7月5日の水妖~梅雨明けが早すぎて絶望しかねえ!~
本日は7月3日。
ここは関東の多摩川のかなり上流。
河童が35度を超える暑さに頭を抱えながら、ラジオテレビで放送される気象予報を聞いていた。
『……と、あさって5日には記録的な破滅的レベルの大干ばつが起こり、水不足が心配されますので、テレビをご覧の皆さまは、水分補給には充分にお気をつけください……』
「かーっ! KIMO-DAMESHIどころじゃねえな、こりゃ」
魚人が沢のようになった多摩川でのた打ちまわりながら、河童に愚痴をいう。
「おいおい、そういや一反木綿の奴が、言ってたぜ。今年の夏の肝試しでは、乾燥してシャープでドライになった俺を見せられる、ってな。鬼火の奴も、水の心配がねえから、好きなだけ驚かせられるって、猿みてえにウッキウキだぜ。オイラたちはもっと上流で引きこもってるしかねえのかな?」
河童はそれを聞くやいなや、叫び声を上げる。
「キィー! ったく俺の頭見てみろよ。もうサラじゃねえ、これサハラ砂漠よ。カッチカチに干上がってやがる。KIMO-DAMESHIっていや、全妖怪の祭典みてぇなもんだ。参加できねえってなりゃ、俺らFランク妖怪決定だぜ。それどころか妖怪Z世代よ。なあ、海坊主さんよ」
海坊主は川にへばりついてはぐれメタルのような姿になって、ダルそうな声でいう。
「もう海に戻りたいんだな……水が足りないんだな……」
それを聞いた魚人は沢の上に空気のように棒立ちしているクチバシの生えた鱗の妖精のような妖怪に声をかける。
「なあ、アマビエさんよ。水妖Z世代のお前さんならなんとかあの「きさらぎ駅」あたりまで連れて行って、妖怪のフェスさせられねぇかな? お前さん、21世紀妖怪の一人だろ?」
「は?」
「は? とは何だよ、2020年になって初めて現れた八尺(八尺様のこと)以下の雑魚妖怪が」
アマビエはクチバシをとがらせて言う。
「ほう……良いでしょう。なら1846年から少なくとも人々の心の中に生きてきた、この私の実力というものを思い知るが良い、それ!」
ギュィィィン……!!
アマビエが一声をかけると、突然目の前が線路になり、列車がキィキィと音を立てながらガタンゴトンと現れた。
「なんだこれ、行先が「きさらぎ」になってるじゃねえか!!」
河童が驚きながらも列車の中に入ると、驚くほど涼しい。
「やべぇぞ、これ涼しいぜ! まさかこれが21世紀都市伝説の「強冷房車」ってやつかい?!」
「あぁ、あの需要がありそうなのに何故かねえ、強冷房車だぜ。デブの味方さ、フォウ!!」
魚人がアマビエと一緒に乗り込んでいく。海坊主も便乗していつの間にか床にカオナシのような状態になってへばりついている。
関東の奥地からおよそ3時間。列車は颯爽と終着駅へと到着した。
ホームから見わたせる景色は緑に包まれた巨大なため池のような絶景。
駅舎には八尺様、コトリバコ、くねくねなどがお出迎え。
「すげぇな最近のきさらぎ駅は! 何でも出せるなんてさすが妖怪界のZ世代だぜ。何事もさ、形式にとらわれねえって大事だよな」
納得している魚人をよそに、河童が今か今かと八尺様を誘う。
「おい八尺! さっさと水浴びして水泳大会でもやってから、今年のKIMO-DAMESHIの予行やろうぜ。お前なら妖怪界のエロ担当なんだから水着ぐらい用意してんだろ! ご都合主義のお色気要員似非妖怪ならな!」
「あの……ここ、きさらぎ駅じゃないポ……」
「ここは静岡県だクネ」
くねくねがきさらぎ駅の駅名標にかかっている幕を外すと、そこは「ひらんだ」と書かれていた。
「マジだ! ひらんだ駅ってどこだ?」
「静岡の奥の方だポ……」
「アプト式で急こう配の鉄道クネ」
どうやらここは大井川の奥地で人造湖のようだ。
まだ大災厄の中で、秘境では豊富な水源が残されていた。
アマビエが突然言った。
「ところで提案なのですが、私としましてはここで水妖の中でも最強クラスのリヴァイアサンさんを招聘、その勢いで大井川の水を使って関東地方に大雨を降らせてから、陸地の妖怪たちとKIMO-DAMESHIの予行を始める、というプランZで良いですね?」
エロ河童が快諾すると同時に大井川に飛び込む。
「いいぜ! そんなことより八尺、とりあえず今は水遊びしようぜ!」
かくして、貴重なお色気シーンを挟んで、きさらぎ駅扮するひらんだ駅から定刻通り発射され、もとい発車した水妖列車は、猛烈な雨を伴いながら関東地方を横断し、大地を潤しながら大都会東京へと向かっていった。
魚人が車内でラジオテレビを見ると、「予言、外れる」という特大テロップとともに、大雨の映像が映し出され、キャスターが叫んでいた。
『――なんということでしょう! 本日5日未明から雨が降り出し、関東一円では記録的な豪雨となっております。皆さま、どうかお気をつけて……しかし、農家の方々にとっては恵みの雨になりそうです! ところで予言のようなものがあった気がしますが、外れたようですね――』
画面の後ろでは一反木綿が捨てられる前のトイレットペーパーのようなずぶ濡れ状態になり、水を絞り出しながら慌てふためいているようだった。
「こりゃ、おいらも一旦海に戻って、シーサーペント兄貴に報告しに行かないとな! なあ、リヴァイアさん」
「そうしようリヴァ」
魚人が色々と話し合っている間に河童は多摩川の下流を泳ぎながら、
「ヒャッハー! 水だ水だ! 皿の上が表面張力で大洪水よ! タマちゃんも呼ぼうぜ!」
「タマちゃんは妖怪じゃないポ……あとホラー要素も忘れてるポ」
「大丈夫だぜ! 八尺が出てくる話って大体はホラー要素なんてねえから!」
「ひどポ……」
こうして、7月5日から関東では再び梅雨が始まり、8月にはKIMO-DAMESHIが行われて大勢の子供たちの肝を涼しくさせ、9月には実りの秋を迎えることとなった。
やっぱり7月5日は最高だぜ。でも土曜だよな、水曜ならもっといいのにな。水妖だけに……