奥を照らす。




『プユユ―――――♡』




 幼体の鳴き声が響き、明かりに照らし出された四匹が駆け出してくる。等間隔に間を開けて、扇状の舞台に沿って並ぶ。


 腰に両手を当て、踵を上げ下げして、リズムを取り、朗らかに歌い始める。




『プーユーユ!』




 合わせるように、




『ピキピッキ!』




 と、歌いながら、舞台奥から、左右に分けて舞台に沿って幼体たちが行進してくる。左右それぞれ5列、1列に十匹ほど。合わせて百匹ほどの幼体の行進。右側から出てきた列の幼体は左手を腰に当て、右腕を右上から左下に振りながら、左側から出てきた列の幼体は鏡合わせのように逆の振り付けで行進している。




『プーユーユ!』


『ピキピッキ!』


『プーユーユ!』


『ピキピッキ!』




 舞台の上に幼体が綺麗に並び、一様に貼り付けたような笑顔を浮かべ、両手を高々と掲げ、




『プユー♡』




 ポーズを決めた。


 可愛らしい。あまりにも可愛過ぎて、胸が締め付けられる思いだ。


 最初に出てきて、今は集団の先頭にいる四匹の幼体が、踵を上げ下げしてリズムを取り、後方の百匹の幼体たちが、




『プッユ、プッユ、プッユ、プッユ』




 こう歌い出せば、幼体たちは足踏みしながら、羽ばたくように両手をバタつかせる。皆が揃って同じ動きをするのは、実に見事な見応えがある。




『プユユプユプユププユプユー』




 こう歌う四匹に続き、周囲の幼体たちが歌う。




『プック、プック、プック、プック』(百匹)


『プククプクプクププクプクー』(四匹)




 頬を膨らませ、それを手で回すように捏ね回す。


 この振り付けも愛らしい。




『プッリ、プッリ、プッリ、プッリ』(百匹)


『プリリプリプリププリプリー』(四匹)




 客席にプリッとした尻を向け、笑顔を振り撒きながら、尻も振る。なかなかおませな振り付けだが、これも可愛い。


 よく見れば、股間のイチモツには蝶ネクタイが付けられていて、オシャレに着飾っている。


 見事に揃った振り付け。これを覚えるまでに、どれ程の苦労があったのだろうか。それを感じさせない笑顔に、健気さも垣間見える。


 愛らしい幼体の歌や踊りに心奪われていたが、その時間は終わりを迎えた。




『プユユ――――♡』




 一斉に両手を高々と掲げ、笑顔を向けてくる。


 どこからか、人間の言葉が響く。




『如何だったでしょうか、ナキウの幼体たちによるオープニングダンスは。良かったと思う方は拍手をお願いします』




 私は迷わず拍手をしようとしたが、寸前に婆さんが止める。




「黙ってな」




 小声で釘を刺してくる。


 私がしなくても、周りの者らが拍手をするだろう。あれだけ愛らしく、健気な歌や踊りだったのだ。


 しかし。


 空間は静寂に満ちて、誰一人として拍手をする者はいない。


 何故だ。この者らも見ていただろう。あの、幼い子たちの見事な歌や踊りを。


 なのに、何故、誰も拍手をしないのだ。


 意外な展開に、私が戸惑っていると、




『んー、ダメですかー。これは、リズムを取っていた四匹の責任ですかねー? 皆さん、どう思いますかー?』




 この言葉に、大音量の拍手が響き渡る。


 どういうことだ? 責任? 


 舞台の上の幼体たちは、笑顔の口元がヒクヒクとしているし、指定された四匹は、笑顔が剥がれて、恐怖に慄くような表情をしている。




『プ、ププユー♡ プユリンー♡』




 精一杯の笑顔を浮かべ直し、手を振り、足踏みをし、尻を振って、懸命に愛想を振りまく。


 それは、愛想というよりも、命乞いに近いように見える。


 しかし、それは、この空間にいる人間たちには届かなかったようだ。




『それではー、罰執行でーす』




 笑いながらの宣告。


 パンっと乾いた破裂音。




『ピキャァァァァァァァァァァァァァ』




 思わず耳を塞ぎたくなるような悲鳴。


 四匹の生殖器に結び付けられていた蝶ネクタイが破裂し、生殖器が千切れ飛んだらしい。股間から夥しい量の血が噴出している。


 私も経験した激痛にのたうち回り、客席に向けた尻からも血がダクダクと流れ出ている。尻にも何かが仕込まれていて、それが体内で破裂したのかもしれない。


 周りの人間たちはその様子を見て、ゲラゲラと大笑いしている。指を差し、腹を抱えて笑っている。




「なんだ……これは……」




 思わず、呟くと、婆さんが小声で耳打ちする。




「これが、人間社会におけるアンタらナキウの立ち位置だよ。理不尽を押し付けられ、様々な方法で痛めつけられ、それが見世物として娯楽になる」


「そんな」


「人間への復讐を望むなら、これから行われること全てを見ておくんだ。人間とナキウの関係性を正しく理解していないと、必ず足元を掬われる」


「…………っ!」




 舞台上では、苦痛に喘ぐ四匹の幼体を、全身を黒い服に包んだ人間が、まるでゴミでも拾うかのように回収し、袋に押し込んでいる。千切れた生殖器を高々と掲げれば、それも人間たちの笑いを誘う。


 まだ、ショーとやらは始まったばかりだ。




 それから、舞台上で行われる演目全てが地獄のようだった。


 巣の奥に引き篭もるはずの少年体や青年体は舞台上に引き摺り出され、「射的」とやらの的にされていた。十字架に張り付けにされ、頭や肩に置かれた果実を狙って放たれた矢は、腹や腕、ナキウ特有の大きな目に当たり、わざと彼らを苦しめているように見受けられた。


 幼少体が舞台上に逆さ吊りの状態で登場し、その親が幼少体の解放を願って様々なゲームに挑むが、失敗すれば幼少体は一匹ずつ、首に括り付けられた蝶ネクタイで首が弾け飛んだ。親が嘆き、悲しみ、慟哭の声を上げることで、人間たちの笑いを大いに誘っていた。


 吐き気を催し、直視に堪えない光景が広がっていた。


 しかし、それは私だけのようであり、人間たちは楽しげに笑うばかり。婆さんさえも、私には見せない笑顔を浮かべていた。


 時間にして、2時間くらいだろうか。


 全ての演目が終わり、全ての客が建物を後にする。




「ほら、行くぞ。さっさと立て」


「あぁ……」




 熱に浮かされているような感覚で立ち上がる。私は真っ直ぐ立つことができているだろうか。


 森の中の家に向かって帰る道中、婆さんが私に言った。




「この程度でショックを受けるんじゃないよ。こんなこと、人間の社会では日常茶飯事だ」


「そんな」


「お前がダラダラと修行している間にも、大量のナキウが見世物として殺されている。いつまで、魔術の基礎で躓いているつもりだ」


「帰ったら、修行する。明日までに、槍のように鋭い土を生成してみせる」


「……やってみな、クソガキ」




 私は、帰ってすぐに修行を開始する。こうしている間にも、どこかの町ではあのようなショーが繰り広げられ、罪もないナキウが弄ばれ、殺されているのだろう。


 そう思うと、胸糞悪く、1日でも早く修行を完了させたくなる。


 休むこと無く、修行を行い、沈んだ太陽が再び顔を見せる頃には、私は婆さんのように鋭く尖った土を形成できるようになった。

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