第11話 皐月のちょっとした冒険④
ナキウ退治を終わらせた皐月の目の前に、現れた隠し通路。岩を掘って作られたものではなく、整然とととのえられた通路。
大理石のような滑らかな材質の建材で整えられたその通路は、雰囲気は転生前の世界にあった建物に近いように感じられる。
「……どういうこと……?」
皐月は疑問に思いながらも、ゆっくりとした足取りで隠し通路に近付く。明るく照らされている通路は、緩い角度で地下へと延びている。
見える範囲では罠が仕掛けられている様子は無い。
警戒心を、かなり余裕で好奇心が上回る。
隠し通路に踏み入ると、カツーンと足音が響く。側面の壁に触れると、滑らかな手触りで、少なくとも岩ではない。
足音を響かせながら進むこと30分ほど、入り口が小さく見える程度の距離まで進んだところで、広めの踊り場があり、折り返すようにして、更に地下に道は続いている。
「それにしても、この灯り……お城の灯りとは違うような……。……電気?」
魔王の城だけでなく、魔族領の殆どは魔術によって闇夜を照らしている。雰囲気を出す際には松明を使うこともあるが、少なくとも電灯は無い。あるとすれば人間領だが、ここは魔族領。発電施設は無い。
しかし、魔術による灯りと違い、魔力を感じさせない灯りは、電灯としか考えられない。
「不思議……懐かしい気分になる……。郷愁ってやつかな……」
更に突き進んで行くと、大きな扉がその行く手を阻んでいる。
鉄扉に、「関係者以外立入禁止」と書かれている。
「……え……?」
鉄扉は城にもある。基本は木製だが、機密事項を保管している部屋は鉄扉で侵入者を阻んでいる。
しかし、そういう鉄扉とは雰囲気が違う。完全に、転生前の世界の鉄扉にしか見えない。
押しても引いても扉は微動だにしない。ドアノブには背伸びをしても、手は届かない。
両手を扉に向け、光球を作り出して、魔力流をぶつける。爆発し、光球が全て魔力流となって扉に押し寄せ、2度目の爆発。
皐月は、扉から離れていたが、溜まっていた粉塵が立ち昇り、視界が遮られる。
数分後、粉塵が落ち着いてくると、鉄扉が歪んでいるものの、扉は原形を保っている。だが、歪んだ分だけ隙間が生じており、中へ入ることはできそうだ。
隙間から中を覗いてみると、中も照らされており、広大な空間が広がっているようだ。
皐月は扉と壁の隙間に体を捩じ込んで、中へと入る。
その広大な空間の床は、魔王城にもない鉄板だ。靴が鉄板を踏む音が響き渡る。灯りで照らされてはいるが、空間が広すぎるのか、暗闇のほうが空間を多く占めている。天井の高さも分からず、空間の奥も見えない。
灯りの足しにする為に光球を現出させ、奥に向かって真っ直ぐ歩く。
「……! 壁? 意外と奥行きは……ない……。……これって……まさか……!」
歩き始めて数分も経たない内に、行く手を阻む壁が現れる。奥に辿り着いたと思い、駆け寄ると、その壁に見覚えがあった。
壁の下、綺麗な四角に切り出された石材があった。
『定礎 西暦2205』
定礎と刻み込まれたプレートが取り付けられている。西暦2205と刻まれているということは、2205年に工事が着工したということだろうか。
「西暦……? え、この世界の暦って『真暦』だよね……? 2205年って、転生前の私が産まれるよりも前……?」
壁、いや、建物を見上げる。天井を占める暗闇の中にまで建物は延びている。
異世界であるはずなのに、隠し通路からここまでの雰囲気は、転生前の世界を彷彿とさせる。
壁沿いに歩いているが、隠し通路に入る時にあった好奇心は消え去り、恐怖心に似た感情が渦巻く。
もしも、この世界が異世界ではなかったら?
何故、魔力がある? 魔王や魔族はどこから現れた? かつて、複数の町を覆って余りある程に巨大な『ドーム』を作った科学力はどこへ消えた?
駆け巡る疑問に、頭が混乱している皐月の目の前に、大きな門が現れた。
門扉に掛けられている縦長のプレートには、堂々と『試製壱号棟ドーム 科学技術試験場』と書いてあった。
「ドーム……? 本当に、転生前の世界……? じゃあ、ここは異世界じゃないの……?」
門を開けたかったが、ドームの門の開閉は管理室で行われる。外から開けることはできるが、その操作パネルに皐月の手は届かない。届いたとしても、専用のIDがないし、パスワードも分からない。
意を決して、魔力流をぶつけてみたが、2度の爆発でも門はビクともしなかった。直撃した箇所が僅かに歪んでいるが、紙が通るほどの隙間も開かない。
硫酸の雨から町や人々を守るために建造されたドームには、窓なんてものは付けられていない。
中に入ることを諦めた皐月は、プレートに書かれている内容を再度眺める。
『試製壱号棟ドーム 科学技術試験場』
「試製ってことは、ドームの試作品? それを科学技術の試験場にしたってこと? それに、この灯りの電力は、もしかして、このドームから供給されてるのかな。今の時代は西暦で言うと何年なのよ?」
考えてみても、ヒントが少なすぎて答えは出ない。
コレが本当にドームであるなら、異常とも言える広さを誇り、とてもじゃないが周囲を見て回ることなんてできない。壁に穴を開けるのも無理だろう。門でさえ開けることができないのに,頑丈な壁を破壊するのは無理だ。
調べる手段が無く、留まっても何の収穫もない。
ドームの中が気になって仕方ないが、皐月は地上に戻ることにした。
隠し通路から出て、ナキウの死体に溢れる洞窟を後にして、昼食を食べるために使った簡易拠点にまで戻ってきた。
バカンスを楽しむつもりだったのに。
まさかの、ドームを発見したことで、その気分を台無しにされた。
「……出るのよねー……」
試しに掌に意識を集中させると、光球が出来上がる。夢でも、幻でもない。紛れもない、現実だ。
モヤモヤした気持ちのまま、3日ほど経過した後、瞬間移動の回廊が出現し、様子を見に来たシルネイアとシルビィ、魔王が姿を現した。
皐月は3人の前で光球を作り出し、拾い上げた枝を焼いてみせた。ついでに、光球を飛翔させ、着弾地点を爆発させる。両手を差し出して大きな光球を作り、魔力流を飛ばして、一際大きな爆発を引き起こす。
皐月がやってみせたそれらの行為は、3人の予想を超えていたようで、あんぐりと口を開いていた。
魔王はいつものように「天才だ」と褒めちぎられ、シルビィは感動して涙を流し、シルネイアは魔王から皐月を取り返しつつ、呼び付けたディルムッドに魔王を引き渡す。
「いや、知らない。何これ……?」
皐月は、島にやってきた4人を地下にまで案内する。道中にナキウの死体があったことにも驚いていた。魔王が所有するこの島に、ナキウが巣作りしていたことに、魔王は怒り心頭だった。皐月がそれを皆殺しにしたことを知ると、やっぱり、「天才だ」と感激していた。
隠し通路を通り、鉄扉をシルビィがいとも簡単に破壊し、その先にあったドームにまで来た時、4人は驚きに目を見開いて佇んでいる。
「そもそも、この島は私たち王族のプライベートランドだ。サバイバル訓練場を兼ねているが、こんな地下空間があったことは知らなかった」
魔王の言葉に、シルネイアやシルビィは頷く。本当に、このドームの存在は知られてはいなかったようだ。
皐月の案内で門まで案内され、シルビィが破壊を試みたが、やはり、破壊は不可能だった。皐月よりは大きなダメージを与えたようだが、門はピッチリと閉じて動かない。
「この空間は後ほど調査隊を結成して、綿密に調査させる。詳細が明らかになるまでは秘匿しておく。皆も、くれぐれも喋らないように」
珍しく威厳溢れる魔王の言葉に、シルネイアやシルビィ、ディルムッドは黙って頷く。
その後、皐月は回廊を通って魔王城へと帰った。数日ぶりに風呂に入り、美味しい食事に満足し、柔らかなベッドに寝転がる。
それでも、皐月の頭には疑問が引っ掛かっていた。
「やっぱり、いつも使っている言葉や文字は日本語だった……。じゃあ、ここは……日本……?」




