22話 タダ見は許しません!金貨1枚でどうですか?
──夜が、すっかり深まっていた。
そんな中、デニスが立ち上がる。
「……さて。今のうちに、移動しておこうかの」
「え? 今からですか?」
「この森の奥に、わらわの隠れ家がある。ここよりは安全じゃ。夜が明ける前に、そこへ入っておきたい」
アルヴィーが静かに頷いた。
「──賛成だ。明るくなってからの移動は、逆に目立つ。今なら足音も、焚き火の残り香も、夜風に紛れる」
「じゃ、しっかり歩くのじゃぞ?」
メルクが荷物を肩に担いで、ひょいと先に立つ。
「案内するのは、わらわじゃからな」
──夜の森を抜けた先。
誰も来ないはずの崖下。蔦に覆われた岩壁の前で、デニスが足を止めた。
「ここじゃ」
「……こんな場所に?」
イーリスが目を丸くする。だが、デニスは涼しい顔で、苔むした岩をちょん、と杖で叩いた。
……ゴン、と音がする。
「空洞? え、まさか……」
「この奥に扉があるのじゃ。見ておれ」
岩の一部がわずかに動き、そこから古びた木の扉が現れる。合図のように風が吹き込み、隠れ家の中へと通じる通路があらわになった。
「すご……。忍者の隠れ家やん……」
メルクが小声で感嘆すると、デニスが得意げに胸を張る。
「ふふん、盗賊だろうと神官だろうと、ここは知らん」
「なるほど、バレたら面倒な人ほどここに呼ばれるわけですね」
「お主らもその筆頭じゃな!」
「言うやん、ちっこい神様」
そんなやり取りをしながら、僕たちはひとまず扉の中へ入った。
中は想像以上に広かった。
丸いドーム型の天井。土壁に棚がずらりと並び、薬草や紙束、何かの遺物らしきものが無造作に置かれている。
「……おーい。レア、マリウス。戻ったのじゃー」
その声に応じて、古びた戸がギイ、と軋んで開いた。
「おかえり、デニ──って、あんたたち、家まで来たの!?」
現れたのは、デニスのもとまで案内してくれた女性――レアだった。
「勝手に連れてきたわけじゃなかろう。必要な仲間じゃ」
「そりゃわかってるけどさ……こっちの身にもなってくださいよ! 子どもからフワフワ男まで、もうカオス!」
レアが両手を広げて叫んだその背後から、のっそりと一人の青年が顔を覗かせる。
「……あれ? 今日、ごはんスープだった?」
寝癖のままのぼさぼさ頭。目はとろんと焦点が合っておらず、よれたシャツのままふらふらと出てきた。
「ごはんじゃねーよ! 来客だよ!」
レアが後ろからどつくと、青年は「あいたっ」とのろのろ反応した。
「……お客……うち、宿だったっけ……?」
「違うわ!! ていうか昨日あんた、自分で“明日お客来るかもね~”って言ってたじゃん!」
「あれ……? 言ったっけ……うーん……あんまり覚えてない……けど……あ、もしかして夢だった?」
「それも違う!!」
レアが頭を抱えてかがみこむ。
デニスはくつくつと笑いながら、後ろの皆に言った。
「この間抜けが元・神の代弁者のマリウス。今は……まあ、家事と植物の世話担当じゃ」
「主に水やり~。あと、寝るのが得意~」
「それ家事じゃないからね!? 結局、飯もあたしが作ってんだから!」
マリウスはぽけっとウーアたちを見つめると、ほにゃっとした笑顔を浮かべてぺこりと頭を下げた。
「……えーっと、ようこそ我が家へ……? あ、合ってる……よね……?」
「合ってるけど不安になる言い方やめて! 自信持って!!」
レアのつっこみが炸裂する中、イーリス小さく笑いを漏らした。
「……なんだか、賑やかな人たちだね」
「なんだろう、ほっとしますね」
ウーアも苦笑しながら小さく頷いた。
「……ふふん。まあ、わらわがいなきゃこの隠れ家は日々崩壊じゃ」
胸を張るデニスの横で、マリウスがぽそり。
「……でもデニスがいる時の方が家の空気、崩壊してる気が……」
「なんか言ったかの!?」
「ううん、ナッツのこと考えてた」
「絶対ウソじゃーーー!!」
──隠れ家の奥の広間。みんながそれぞれの寝床を整え始めていた。
マリウスは小さな手で何かを持ち歩きながら、ひとりあたふたしている。
「ええと……これでいいのかな……?」
ふと、イーリスの枕元に座って、ぎこちなく水を注ごうとするが、なぜか少しこぼしてしまい、慌ててティッシュで拭いている。
「……ご、ごめん。ちょっと……手が震えた……」
イーリスは優しく微笑んだ。
「大丈夫、マリウス。気にしなくていいよ」
その様子を見ていたメルクが、腕を組んで言った。
「……マリウスクン。そんなに張り切って、逆にみんなに迷惑かけてるで」
「……う、うん。気をつける……」
僕はそんなマリウスに近づいて、ふんわりと頭を撫でた。
「まあまあ、誰だって最初はそんなものですよ。慣れれば上手くなりますって」
「まあ、マリウスはそういうところが可愛いから許されてるのじゃよ」
マリウスは照れくさそうに目を伏せた。
「……はは、そうかな……?」
その時、アルヴィーが呼んでいるふと立ち上がり、静かに言った。
「……ところで、皆。さっきから気になっていたが、この記事…『通り魔』の噂が書かれてる」
その一言に、場の空気が少し引き締まった。
デニスもステッキを握り締め、険しい表情を見せた。
「ここは隠れ家じゃ。だが、完全な安全地帯じゃない。気を抜かぬようにせよ」
レアがため息混じりに言った。
「ふう……やっと休めると思ったのに……」
マリウスはぽつりと呟く。
「……明日もみんなのためにがんばらなきゃ……」
その決意が伝わるように、みんなの視線が彼に集まった。
──そして夜は、静かに更けていった。
隠れ家から情報集めをすること数日。
「はぁぁぁ、お風呂があるって最高だなぁ……」
湯船の中で脱力しながら、僕は全身の疲れを癒していた。
メルクは街で通り魔ウーアの情報収集。デニスとマリウスは神の代弁者の気配を感じて街の外へ。
――僕たちも通り魔が出た場所を片っ端に捜索した。だけど…
(あれから何にも手がかりが見つからない…。ヴァンデルはどこに…。衛兵長も、心配だな…)
頭を壁に預け、ぼんやりと天井を見上げていると──
ドゴン!!!
夜の静寂を切り裂くように、玄関の方から響いた爆音。
(え!? 何事!?)
バンッと扉が開き、イーリスが湯気の中に飛び込んできた。
「ウーア! 敵がきたよ! 早く出て!」
その顔は青ざめ、明らかにただ事じゃないと告げていた。
「えっ!? まって! 今服き──」
ドゴォ!!!
壁が派手に崩れ、瓦礫の向こうからアルヴィーが吹き飛ばされてきた。
ずぶ濡れのまま、僕は湯船から飛び出す。
「アルヴィー!」
「うわ~、やばっ、死んじゃった?……ラナンに怒られるな、こりゃ」
扉の向こうから、軽薄な声とともに足音が近づいてくる。
やがて、割れた障子の隙間から、黒い影がゆっくりと姿を現した。
その男は──
長い黒のコートを翻し、目元には黒い包帯。
全身からどこか場違いな“余裕”を感じさせる佇まい。
だが、まとっている空気は明らかに只者ではない。
「すぐに治します!」
アルヴィーに呼びかけるようにして、僕は両手を翳し奇跡を発動させた。
淡い光が指先から溢れ、アルヴィーの傷口を包み込む。
「あなたは…誰ですか…!」
警戒心と怒りが入り混じる声を上げると、男はふっと薄く笑う。
「時の神の代弁者様の噂を聞きつけてな。…うわ、マジで復活してるじゃねーか…」
「僕のことを……知ってるんですか?」
戸惑いながら一歩踏み出すと、男はゆっくりとコートの襟を直しながら言った。
「知ってるも何も、一緒に風呂も入った仲だろ? あー…そこまでの記憶は戻ってないのか。……まぁ、いいや。ただ、俺もお前たちと同じ“敵”を追っている。それだけは信じてくれ」
「……くっ、ルーメンノクスクラン……!!!」
アルヴィーが呻きながらそう呟いた。
「アルヴィーさん!急に呪文を唱えないでください!まだ、治ってません……!」
「……ン?」
男は、覗き込むような動作をする。
「あー!!! お前、アルヴィーか!? うわ、味方攻撃してどうする俺……。え? マジやっちゃった???」
「知り合い……ですか?」
「うん。……あー……ごめんっ!」
そう言って、わざとらしく肩をすくめ、まるで舞台俳優のように深々と土下座を決める。
風呂場の前で、しぶきと湯気と、不可解な沈黙が一瞬だけ広がった。
「えーっと……誰? ほんとに誰?」
「いや、ごめんって!まさか風呂にいると思ってなくて! 完全にタイミングミスったよね!」
「いやタイミングとかじゃなくて、あなた誰!?」
「それは言えない。名前教えないほうがミステリアスでかっこいいから。でも一言だけ──」
彼は指を一本立て、真顔で囁いた。
「“あの夜”の約束は、まだ果たされてないからな。ウーア」
「───…………誰ですかほんとに!!!!」