21話 《“孤独は罪か? ならば、世界が裁かれるべきだ”》
デニスはヨロヨロとステッキをつきながらも、どこか凛とした目をしていた。
「……わらわは……納得がいかんのじゃ……。このまま“羞恥”を知らぬ者ばかりが得をするなど、道理が通らぬ……!」
その気迫に、イーリスとアルヴィーが無言で顔を見合わせる。
「あー……その顔、見覚えあるな」
「スイッチ入った…?逃げ切れないパターンだ、これ」
ふらりと一歩、デニスがイーリスの前に立つ。ま
「見せよ……真の羞恥とは何かを……。次はお主じゃ、森の娘よ!!」
「え、ちょ、待って──」
「――ぴとっ」
「わっ!?ちょっと! 距離感って知ってる!?」
---
【映像1:イーリス(6歳)、“自然派”暴走時代】
場所はレゾナ街。陽射しの強い午後。
イーリスは堂々たる足取りで歩いていた。身にまとうのは、葉っぱを何重にも重ねた“服”らしきもの。
「人はもっと自然と共に歩むべきなのです! 今日のファッションは“木の声”に従いました!」
あまりに誇らしげで、自信満々。その姿に通行人がざわつく。
「お、おい……それ……めくれそう……」
「っていうか、それ毒持ってる葉っぱじゃね……?」
「自然に毒があるのは、当然のことです!それも含めて愛すべき個性!」
──数分後。
「か、かゆいっっ……!かゆいーーーっ!!」
葉っぱにかぶれたイーリスが地面で転げ回っていた。
「し、自然、手強い……!」
「おぬし、自然に拒絶されとるではないかーーー!!」
---
【映像2:イーリス(8歳)の“石けん惨劇”】
場所は宿のフロント。
イーリスが自信満々に、自作の石けんを宿の客に手渡す。
「ヨモギと炭で作りました!天然素材100%、肌にも環境にも優しいです!」
「おお、ありが──」
ぶわぁっっっっ!!!
「目がっ!目がああああああっっ!!」
「……あれ?渡したの、“灰”の方だったかも……」
「おぬし、実験精神だけは一流なんじゃああああ!!!」
---
イーリスが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ま、待って!今の消して!脳内上映やめてぇぇぇ!!」
「おぬしの過去は、すでに我が心に刻まれた!」
「葉っぱ服は、なかなかの攻めですね」
どこか遠くを見ながら、僕が神妙に呟くと――
「お前も反省しろ、ウーア」
隣でため息をついたアルヴィーが、疲れた顔で肩をすくめる。
デニスがギギィ……と杖を軋ませながら振り返る。
その瞳は、もはや確信に満ちていた。
「さあ次はお主じゃ! アルヴィー、観念せい!」
「は?絶っっ対に断るが?」
ぴとっ
「ぐあああああああああああ!!!!」
---
【映像1:アルヴィー(13歳)、封印されしポエム帳】
少年の部屋。
深淵の闇が世界を包み込み、革張りのノートが机の上で震える。
《“これが、私の赤き焔――永遠の誓約だ。”》
《“忌まわしき世界よ……我を拒絶するならば、”》
《“その罰は、私が下す。”》
少年は嗤い声を漏らす。
「クックック…。聞け……この声は誰にも届かぬ呪詛だ」
胸を抉る熱さ。震える指。
「私は罰、私は審判。汝らすべてを断罪する」
震える声が夜を切り裂く。
「消えろ……世界ごと消え失せろ、私の力よ――ヴァニッシュ!!」
その時、冷たい涙が頬を伝った。
孤独の深淵で紡がれた、断罪の咆哮が、静かに世界を揺らした。
「クッ……涙さえも、私の呪縛か……」
「………こっちが泣きたくなるんじゃあああああああ!!!」
---
【映像2:アルヴィー(15歳)・漆黒の決闘譚】
満月の下、石畳の広場に風が吹く。
黒マントがはためき、仮面の奥で煌めく瞳。
「名を刻め……! 我こそ、“紅き夜の亡霊・孤高の咆哮・ファイヤー=ファントム”!」
通りすがりの知人が怪訝な顔をする。
「え、アルヴィー……? 神父になったんじゃ……」
「アルヴィーなど知らん! あれは仮初の名ッ!
本当の私は、焔と影を纏いし者……ファイヤー=ファントムなのだ!」
「……やばい!恥の波動でこっちまで死ぬ……!」
女の子たちが遠巻きにささやく。
「中二病……というより保護対象……」
「これはこれで、抱きしめたくなる可哀想さあるよね……」
「笑いじゃなくて哀れみに変わっとるうううう!!!」
---
「うぐ…っ」
アルヴィー、うずくまりながら叫ぶ。
「見たな……!私の封印を……!!」
「なんか、逆に安心したかも……」
「“孤高の咆哮”、語呂はいいですね」
「やめろおおおおおお!!」
デニス、ステッキを掲げて高笑い。
「ふふふ……これで均衡が取れた。皆、恥を背負ってこそ同等というもの……!」
──そして、そっと手を挙げるウーア。
「では、次はデニスさんですね?」
「……え?」
「見せてください、“恥ずかしい記憶”。皆と平等に」
「わ、わらわは……そのようなもの、ないのじゃ──」
アルヴィーがすくっと立ち上がる。
「ふん、デニスにはアポステル時代、いろいろあるもんな。ほら、屋根の上で奇跡使おうとして──」
「待てっっ!!」
(すごい勢いで口をふさぐデニス)
「それ以上はダメじゃ! わらわの尊厳が消し飛ぶっっ!!」
「ついでに暴露される気持ち、分かってくれたか?」
「ついでじゃないのじゃああああ!!」
デニスはぐぬぬと顔をゆがめたが、急に真顔になりステッキで地面を一突き。
「いや……その前に、伝えねばならぬことがある」
「え?」
「──“通り魔ウーア”について、じゃ」
一同、空気が変わるのを感じ取る。
デニスはゆっくり口を開いた。
「先ほど、あやつと知り合いだと話したじゃろ? ……真の名は“ヴァンデル”という」
「……!!」
ウーアの瞳が静かに細くなる。
「ヴァンデルは神の代弁者ではなかった。わらわの補佐官をしておったが、ある日神殿を離れ、行方が分からなくなった。──じゃが、再び会ったのじゃ」
デニスの声音が沈む。
「わらわが“通り魔ウーア”としてあやつに出会ったのは、一年前のことじゃ。西の廃教会──かつての神殿の地下にて、あやつは“神の声”を模倣するように、経典の言葉を繰り返していた」
イーリスの背中に、ぞわりと寒気が走る。
「模倣……?」
「うむ。“神の声が語る”と称してはいたが、それはまるで、記憶をなぞるような、空っぽな朗読だった。……わらわは、すぐに気づいたのじゃ。あやつは“壊れておる”と」
デニスは静かに言う。
「まさか……ヴァンデルが? いや、別人の可能性も──」
アルヴィーが訝しげに眉を寄せる。
「……知ってるのか、ウーア君」
ウーアはゆっくりとうなずいた。
「……うん。彼は……僕と同じ教会で学んでいた。まだ“選ばれる前”、ずっと一緒だった。経典の暗唱も、奇跡の理論も、競い合うように……。よく笑う、やさしいやつだった」
目を伏せて、遠くを見るような表情になる。
「誰が一番先に“神の声”にたどり着けるか、って……子どもみたいに、はしゃいでた。……うん。あれは、彼じゃない。彼が、そんなことするはずが──」
「……だが、あやつが変わり始めたのは、わらわの傍にいた頃からじゃ」
デニスはゆっくりと首を振った。
「わらわが補佐に任じた時のヴァンデルは、聡明で、無欲で、己の立場に誇りを抱いていた。……だが、ある時を境に、おかしくなっていった」
デニスの声が少しだけ震える。
「奇跡に触れすぎたのか、それとも……“神の声”を、欲しすぎたのか。次第に、あやつは“ウーア”の名を口にするようになったのじゃ」
「僕の……名?」
「最初は、懐かしむような響きだった。だがやがて、羨望と嫉妬に変わっていった。“自分が選ばれなかったこと”を呪うようになったのじゃ」
アルヴィーが、低く吐き捨てるように言う。
「……ヴァンデル、だったか。アイツが」
僕は俯いたまま、じっと自分の手を見つめていた。
「……僕は、奪ったのかな。あのとき……“選ばれた”ことで……」
「──違うよ、ウーア」
その呟きに、そっと答えたのはイーリスだった。
「それは、あなたのせいじゃない。“奪った”んじゃなくて……“選んだ側”が、奪ったんだと思う。ヴァンデルが壊れたのは、それだけ優しかったから。受け入れられなかったんだよ、きっと……“選ばれなかった自分”を」
しばしの沈黙。
デニスは小さく頷き、ぽつりと呟いた。
「……すまぬと思っておる。あやつを“神の側”へと導いたのは、わらわじゃからな」
そして視線を上げ、僕を真っすぐに見つめる。
「──じゃが、今のヴァンデルは、もはやお主の友でも、わらわの補佐でもない。“通り魔ウーア”として、多くの者を害してきた」
その言葉に、小さく頷く。
でも、胸の奥で叫ぶような問いが、渦を巻いていた。
──どうして、僕の名前を名乗ったの?
──どうして、あんなに優しかったきみが。
(……会わなきゃいけない。きみに、聞かなくちゃいけない)
──重たい話のあと、しばしの沈黙が落ちる。
焚き火のぱちぱちという音が、妙に耳に残った。──そのとき。
「よーし! そろそろ俺の出番やな!」
ズザッと音を立てて茂みから現れたのは、髪をかき上げながら飄々とした笑みを浮かべるメルク。
「……メルク!? どこから出てきた!」
アルヴィーが目をひんむく。
「ずっとおったで? ちゃんと。草むらの陰で耳をすませて、干し肉食べながらな」
「聞いてたんかい……!」
イーリスがじと目で睨む。
「いやあ、空気は読むタイプやねん。ココかって時に登場したんよ。ほら、そういう“場を和ませる存在”って必要やん?」
「貴様は、空気を読んだうえで踏みにじってるからな」
「はっ、むしろ踏みにじることで空気を耕しとるんよ。種蒔いてこ、笑いの種」
「農民ですか!!」
「農民じゃないわ、元盗賊やし?もうちょっとかっこよく言えば“流れ者の案内人”ってとこ?」
「あなたのの肩書きコロコロ変わりますね……」
ウーアが苦笑しつつ言う。
「……でも、ちょっとありがとう。場が、ほんの少し、軽くなりました」
「ん?なんや素直に言うやん。そういうところ好きやで、ウーアクン?」
「えっ、告白ですか?」
「違うわ!? そういう“人として”の話!」
イーリスが眉間を押さえる。「なんなのこの流れ……」
メルクはニヤッと笑って、どこからか小袋を取り出す。
「ほら。“蜂蜜漬けのナッツ”。宿の女将さんから“これは特別だから誰にもやるなよ!”って言われて──あ、いや、もらった……ことにしよ!な?」
「言いかけた時点でアウトじゃないですか」
差し出されたナッツをそっと受け取って、口に運ぶ。
「……おいしい。ちょっと落ち着いた」
「そうそれ。甘味は心の救い。こういうときは、無理に深刻になりすぎるより、ちょっとの糖分と軽口ってのが効くねん」
「糖分と軽口を、薬草みたいに言うな…」
「アルヴィー。お前は眉間に皺寄せてるより、笑ってたほうがモテると思うで?」
「誰が笑うか! 」
「ほーら、もう笑いの空気できてきた。デニスさんもどう?」
デニスはステッキをつきながら、くつくつと笑った。
「……まったく。口は悪いが、やることは見事じゃな」
「それほどでも~。ほら、俺って“軽口ひとつで世を渡る男”やから」
「それ、いつか痛い目見るぞ」
焚き火の炎が、誰かの笑い声に合わせて揺れる。
僕は少しだけ、肩の力を抜いた。
「……明日、ちゃんと話します。ヴァンデルのこと」
「うん。無理しないで、ね」
イーリスがやさしく微笑む。
「とにかく今夜はしっかり食べて、寝よう。明日またちゃんと、向き合えばいい」
「……うん、ありがとう。みんな」
「よーし、じゃあ最後にウーアくんに乾杯しよか。“蜂蜜ナッツに栄光あれ~!”」
「なんで食べ物主体なんだよ」
「この世の中、味が一番信じられるからな!」
笑い声が、夜に溶けていった。