8.カンニングデート
「誰もぉが目を奪われてくぅううううう」
カラオケに入ったつぶ子は取り敢えずと言った調子で昔流行ったアニソンを熱唱していた。
しかしそれは、あの恵まれた演技力からは想像もつかない程絶望的な音程をしたものであり、つぶ子が仮にどれだけ恵まれた容姿をしていても、アイドルは天職には出来ないとそう思わされるような、ジャイア〇リサイタルに等しいようなそんな歌声だった。
俺はニット帽に隠してこっそり耳栓を装備しつつ、つぶ子が歌い終わるのを待つ。
今日つぶ子を呼び出したのは俺の方からだ。
俺とつぶ子は一応、同い年にして共に幼い頃から業界で同僚として働いた幼なじみのような間柄だったので、連絡先を交換したりSNSで相互フォローをする程度の仲ではあったものの。
たまに共演した時に演技の相談をしたりする程度の関係性で、こうして二人きりでデート的な事をするのはこれが初めての事であった。
そして俺自身も、女子と二人きりで何かをするというのは役以外では初めての事であり、正直どんな風に会話すればいいのかは分からなかったので、取り敢えずつぶ子に気の済むまで歌わせてから〝本題〟を切り出す段取りだった。
俺はつぶ子の壊滅的な歌声に耐えるようにして愛想笑いを浮かべながら、カラオケのタブレットを操作して歌う曲を選んでるフリをしていると。
「・・・ふぅ、ねぇキキくん、どうだった?、私の歌声?」
つぶ子は69点と表示されている採点表には目を向けずにそう質問する。
俺は予め用意しておいた当たり障りの無い演技でつぶ子にこう答えるのであった。
「最高・・・!!、だったよ、すごく個性的で独創的な、表現力の〝暴力〟のように力強くて、命の躍動感を感じさせる〝破壊的〟な歌声だった!!、やっぱつぶちゃんは役者だね!!、歌声にも色んな表現が乗ってて、すっごく圧倒されたよ!!」
「そう?、本当に?、えへへ、ありがとう!!じゃあ次はキキくん歌ってよ、この曲、歌える?」
そう言ってつぶ子は勝手にヒットチャートからリクエストする。
それは知ってる曲ではあるが、歌った事は無いし、音程も合わせられるかは微妙だったが、まぁつぶ子に対して接待カラオケをするのであれば、寧ろ初見の曲の方が好都合かと、そう思って俺はマイクを握って歌うのだが。
「あぁなたが、いないと、生きてけない〜、何もかも捧げてしまってもいぃ〜」
「・・・え?、すごい、90点!?、すごい、プロみたい!!、やっぱキキくんは〝天才〟だね」
普通に歌って普通に高得点を取ってしまった。
わざと音程を外すのも変だしそこは自重して、サビ以外は結構音程を外してた気もするが、それでも90点という、まぁ一般人目線で見れば普通に高得点を獲得してしまう。
初見でこれだけ取れるならば、恐らく練習すれば100点も直ぐに取れるだろうが、それは歌のレッスンをしているプロのアイドルならば当然というレベルの話でもある。
なので俺は遠慮も謙遜もせずに、事実を告げるように答えた。
「・・・ま、一応俺もデビューが決まったアイドルだからね、歌くらいは取り柄が無いと、アイドルとしてはやっていけないし」
「そうなんだ、すごいねキキくん、もうデビュー決まったんだ、おめでとう!!、・・・でもそしたらもうこんな風に遊んだり出来なくなるのかな」
つぶ子はまるで恋人と別れる事になった寂しがり屋の彼女みたいにそんな風に言う。
この仕草のどこまでが本気なのか、きっと見分けられる人間はそんなに多くないと思いつつも、俺は一瞬で恋に落ちかけながらつぶ子に答えた。
「まぁそうだけど、でもつぶちゃんと遊ぶのはそもそもこれが初めてだし、それに、別に連絡とかはいつでも出来るしさ、あ、そうだ、俺、また劇団のオーディション受けるんだ!、今度デビューするグループのメンバーと一緒にね、だからオーディションに受かったら劇団でも一緒にいられるし、だから心配ないよ!」
「オーディション、そういえば来週やるって言ってたね、パパってば、毎回毎回キキくんには無茶振りばっかりするんだから、今回こそ受かって欲しいなぁ、どう、キキくん、自信ある?」
「正直言うと自信は無いかなぁ、毎回毎回、こっちの予想とは真逆みたいなお題出されるし・・・、あーあ、せめてお題が何かさえ分かったらなぁ・・・」
俺はわざとらしくそう言う。
花狂魔の座長の娘であるつぶ子から何かしらのリーク情報を得る事。
これが俺が今日、連絡を交換してから6年間、一度も呼び出さなかったつぶ子を呼び出した理由の全てであり、自分にとって恩人でもあるつぶ子に求める事の全てだった。
最低最悪のクズ男だと罵ってくれて構わない。
でも俺は父親を超えるアイドルになるという目標の為ならば、悪魔とだって取引をする〝覚悟〟があった。
そしてそんな俺の問いかけに、つぶ子は思い出したようにこう言った。
「・・・そう言えばパパ、今回は面白そうな素材が沢山いるからって、今まででやった事のないお題を試してみようとか言ってたなぁ・・・」
「へ、へぇ〜、一応、聞いてもいいかな?、ルール違反かもしれないけど、確実にそうなるとは限らない訳だし、参考にするだけならタダだよね?」
俺は何食わぬ顔で、参考にするだけならカンニングでは無いとでも言うようにそう言うと、つぶ子はその雰囲気的なノリに合わせたのか答えてくれた。
「ええとねぇ・・・確か・・・、そうだ!、〝何でもいいから自分が1番かっこいいと思う役〟を演じさせるって言ってた・・・かな?、自信は無いけど、そんな風なお題にするって言ってような気がする!!、気がするだけならセーフだよね!!」
「へ、へぇ〜そっか、じゃあ参考にさせてもらおうかな、あくまで、どんなお題が来ても対応するけど、一応こういのもあるかも!的な感じで参考にね、参考にするだけ・・・」
俺がそんな風にニコニコと爽やかに笑って話題を流そうとしたら、つぶ子はそこで唐突にあくどい笑みを浮かべてこう言った。
「くっくっく、越後屋、お主も悪よのう」
「いえいえお代官様、そちらには敵いませんとて」
「くっくっく」
「あっはっは」
そんな風に俺たちは暗いカラオケの部屋の雰囲気に合わせるように二人で陰険に笑い合う。
何をやっているか理解出来ないかもしれないが、つまりはこれが茂木田つぶ子という人間の〝本質〟、場の雰囲気に合わせて演じるというそんな人間としての性質なのであった。
あくまで俺の想像だが、つぶ子は雰囲気を演じる事が習性になっているので、雰囲気さえ作ってしまえば一発芸をやらせたり、同調圧力を使えばバンジージャンプに飛ばせたりするのも断らないんだろうなと思う。
そして用が済んだ俺は、その後つぶ子がリクエストした曲を適当に歌ったり、つぶ子でも高得点が取れそうな曲を歌わせたり、流行りの曲をデュエットしたりして、適当に予約していた2時間を消化して解散した。
そして帰り際につぶ子は俺にこう言ったのであった。
「今日は誘ってくれてありがとうキキくん、すごく楽しかった。キキくんと一緒にいると、いつもと違うワクワクがあるっていうか、自然と笑顔になってすごく楽しいっていうか・・・、だから、また誘っちゃダメかな・・・?」
それが演技だと普通の人間は気づかないだろう。
それくらいつぶ子の演技は自然で、相手を自然に勘違いさせてしまえる魔性の魔力がある。
俺がつぶ子のその魔力に慣れた人間で無ければ、確実にこの瞬間に恋に落ちていたのは間違いない。
でも俺は平気だったので、それに合わせるようにしてこう言った。
「もちろんいいよ!、・・・と言いたいけど、デビューしたら流石に恋愛NGだからね、だからデビューするまであと1ヶ月・・・いやあと3週間くらいか、それまでならいつでも呼んでくれていいから、こちらこそ、今日はつぶちゃんと遊べて、すごく楽しかった!、またいっぱい遊びたいな、だからオーディション受かれるように頑張るね!!」
そう言って俺は微笑みながら拳を突き出すと、つぶ子もそれに拳を合わせてくれて、そこで俺たちは解散した。
この2時間、俺にとってはどんな映画よりも刺激的で、どんな試験よりも緊張感のある時間だったものの、俺はなんとかつぶ子の前で粗相をしなかった事に安堵して、その日はオフだったが事務所に行ってゼンの特訓に付き合うのであった。