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16話 怪しい人ほど仲間にしたい…って僕だけ?

 

「……相変わらず騒がしいな。昼間からこの様子とは」


 アルヴィーがカウンターに肘をつき、苦々しく呟く。

 その隣で、イーリスがグラスの水をくるくると揺らしていた。


 ここは街一番の酒場。

 グラスを打ち鳴らす音。笑い声。ブーツが木の床を踏み鳴らし、香ばしいスパイスの匂いが空気に絡む。――陽光の下の喧騒は、どこか雑多で、けれど妙に安心感もあった。


「たぶんここなら……変な話も転がってますね」


 その言葉通りだった。


「聞いたか? また出たらしいぞ、“通り魔ウーア”」


「昨夜だろ? 女が一人、路地でやられたって。また、心臓を抜き取られてたらしい」


「金髪だったって噂だ。くそっ、衛兵は何してんだよ…」


 ……背筋が冷たくなる。僕は思わず、うつむいて背を丸めた。


「……僕のせいだ」


「違う。そう見せかけてる奴がいるだけだ」


 低く断じたアルヴィーの声に、イーリスも小さくうなずいた。


「でも……騒ぎはどんどん大きくなってます」


「放っとくわけにはいかないな。となると――」


 その時。


「通り魔の話?」


 背後から、気の抜けた声が投げかけられた。

 振り返ると、緑髪の男が、にやけた顔でテーブルに肘をついていた。


「探しとるんやろ? “通り魔ウーア”の正体を」


「……誰?」


「俺?メルク。見ての通り、ちょっと怪しい男でな。昔は道を踏み外しとったんやけど、今は善良な市民ってやつ」


 ふざけた調子。でも、目が笑っていない。観察するような視線に、警戒心が膨らんだ。


「ふん、メルク。まだ生きてたのか」


 アルヴィーが吐き捨てるように言う。


「よう、アルヴィー。相変わらずツンケンしとるなー。お前が生きとったら、俺も生きとる。――なんやって、幼なじみやからな?」


「ろくな思い出もないがな」


 メルクは肩をすくめて笑い、僕の方へ目を向けた。


「で?そっちの金髪の坊やは……ウーアでええんやろ?」


「──!」


 イーリスが反射的に僕の腕をつかみ、アルヴィーも腰の剣に手を伸ばしかけた。


「落ち着いてーな。名前なんて、もうとっくに出回っとる。“通り魔”の名で、な。でも――あんたは違う。そいつの影に追われとるだけの、ただの子供」


 その声は妙に静かで、確信に満ちていた。


「……どうして、そう言い切れる?」


「俺の仕事は“真実の断片”を拾うことや。金のために、な。

 通り魔について知りたいなら、俺を雇えばええ。情報は新鮮、取引先も豊富。信用は……まあ、後でついてくるわ」


「どうしてそんなに、親切に?」


「親切? 違う違う。俺は“退屈”が嫌いなだけ」


 メルクはそう言って、にやりと笑い、グラスを掲げた。


「今日は顔見せってことで。この街にいる間は、ちょくちょく酒場に顔出すわ。あんたらの話、面白くなりそうやからね」


 僕らが何も答えないうちに、彼は人混みに紛れて消えた。

 残されたテーブルには、空になったグラスと、銀貨一枚だけが置かれていた。


「なんか……やなやつ」


 イーリスがぼそりと呟いた。


「でも……悪党の目はしてなかった。気味が悪いくらい、何もかも知ってたけど」


 僕はテーブルの銀貨を指で転がしながら、考えていた。


(通り魔の情報。奴に繋がる手がかり。あの男を――利用するべきか)


 仲間にしたくはなかった。

 けれど、敵にするには……あまりにも惜しい男だった。






 その夜。再び、あの酒場を訪れた。


 昼よりは幾分静かだったが、酔客たちの笑い声と音楽は絶えず、油灯の明かりが酒と煙の渦を照らしていた。


 メルクは案の定、カウンターでワインを飲んでいた。グラスを揺らしながら、僕たちに気づいた瞬間、まるで予知してたかのように口元を吊り上げる。


「おや、金髪の美少年ご一行。俺に会いとうて来ちゃった?」


「だまれ吐き気がする」と、アルヴィーが即答する。


「お前は昔から胃が弱かったもんな。でも、今回は当たりや。いい情報、持っとるで」


「通り魔のことだろ?」


「お、話が早い。じゃあ商談といこか。……まずは飲み物を頼むとこから。ルールや」


 「どこの?」とイーリスがボソッとつぶやくが、メルクは気にせず続ける。


「まずは“お試し”で、一つだけタダにしたる。友人価格で」


「誰が友人だ」


「アルヴィー、今はツッコまんといて。胃に悪いで?」


「貴様が原因だ」


 グラスを鳴らしながら、メルクは懐から小さな紙を取り出してテーブルに滑らせた。


「昨夜事件があった現場。そのすぐ裏手の廃屋に、誰かが住み着いとる。人間かどうかは不明。ただ、血の臭いがする。……そういや、近づいた犬が泡吹いて逃げたって話もあるな」


「犬……?」


 イーリスが不安げに眉を寄せる。


「泡吹いたって……犬も軽くトラウマになった感じですね……」


「おう。ついでにその犬、今じゃ物音にビクついてテーブルの下から出てこーへんらしい。店の看板犬やったのになー…」


「……妙に詳しいな」


「取材熱心なもんで。可愛い女店主やったし」


「やっぱり信用できない」とイーリスが呟く。


 僕は、地図を見ながら考えていた。


「その場所、まだ誰も調べてないんですか?」


「昼間に役人が行ったらしいけど、誰もおらへんかったらしい。でもな──」


 メルクは声を低くして、にやりと笑った。


「“誰もいなかった”って言葉ほど、信用できないもんはないんやで」


「それ、お前の座右の銘か?」とアルヴィーが皮肉ると、メルクはやれやれと首をふる。


「違う違う。俺の座右の銘は、“大事な話の前にはまず酒を奢れ”や」


「聞きたくなかった……」とイーリス。


「さて、真面目な話に戻ろか。次の情報が欲しかったら──銀貨十枚。これが俺の“友人割引”ってやつ」


「銀貨…十枚…」


 (高い……)


「情報ってのはナマモノやからな。安い情報は腹壊すで」


 そう言いながらも、彼はどこか楽しそうだった。

 グラスを飲み干して、また言う。


「まー、考えといてや。俺はいつでもここにおる。あんたらが真実に近づきたいって言うなら──喜んで金と命、かけさせてもらうわ」


 そう言って、メルクは最後にウィンクして、グラスをカウンターに戻した。


 (なんなんだ、この人……)


 銀貨十枚。高い代償。でも、そこに“真実”があるなら──。










 その夜遅く。僕たちは静かな裏通りにいた。


 月明かりが石畳を照らし、どこか湿った風が廃屋の隙間から吹き抜けていた。そこは確かに、メルクが言っていた場所──昨日、通り魔の事件が起きた現場のすぐ近くだ。


「ここか……」


 アルヴィーが剣の柄に手をかけたまま、目を細めて廃屋を見上げた。


 窓は割れ、扉は半開き。どこからともなく、焦げたような臭いと、鉄のような匂いが漂っている。


「気味が悪いよ……本当に、誰か住んでるの?」


 イーリスが不安げに僕の袖を引いた。僕はうなずきかけて──その横で、ぶつぶつ文句を言っているメルクに目をやった。


「……で、なんで俺が一緒に来とるわけ?」


「貴様が言い出したんだろ、喜んで金と命をかける、と」


 アルヴィーが低い声で返す。


「情報屋は情報を“渡す”のが仕事であって、“踏み込む”のは管轄外や!」


「じゃあ、切り捨てて帰るか」


「ひぃっ、それだけは勘弁を!お前の剣怖いねん!!」


 メルクは顔を引きつらせたまま、背中をぴたりとイーリスにくっつけた。


「ちょ、なんでくっついてんの!」


 イーリスが肘で小突く。


「だってお嬢さん、なんか心強いし!?魔法とかで守ってくれそうやん?」


「やな予感しかしない!」


 小声のやりとりを背後に聞きながら、僕は先に歩を進めた。ぎぃ、と軋む音を立てて扉が開く。


 暗い。誰もいないように見える。


 でも──確かに、空気が違う。


「……誰か、いました。つい最近まで」


 僕がそう口にしたとき、床板の下から、“カタン”と何かが転がる音がした。


 全員が一斉に息を飲む。


「ちょっと!なんか今、鳴ったやん!?」


 メルクが声をひそめながら暴れる。


「静かにして、声で場所がバレる」


「いやもうバレとるんちゃう!?俺、こう見えて命は惜しいタイプやねん!」


 アルヴィーが息を呑みながら、ランプで部屋を照らす。散らばった家具、焦げ跡、そして──


 《血の足跡》


 壁に沿って、細い血痕がついていた。まだ乾ききっていない。誰かが、這うようにして奥へ逃げた跡だ。


「……追うべきだな」


 アルヴィーの声が冷静すぎて、逆に怖い。


「なあなあ、やめよーな。ホラー展開って苦手やねん俺!」


「黙ってついてこい、メルク。嫌ならそこでひとりで留守番でもしてろ」


「そんな孤独な罰ゲームある!?」


 メルクは涙目で僕に訴えるような目を向けてくる。


「……無理に来なくてもいいですよ」


「ウーアクン。そう言われると逆に行きたくなるやろ」


 メルクはぶつぶつ言いながら、しぶしぶ一歩、また一歩と進んでゆく。がたがた震えつつも、彼の目だけは、どこか本気で周囲を見ていた。


(怖がってるふりをしてるけど──この人、本当は何か、感じ取ってる)


 僕は小さく息を飲み、足を踏み出した。



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