5話 これが転生ってチート技ですか!?
(……ん?あれ?)
――目を開けると、そこにいたのは、幼い頃の“僕”だった。
小さな手。短い足。視界が低く、体は妙に軽い。 ……まるで羽根みたいだ。
胸の奥がじんわり熱くなる。視線を落とすと―― 皮膚の下で、赤い光が脈打っていた。枯れかけた花のような、奇妙な紋章。
「……なに、これ? ていうか、ここ……どこ?」
足元は黒く焼け焦げた地面。まわりの家も炭と化している。
(……焼けた町?僕は、確かに心臓を……。これは…奇跡? それとも、転生?)
なんにせよ、なぜ子どもに戻っているのかは謎だし、今さらこんな体で、なにができるっていうんだ。
――その時。
「嘘だろ……こんな所に子どもが!?」
声に振り返ると、道の向こうにひとりの男が立っていた。金髪を風に揺らし、神父服をまといながらも腰には剣。片目には焼け爛れた痕があり、眼帯が掛けられている。
「……あなたは、誰ですか?」
訝しむように問いかけた瞬間、男の表情が固まった。
「……嘘だろ……そんなはずは……」
「……?どうかしましたか?」
「いや……すまない。君によく似た子を知っていてな……」
震える声だった。
(会ったこと……あったかな?それにしても、ちょっと動揺しすぎじゃない?)
「まるで、過去の幻でも見てるみたいな顔ですけど……」
「……君は、どこから来た?」
「……オスヴィン村、です」
その瞬間、男の顔が一変した。驚き、戸惑い、恐れ、懐かしさ、そして――希望が浮かぶ。
(表情、忙しい人だなぁ…)
「君は……まさか、ウーア君なのか?」
「え……」
少し考えてから、僕は静かにうなずいた。目つきは鋭いけれど、悪い人には見えなかった。
「……はい。ウーアです」
「おお……神よ……」
男はその場に膝をつき、頭を垂れて祈りを捧げる。
「…僕のこと、知ってるんですか?というか、目の前で崇められると逆に困るんですけど!?」
男は、祈りを終えると、そっと顔を上げた。その瞳はまっすぐで、どこか懐かしむような色をしていた。
「覚えているか? 君が地下ににいた頃……、よく話した神父だ」
「あっ、……アルヴィーさん……!」
記憶が蘇る。冷たい鉄格子の向こうから届いた、あの優しい声。
「……信じられん。本当に君なのか……」
「ええ。でも、目が覚めたらここにいて……」
「ここは暴動で焼けた町、ブレンネンだ。詳しい話は隣町でしよう。馬を出す」
「馬、あるんですね」
「あるぞ。素晴らしい神の代弁者が戻ってきたんだからな」
「……急に持ち上げてきたぞこの人」
少し離れた場所に停まっていたのは、木製の装飾が美しい、やけに立派な馬車だった。足元にすっと差し出された踏み台まである。
「……これ、もしかして貴族様とかが乗る馬車じゃないですか?」
思わず足を止めてしまった僕に、先に乗り込んだアルヴィーが軽く振り返る。
「ん?借り物の馬車だから、王族専用なんてご立派なものじゃないが…」
「いや……そういう問題じゃなくてですね?」
ぶつぶつ言いながらも、結局僕はその豪華な馬車に乗り込み、アルヴィーの隣にそっと腰を下ろす。
(こうして誰かと並んで座るの、久しぶり……というか……)
ちらりと横目で見やる。
(こんなに……痩せてたっけ?)
背中はまっすぐだけど、どこか削り取られたような気配があった。首のあたり、ちらりと覗く火傷の痕。眼帯下の目には、もう光が残っていないのかもしれない。
(僕がいなかった時間を、アルヴィーさんはずっと……)
そんな背中だった。近くに座っているのに、なぜか遠く感じた。
「……着いたようだな。ここがシュルーゲルだ」
アルヴィーの声にうながされて外を見ると、石畳の広場と、その周囲に広がる小さな建物たちが目に入った。商人の声、子どもの笑い声、パンの焼ける匂い――生きた町の気配があった。
ついさっきまでいた、焼け跡ばかりのあの町とは、まるで別の世界のようだった。
(……こんなに楽しそうで、明るいのに)
足を踏み出すのが、少しだけ怖く感じた。
馬車の扉が開かれ、僕はアルヴィーのあとを追って降りる。陽の光が強くて、一瞬だけ目を細める。
地面は確かに、ここにある。けれど、まだどこか現実感が薄い。
「ここで少し、身を落ち着けるといい。宿も手配する」
「……ありがとうございます」
数歩進んだところで、彼がふと立ち止まり、振り返った。
「……腹は空いてるか?」
その一言に、喉の奥がきゅっと締めつけられる。言葉にならなくて僕は小さく首を縦に振った。
「なら、飯にしよう。熱いものを食った方がいい」
そう言って再び歩き出す背中に、僕は黙ってついていった。
(……変わったようで、変わらないな)
そんなことを、心のどこかで思っていた。
「いいんですか? こんなにご馳走になって」
「もちろん。ここは私の行きつけだ。好きなだけ頼め」
ずらりと並ぶスープ、パン、グリル野菜、煮込み料理――どれも美味しそうだ。
「じゃあ、遠慮なく!」
……と言いつつ、遠慮ゼロでパクパク食べる。僕が感じてた以上に、意外とお腹が空いていたらしい。
「さて……核心から話そう。あの暴動が起こってから、十年が経った」
「ふむふむ」
「リアクション薄いなっ!? 十年だぞ!?」
「いやまあ、野菜がおいしくて」
「……ああ、なんだか変わってないな。安心した」
「僕もびっくりしてますけど、スープ飲んでる間だけは世界の崩壊とかどうでもよくなります」
「……君、ある意味最強だな……」
笑い合った、そのとき――
「お待たせしましたー! ブリューヴルストでーす! 羊肉使用してまーす!」
ジュウゥゥ……香ばしい音。だが、僕にこみ上げて来たのは食欲ではなくーー
「……うっ、おえぇぇぇぇぇぇ……」
「ウ、ウーア君!? だ、大丈夫か!? 肉、食べれなかったか!?」
「おえっ……!」
「うわっ、待て、……うっ、うぷ……おえええぇ!」
――食堂にリバース音。最悪の、二重演奏だった。
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「……まさか二人で吐くとはな……」
「す、すみません……みんなの食欲、道連れにしました……」
「いや、私が悪い。肉が駄目になっていたとは……」
胃を押さえつつ、二人は店の外で風に当たっていた。
「昔は平気だったはずなのに……身体が勝手に拒絶するんです」
「……それも、君が“そういう存在”になった影響かもしれんな」
僕は胸の紋章に手を当てる。 赤く脈打つ、“枯れかけた花”。
それが何を意味するのか、まだわからない。
「ウーア君は……これから、どうするつもりだ?」
ふいに投げかけられた問いに、僕は一拍置いて笑った。
「うーん、とりあえず――教会を滅ぼして、神を殺します。そのためには、王都に行かないと、ですね」
「……神を……?」
さすがのアルヴィーも目を見開く。
「当たり前じゃないですか。“神の名のもとに”殺されたんですよ、僕。教会の人と、アーディ司祭にも」
その言葉に、場が凍る。――かと思いきや、教会の人間であるアルヴィーは、にやりと口元を歪めていた。
「アーディ司祭か……それなら、私と同じだな」
「え……?」
「私も……神を殺そうと思っている」
穏やかな声の奥に、確かな熱が宿っていた。
「それって…」
「…もう日が落ちる。詳しい話は明日話そう」
そう言って彼は、町の宿まで歩き出した。
(……アルヴィーさん、優しすぎない?)
最初、焼け跡で剣携えてる時点で絶対関わっちゃいけない人かと思ったのに…今はもう、癒し系のお兄さんなんだけど?(いや、神殺そうとしてるけど)
よく見ると顔立ちも、なんかこう…神聖っていうか、天使みたいに見えてきた!(いや、眼つきは怖いけど)
受付のお爺さんに鍵をもらってる姿まで、なんか絵になる。
「今日はゆっくり休め。部屋は二階、廊下のいちばん奥だ」
「ありがとうございます。……その前に、ひとつだけ、いいですか?」
ずっと胸に引っかかっていた問いを、口にする。
僕の声に、彼は静かに立ち止まった。
「“僕”は……本当に死んだんですか?」
夜風が吹き抜け、空気が鳴った。
「……死んだと、思っていた。教会が燃えた夜、遺体は見つからなかった。だが、上は“死亡”として処理した。証拠もないままに、だ」
「……そう、ですか」
「だが、私は信じていた。君が生きていると。そう信じなければ、自分が壊れてしまいそうだった」
その声には、兄のような優しさが滲んでいた。
「大丈夫です。僕は、生きてますよ」
僕は安心させるように静かに笑って、そっと部屋に入った。
(僕は……やっぱり死んでいた?)
ベッドで寝返りを打ち、天井を見上げる。
(あれから何があった? 僕は、どうやって戻ってきた?)
胸に手を当てる。赤く脈打つ、枯れかけた花。
(ザイン先生は……全部知ってたのか?)
――落ちつかない。
そっとベッドを抜け出して廊下に出た、その瞬間。
「……っ!?」
足元に、“影”があった。
人影でも、物の陰でもない。どろりとした黒い塊。
うごめくように広がり、音もなく床を這っていく。
(……何、これ……!?)
その中に、一瞬、“目”が見えた。
見開かれたその目と、僕の視線がぶつかった瞬間――
「うぐっ……!」
脳に直接、針を刺されたような激痛が走る。
膝が崩れ落ち、視界がかすむ。
気づけば、“影”は霧のようにふっと消えていた。
次の瞬間――
「ウーア君!」
足音が駆け寄ってくる。アルヴィーだ。
「大丈夫か!?」
「……今……“影”が……」
息を整えながら指を差す。だが、廊下には何も残っていない。
「“影”……か」
アルヴィーさんの表情が険しく歪んだ。
「まさか……神を裁く者が――」
「……え?」
「部屋で話そう。……今夜は、眠らないほうがいいかもしれない」