物の怪
聖は、鈴森に聞かれたときと同じように答える。
「爺さん2人は人殺しでは無いよ。自分で池に落ちたと思うよ」
「そうか。それやったらええねん」
「……うん」
薫は、幸森と吉村が関与していないか確認したのだ。
2人に<人殺しの徴>は無かった。
……手を下してはいない。
「マユ、俺は実行犯しか分からない」
2人が無関係と断言できない。
「幸森さん襲撃事件が誰の仕業で、本当は誰を殺そうとしていたか、見当が付いていた。でも警察には黙っていた。……怪しくなってきたわね」
「あの状況で、普通に鈴森さんに話しかけていたっけ。死んだ男の名は一度も口から出なかった」
……やれやれ
……これであっさりカタがついた
動機があったと分かれば、鈴森が聞いた2人の心の声も、怖い。
「襲撃 事件の実行犯が捕まり、吉村克己の指示と分かれば『事故死』も再調査になるわ」
「あとは薫の仕事だ。1週間もすれば犯人逮捕のニュースが見れる気がする」
セイの予想より動きは速かった。
3日後に薫が電話を架けてきたのだ。
長くなるとの前置きで。
幸森襲撃事件の2時間後、例の2人組(リバーシブルのコートと帽子)は、県内T駅の防犯カメラに映っていた。旧式のコインロッカーが設置されている駅だ。同駅トイレのゴミ箱に(片方の踵部分に収納スペースのある)真新しい靴が捨てられていた。
清掃スタッフが不審に思い駅員に届けていた。
靴を盗まれた妙な事件を知っていたから。
2人の特定を始めた段階で、
何と、2人揃って奈良県警に出頭してきた。
やはり、<闇バイト>であった。
被害者が軽傷と知り、殺人罪にはならないと安堵。
犯行を後悔し始めてもいた。
逃げ続ける人生より、罪の軽減に繋がる自首を選んだらしい。
50代の男2人は、大阪府Y市の同じアパート(トイレ、洗濯場、シャワー室共同)に住んでいる。
毎晩のように宅飲みする親しい間柄。
共に家族は無く、借金を抱えていた。
依頼人との接触は携帯電話のみ。
まず追跡アプリを送ってきた。
次にターゲットの移動範囲、移動時間を知らせてきた。
ケアハウスから車で県道を行き、駅に近い場所で車を降りる。家まで徒歩で10分。
途中で必ずタバコを吸う。その時を狙えと。
報酬150万はT駅コインロッカーに。
鍵はターゲットの靴の中(薫の推理通り)
事件当日、
2人は単車2台でターゲットの乗るタクシーを尾行。
スーパー入り口からは徒歩で追った。
ターゲットが向かう先に喫煙コーナーが見えた。
闇に紛れ先回りして待ち伏せ。
犯行後、とっさにトイレに逃げ込んだ。そして靴を確認。
振れば確かに何かが入っている音がした。
踵をこじ開けようとし、道具が無ければ無理と分かる。
そしてドライバーを求めて店内に。
(目撃される可能性を考え、帽子とコートはリバーシブルを身につけていた)
ほぼほぼ、薫の推理道り。
犯人があっさり捕まったのにも関わらず<依頼人>には辿りついていない。
<依頼人>が発信した携帯電話は特定できた。
しかし、盗難届けが出されていた。
持ち主は奈良市北部に住む主婦A(75才)。
盗まれたのは家の近くの公園だ。
夕暮れ時、犬の散歩の途中、ベンチに腰かけ一休みしていた。
「携帯を無くして困っている、電話1本かけさせてくれないか」
スーツを着た紳士が声を掛けてきた。
黒縁メガネにマスク。(どんな顔だったのかわからない)
丁度携帯電話を手にしていたAは(どうぞ)と手渡した。
男は立ったまま、すこし離れた場所で誰かに電話している様子。
そしてすぐに返しに来た。
「返すときにな、こう言うたんや『不必要なアプリが沢山入っていますよ。知ってますか? へたに触ってしまったら凄い料金取られますよ』とな。おばあさん、えらいことやと思った。ほんなら男が『時間が掛かるけど、何とかしましょう』て、すっかり信用して携帯電話を渡してしもたんや。ほんでな、暗証番号も教えてしもうた」
男は(ベンチの)隣に座り、携帯電話を操作し始めた。
犬がソワソワしだしたので、(ちょっとそのへん回ってきます)とベンチから離れた。
次にベンチに目をやったとき、男の姿は消えていた。
犯人は操作を良くわかっていない年寄りを狙っていたのだろう。
防犯カメラの無い公園で。
まさか盗まれたとは思わない。
日が暮れるまで公園で男がどこかから戻ってくるのを待った。
寒さに耐えかねて家に戻った(一人暮らし)。
隣人に電話を借り、大阪市内の娘に報告と相談。
「娘と一緒に盗難届けを出しに行ったのは翌日や。吉村克己は半日盗んだ携帯電話を自由に使えたんや」
「やっぱ、あの人?」
「公園がな、アイツの家から車で10分や。予め獲物を物色してたんやろな」
「でも……証拠は無いよね。あ、靴が見つかったんだろ。それから追えないの?」
「もちろん追ってるけど。大量生産品なんや。全ては調べられへん。証拠は出てこんかもな。腹立つけど」
「死んじゃったしね」
「計画した殺人は頓挫して本人が死によったんや」
吉村克己と幸森襲撃事件を結びつける材料が無い。
吉村克己を調べる理由が無い。
「それでも何もせずにはおられん。吉村さんにな、もう一度話聴かせて欲しいとラインした。そしたらな……」
何故が口ごもる。
「どうしたの?」
「警察に話すことは何もないが、セイに聞いて欲しい話はあると、言いはったんや」
「な、なんで俺?」
「分からん。ほんで急やけど今日の午後4時、駅前のイタリアンレストラン、と指定された。来てくれるやんな?」
「めっちゃ急だね。……それは行くよ。で、事件の真相を聞かされたりしたら、どうすりゃいいの?」
「大丈夫。俺も同席で構わんらしい」
「あ、そうなんだ」
聖は、なぜ自分が呼ばれたのか見当も付かなかった。
午後3時、約束の時間に間に合うバスに乗る。
あの店ならワインを飲みたいと思ったから。
黒のスーツで左手は黒の革手袋。
きちんとしたコートと思い
父親のクローゼットから白のリアルファーのコートをチョイス。
結果、堅気の雰囲気から遠のいてると気付いてない。
吉村と薫は先に来ていた。
2人、白ワインを飲んでいた。
吉村は目を全開して、しばし聖を見つめた後、
「ケンも来たがってたんやけど、酒飲んだらアカンと嫁が出してくれへんかった」
と、言った。
続いて、なんでだが吉村家の財産管理に関する説明。
「私は資産運用が出来る器やないからね。親から相続した土地はほったらかし。固定資産税が負担になれば切り売りしてきた。それが克己君には気に入らんかったんやね」
吉村の余裕する土地は、相続時に兄弟3人で分けている。
1つの土地を分筆したりで、勝手に他者に売りにくい事情もあった。
「克己君はあの森を売り払うのを手始めに、家の資産の全貌を知ろうとしたんやと思う」
全貌を知り、経営コンサルタントとして資産運用の舵取りをするのが望みだった。
他に仕事の依頼が無かったのかも知れない。
「そいつは虫が良すぎる。野望でっせ」
と薫。
「野望は簡単にかなうと、気がついたんでしょ。私が死ねばいいんです。一人娘の婿養子やからね。何でも出来る立場でしょ……ケンは、あの靴を履いた時から克己君がすり替えたんちゃうかと思ってたそうです」
「え?」
薫と聖は驚く。
「私らの靴が無くて2足残っていた。ケンは真新しい靴に足を入れた『ぶかぶかや』と言うてました。ケンは身体の割に小足なんです。あの靴は私のサイズやった。……ケンは最近膝が痛み出して娘が特別なクッション付きの靴、買ってくれたんですけどね」
娘は靴のカタログを見せながら、
(とーちゃん、なんやったらGPS付きのも買っとこか。酔っ払ってフラフラ、どこ行ってるかわからんもんな)と、冗談を言った。
カタログで見た靴に、踵のカタチが似ていると思った。
そして、片方の踵に何か入っていると感じる。
「ケンは仕掛けのある靴と分かりながら、自分が履いたんです」
スーパーマーケットの駐車場で左右に2人、姿勢を低くして小走りに移動する人影。
喫煙所の暗がりに、その2人がしゃがんでいるのも分かっていた。
「なるほどな、幸森の爺さん、襲われるのを予測してたんやな」
でも逃げなかった。
戦う気だったの? 2人相手に?
聖は凄い爺さんだと改めて認識。
「カオル君、警察にこんな話はできないやろ。全て憶測。証拠が無い。……克己君は証拠を残すようなアホやないからね」
「確かに、それは当たってるかもしれませんな」
実際、まだ何も証拠は出てきていない。
「ほんで克己君が死んだときのコトやね……その前に、『入れずの森』やけど、子供の時に何回か行ってます。何回も奥まで行けなくて、そのうちに壁があるのを知りました。壁の向こうが明るいやろ、ほんで、そっちは森の外やと勘違いしていたと分かった」
森の奥へ進もうとするならば、より暗い方を目指して行くだろう。
明るい方へは行かない。
「つまり、円い森やと思い込んでるが、実際は中央に丸い池がある。森はドーナツ型ともいえるんや」
「そういうことやね。仲間4人の中で去年死んだジロウは(長身で身が軽い)、一人壁の上を歩いていた。池があるとは言ってなかったけどね」
落ち葉が水面を覆って池だと分からなかったのだ。
「言い伝えの池は無い。ずっと、そう思ってました。タグチもどっかで生きてるとね、思いたかったんやけどね。……タグチの靴は壁の向こうに放り投げたんです。あの夜……タグチが森へ靴探しに行ったのを、4人であとつけてね、タグチに見付かってしもたんです」
結果、壁までタグチを案内した。
タグチが壁によじ登っている間に、逃げた。
あとは知らない。
「その話も克己さんに?」
聖は聞いた。
「その話も、しました」
「僕らが森の下見にいくと聞いて、克己さんは先に確認しに行くと、言ったんでしたね?」
質問しながら、これは妙な話だと、セイは気付く。
さきに見にいく必要あるのか?
「すんません。そこは嘘です。克己君は私と一緒に森へ行くと言っただけです。行きたい、ではなく行くと。電話でね。脅すような怖い喋り方やった。嫌な予感がして、カオル君らが行くと言う日にね、私が合わせたんですよ」
吉村は娘婿に森で殺されるかも知れないと警戒した。
手の込んだ殺人計画は失敗。
自身の手で確実に仕留めるつもりかもしれないと。
「やっぱりな。アイツに森で殺されると思いはったんや」
薫は吉村の小さな嘘は咎めなかった。
「ところが連れがおった。日を改めるしかないと諦めよったんやな。で、することも無いので森の探索に一人で行ったんでっか?」
「結果は、そうです」
吉村は(最後に見た)婿養子の姿を思い出したのか、悲しげな目をした。
自分を殺そうとした男でも、哀れむのか。
だが……続く話は奇っ怪。
「ひいーと叫んでね、こんな小細工して僕が恐れをなすと思ったんですか、ひいーって叫びながら、吸い込まれるように……森へ駆けていった」
……小細工って、なにそれ?
「セイ君。コレや。コレを克己君に見せたんや。よお、見て」
吉村は携帯を触り、一枚の画像を見せる。
見てはならぬかのように自分は目を背けながら。
ケアハウスのパーティで撮った写真だった。
明るいバルコニーの反対側、料理が並べてある辺りから会食中のゲストを撮っている。
薫の大きな背中、笑っているセイの横顔が中心。
そして右端に吉村克己。
陰気な顔で携帯電話を見ている。
あれ?
克己の横に細長い灰色の影。
なんだ、これ……。
セイと薫は同じモノに注目し、顔を近づける。
「うう、うう」
薫が喉を詰まらせたように唸る
灰色の影は見つめれば鮮明になっていく。
黒いスーツに黒ネクタイの小柄な中年男だ。
身体の大きさが皆より一回り小さい。
首が長すぎる。
耳の位置がおかしい。
腕の長さも……デッサンが狂いすぎている絵のよう。
ソイツは……スリッパを履いていない。
ソイツは……吉村克己を指差している。
有り得ぬほど口角は引き上がり……笑っている。
聖は不思議に怖いとは感じない。
ただただ醜い。汚らしい。
「セイ君、タグチの霊やと思う?」
吉村は小声で聞いた。
……聖は、なぜ自分が呼ばれたか、わかった。
「聞いた姿には一致してますね。……僕はその人を実際には知らない。その人の霊と断定出来ない……けど、こんなのは持っておかない方がいいです」
聖は携帯電話に触り画像を消去した。
吉村も薫も止めはしなかった。
「セイ君。ありがとう。良かった。ケンと何回やっても消されへんかったのに、完全に消えてるやないですか……さすがやね。……今、すっとね、肩の辺りが軽くなった」
吉村は<ゴミ箱>も確認してから言う。
「け、消されへんかった? それって……具体的には……、いや、やめとこ」
薫は、ワインを喉に流し込む。
次にメニューを手に取り(エスカルゴはあるやろか)と呟く。
あきらかに動揺している。
本物の心霊画像を見てしまったのだ。
恐ろしいに違いないと、聖は思う。
「もうええんちゃいますか。済んだコトや。吉村さん、ここのカルパッチョはお勧めでっせ」
薫は話題を替えたがっているのに……吉村の<怖い話>は、まだ続いた。
「じつはね、克己君ね、とても他人様に見せられへん死に顔やったんです……。葬儀屋が、どない工夫しても白目剥いた目が、閉じません。そんで、えげつない臭いです。腐りきった死体でも無いのに。他で嗅いだことの無い生臭いのが時が経つにしたがって余計にえげつなく……内々の話やけど、セレモニーホールに断られたんですよ。信じられんでしょ。とてもお引き受けできない勘弁して欲しいと。あちこち当たったけどね。駄目でした。横の繋がりで、知れ渡ったんでしょうね」
「プロも見放すくらい、えげつなく臭かったんでっか。……そんで、どうしはったんですか?」
薫は平常心に戻ったようで、好奇心丸出し。
「警察病院から火葬場へ直行です。克己君の、両親と兄弟だけで送りましたんや。可哀想なことに葬式は無しです。人並みに弔っては罰が当たりそうで。もうね、化け物の死骸みたいに思ってしまったんですよ。娘は一目見てショックで失神しましてね……救急車で運ばれたんです。まだ入院してます」
「大変でしたね。もう大丈夫ですからね」
聖は、吉村の肩をパンパン叩く。
取り憑いた邪悪なモノを払う<霊能者>のように。
「セイが言うてるんや。知る人ぞ知る霊感剥製士が大丈夫やと。吉村さん、終わりましたんや。過ぎ去りましたんや。食べて飲んで、忘れたらええですやん」
薫はメニューを吉村に。
薫自身が忘れたいのだ。
科学で説明の付かない怪奇現象。
そんな話は聞かなかったコトにしたい。
その夜。
奇妙な写真を見たと、最初にマユに話した。
<幽霊>という表現は避けた。
「セイ、それ見たいわ。え?……削除しちゃったの?」
「うん」
「なんで?」
「なんでだろ。指が勝手に……多分、見るに堪えなくて」
思い出したくないが、どんなだったか詳細に説明する。
「なるほどね……だいたい分かったわ」
「幸森の爺さんが『タグチの怨霊にやられた』と、言ったのは、あの画像を見たからだね。怨霊はパーティに潜り込んでいた……あの人を指差してるのは、どんな意味かな。予言、それとも呪い? 自分のように、池で死んでしまえと」
「自分のように……、悪人なので選ばれたと?」
「うん。舅を殺す気だったからね」
「セイ、タグチの罪は、人殺しと同等かしら?」
「え?」
違う、と気付く。
タグチは知らぬ人の葬式に現れては飲み食いしていた。
犯罪なのかと、初めて考えてみた。
無銭飲食、には該当しない。
故人の遺族は、無償で弔問客に酒や料理を振る舞うのだ。
それが古くからの習慣だから。
厚かましいとは思いつつも誰も直接タグチを咎めたりはしなかった。
「セイ、指差す仕草ってね、それは誰かに『あの人です』と教えてるのでは?」
「普通は、そうかも……でも怨霊だよ」
「怨霊じゃないかも」
「子供の悪戯で池に落ちて死んじゃったんだよ。恨んで出できたんだろ」
「死んだか、どうか分からないでしょ」
「いや、あの写真で、それは確定だよ」
死んだから幽霊になってるんでしょ?
「そうとも限らない」
マユはクスリと謎の笑い。
続きの言葉を迷ってるのか、視線をそらし
立ち上がり、ゆっくり歩く。
推理が始まった時のように。
聖は黙ってマユが話すのを待つ。
「タグチって、40才くらいでネズミみたいな顔。痩せた身体にヨレヨレの礼服着てたのよね」
「酒屋の婆さんは、そんな風に言ってた」
(住まいも素性も知れない。いつからか公民館の通夜に必ず現れた。
ボロい自転車に乗って、やって来る。
故人の友人であるかのように、しれっと座敷に上がる。
食べて飲んで、いつのまにやら、いなくなる)
面白い打ち明け話をするように。
マユは側に来て、耳元で囁いた。
「セイ、そもそも人では無いかもしれない」
?
「人間のふりした……何て呼べばいいかしら。そうね……モノノケってところかしら」
物の怪?
タグチが?
まさか、そんなと……否定の言葉は湧いてこない。
聖は不思議と、腑に落ちた。




