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第14話 光一の受難③

 夜が明けた翌日、学園は休日であり、生徒の多くは友人と共に街に繰り出したり、学園の部活動に精を出したり、各々の楽しみを謳歌している。


 そんな中で、光一は町の中で最も大きな面積を誇る公園に来ていた。素振りが目的ではない。唯一の友人であるクロンギは、家の用事で実家に戻っている。何でも、この町にある邸宅は別荘の1つであり、本邸は別にあるらしい。改めて、クロンギは金持ちの息子なのだと思い知った。


 そんな事を思いながらも、光一は公園の中を歩き、1つの看板を見つける。




『ナキウショー開催! 期間は2ヶ月! マルキヤ劇団!』




 その看板の内容に、光一はニヤリと笑みを浮かべた。


 マルキヤ劇団は、国内を回る劇団としては規模が大きく、改めて調べなくても、その情報は幾らでも手に入る。ナキウショーをメインに行なっている団体であり、ナキウの売買にも積極的。規模が大きいだけあって、商売に関しては誠実で、相手が子供であっても容赦しないが、騙しもしない。


 光一は考えていた。


 勇者の素質だの、神からのお告げだのについて。


 どう考えても、旅に出る流れじゃないか。タカラベ村に帰ることもできるだろうが、それで終わるわけはない。


 ナキウを駆除するために、国内や、国外を旅する上で、最も重要なのは「資金」だろう。




(仲間? ボッチの俺に?)




 クロンギが思い浮かぶが、三男とは言え、領主の息子。学生という身分が無くなれば、家の手伝いをすることがほぼ決まっている相手に無茶は言えない。


 無理に仲間を集っても、その中で孤立している姿が容易に想像できてしまい、仲間云々は後回しだ。




(昨日は殺すことしか考えていなかったけど、アレ、使えるな)




 光一は寮に帰り、早速、手紙を書く。仕組みは分からないが、何処へでも、誰にでも届く不思議な郵便システムに感謝する。手紙の相手は、勿論、マルキヤ劇団。


 商談に関する話があるという旨を書き綴り、郵便局に手紙を出す。








 手紙はキチンとマルキヤ劇団に届いたようだ。


 翌日には「タカムネ」と「スギタニ」を名乗る2人の男性が光一の元へと訪れた。街のカフェに入り、角の席に座って、適当に飲み物を注文する。奢ってくれるらしく、光一は高そうな飲み物を注文した。


 意外な早さに光一が驚いていると、既に、劇団は明日には町に到着するところまでは来ているらしい。だから、先に2人が光一に接触を計ったとのこと。




「ナキウを安定して入手できる方法がある」




 商談なんてしたことが無い光一は、単刀直入に言い切る。こういったことに慣れている相手に、勿体ぶった言い方をしても効果は無いと思ったからだ。


 2人は顔を見合わせる。


 ナキウの養殖は、実のところ簡単ではない。自然界で最弱であるが故に、どこにでも巣を作るわけじゃないし、発情期が来ても、巣以外では妊娠はしない。卵袋は脆く壊れやすく、持ち運ぶのは不可能だ。だからこそ、野生のナキウを捕らえてショーに使っているのが現状だ。


 そして、マルキヤ劇団は、ナキウの入手に頭を悩ませていた。劇団が所有するテントの1つを養殖場として、ナキウの養殖を試みたが、数年経ってもナキウは増えなかった。


 無駄に餌代だけがかかるため、ナキウを用いたショーや演目は諦めようとしていたが、世間ではナキウショーが爆発的な人気となった。ナキウショーが無いと客を集められないくらいに。


 だからこそ、光一の言葉は、光一が思っていたこと以上に、2人の心を揺さぶった。




「少年、その言葉は本当か? 冗談はよして欲しいわけだが」




 タカムネと名乗る男性が訊く。無精髭を生やしているが、その眼光は理知的に見える。




「本当ですよ。悪くない環境に住んでいるナキウの群れを見つけたんです」


「それが本当でも、安定しているのはこの町や周辺だけでだろう? ショーには幼少体や幼体も使う。この町から運んでいる期間中に成長されては、ショーに支障を来す」




 タカムネの言葉に、光一は目を丸くする。


 意外だ。知らないのだろうか。




「卵袋を抱えているメスを運べばいいんですよ。巣以外で卵を孕まないのは最初だけです。一度でも卵を産んだ個体は、巣以外でも卵を産むことができます。と言うより、産まないようにできなくなるんです」


「……何? 劇団でも、ナキウの養殖を……。……そうか、あの時のは幼体を捕まえてのことだったな……。盲点だった……」




 タカムネが光一の言葉に、思わず頭を抱えていると、スギタニが口を挟んできた。




「卵袋を抱えるメスを運ぶにはどうするんだい? 卵袋はとても壊れやすくて、僅かにでも持ち上げようならあっさりと壊れてしまうんだけど」


「え、お湯をかければいいんですよ。沸騰ギリギリの90度くらいのお湯」


『えっ!?』


「えっ?」




 この方法は、実のところ、タカラベ村でしか知られていない。小遣い稼ぎの為に、光一がナキウ退治を手伝う中で、冬の寒さを凌ぐ為に持ち込んでいた携帯湯たんぽのお湯を、ついうっかり溢したことがあった。そのお湯が偶然かかってしまった卵袋は、白く濁って固まってしまったのだ。持ち上げても壊れないくらいに。




「しかも、お湯が冷めて、卵袋の温度も下がれば、卵は普通に孵ります。きっと、卵を守るための仕組みなんでしょうね」




 孵ったことを確認した後は、野球のボール代わりに使って遊んだ。子供とは残酷なものだ。泣き叫ぶメスは村人の笑いを誘っていた。




「ついでに、メスの方もお湯で火傷して抵抗できなくなりますから、劇団のテントなり何なりに運び込めば安定してナキウを入手できます。卵袋が固まる温度を維持すれば、ある程度の距離なら運べると思いますよ。これは要検証ですけど」




 光一の言葉を聞いて、2人は席を外して小声で相談する。光一の話した内容があまりにも都合が良すぎて、信用しきれないようだ。嘘と否定するには美味しいし、かと言って、全面的に信用するには不安が大きい。


 しかし、この後の展開を光一は知っている。「察知」様々だ。




「君の要求を聞こう。ナキウを売る代金だけか?」


「ナキウを売る代金はしっかり貰います。そして、養殖や安定した出荷が可能となれば、それによる利益の一部を支払って貰います」


「養殖や出荷が無理だったら、販売代金だけ。俺たちが嘘を吐いて、利益の供与を渋ったらどうする?」


「別にどうも。仮にそうしても、浮く金は僅かでしょう。それも惜しむような貧乏劇団だったと諦めるだけです」


「なるほどね。言ってくれる」




 光一の言葉が、愉快だったのか、タカムネは笑顔を浮かべる。


 そして、スギタニの肩を軽く叩くと、スギタニが話し始めた。




「君の言葉が本当かどうか、見せてほしい。本当なら、ナキウの幼体1匹につき、銅貨3枚。卵袋を抱えたメスなら銅貨5枚。それ以外の個体でも、銅貨2枚で買い取る。ショーで人気なのが、幼体とその親だから、幼体でもその親でもない個体は少し価値が低いんだ。そして、養殖と運搬が本当なら、利益の5%を毎月支払う。どうだろう?」




 書類を提示しつつ、内容を話す。この場で書き綴ったようだが、丁寧な字で書いてある。それも、同じものを2枚。法的に保証されている紙を用いているようで、後から書き直したり、上から塗り潰すことができないように魔術的なプロテクトが掛けられている。


 子供相手でも商談は誠実に行う姿勢に、光一は好感を抱いた。こういう大人になりたいものだ。




「分かりました。お見せしましょう」




 そう言って、光一は立ち上がった。


 スギタニが支払いを行い、3人はカフェを出た。








 神父は定期的な会合があり、2ヶ月に1度、王都の大聖堂に集まらなければならない。


 今月がその月であることを、町の神父は失念していた。隠していたナキウのことが光一にバレたことで動揺していたからだ。


 カワラベとコウラノに、「決して外に出てはいけないし、子供らもよく監視していること」を言いつけ、十分な食料があることを確認してから、神父は町を離れた。


 光一は、会合のことを知っていた。だから、ナキウの存在を知った日の夜に挑発的な物言いをして、神父から冷静さを奪っていたのだ。




「おいおい、いいのかよ。神父不在で教会に入ってもよ」




 タカムネが躊躇うように言う。


 しかし、光一は意に介することなく、教会の裏手に回る。その手には、沸騰間近の熱湯が入った水筒が握られている。




「教会の建物に入るわけではないから平気ですよ」




 敷地内のスペースには、町の人々が集まって談笑している。少なくとも敷地内に入るのは日常的なことらしく、光一の他にもタカムネやスギタニがいても、町の人々は気にする素振りも無い。


 そのまま、教会の裏庭を進むと、倉庫が見えてきた。あの日の夜に見た倉庫だ。


 扉を開けようとすると、当然だが、鍵が掛けられている。


 光一は扉をノックし、声色を変えて話しかける。




「神父様の使いの者です。神父様からの手紙を預かってきました!」




 中でゴソゴソと音がする。よく聞き耳を立ててみると、ナキウ特有の鳴き声がする。




「扉ノ下ノ隙間カライレテクダサイ」




 カワラベなのか、コウラノなのか、光一には聞き分けることができない。




「おい、誰かいるのか?」




 タカムネが小声で尋ねてくる。


 光一は指を唇に当てて「シーッ」と言いつつ、




「分厚いので、隙間には入りません。出てきて頂けませんか?」


「ム……無理デス……」


「では、扉の近くに置いておくので、確認してください。私は急ぎますので、これで!」




 そう言って、光一はタカムネとスギタニを押しながら、扉の隙間から見えない位置に隠れる。


 扉から人の気配が消えたのを確認したのか、扉が控えめに開く。少し開けただけでは手紙を探せなかったのか、更に扉が開き、ナキウがその姿を現した。


 それを光一は見逃すことなく、扉を掴む。




「!! アナタッ! ダマシタノデスネ!?」




 言いながら、そのナキウは扉を閉めようとするが、光一の腕力には勝てず、加えて、タカムネやスギタニが光一に加勢して、扉は開け放たれた。


 2人は、そのナキウを見て、驚きを隠せずにはいられないようだ。




「ナキウが喋った?」


「これだけで見世物になるな……コイツには増額してもいいかもしれないよ」




 タカムネとスギタニの姿を見たナキウは、慌てて倉庫の奥へ走る。


 光一を先頭に、タカムネとスギタニは倉庫へと入っていく。


 倉庫に入って右側の奥には階段があった。地下室への入り口だろうか。逃げてくナキウがその階段の下に声を掛け、その足で更に奥へと逃げていく。


 ナキウは走っているわけだが、それでも、その速度は人間が歩くのと大差ない。


 3人が悠々と後を追うと、神父が手作りしたと思われる大部屋があった。中は、幾つかの小部屋に仕切られており、そこにいたのは、幼体よりも大きな体のナキウたち。成体よりは小さい。




「少年体と、青年体か……。珍しいけど、特に、価値は無いなぁ」




 スギタニは残念そうに言う。少年体と、それよりも大きな体の青年体は、初めて見る光一たちを警戒しているのか、小部屋に籠もって、睨むように見つめている。


 それらが籠もる小部屋に挟まれた通路を進んでいくと、突き当たりの部屋の前で、ナキウが仁王立ちしていた。3人を睨みつけて、部屋を隠すように腕を広げている。




「今スグニ帰ッテクダサイ!」




 その必死な様子に、光一はすぐに勘付いた。




「そこ、出産部屋だな? 卵袋を抱えたメスがいるんだろ?」


「ナ、ナンデ……イ、イヤ! イマセン!」


「やっぱりな」




 光一の肩をタカムネが小突く。




「出産部屋ってのは何だ?」




 光一の顔の高さにまで屈んで尋ねるタカムネに、光一は律儀な人だなと思った。




「ナキウが出産する為の部屋ですよ。洞窟に巣を作るナキウも用意する部屋です。そこに、卵袋を抱えるメスが籠もるんですよ」




 言いながら、光一は仁王立ちするナキウを退かそうとする。


 しかし、部屋への侵入を防ごうと必死なのか、簡単には動かない。




「イ、嫌デス! ヤメナサイ!」




 そう言って抵抗するが、タカムネも光一に加勢したため、ナキウは脇へと移動させられた。


 タカムネがナキウを抑えている間に、光一とスギタニが部屋の中に踏み込んだ。




「イヤ! コナイデ!」


「アッチ、イケ!」


「クルナ! カエレ!」




 中にいたのは、光一が予想したように、卵袋を抱えたメスのナキウたちだ。8匹が卵袋を、守るようにして抱えている。大きさからして、卵は30個前後は入っているだろう。


 光一は水筒の蓋を開ける。


 飲み口から湯気が漏れ出る水筒をスギタニに見せると、スギタニはコクンと頷いた。


 近くのメスに歩み寄り、水筒の中身を卵袋にぶち撒けた。




「ビキーッ、アツイ、アツイ! ヤメテ! ビキィィィィィッ!」




 光一はその悲鳴に動じる事なく、満遍なくお湯を卵袋にかける。飛び散る飛沫や、流れるお湯で、ナキウの体には水泡が浮かび、火傷しているのが分かる。


 卵袋は、見る見る白く濁っていき、光一が揺らしても壊れない程度には固くなった。


 光一がスギタニに立ち位置を譲ると、スギタニは興味深く卵袋を観察する。


 そして、懐中時計を取り出し、時間を測り始めた。


 時間を測って30分ほど経つと、卵袋は元の透明の袋へ戻った。卵袋の中の卵も透明であり、卵の中のナキウも動き回って、無事であるようだ。




「本当に……。これなら運べそうだ。長距離輸送できるかは実験しないといけないけどね。光一くん、ひとまずはナキウの買い取りは成立だ。輸送に関しては近い内に試してからになるけどね」


「分かりました」




 部屋の外からは「ヤメロ!」と叫ぶ声が響くが、悲しいかな、腕力ではどうしても敵わない。


 流石に、3人で全てのナキウを運び出すのは困難であるため、今は数を把握することに専念した。




 3人で手分けしてナキウを数えること、およそ3時間、ようやく計数が終わった。


 成体が36匹、青年体は125匹、少年体は130匹、幼体は350匹、幼少体は540匹、卵袋は8袋、それに入った卵は246個。


 地上の増設された大部屋にいるだけでも相当な数だったが、地下室にも山ほどの数がいた。硫黄臭は野生のモノよりも控えめだったが、それでも、3人は吐き気を催して、防臭マスクを用意しに戻ったくらいだ。


 スギタニは、予想以上の数に、光一に小切手を渡した。




「今の持ち合わせじゃ足りないから、劇団本体が来たら支払うよ。だから、それを持ってきて。スギタニかタカムネの名前を出せば話が通るようにしておくよ」




 見れば、金貨5枚、銀貨51枚、銅貨6枚。契約時よりも多いが、それは喋る珍しい個体の分が増額されているかららしい。子供が稼ぐには大金であり、大人でも半年間の給料に匹敵する。しかも、長距離輸送が可能になり、養殖の目処が立てば、定期的な収入も得られる。


 光一は、深々と頭を下げて冷静さを装っているが、心の中では喜びの舞を舞っていた。旅の資金に目処が立った。どうせ殺すのなら、売って換金しても問題ないだろう。




「それにしても、君は本当に10歳かい? 随分と落ち着いているね」




 スギタニの言葉に、光一は苦笑交じりに言う。




「先日の洗礼で『勇者』の素質があるって言われましてね。それでじゃないでしょうか?」


「勇者!? 凄いな」


「ははは……」




 実際には、転生前も含めて、中身はアラフィフだから。それでも、友達は作れない。悲しいかな。


 翌日、劇団のテントへの運び出しを手伝うことを約束し、光一は寮へ、タカムネとスギタニは安宿へと帰って行った。





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