1話 町一番の神童、神様に出会う
「あ~~~……僕以外の人間、アホすぎない?」
“神の教えを守れば救われる”っていう、すごくシンプルな教えがあるのに、自ら地獄にダイブする人間、多すぎる。
引ったくり犯の背中を踏みつけながら、僕はぼやいた。
(――ま、僕は違うけどね)
善行を積み、祈りを捧げ、人々を助ける“神の代弁者”になる。それが僕の目標。
(夢はでっかく、世界を救うレベルで持たなきゃ)
「本日も悪人を粛清いたしました……っと。あ、来た来た」
後から追いかけてきた兵士と、財布を盗まれた女性に犯人を引き渡す。うん、これで善行ポイント+5ゲット(※自称)。
「ウーアくん、いつもありがとう。本当に助かるよ」
「いえいえ、当然のことをしただけです。お姉さんも、お怪我はありませんか?」
「大丈夫よ。今日は子どもたちのお昼ご飯の買い出しで……ほんとに助かったわ。よければ、お礼にお茶でもどうかしら?」
「それは光栄ですが……お姉さん、とっても綺麗だからつい話し込んじゃうかも。子どもたちが空腹になっちゃったら困ります。僕はこれから教会に行くので、お気持ちだけいただきますね」
笑顔を浮かべつつ、内心では撃沈する。
(人妻だったかぁ……僕の好みだったのに)
おっと、いけないいけない。神童たる者、最後の演出まで気を抜いてはならないのだ。
「それじゃあ、僕はこれで!」
別れ際、自慢の金髪を朝日に輝かせて颯爽と走る。見せつけるように法衣が風に翻る様は、我ながら演出が完璧過ぎる気もする。
(……うん、今の僕、かなりイケてる)
その瞬間、教会の鐘が遠くで鳴った。
(…あれ? これってもしかして、微妙に遅刻コース!?仕方ない、目立つけど近道…っと)
急カーブを切って、露店街の通りに飛び込む。屋台がずらりと並び、色とりどりの品物が視界を埋め尽くす。焼き立てのパンの匂いが漂い、呼び込みの声と木箱を運ぶ音が、朝の空気を賑やかに震わせていた。
「お~!ウーアが今日も急いでるぞ~!」
道端から、パンの箱を抱えた兄ちゃんが声を張る。それをきっかけに、他の店の人たちも次々と声をかけてきた。
「おはようございます。ええ、神様は遅刻を許されませんから」
「今、神様より神父様の方が怖いって顔してなかった?」
「……気のせいです。たぶん」
「ウーア君だ!鐘のヒーロー頑張れ~!遅刻に負けるな~!」
「ありがとうございます。急ぎます!また果物買いに行きますね!」
(はぁ…。最近、僕いじられ役みたいになってない? 気のせい?)
そう思いながら、全力で駆け抜ける。
教会にたどり着く頃には、息が上がりかけていた。
「ウーア!今日はどうした?いつもより4分も早いじゃん!」
扉の前でそう言ったのは、モップ片手のヴァンデル。
「えっ!? 僕のタイム、計測してるの怖っ!? ストーカーか!?」
「いやいや!だってさ、ウーアって毎日鐘と同時に来るから、“鐘のヒーロー”って妹が言いふらしてたぜ!」
「だからか…変なヒーロー名を広めないでって言っといて……。 せめて、“黄金の髪の美少年・ゴールドヒーロー”とか……いや、ダサいな。今のなし」
ふと床を見ると、教会の床が半分以上ピカピカだった。どうやら彼は朝早くから掃除をしていたらしい。
「また神父様のお手伝い?」
「ああ、昨日、水桶ひっくり返して怒られたから、その埋め合わせ!」
「また? 連日すごいね。僕なら屈辱で三日は寝込む……仕方ない、手伝うよ」
「マジ?助かる!」
僕もほうきを手にし、石床を掃きながらぽつりとこぼす。
「こういう奉仕活動って……善行ポイント、貯まるかな?」
「え?なにそれ」
「善行すれば神の代弁者に近づくっていう理論。どこかにメーターが隠れてて、満タンになるとピロリンって」
「お前、それ意識してやってんの!?」
「うん、全力で。むしろ見られてる時限定で善行してるよ。観客ゼロでとか、燃費悪すぎでしょ」
「うわ~~~。みんなの憧れ、神童の裏側はかなりダークだった!…って、記事にでもしてぇけど、妹には言えねぇ~」
「明るい闇だから、大丈夫大丈夫」
そこへ、奥から穏やかな声が響く。
「……ウーア、ヴァンデル。おはよう。今回も、準備してくれていたのか?」
現れたのはアーディ司教。灰色の法衣に金の十字、立派な白髭。歩くだけで“威厳”がにじむ。そして僕の尊敬する人でもある。
「おはようございます、司教様。僕はついさっき来たばかりで、ヴァンデルに感化されまして」
「ウーアが俺の影響受けるとか、今日、雪降るぞ?」
「雪じゃ済みませんよ。天変地異レベルです」
「はっはっは。君たちは仲がいいな」
品と余裕のある司教様の笑顔。
(く~っ!格好良い!こういう年の取り方、憧れる~!…ん?なんだか、いい匂いが…)
ふわっと漂った甘い香りがそっと鼻をよぎる。
「……司教様、香油、変えられました?」
「お、よく気づいたね。今日はローズマリーを使ってみたんだ。子どもたちと一緒に選んでね」
「わあ、とっても良い香りですね!僕もちょうど最近、香油を勉強し始めて…。ローズマリーって、心を落ち着かせて、愛情を育てる香りなんですよね。そうやって香りに気づけるのって、神様からの小さな贈り物みたいで、素敵だなって思います」
(ーー決まった。観察力+お世辞+関心!アピールポイント全部盛り!)
計算され尽くした微笑みで司教様の高評価を狙う。
「君のように学ぼうとする姿勢は素晴らしい。……さて、私も準備を始めよう」
アーディ司教は、ニコニコと鞄から教本を取り出す。
(よしっ、手応え抜群)
心の中で小さくガッツポーズすると、ステンドグラスから射す光が、床に虹を落とした。
(……神様、今日も僕の見せ場に気合い入ってますね。でも、そういうの、嫌いじゃないです)
やがて子どもたちがガヤガヤと集まり、授業が始まる。
今日のテーマは――「人間の誕生」。
「神は“目”を真理を知るために、“耳”を教えを理解するために、“頭”を神との対話のためにお作りになった。では、“心臓”は?」
(――来た、出番)
子どもたちが答えに詰まり、教室が静まり返る中、僕はまっすぐに手を挙げて立ち上がった。
「心臓は、神への愛を伝える器です。同時に、人間であることの証であり、魂の道標でもあります」
「……素晴らしい。ウーア、さすがだ。神の代弁者候補にふさわしい」
拍手。子どもたちの視線が一斉に集まる。尊敬と羨望、そして期待。
「よっ、天才! そろそろ羽でも生えるんじゃ?」
「それ天使枠だよね? 僕、神童枠なんで」
(――まあ、冗談混じりでも言われ慣れてる。現状、この町の神の代弁者有力候補って、僕しかいないし)
拾われた孤児。でも今や、町一番の神童。
神の代弁者になれば、“リヒト”――神の奇跡が使えるようになる。
(僕は、奇跡なんてまだ見たことはない。けれど……わかる。見える)
(空を裂いて命を救う、その光が)
この田舎町を出て、王都に行く。そして、美人なお姉さんに囲まれてチヤホヤされて、裕福な暮らしをする。僕は、そのために生まれた。
鐘の音がなり、アーディ司教の授業が終わる。子どもが解散する中、不意に背後から声をかけられる。
「ちょっといいか?」
振り返ると、そこに立っていたのは神父姿のお養父様と――まるで傷を隠すように、全身を包帯で巻かれた銀髪の青年。
(え、なに?戦場帰り?ていうか、嘘でしょ……!?)
(……顔が、僕より美しすぎる。まるで…)
「……神様みたいだ」
「ん?」
「い、いえっ!? な、なんでもないです!」
(あああああ!口が勝手に!誰か、僕の理性を捕まえて!)
でも、胸がざわつく。鼓動が早い。うるさい。なんだこれ。
僕のざわめきに気づかないまま、お養父様は彼について語り続ける。
「新しい家庭教師を呼んだから、ついでに教会に寄ったんだ。彼は元奴隷だが、主と世界を旅していた。君の学びにもなるだろう」
「ありがとうございます、お養父様」
……この感覚。これって、“光”? いや、“試練”?
どっちでもいい。だって、わかる。
僕の物語――今、ここから始まる。