19話 アイドル相談会…えっ!?中止ですか!?
翌朝。
「おはよう、ウーアちゃん! 今日の潤い、昨日より増してないか!? 夢にまで出てきたぞ!」
「今日はちゃんと体拭いたんだ! ほら、臭くないだろ!」
「俺も心を入れ替えた! 今朝はストレッチから始めたぞ!」
ここは地下牢のはずなのに、目覚めと同時に元気な声が飛び交っている。僕の名前がまるで朝の点呼みたいに響いていた。
「みなさんっ、おはようございます! でも、僕の潤いなんて……皆さんの優しさに比べたら、朝露みたいなものですよっ!」
その一言で、また牢がざわめく。
「朝露て!」「詩人か!」「かわいすぎる!」
看守さんたちまで様子を見にきている。トーマさんに至っては、水を持ってくるどころか整列まで仕切ってる。……えっ、クッション?
「お前、何者だよ……」
トーマさんがぼそりと呟きながら、そっと床にクッションを置いてくれた。
「わあ……これ、腰に優しいですね……!」
「骨盤冷やすと良くないからな」
「もうっ……気遣いのプロ……!」
トーマさんの耳が赤くなっていくのを、僕は見逃さなかった。かわいい。そう思ったその瞬間——
「避けろぉおおおお、ウーア君ッッッ!!」
ドンッ!!!!!!!
突如、床が爆ぜた。石が宙を舞い、緑のツタが噴き上がる。その隙間から現れたのは、土まみれの金髪と見慣れた笑顔。
「うっぷ……土、口に入った……くそ……」
「よし! 成功!! 侵入完了!!」
(アルヴィーさんと……イーリス!)
牢屋内が一気に騒がしくなる中、アルヴィーが飛び込んできた。
「ウーア君! 無事か!? こんなに何日も地下牢なんて洒落になら──……なんだこの状態は!?」
「えっ、えっと……みんな優しくて、おやつくれるし、水は冷たいし、床あったかいし……」
「はぁ!? まさか気に入って──」
「ちょっと見ててください、アルヴィーさん。……囚人の皆さんっ!」
僕はくるっと振り返った。
「こちら、僕の生き別れたお兄ちゃんです! 正義感が強くてちょっと怒りっぽいけど、ほんとはすっごく優しいんです。怒鳴るのは愛の表現なんですよねっ!」
「「「おおおお~~~~!!!」」」
「それとイーリスおねぇちゃん! あのツタ、すごかったです! この牢に花を咲かせた奇跡の庭師……緑の女神です!!」
「えっ!? わ、私!? おねぇちゃんっ!?」
「「「緑の女神~~~!!!」」」
イーリスの顔がひきつっていた。でも……ちょっと嬉しそう。
「……こいつ、どんな環境でもやってけるな……」
アルヴィーが心底呆れたように呟いた。
「わわ!何とるんこんな派手に!早くしいひんと追っ手が来るで!」
穴の奥から、メルクの声が響いた。
「分かりました……情報は得られましたし、居心地良すぎるのも問題ですからね。脱出しましょう!」
「えええ!? でも朝の“ウーア相談会”が……!」
「心のアイドルが……!」
「明日、“ウーアちゃん生誕3日記念会”なんだぞ……!」
「直ぐにやらないといけない使命があるので……! また来ます! サインも書きますからっ!」
「「「うおおおお~~~~~!!!」」」
名残惜しそうな囚人たちに見送られながら、イーリスが再びツタを伸ばし、僕たちは地上へと滑り出た。
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ひんやりした朝の空気が肌を撫でる。
「──ふぅ……あっという間に人気者になっちゃいました」
土を払いながら僕が言うと、アルヴィーがため息混じりに答えた。
「“あっという間”じゃない。牢の外の世界が、君を待ってるんだ。戻ろうとするなよ……」
「でも、あそこにいた人たち……皆、寂しそうな目をしてました」
言葉にすると、胸の奥が少しだけ痛んだ。
「……ウーア。情報は得られたの?」
イーリスが顔を上げて問う。
「はい。看守のひとりが話していました。“通り魔ウーア”を見たって証言した人たちが、次々に黙らされてるって…。ルドガー衛兵長も、行方不明らしいです…」
「脅されたってこと?」
「いいえ……証言した人たちは、どこか見えない“力”で記憶が曇ってるようだったって。まるで“奇跡”の力みたいに」
「“奇跡”……記憶や認識を歪ませる神性か?やっぱり、あの通り魔、人間じゃないな」
アルヴィーの声に、僕も静かにうなずいた。
「それと、もう一つ。“黒髪のデニス”が通り魔に会ったらしいです」
「デニス……あの子か。昔、“記憶の読み取り”ができるって噂もあったけど、今は居場所がつかまれへん……」
メルクが唇を噛んだ。
「でも、デニスが出入りしてる“秘密の抜け道”が、東の墓場にあるって聞きました」
「……ウーアクン、情報屋に転職すべきやろ……」
「墓場……なんか、怖そう……」
イーリスが袖をぎゅっと握る。
「大丈夫ですよ。怖くなったら、僕の手を握ってくださいね」
微笑んでそう言うと、イーリスは顔を真っ赤にして目を逸らした。
「な、なにその急な距離感!? こ、困るからっ……!」
「なんか、妙に女性たらしな言い回しだな……」
アルヴィーの棒読みが妙に刺さった。
そのとき、ふと背筋が冷えた。
「……尾行がいる」
アルヴィーが低くつぶやく。
「まかせて」
イーリスが指を鳴らすと、地面からツタが飛び出して──
「きゃっ!?」
若い女性の声。ツタに捕らえられたのは、盗賊風の女性だった。僕と目が合った瞬間、彼女は肩をビクッと震わせた。
「通り魔の仲間じゃなさそうだな。目つきが違う」
アルディーがじりじりと詰め寄る。
「ご、ごめん! ただ、あんたたちの話が気になって……!」
「どうして、僕たちの話を?」
一歩近づいて聞くと、彼女はおびえながら答えた。
「“黒髪のデニス”に会いたいんでしょ……? あたし、案内できる。……デニス様から、伝言を預かってるの!」
一瞬、空気が静まった。
「ウーア……行くか?」
「はい。きっと、何かが待っています」
女性の後を追いながら、僕は空を見上げた。
まぶしい太陽。その光の下、胸の中に確かに“希望”のようなものが灯っていた。
──真実への道は、まだまだこれからだ。